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リアクション
プロローグ
「これが世界樹イルミンスールかあ。思っていたよりも全然おっきいよね」
羽高 魅世瑠(はだか・みせる)は、世界樹を見あげながらフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)に言った。淡い光にもかかわらず、深紅の瞳をわずかに細める。それは、これから彼女がすることへの淡い期待の表れでもあったのだろうか。それとも、あまりにも大きな敵への畏怖の表れだろうか。
世界樹のてっぺんなどは当然見えず、巨大な超高層ビルよりも大きな幹から、新幹線の車両よりも太い枝が幾重にものびているのが見えるだけだ。その枝は、彼女たちの頭上を遙か水平にのびていって、これもやはりその先がよく分からないほどだ。
「うん。盗みがいがありそうだよね」
そう答えると、フローレンスも上を見あげた。
二人の出で立ちは、このイルミンスール魔法学校の敷地内では珍しい波羅蜜多実業高校の物だ。当然、イルミンスールの生徒ではない。
パラ実の生徒らしく、制服はかなりアレンジされている。特攻服であるアウターは、むきだしになったへその上あたりで切り詰められ、羽高の背中には「自」と、フローレンスの背中には「然」と刺繍されている。インナーは、羽高がマイクロビキニに風に巻いたサラシとホットパンツ、フローレンスが純白のドレスを切り詰めたマイクロキャミソールと裾の大きく空いたキュロットスカートだ。
彼女たちは、パラミタに自分たちのリゾート施設を作るべく、ローグらしく手っ取り早い方法で金集めをしている。さして、今回のターゲットが、ここイルミンスール魔法学校というわけだ。なんでも、最近、強力な毛はえ薬だか、ダイエット食品だかが発見されたという噂があるのだ。それを盗んで売り払えば、結構な金になりそうだった。
「あれ、何かしら?」
フローレンスは、背のびをするようにして何か赤く光った物を凝視した。豊かな胸を大きく反らせたので、キャミソールから下乳がのぞいてしまっている。
「どうしたのよ」
羽高も見あげると、何かが世界樹の枝からヒュルヒュルと落ちてきた。
「鳥の糞?」
あわてて二人が避けると、それは花のような形に薄く広がって、くるくる回転しながらゆっくりと落ちてきた。
べちゃりと、水風船を地面に叩きつけたような音がする。
「何、これ?」
地面に広がる赤いゼリーのような物体に、羽高が顔を近づけた。そのとたん、そのゼリーが動いた。
あわてて飛び退く羽高の方にむかって、ゼリーが変形して偽足(ぎそく)をのばす。
「危ない」
フローレンスの声とともに閃光が走って、羽高に襲いかかろうとしていたモンスターを焼き殺した。羽高が振り返ると、青く輝くバイザーをつけたフローレンスの姿があった。光条兵器特有の輝きに照らされて、彼女の金髪が不思議な色を帯びている。
「ありがとね、フル・モンティ」
礼を言ったのも束の間、同じような物体が次々に落ちてくる。
「何よ、これ。スライムかしら。気持ち悪い。だけど、もしかして売れるかも……」
雨だれよろしく落ちてくる赤と青のスライムに、羽高がちょっと商売っけをだした。
「それもいいけど、この数はちょっとだけやばいんじゃない」
フローレンスが、いくつかのスライムに光条兵器の狙いを定めながら言った。射程は短いが、スライムごときなら、閃光一発で焼き殺せるのはすでに証明済みだ。
「なあに言ってるのよ。こういう時こそ、こいつの出番じゃないの」
そう言って、羽高はお手製の爆弾を取り出した。泥棒に入るときに、扉を吹き飛ばそうと用意した物だ。
「予定変更よ。スライム退治の恩人として、堂々と校内に入ってやろうじゃないの」
躊躇することなく火をつけると、羽高は、うずたかく積もっているスライムの塊にむかって爆弾を投げた。
爆発とともに、木っ端微塵にスライムたちが吹き飛ぶ。
だが、焼夷弾ではないので、焼かれたスライムはほんのわずかだ。逆に、飛び散ったスライムは、それぞれが無数の別固体に分裂してしまったではないか。
もちろん、近くにいた羽高たちは、飛び散ったスライムたちの破片をもろに全身に浴びてしまうこととなる。
「うげえ。何、これ気持ち悪い……」
少し口に入ったスライムをぺっぺっと吐き出していたフローレンスは、べとべとになった身体からスライムが流れ落ちていく感覚を味わいながらも、妙に身体がすーすーすることにぼんやりと気づいた。意識を強くもって確かめると、なぜかスライムとともにキャミソールとスカートが身体から流れ落ちてしまっている。波羅蜜多ツナギは無事だったが、スライムの流れる勢いで紐(ひも)のショーツは無惨に解(ほど)けてしまっていた。なまじ、改造ツナギが短すぎて、下半身がむきだしのあられもない姿になっている。
「きゃ……」
悲鳴をあげようとして、フローレンスはそのまま意識を失って、つんのめるようにして倒れた。
