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猛女の恋

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3・失踪する女戦士

 オウムが森で騒ぎを起こしていたのと同時刻、シャンバラ教導団でも事件が起こっていた。朝の点呼で女生徒1名の所在が不明、戒律の厳しいシャンバラ教導団では起こりえない事態だ。教官が不明生徒の名前を連呼する。
「カノン・ハルトヴィック、いないのか。誰か探して来い!」
 生徒たちは手分けして教導団内を捜索するが、カノンの姿はない。
「どこにもいません!」
 周囲がざわめく。その前日、極彩色オウムはシャンバラ教導団の上でも、あの禍々しい耳障りな歌を歌っていた。
「まさか、あの歌のカノンは・・・!」
 同じ女性戦士であるクロス・クロノス(くろす・くろのす)イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)は思わず同時に声を上げた。失踪したカノンは、剛腕で知られる剣の使い手だった。いかつい体格、日に焼けた肌と短髪。口数は少ないが心優しく、戦場でも信頼されていたカノン。まさか思慮深いカノンが魔女の誘惑に負けるとは。
 イリーナーは悲しかった。
「カノン・・・大事な者を護るための力を得たくて教導団に入ったのではないのか、魔女の口車に乗るなんて」
 クロスは歌の中に出てくる「魔女」が気になっていた。有名な魔女を訪ねれば何か分るかもしれない。エリザベート・ワルプルギスとアーデルハイト・ワルプルギスに直接会えるように申請してみよう。クロスはカノンを救うために早速行動を開始する。

 さて、同じころ。
 荒野の廃坑で、小柄で小太りな女の子が朝ご飯を食べている。かつては多くの人夫が働いていただろう廃坑内は広く、ひんやりと涼しい。明り取りの窓から外の様子を伺いながら、少女は血の滴るようなステーキを器用にナイフとフォークで切り分けている。傍らには時計の針がついたガラス製小瓶、壊れているようで時は刻んではいない。ビンにも埃がかぶっている。
突然ビンが輝きを放ち、それに呼応するように窓から豊かな音の調べが飛び込んできた。音はそのままビンの中に吸い込まれ、七色の小さな結晶に固まる。と同時に、止まっていた針が動き出し時を刻み始める。
「おや、お前のパートナーは約束を守るようだね」
 少女の向かいには、動きの止まった赤銅色の機晶姫がいる。
「カノンは愚かだねぇ。まあ、それでこそ私の見込んだカノンだ、ねえウタ、そう思わないかい?」
 ウタと呼ばれた機晶姫は動かない。
「死んだフリはよさないか。マルハレータに嘘を付いても無駄だよ」
 少女は、杖で機晶姫の胸をつつく。ゆっくり眼を開けるウタの顔は悲しみに沈んでいる。
「さあ、面白くなったね、いよいよだ」
 この少女が、齢数千年の魔女マルハレータだ。



4・夏の転入生

 夏休みでも百合園女学院の朝は緩んでいない。早朝から生徒たちは自らの仕事をこなしておる。掃除は行き届き、窓は開け放たれ、朝の澄んだ空気が校内に満たしている。朝八時、無人の校長室をリセリナ・エルセリート(りせりな・えるせりーと)がノックする。パートナーのクリスティーナ・ブラウン(くりすてぃーな・ぶらうん)も一緒だ。
「おはようございます。あら、いらっしゃらないのかしら。」
「ここだよ。お花にお水をあげてるんだ。少しまっていてね」
 外から声がした。少しして花壇にいた桜井静香(さくらい・しずか)が部屋に戻ってくる。リセリナが校長に話しかける。
「正門に、転入生がいらっしゃっています。このような書類をお持ちでした、校長にお渡ししますね」
「あれ、今日だった?待たせたら可哀相だね。すぐに行かなくちゃ」
 慌てて、身支度を整える静香。
 リセリナとクリスティーナは昨日、オウムの声を聞いていた。(オウムの歌の真偽は分らないけど、万が一ってこともあるわ。この時期の転入生は気をつけないと)書類をテーブルに置きながらリセリナは静香に忠告する。
「静香様にお聞きしたいことが。この転入生、円城寺亜津子さまはどのような方なのでしょう・・・偽者である可能性は・・・」
 そのとき、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が、校長室に飛び込んできた。静香の姿を見つけると、
「校門に、転入生が来ています!すっごく可愛いのっ。私も一緒にお出迎えしてもいいですかぁ」


 廊下を歩く4人。クリスティーナがさりげなく言う。
「夏休みなのに転入生ってへんだよ、フツー9月からじゃない?」
「でも気持ち分るよぉ、9月まで待てないんじゃないかなぁ。早く学園になれて、友達作りたいもんね」
 答える歩はまだオウムの噂を知らない。歩の言葉に頷く静香。
「早く学校に慣れてもらうように、僕も努力するよ」
「静香さん、優しいっ!」
 静香に憧れる歩は、横に並んで歩ける幸せを満喫している。
 正門が見えてくる。1人で所在無く佇んでいる少女が見える。細い手足に豊かな胸、肌は太陽を浴びてキラキラ輝き、まるでガラズ細工のようだ。

 校門近くには、シャンバラ教導団から来た皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がいた。それぞれのパートナー、うんちょう タン(うんちょう・たん)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も一緒だ。今日は以前からの友人の高潮 津波(たかしお・つなみ)ナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)と約束があった。校門にいる美しい少女を見て皇甫とルカルカは、今朝シャンバラ教導団から姿を消したカノンのことを考えていた。皇甫が呟く。
「オウムの歌が本当なら・・・あの女の子、カノンさんかもしれないですぅ」
「義姉者(あねじゃ)の考えすぎでござろう。大体それがしはオウムの讒言など信じておらぬ」
 うんちょうは取り合わない。
「ルカルカも違うと思うよ。だって彼女は目が見えているもん」
 少女を観察していたルカルカが呟く。少女が花を愛で、飛び交う蝶を目で追っている。
 ダリルも頷いて答える。
「オウムの歌では、カノンは「愛する人は見えやせず」だから、視力が奪われていると思うぜ」
「私、なんとなくカノンさんかと。憲兵とか委員会が動くと事が大きくなりすぎますぅ。もし彼女がカノンさんなら何とか助けてあげたいですぅ」
 思わず大きくなった皇甫の声に少女が反応する。皇甫とルカルカを見やった、少女の顔がこわばる。

 桜井静香が歩、リセリナ、クリスティーナが共に白亜の校舎を出て、校門の少女に向かって歩いてくる。空や花を眺めていた少女の視線が静香に注がれる。静香を見つめて動かない少女。その瞳からスーと涙が流れた。流れ落ちる涙はそのまま小さな結晶に固まり空に消えてゆく。