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爆弾鳥リインカーネーション

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爆弾鳥リインカーネーション

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跳梁跋扈! 薔薇の学舎編


 ちゅどーーーーーーーーん

 校内に爆発音が轟く。

 裏庭に至る通路の途中、黙々と煙が立ち込める中、突然ピヨピヨ言いながら歩いて出てきた赤銅色のヒヨコを何も知らずに構って遊んでいた数人の生徒は、げほげほ言いながら煙から出てきたり、衝撃をまともに喰らって気絶したりしている。
 咳き込みながら出てきた一人はクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)だった。
「ゲホッ、ゲホ……な、何なんだあれ……!」
 だが、ハッと気づく。
 爆発で服がぼろぼろになっている……
(やばい!)
 咄嗟に両腕で体を隠すように抱いて、辺りを見回した。
 さっきまで一緒になってヒヨコを構っていた生徒たちは、幸い――といっては悪いが――倒れたり咳き込んだり自分の負傷に呻いたりと自分たちのことに必死で、クリスティーのことに注意を払っている者はいない。
 だが、爆発音に気付いて、何人かの生徒がこっちに近付いてきている。怪我人が出ていると見て、医療班をー! などと叫んでいる声もする。どうやら人が集まってきそうだ。
(まずい、ここにいたら……!)
 動ける状態であったことに感謝しながら、クリスティーは、通路を走り抜けて校舎の通用口から屋内に逃げ込んだ。
 破れそうな服の下からいつ覗いてもおかしくない、意地でも隠さなくてはならないもの――女性の体を人目に晒さないために。



 そんなこんなで、騒ぎと爆発が広がる校内を見下ろし(at校舎の屋根)、ふっと唇を嘲笑に歪める者がいた。
「ヒヨコごときに振り回されるか、愚かな素人どもが……」
 呟くと、仰のいてくっと喉を鳴らし、
「――わーっはっはっ!」
 高笑いする、それは変熊 仮面(へんくま・かめん)
 いつも通りの全裸に薔薇学マントのスタイル、片手にはホカホカのご飯の入ったどんぶり。
 それを箸で打ち鳴らす。チンチンチン! という高い音が響き渡った。

「――とうっ!」
 そのまま屋根を飛び出し、宙でくるりと一回転して、下の階のテラスに飛び降りる。
 どんぶりから飛び出したご飯が、遅れて落ちてくるのを、着地後にどんぶりでキャッチした。
 鼻先にご飯の湯気が立ち、変熊は渋い顔で宣言した。

「30秒もあれば十分……
 卵かけご飯にして、俺様がかき込んでくれるわ!」

 何故かこのテラスにはちゃぶ台がセッティングしてあった。
 そしてその横に、どこからか調達してきた卵(凍結されている)の山も。
 だんっ!
 ストップウォッチと醤油をちゃぶ台に叩きつけ卵の解凍スタート。



 調理室。
 新しいメニュー開発のため、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が料理を作っているところに、佐々木 八雲(ささき・やくも)が入ってきた。
「何だか外の方が騒がしいみたいだけど、お前何か聞いてるか?」
 野菜を切る手を止めずに、弥十郎はうん、といつも通りの平静な調子で頷いた。
「何でも爆発するような可愛い鳥がいるみたいだよ。
 マンホールとか、携帯とかは分かるんだけど、まさか鳥とはねぇ。すごい世の中になったねぇ」
「……何だそりゃ。さっきからたまに爆発音が聞こえてきてたのは、まさかそれか?」
「爆発音? あーワタシ気付かなかったなぁ」
「料理に集中しすぎだよ」
 実際、喋りながらも全く作業の手は止めないし、それでいて手順を間違えることはない。
「爆発してまた生まれてを繰り返すんだって凄いねぇ。対爆破シリンダーに入れておけば、永久」
「それは動物虐待だ」
「だよねぇ」
 下味をつける食材を入れたタッパーを出しながら、弥十郎は八雲に言った。
「兄さん、醤油取ってくれない?」
 そこにあるから、と指差された方を見ても、醤油の瓶はない。
「ここにはないぞ」
「おかしいなぁ」
「というか、他の調味料の瓶も倒れてるけど、誰か持ってたんじゃないのか?」
「――あ、思い出した。借りてくぞって言って持ってった人がいたっけ」
 料理に集中しすぎて、調味料を借りに来た相手の記憶があやふやな弥十郎であった。
「誰に貸したんだ」
「あぁ、オーブンにつきっきりだったからちゃんと見てないけど……」
「物を貸す相手くらいちゃんと確認しとけよ」
「でもちらっと見たら、裸でマント着てたから」
「あーもうそれは確認する必要ないな」

 大きなザルを流し台の下の収納から出そうとして、屈みこんだ時、弥十郎は、卵が落ちているのを見つけた。
「?」
 それを拾い上げて、弥十郎は八雲に見せた。
「これ、兄さんが持ってきた?」
「僕のわけないだろう。お前じゃないのか」
「今日は鶏卵は用意していないんだ。
 何か冷たいねぇ。冷蔵庫から出したばかり、かな」
 ちょっと持ち上げて透かすように見てみたりした後、弥十郎はそれを八雲に渡して、
「これが噂の鳥かもねぇ」
 と笑いながら言った。
 八雲も、受け取った卵を検分するように一度眺めてみたが、分からなかった。

