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砕けた記憶の眠る晶石

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砕けた記憶の眠る晶石

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第六章 ヒトの望み、ヒトならざるモノの願い


「……ここは?」

 荒巻 さけが思わず問いかけたくなるのも、無理はない光景だった。
 中継地点としたあの場所よりもだだっ広い空間に、遺跡の内部とは思えない多くの機械が置かれていた。巨大なカプセルの中には、人工皮膚が剥がれ落ち中身がさび付いている機晶姫たちが入っており、その姿はあまりにも無残で目をそらしてしまった。活動していないのは、既に目に見えていた。

「機晶姫の墓場のようだな」

 クルード・フォルスマイヤーが呟いたその言葉が、あまりにも的を得ていたのでアリシア・ノースは息を呑んで涙ぐんでいた。いくつも立ち並ぶカプセルの中には、わずかに表情が見えるものも、苦しみながら死に絶えたらしい様子がうかがえる。ユニ・ウェスペルタティアはアリシア・ノースの背中をさすりながら、「大丈夫?」と声をかけて励ました。

「そんなたいそうなものじゃない……ここならあいつがいるかと思ったんだが……やはりいないか」

 イシュベルタ・アルザスが残念そうに呟くと、最奥にある石碑の前に立って、手を置いた。しばらく彼が身動きしなさそうなのを見計らい、荒巻 さけは他のメンバーに合図を送った。
 その合図を受け取ると、あたりの石碑をおのおの調査し始めた。
 赤城 仁も習って手近な石碑を見た。古代シャンバラ語で書かれているそれは……事前に調べていない彼にはなにがなんだかさっぱりだった。
 
「ここにつながってたんだ……」

 眼鏡をくい、と持ち上げながら大草 義純は辺りを見回す。既にイシュベルタ・アルザスの姿は確認したが、本人は何か石碑を調べている最中のようだ。
 遺跡調査班の話では恐らくここが最深部であり、ここに機晶姫を兵器にするためのプロセスの全てが眠っているという。

「調査組が来るまではワタシたちで調べましょう」

 ユリ・アンジートレイニーの言葉に、リリ・スノーウォーカーを始めとするメンバーは頷いた。荒巻 さけは彼らを見つけるとすぐさま駆け寄ってきた。

「あなたたちもきたのね?」
「はい。混ざってても分からないですかね?」
「道がつながってたんですし、大丈夫でございます」

 アリア・セレスティの疑問にルナ・テュリンは頭のうにうにを動かしながら答えた。そのうにうには周りを見渡すようにひとしきり動くと、悲しげにうなだれてしまう。永夷 零はそれを見て驚くとパートナーの肩をがしっと掴んだ。

「あ、頭の……どうしたんだ!?」
「……ここは、とても可愛そうな機晶姫たちのいた場所です……したくない暴走を強いられて、したくない破壊を強いられて……」

 永夷 零だけに聞こえる大きさで、ルナ・テュルンは呟いた。いつか自分もそうなったら……そう続けようと思い顔を上げた先にあったのは、ほっとしたパートナーの顔だった。

「そっか、大丈夫だ。これ以上、こいつらみたいな目にあう機晶姫は出させないからな。だからそんなに落ち込むな」
「そういう問題と違う思いますけどなぁ」

 呆れたように扇でパタパタと顔を仰ぐ一乗谷 燕は、ルナ・テュルンの頭を優しく撫でた。それがうれしいのか、ルナ・テュルンはにっこりと微笑んだ。

「いいんでございます。ゼロはおバカなくらいが丁度いいのでございます」
「……おかしいなぁ」

 サラス・エクス・マシーナはカプセルの中に眠る無残な姿となった機晶姫たちをじっくりと検証して回った。どれも、共通点がありそれが疑惑をさらに深めていったのだ。

「どうしたのじゃ?」
「ないんだよ、縁」

 御厨 縁はサラス・エクス・マシーナの言葉を聞いても首をかしげた。

「いや、ここにいるみんな……武器を持っていないんだ。収納してあるらしい箇所は空になっているのが分かるし……武器を持たせないで眠らせることなんてないんだ。だから」
「武器を持たせる必要がなかった、そういうことですか?」

 ウィング・ヴォルフリートは横から顔を覗かせて呟いた。ファティ・クラーヴィスはその脇にある石碑を古代シャンバラ語辞典を使って読み解くと、ぱくん、と大きな本を閉じたとき特有の音を立ててから立ち上がった。

