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砕けた記憶の眠る晶石

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砕けた記憶の眠る晶石

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第五章 謳う欠片を紡げば



 長く輝く髪を耳にかけながら、エメ・シェンノートは神楽坂 有栖やヴァーナー・ヴォネガットからルーノアレエの言語理解に至った経緯を改めて確認していた。

「彼女は探している人がいるのだったね……一体誰なんだろう。それさえわかれば、探すのも苦じゃないはずなんだけれど………」
「あんまり気を張り詰めて探すものでもないからね〜」
「アルルは気を抜きすぎなのよ……百合園で顔見知りになったって教えてくれたら、もっとスムーズに依頼受諾をね……」
「あんまり深刻になられても困るじゃない?」

 空井 雫がもう一度ため息付いてパートナーであるアルル・アイオンを軽く睨んでいると、ルミナ・ヴァルキリーがまぁまぁ、と二人の間にはいる。

「あまりぴりぴりしても、いい方向にむかないのは事実です」
「とはいえ、好転もしないな……定時連絡でも、ガートルードのチームが一度発見して以来、連絡が入らない」

 ユウ・ルクセンベールも疲れが出てきたのかため息混じりに呟いた。先行していた赤嶺 霜月とアイリス・零式は一つの部屋を発見した。いつ来るかも分からない魔獣からの攻撃から休むためにも、その部屋に積極的に入ることになった。
 石碑が立ち並ぶその部屋は、通路よりも冷たく清しい空気で満ちていた。幾人かは疲労を癒すため座り込み、入り口を交代で見張ることとした。余力のあるものは、石碑の解読に入った。


 ライラプス・オライオンは一つの石碑の解読に当たっていた。彼女の中にある古代シャンバラ語と比較する必要性もないほど、比較的新しい文語を用いていた石碑の解読は簡単だった。
 だが解読を終えて、彼女はしばらく動くことができなかった。
 
 主である昴 コウジの声を聞いて、ようやく解読した石碑の内容を言葉にした。

「機晶姫は、人にして人にあらざるもの。
 でも、だからこそ人とつながることで得られるものがある。
 それは、形にならないかもしれない。
 言葉にならないかもしれない。
 でも、私の中には確かにあるの。
 それに名前をつけられたなら、そのときあなたと一緒にいてよかったと、私はきっと心から思えるわ。

 苦しいときは歌いなさい。
 寂しいときは語り掛けなさい。
 あなたは、私に良く仕えてくれたけれども、きっと私は先に逝ってしまうから。
 残して逝く私を、許してくれとは言わない。生涯をかけて怨んでくれなくてもいい。

 ただ、あなたたちが生きていく糧になれるなら、私が贈る言葉はこれだけ。
 あなたたちの想いを、誰かに伝えることを忘れないで」

「とても深い内容ですね……詩でしょうか?」
「機晶姫さんへ送った内容なんですね」

 ライラプス・オライオンと同じく、ナトレア・アトレアもその石碑をじっと見つめていた。

「こんな風に、いつか私も言ってみたいな」

 高潮 津波は小さく呟いた。その意味が何を指し示すのか、ナトレア・アトレアには分からなかったが、ほんの少しだけ胸が温かくなったような、そんな錯覚に見舞われた。

「で、そんなしみじみとした空気にも君達は踏み込んでくるわけだ……空気作りができないと愛しのあの子は振り向いてくれないぞ」
「一番空気作りができてない大和ちゃんに言われちゃったら、オシマイだからね?」

 茶化すように譲葉 大和が言い放つと、ラキシス・ファナティックも軽口を叩きつつ光条兵器である葬炎を構えた。ふと、姿を現した魔獣の姿に見覚えがあったのかラキシス・ファナティックはライラプス・オライオンに声をかける。

「ね、アイツについてる傷、私がさっき撃った奴じゃないかな!?」
「照合します………はい、間違いありません……あの傷は、先ほど葬炎によって与えられた傷です……!」
「やっぱり……!」
「ラキシス、この僕にもわかるように丁寧に説明してくれないかな?」
「要するに、ここの魔獣さんたち不死身なの!」
「要しすぎて分からないよっ!!」

 譲葉 大和は言葉を放つのと同時に3体の魔獣を同時に貫いて、そのランスに刺さった魔獣たちをなぎ払うついでに4体目の魔獣を切り裂いた。ラキシス・ファナティックは魔獣の脳天に的確に銃弾を当てていく。

「ライラ!」
「先ほどラキシス様が脳天を貫いたはずの魔獣が、全く同じ場所に傷を残してここに現れているのです。先ほどから、そういった魔獣が多く出現しております」
「……倒しても、復活してきているのですか?」
「さっきからの違和感の正体はそれだったのですわね……」
「ま、まってぇ〜……みんな……」

 とてとてと、ヴァーナー・ヴォネガットがかわいらしい足音を立てながら攻撃に参加しようとするが、その背後にひときわ大きな魔獣が出現した。ライラプス・オライオンが言葉を発するよりも早く、その凶暴な爪は振り上げられていた。ライラプス・オライオンの身体は当人が思うより早く動いていた。