 それが、醤油を借りていった裸マントの男の落とし物だということは。



 バタンッ、と荒々しい音を立てて教室の扉が開いて、閉まる。
 入ってきたのは、ぼろぼろの服を着たままのクリスティーだった。
 その表情に余裕がないのは、服が破れて隠している女性の体が見えてしまいそうだからというだけではない。どうやらあの爆発の後、まずいことに、すぐに孵化したヒナがクリスティーを親認定してしまったらしかく、ずっと追いかけられているのだ。
 教室に入ると扉を厳重に閉めた。ぴいぴい鳴きながらヒナが体当たりしているのが聞こえてくる。
 テラスに出る窓が開いていて誰かがいるのが見えた。一瞬ギクッとしたが、それがこちらに背を向けてちゃぶ台の前に座って何かしている変熊であるのを見てほっとした。こちらに顔を向けていなかったし、彼は人の体を観察するよりはじぶんの体を見せつけることの方に血道を上げている人物だからだ。
 と同時に、その後ろ姿にある考えが湧き上がり、クリスティーは小走りに彼に背後から近寄った。
「変熊くん! ごめん、失礼なのはわかってるけどマント貸して!」
 言葉と同時に、強引に剥ぎ取った。貸してと言いながら、その実ほぼ強奪である。
「うぉっ! 何だ強引な! しかしその意気やよし!」
「何の意気!? ……ていうか……」
 素早くマントを服の上から体に巻き付けたクリスティーは、その時、変熊が用意している卵を見た。
「! それ、例の爆弾鳥って奴の卵じゃないの? 何やってるの!?」
「見て分からないのか? ここで新鮮な卵かけご飯を華麗に美しくかっ込んでやろうというのだ」
 解凍待ちの卵をちゃぶ台に並べて、変熊は堂々と言い放つ。
「生卵をご飯に!? イギリスじゃそんなの食べないよ……ってクリストファーが言ってたよ」
 生卵を食べる習慣のない人間には本当に理解しがたい食べ物である卵かけご飯。少し身震いをしながらクリスティーは言って、
「ところでそれ、割るタイミングによってはホビロンにならない?」
 少し考えてそう訊いた。ホビロン……孵りかけのヒヨコの姿もなかなかグロテスクそうだが。
「ホビロン、か……それもまたよし」
「いいの!?」
 その時、扉の方で爆音が響いた。クリスティーに閉め出されたヒナが爆発したらしい。
「ごめん、もう行くよ。後で返すね!」
 卵が孵化を始める前にこの場を離れた方がいいと感じて、クリスティーはマントにくるまって教室を出ていった。
「むっ、そろそろだな……!」
 卵が解凍されたと見て取った変熊は、片手を卵に伸ばし、片手でストップウォッチを作動させた。
 ――割るのが先か、孵化が先か?
 ギリギリのタイムアタックのスタート!



「……?」
 流しの隅に置いた卵の異変に弥十郎が気付いた時には、もうその殻に、ひびが走り出していた。
「……」
 ふと、頭の中に浮かぶものがあり、弥十郎は身じろぎもせず、黙って卵を見つめた。
 殻はぽろぽろとひびを増やし、内側から割れていく。そして。
「……ぴぃ」
 中から、赤銅色のヒヨコが孵った。丸い目を見開いて、辺りをきょろきょろ見回している。
「……。見て見て、兄さん、ほらかわいいよぉ」
 笑いながら、弥十郎は八雲に呼びかけた。……口以外動かさずに。微動だにせずに。
 声をかけられ、八雲は何も考えずにそちらを向いてしまった。
「? 孵った、のか? へぇ」
(いや、卵の方が可愛かったが……)
 変わった色だな、とちょっと乗り出して見ると、ヒナも八雲の方に身を乗り出すように伸びあがって、羽をばたつかせながら「ぴい」と鳴いた。
(! しまった)
 気付いた時にはもう遅かった。
 弥十郎は笑顔のまま、固まったように動かずにいる。
『弥十郎……後で覚えておけよ』
 【精神感応】で思念をとばし、八雲は覚悟を決めつつ、どうしたら切り抜けられるか頭をフル回転させ始めた。



「はふっ、はふっ」
 箸をかちゃかちゃと鳴らし、どんぶりのご飯をかきこむ変熊。手を止めず、ひたすらにかっ込む。
「はふっ! ……んぐっ、はふっ!
 ……五杯目? む、無理」
 その箸が止まった時、ちゃぶ台の上には4個分の卵の殻が残っていた。
「ふ〜、食った食った……
 しかし、残った卵はどうすればいいだろうか。再凍結?」
 持ってきてはいいが、残った卵は6個。
 その卵はもう、孵化寸前だった。



 爆弾鳥の話が広まり、校舎内でもヒナを見かけた生徒が出てきたりして、パニックは広まりつつあった。
「……?」
 そんな中、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は、爆発があったらしい教室の近くを通りかかった。
 パニックと共に話は広まっているので、爆弾鳥のことは知っている。が、
「げ……まさか、実際お目にかかることになるとは……」
 爆発後の半壊した教室を、よちよちと歩き回る小さな影が見えた。
「ぴぃ」
 つぶらな目で、かつみを見るヒナ鳥。確実に、認識された……
(――逃げろっ)
 今なら、向こうには認識されていないかもしれない。急いで逃げれば振り切れるはず……
 だが、ヒヨコはよたよたと歩きながら教室を出ていきそうである。
 また、廊下の向こうから、多くの生徒がやってくるのが見えた。
(あぁ……)
 自分が振り切っても、よたよた歩き回りながら親を求めるあのヒナは、多くの人を巻き込んで爆発するだろう。
(っ! 仕方ない!)
 このまま覚悟を決めて連れていくしかない。かつみはヒナを捕まえると、廊下を猛スピードで駆け出した。
 どこか、爆発しても人を巻き込まない、人気のない場所へ……!