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リアクション
「もう……なんでこんなことに……!」
半分パニックになりながら、クリスティーはまたもヒナに追われて走っていた。
強奪した変熊のマントを纏っているとはいえ、ぼろぼろの服を着替えるまで油断はできず、クリスティーは部屋に戻るまでなるべく人気のない方を選んで歩いていた。そのせいで、そこを孵化したヒナがうろついている場合、最初に見る人間が彼女になりがちだという事実が負のループとなってクリスティーを苦しめていたのだった。追いかけられると、余計に一直線に目的地へは走れない。
(もう駄目か。5年間隠し通したのに……ばれたらパラ実送りかな……)
パニックに陥りかけて、クリスティーは悲観的な考えに傾いてしまっていた。
「クリスティー?」
突然、声がして振り返ると、そこに立っていたのはクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)だった。
今日は遊びに出ていて、学舎に戻ってくると、爆弾鳥騒ぎが起こっていた。
爆音が聞こえ、生徒たちが軒並み顔をひきつらせていように周囲に警戒しながら歩く光景は異様だった。どういうことなのかと適当な相手を捕まえて事件の概要は訊き出すことができた。
パートナーはどうしただろうか、と思って歩いていると、マントを体に巻きつけて何だか思いつめた目をして走っているクリスティーを偶然見つけたのであった。
「え、何、どうしたの」
「どうしよう、もうダメだ」
「ダメ!? 一体何が」
「ぴー♪」
そこへ、ヒナが駆け寄ってくる。それで大体は察した。
「とにかく、落ち着いて。まずこのヒナを何とかしないと」
「ぬぅ……これをどうするか、問題だな」
腕組みする変熊の前には6羽のヒナ。孵ってしまったのだ。
「卵かけご飯を何杯食べられるか……未だ見ぬ己の限界への挑戦だったとはいえ、30秒勝負に卵10個準備しすぎたのは多すぎたか」
いざとなればこのテラスから、爆発する前にヒナをどこかに投げ捨てることはできるが。
「――ぬぬっ!?」
突然、変熊は喉を押さえた。
と思ったら、片手で腹を押さえた。
彼の中で何かが起きていた。
卵の中身の状態であっても、不死鳥は生きており、脅威的な生命力がそこから個体(ヒナ)の状態に形態を復帰させる。
そして移動可能な状態にまで復帰すると、生存本能が、己の置かれた生命活動に不適な環境からの脱出を促す。
――これは葦原明倫館編の緋柱 透乃のパターンで書かれた通りである。
ただ変熊の場合、彼女と違うのは、胃の中に複数羽の個体が入ってしまっているということである。
それが、ヒナの状態に復帰し、生命活動に不適な環境――胃の分泌物などに害される――から大急ぎで脱出しようとした時には、当然「上」も「下」も渋滞になる。
それぞれのヒナの判断の結果、上へ「遡る」ことにしたのは1羽だけ。残り3羽は下へ向かった。
重力に逆らわぬ方がなんぼかスムーズ、だとでも考えたのだろう。
ともかくそれらがぐりぐりぐり、むりむりむり、と、変熊の中の「通路」を押し広げながら大急ぎで移動しているのだ。
「(ふぐぉっ)」
やがて、上からの1羽が、変熊の口から奇跡の生還を果たして飛び出した。
「ぴぃっ」
飛び出した1羽、すなわち変熊が最後に食べた卵のヒナは、まだ、ほんのり醤油の香りがしていた。
「…っ、うおぅおぅお〜〜〜〜〜ぅ(何だこの不思議な感覚は)!?」
やがて、下からの3羽も出口に到達しようとしていた。
だが、3羽ダンゴ状態で狭い通路を行く道のりは長くかからざるをえなかった。
――すなわち、“タイムアップ”である。