「フル・モンティ! 畜生、なんだってのよ、こいつら」
あわてて駆けよろうとして、羽高は思わずよろけて転んだ。いつの間にかホットパンツが脱げて、足に絡まっている。
「いったい、このスライムは……」
サラシも解けて、むきだしになってしまった胸と下半身にこれも自然の姿よねと思いながら、羽高は意識を失っていった。
けっして二人の裸のせいではなく、興奮状態に陥ったスライムの群れは、下半身プリけつを晒した二人を残して、何かを求めるように世界樹の幹の上を移動していくのだった。
☆ ☆ ☆
「ちょっとぉ、よってみたはいいけれどぉ、本当に大きいですぅ」
「そうでござるな、義姉者(あねじゃ)」
シャンバラ教導団のサイドカーつき軍用バイクに乗った皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)とうんちょう タン(うんちょう・たん)は、ゆっくりと世界樹の幹沿いを走りながら言葉を交わした。
海の家の一件からの帰り道、ちょっと遠回りをして世界樹見学をしていこうと思いたったのだった。実際にきてみると、これはちょっとした要塞並の大きさだ。のんびりとしたスピードだったとはいえ、世界樹の枝の傘の下に入ってから結構な距離を走った気がする。
やっと建物としての本体であるはずの幹が詳細に見えてきた。中心の幹の太さももさることながら、四方に広がっている盤根はまるで巨大な城壁のようだ。
「何か、おかしいでござる」
サイドカーから半身を浮かして、うんちょうたんが幹のあたりを凝視した。シャンバラ教導団員あこがれの関羽・雲長(かんう・うんちょう)を模した着ぐるみのゆる族であるため、人としてのシルエットよりも微妙に一回り不自然に大きい。
「確かめるのですぅ。警戒お願いしますですぅ」
伽羅は、少しバイクのスピードをあげた。
近づくにつれて、異常な有様であることが分かってくる。世界樹の幹の一部が、赤と青のゼラチンのような物に被われている。だが、その物質は生きているかのように脈動していた。いや、間違いなく生き物だ。
「あれは、マジック・スライムじゃないでしょうかぁ。なんでこんなに、いるんですかぁ」
伽羅は、バトラーとしての知識を総動員して状況を把握しようと努めた。もともと、マジックスライムはイルミンスールの森にしか生息していない謎の多い生き物だ。人に対して生命を脅かすほどのモンスターではないとされているが、魔法使いたちは昔から忌み嫌っているらしい。生態がはっきりしない分、どの程度の脅威かは正直はかりかねるというところだ。
「不明の敵は、慎重に正体を確かめるのが常道でござるが、単に害虫がごときスライムであるのならば、駆除してさしあげるのが正道。義姉者!」
「うーん、まあ、もののついでですぅ」
うんちょうたんの言葉にささやかな不安を感じつつも、伽羅は幹の手前で九〇度ターンしてスライムたちと平行にバイクを走らせた。サイドカーを難なく浮かせてクイックターンを決め、黒髪のポニーテールを風に靡(なび)かせる。
「成敗させていただく」
青龍偃月刀を形だけ模したアサルトカービンを構えて、うんちょうたんがスライムたちに物申した。直後に、スライム全体にスプレーショットを放つ。
「ああ、スライムに物理的な攻撃はダメですぅ」
今さらながらに気づいた伽羅が叫んだ。だが、時すでに遅い。無数の銃弾は、スライムたちを粉砕して周囲に飛び散らせた後だった。並のモンスターならこれで致命傷のはずだが、生物構成単位が単細胞単位であるスライムには効果がない。破片はすべて別固体のスライムとして増殖しただけだ。なまじ攻撃が的確だっただけに、一気に個体数が増えてしまった。
「たいへんですぅ。誰かに知らせないとぉ……」
そう言った伽羅とうんちょうたんの顔に、頭上から落ちてきたスライムがはりついた。悲鳴もあげられないまま、バイクがコントロールを失って幹に接触して横転する。勢いよく、二人が投げ出された。
不幸中の幸いで、スライムがクッションとなって二人は助かったが、結果的にスライムまみれになってしまった。
パラ実の二人組とは違って、気絶して倒れる伽羅の衣服は無事だった、まあ、スライムの水分で、服も髪も全身がぐしょぐしょのぬるぬるだったが。すでに意識がなかったのは、幸いだったのかもしれない。
同様に、うんちょうたんも見た目は変化がないようであったが、着ぐるみの中に入り込んだスライムが口の部分から這い出してくる様は、結構なホラーであった。そのスライムに引きずり出されるようにして、ウエットスーツの一部らしい物が口からのぞく。おそらく、着ぐるみの中の人はすっぽんぽんにされているのだろう。ゆる族の外見からはまったく分からなかったが。
二人から気力を吸い取ったスライムたちは、再び移動を始めていった。
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