「ヴァーナー様!」
「ライラ! 無茶するな!!」

 昴 コウジの叫び声と、ライラプス・オライオンの一閃が重なる。
 魔獣は崩れ落ちたが、ヴァーナー・ヴォネガットは魔獣の爪の餌食となっていた。

「ヒールだけじゃ心もとない……もう少し、ちゃんとした場所で治療したほうがいいかもしれない」
「私の責任です、もっと早く気がついていれば……」
「なら、俺の責任でもあるな。俺たちがヴォネガットを連れて行こう」

 昴 コウジはライラプス・オライオンの肩に手を置いて言い放つ。

「それは水臭い。けが人を連れて……では危険も多いでしょう。俺も一緒に中継地点まで戻りますよ」
「私もご一緒します。せっかく組んだチームですし……魔獣退治が目的ですしね」
「津波様、大和様……」

 ライラプス・オライオンの膝の上で苦しそうにうめいているヴァーナー・ヴォネガットを、ナトレア・アトレアはゆっくりと抱きかかえる。

「私、さっきの石碑の意味……分かるような気がする。まだ、確証はないけれど」
「……ナトレア様」
「さ、ヴァーナーの怪我治してもらいに行こう!」

 ラキシス・ファナティックの号令で、昴たち一同は一旦退避することとなった。
 それを見送ったエメ・シェンノートはすぐさま中継地点に連絡を取った。

「ヴァーナーさんが怪我をしたので、昴さんたちが抱えてそちらへ向かっています」
『分かりました。それより、今どのあたりですか?』
「石碑のある部屋に着きましたよ。広さは、大体小学校の体育館程度でしょうか」
『そうですか。遺跡調査組みから地図入手の情報があって、多分そこにいればガートルードさんのチームと合流できるはずです』
「分かりました。こちらも疲弊しているので、休憩がてら合流しようと思います」

 無線で通信を終えた頃、ルミナ・ヴァルキリーが石碑をなぞりひとつのことに気が付いた。

「これ……この石碑を掘った方の名前でしょうか?」
「どれどれ……え、れ……エレアノール、かな?」
「ど、どこですか!?」

 神楽坂 有栖はエレアノールと聞いて飛びつく勢いでルミナ・ヴァルキリーの触れている石碑に走ってきた。ミルフィ・ガレットもその後を追い、その石碑を確認する。

「本当だ……てことは、やっぱり」
「機晶姫の名前じゃない、ってことじゃのう」

 その後ろから声をかけたのは、シルヴェスター・ウィッターだった。いきなり声をかけられてびっくりしたのか、神楽坂 有栖はしりもちをついてしまった。

「なんじゃ、そんなに驚かんでもいいじゃろう」
「いきなり後ろから声をかけたら、そりゃあ驚くだろう」

 ガートルード・ハーレックはため息混じりにパートナーの被害者である神楽坂 有栖に手を差し伸べて謝罪した。空井 雫が合流した秋月 葵や蓮見 朱里からおやつをもらっていると、アルル・アイオンの姿がないことに気がつき、辺りを見回した。
 石碑の山の向こうに、赤髪に白い甲冑姿を見つけ声をかけようと手を上げるが、その向こう側に同じく赤い髪、だが黒い肌をした女性の姿を見つけた。驚いて目を丸くする空井 雫の様子に、誰もがその視線の先を追った。

「ま……まさか」
「「「「ルーノアレエ!?」」」」

 幾人もの声が重なって、ルーノアレエ本人は肩を震わせて飛び上がると、アルル・アイオンの脇をすり抜け逃げようとした。

「♪〜〜天に舞う光の水は、空の大地を埋め尽くす
 川を流れる炎の壁は、風のその先海を割る
 星が落ちる、陽が滴る
 影が上れば、沈む銀河
 愛すべき仇を、殺したいのは恋人

 あなたを壊し、
 あなたを輝かせた罪
 あなたが放つは破壊の音
 私が歌うのは絶望の呼び声〜〜♪」

 ルーノアレエ本人から直接教わったもの、ヴァーナー・ヴォネガットから、一緒に習ったものたちが声を重ねて謳い始めた。
 その旋律こそ美しいものの、許しを請うようなその詩はルーノアレエの歩みを止めるのに十分だった。ルーノアレエがその場に崩れると、ルカルカ・ルーが武器を納めて両手を広げて歩み寄る。
 それを真似て、誰もが武器を納めてルーノアレエへと向き直った。

「私たち、あなたを助けに来たのよ?信じて」
「わしはルーノと同じ機晶姫じゃけん……さ」

「れけすた!スザルア……タルベュシイ……したわ、なつせいた……」
「なんじゃ、なんて」
「……まってください、今の言葉が本当だとしたら……あなたが探しているのは、イシュベルタ・アルザスさんなんですか?」
「アイリス、お前……言葉が分かるのか?」

 赤嶺 霜月は驚いてアイリス・零式に駆け寄った。他のメンバーは紙に書いたりしてまだ彼女の言葉を正確に理解していなかったからだ。

「え、あれ? あ、はい! ……なんで分かります」
「じゃが、なぜ助けてなんじゃ? イシュベルタはルーノを無理やりにでも連れてこいって言ってたんじゃぞ?」

 ルーノアレエにはアイリス・零式以外の言葉は通じないのか、ただ悲しそうにその赤い瞳に涙を目いっぱい湛えていた。