ちゅどーーーーーーーーん ちゅどーーーーーーーーん ちゅどーーーーーーーーん
「ほんがらぐぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ」
『下の出口』から飛び出したほぼその瞬間に、3羽は爆発した。
口から出た醤油くさい1羽も、床の上で爆発した。
その勢いで、下方から煽られる格好で変熊は飛んだ。
テラスから青空へと飛び出した。
ここで肝心なことは、変熊が食べた個体と、その後孵ったヒナたちとの間には、解凍にかけた時間の差で、10秒にも満たないが……リミットにタイムラグがあるということだ。
醤油くさい1羽の爆発の威力で、6羽も一緒に飛んだ。
飛びながらも、生まれてすぐに見た変熊を追うように、空中で羽をばたつかせていた。
飛べないヒヨコのまま輪廻するはずだったヒナが、偶然の産物とはいえ、10秒にも満たない時間とはいえ、空を飛んだ。
子供たちは見ただろう。青空を背景に、飛んでいく“親”の――“薔薇の花”を。
そして、6羽は空中でそれぞれに爆発した。
その勢いに押し出され、変熊はさらに飛んだ。
いうなれば往年の格闘ゲームでの2段(空中)ジャンプのごとく。
そうして、薔薇は青空の星となったのだった。
もちろん、その後落ちた卵たちは、変熊の体内から出てきたものも含めて、あちこちで更なるパニックの種をまいたのである。
「……なんか、醤油の焦げる香ばしい匂いがする」
誰かが呟いている。
確かに、そんな匂いが廊下に漂ってきていて、行き交う生徒は首をかしげている。
「何でしょうね? どこかでお団子焼いているんでしょうか?」
千返 ナオ(ちがえ・なお)も不思議そうに呟いた。
「焼きおにぎりかもしれんぞ」
ナオのフードの中から、ノーン・ノート(のーん・のーと)が別の候補を上げる。
「どっちでも美味しそうですねぇ」
「模擬店でもやってるかな」
「そんなはずないよ。でもなんだろうね、調理室からも学食からも離れてるのに」
エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)は否定しながらも、やはり匂いの出どころが分からなくて不思議そうに辺りを見回した。
「で、かつみは一体どこに行ったんだ」
「もうそろそろ来ると思うんですけど……」
――「爆弾鳥だ!!!」
どこからか、悲鳴のような声が聞こえてきた。
「爆弾鳥!?」
校内での爆発騒ぎと研究室から逃げ出した爆弾鳥の話は学校内に広まっていた。廊下も一気にざわめき、どこだどこだと狂ったように叫ぶ声もしてくる。
どよめきのようなものが聞こえてきた。
――ここは1階の廊下で、外の渡り廊下に出る通用口がすぐ近くにある。どよめきは、その、開け広げた通用口の向こうから聞こえてきた。
窓の外を走るかつみの姿が、エドゥアルトの目に飛び込んできた。
どよめきは、彼に道を開けるように避ける生徒たちの間で起こっている。
かつみが手に抱えているのは……
「えっ、かつみ!?」
エドゥアルトの声で、ナオとノーンも驚いたように、彼の見る方を見たが、かつみは全速力で走っていったので、2人が視線を向けた時にはもう背中も見えなかった。
「どうしたんですかエドゥさん? かつみさんは?」
「それがものすごいスピードで……多分あの、爆発する鳥とかいうのを持って、一人であっちへ逃げていった……」
聞いた途端、ノーンがナオのフードから飛び出し、廊下を駆けて通用口から外に飛び出していった。
普段からは考えられないような速力で。
「ナオ、私たちも追いかけよう!」
一瞬のことでぽかんとなっていたナオは、エドゥアルトに言われて我に返り、一緒に駆け出した。
ただ、爆弾鳥の名前が出てパニックになって右往左往している生徒たちに時折阻まれるために、それに煩わされることのない大きさのノーンと違って、全速力を出すわけにはいかなかった。
一方、クリストファーは、パニックですっかり悲観的になっているクリスティーから事情を聞き出すのに苦労していた。
「ボク、パラ実でやっていけるのかな……」
「なんでもう決定しちゃってるんだよ」
言いながら、着ていた制服をクリスティーに投げつけた。
「ほら、それ着て。――こんなに爆発騒ぎが起こって皆パニックになってるんだから」
ちゅどーーーーーーーーん
ヒナを懸命に遠ざけつつ、爆発の瞬間に【キャスリング】でクリスティーと位置を変え、被害を肩代わりする。
煤だらけになったが、地に伏せて耐えたし、【女王の加護】等の力もあったからか、酷いダメージはない。
「(けほっ)誰も人の服なんて気にしてないと思うけどな。そんな余裕はないだろ」
「……そうかな」
「取り敢えず、これを何とかするからちょっと待ってて」
爆発の煙が収まる。卵は再び孵化を始め、孵ったヒナは今度はクリストファーを親だと認識したようだ。
そのヒナを連れて、クリストファーはじりじりと移動していく。
そしてクリスティーからじりじりと離れて、ヒナをどこかに誘導していく。
「本当に大丈夫なのかな……誰にも見られてないのかな……」
ちゅどーーーーーーーーん
「誰も言ってこないってことは……そうだと思っていいのかな……誰も来ない間に制服着よう」
ちゅどーーーーーーーーん
「あ、変熊くんのマント返さないと……そう言えば、生卵のご飯、本当に食べたのかな」
「終わったよ」
「誰!????」
自分の前に立った煤だらけの男にクリスティーは仰天して叫んだ。
が、もちろんクリストファー以外の何物でもあるはずはない。爆発でシャツやズボンまでぼろぼろになり、髪もぐちゃぐちゃだ。
その格好のまま、クリストファーは凍りついた卵を差し出した。
「ドラゴンのおかげで何とか凍結できた」
クリストファーは、孵化したヒナを『水雷龍ハイドロルクスブレードドラゴン』の方へと誘引していったのだった。いざドラゴンの前に立つと、さすがに気圧されるのかヒナが近付くのを躊躇したり、ブレスを外して逃げられたりしてタイムロスをしてその間に爆発されたりと、手間を取ったが。
「で、思ったんだけど……クリスティー、氷術使えなかった?」
「あ」
ばれてはならないという強迫観念(?)でパニックになり、卵のうちに自分が何とか処理をするということに考えの及ばなかったクリスティーだった。
(もちろん、その後クリスティーに関して変な噂が出ることも、処分されることもなかった)
(考えろ、どうすればいい……!?)
焦って思考を放り出しそうになる精神的圧迫感に耐えて、八雲は、視線を目の前のヒナに据えて考えていた。
ぴ、と、罪のない目をしてヒナは八雲を見つめて鳴く。
弥十郎はといえば、爆発を想定したのだろう、いつの間にか姿を消していた。といっても精神感応で、大方隣りの準備室に避難しているのだろうとは分かっている。作りかけの料理の材料だの鍋だのまできちんと運び出しているところが、憎たらしさに拍車をかける。本当に後で覚えていろよ、と胸の中で軽く毒づく。
(……はっ)
(確か古来日本では爆発の時、口から粉を吐いて頭をアフロにすれば、爆発の災厄から免れると)
(これだ!)
どこからそんな「災厄の逃れ方」を知ったのか、何故日本古来の伝承と思ったのか、大いに謎ではあるが、とにかく彼は、その通りの方法を取ったのである。
「ぴ?」
ちゅどーーーーーーーーん
爆発を孕んだ調理室は半壊した。
「……」
八雲は生きていた。
煤だらけ、粉まみれ(自前)、髪は爆発(自前)、服はぼろぼろだが、生きていた。
(災厄を逃れた――!!)
日本古来の方法(と彼は思いこんでいる)が、爆発という恐ろしい災厄から彼を救った――
ガンッ
「兄さん!?」
準備室から出てきた弥十郎は、立ち込めていた煙の中、倒れている八雲を見つけた。
アフロ頭に大きなこぶ、隣には大きなタライが落ちている。
「あぁ、味噌を作る時に使う大豆や麹を入れるタライが……!」
些か説明的なセリフと共に、弥十郎は駆け寄った。普段高い棚の上に置いてあるそのタライは、爆発の振動で落ちてきたのだろう。アフロは爆発の災厄から守ってくれたが、タライの災厄は防げなかったらしい。
倒れて動かない八雲に、弥十郎が手を伸ばす。
「!」
いきなりその手を掴んだ八雲が、もう片方の手で、体の下に隠し持っていた孵化寸前の卵を突きつけた。
「兄というのは理不尽なものだよ」
その後どのような修羅場があったかは、調理室で2回目の爆発があったという情報を除いては、確実なことは分かっていない。
「かつみ!」
人気のない校舎裏の備品倉庫の陰で、ヒナを捕まえてうずくまっていたかつみは、その声に顔を上げる。
「ノーン!?」
驚くかつみのもとに、ノーンが近寄ってくる。
「見つけたぞ、かつみ。
どうせ、周囲の人達を巻き込めないと一人で逃げたんだろう。
……相変わらず要領の悪いやつだ」
「! 来るな、こっちに来たらダメだ、危ないから逃げろって!」
「逃げろ?」
「ぴい」
かつみの手の中でヒナが鳴く。だが、ノーンは歩みを止めなかった。
「私はそんな要領の悪いお前のパートナーだぞ」
「ノーン」
「――爆発する時は一緒だ」
ひしっ、とノーンはかつみに抱きつく。
「……俺だってお前がパートナーでよかったよ――!」
かつみもひしっと抱きしめた。
興味を示したヒナが、つんつんとノーンの表紙の端をつついたが、気にしない。
「いた!」
そんな“感動のパートナー愛”真っ最中のところへ、ようやく追いついたエドゥアルトとナオが駆けてきた。
「かつみ!」
「!!! エドゥ、ナオまで!?」
「かつみ、そのヒナ放り投げて! いいから早く!!」
「え、はっ!? 投げるの、これ!?」
「かつみ!! 私を放り投げる気かっ!?」
「あ、これお前だった、これかっ」
「急いで!! 思いっきり!!」
急かされるまま、何が何だか分からず、かつみはヒナを放り投げた。
「ぴぃーい……」
細い鳴き声が空の高みに消え……
ちゅどーーーーーーーーん
「!」
走り込んできたナオが、かつみとノーンを庇うように【アブソリュート・ゼロ】の壁を張る。
爆風は氷の壁に遮られ、散って周囲の樹や建物を激しく揺らした。
が、かつみたちを傷つけることはなかった。
アブソリュート・ゼロが消えた後、エドゥアルトが【ブリザード】を落ちてくる卵に放った。
凍りついた卵が、ポトリと落ちた。
「……あら?あららー……
な、なんとか無事だったみたいだなー」
ノーンがそろそろとかつみを離れつつ呟いた。
「う…うわぁ、さっきの事は忘れろノーン!」
絶体絶命の危機下にあったがゆえの昂揚が引くと、急にさっきの言動が恥ずかしくなり、思わずかつみは大声で喚いた。――そこへ、
「かつみ!」
それ以上の大声で、エドゥアルトが怒鳴った。
「最近は少しましになったと思ってたけど、どうして一人で突っ走るのかな!
今回だってみんなで動けばちゃんと対応できたよね?
私たちだってパートナーなんだよ、危険な時もみんな一緒だよ!」
あまりの剣幕に、かつみはすっかり気圧されていた。
「エドゥさんの言うとおりです! 俺だって少しは役に立てるんですよ!
先生もですよ! みんな一緒でしょう!?」
ナオも強い口調で言葉を添える。
「……はい、ごめんなさい」
「すまん、ついうっかり……」
かつみとノーンは素直に謝った。
その言葉で、エドゥアルトとナオの表情も、少し緩まった。
「じゃあ、戻ろうか。この卵、隔離室に届けなきゃいけないみたいだし」
「――その前に」
卵を拾い、引き返そうとするエドゥアルトたちを、かつみの声が引きとめる。
「この足元にいるヤツ……さっきのヤツとは別物だよな?」
「「「え」」」
「ぴい」
そのヒヨコは、ほんのり醤油の香りがした。
ちゅどーーーーーーーーん
結局4人は爆発に吹っ飛んだ。
――醤油くさいヒヨコを、誰が移動の途中で刷り込みして連れて来てしまったのか、それは分からない。
爆発する直前にかつみが聞いたのは、「……いつだってみんな一緒だぞー」という棒読み気味のノーンの乾いた声。
それと、焦げて香ばしい醤油の香り。
後になって救助に来てくれた医療チームの話で、誰かがダイイングメッセージ宜しく「犯人はしょうゆ味」と地面に書いていたらしいと聞いたが、誰が書いたのかも謎に終わった。
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