「ここにいる機晶姫は、彼女達そのものが『兵器』だから……必要ないのよ」
「ど、どういうことですか!?」

 アリア・セレスティは兵器と聞いて驚いて飛び上がった。ファティ・クラーヴィスは保見といた石碑に書かれていた文章を、現代語に訳して紙に記した。

『輝く機晶石を持つ機晶姫は大変貴重だった。多くの犠牲の上にある彼女達はその身を削って我らが野望のために命を賭して、パラミタを荒野に変えてくれるだろう。キーとなる言葉さえ彼女達の口から洩れれば、破壊の光は生まれ命あるものは死に絶える』

「遺跡調査班の証言とあわせると……ここは機晶姫を兵器として『完成』させるための部屋ね。カプセルの中に入れて、キーとなる言葉をしゃべらせるだけで完成……ひどい発明だわ。なにが一番ひどいって……それを崇高な発明としてここに残したことだけどね」

 緋桜 翠葉は海凪 黒羽に腕を絡ませたままで、汚らわしいものを見るような目で石碑を眺めた。カプセルの中にいる機晶姫たちは既に機能を停止し、恐らく復活させる事は不可能だろう。
 いつまで経っても唸り声がやまない赤城 仁の横で、ナタリー・クレメントはわざとらしいため息をついた。
 
「それくらいも読めないんですか?」

 困った様子の赤城 仁を見かねてナタリー・クレメントは身を乗り出して石碑の文字をなぞる。見る見るうちに彼女の表情が変わっていき、肩がブルブルと小刻みに震え始めたのだ。その要素を不思議に思ったマナ・ファクトリは心配そうに声をかける。

「どうしたんですか?」
「こ……ここは……」
「おい、ナタリー?」
「……ここは、その昔……機晶石を採掘する洞窟で……鏖殺寺院の……研究施設に………」
「なんだって?」

 神代 正義が鏖殺寺院と聞いて振り向くが、そのときにはイシュベルタ・アルザスも最奥の石碑から離れてナタリー・クレメントたちを見下ろしていた。わずかな過去の死を髣髴とさせるキーワードに震えながらも、ナタリー・クレメントは鋭くイシュベルタ・アルザスを睨みつけた。彼女の言わんとしていることを、赤城 仁はすぐに汲み取って同じように睨みつけるとイシュベルタ・アルザスに向かい口を開いた。

「アンタ、鏖殺寺院とどういう関係があるんだ!?」
「……鏖殺寺院の名前が入った石碑が、まだ残っていたのか」

 イシュベルタ・アルザスは手をかざすと、わずかに唇を動かした。その指先が向かうのは、ナタリー・クレメントだった。

「専守!!」

 ベア・ヘルロットはそういってナタリー・クレメントの前に立ちはだかって呪文を受けたとき自分の頭から血の気が引いていくのを感じた。

「ベア!」
「違うんだ! せ、生活費のためではあるんだが、なんだか身体が勝手に動いてしまったんだ!!」
「逆よ、バカねぇ」

 荒巻 さけはすぐにカルスノウトを構え、クルード・フォルスマイヤー、村雨 焔も光条兵器を取り出して戦いに備えた。

「おかげで、銀閃華と」
「漆喰を使えるんだからな」
「クルードさん! やっちゃってください!」
「焔ー!めっちゃくちゃにしてやれえ〜!」

 ユニ・ウェスペルタティアとアリシア・ノースの応援に答えるかのように、魔獣たちがいっせいに石碑の影から姿を現した。これまでの数とは比べ物にならないその数に、固唾を呑んで戦いに備えた。広場に、獣達のうめき声だけが不気味に鳴り響いた。

「っく、バカな……だって鏖殺寺院の手配書の中に、奴の顔はなかったぞ?」

 ウィング・ヴォルフリートは飛び掛ってくる魔獣を振り払うようにして切り倒すと、頭の中に叩き込んできた手配書の写真を脳内で反芻する。手配書は全て手に入る限り最新の写真のはずだ。
 自前のメイスで応戦するファティ・クラーヴィスは、はっとしてパートナーに声をかけた。

「そういえば、ルミナが名無しの手配書を見ていたわよ」
「アレは子供の写真で……まさか……?」

 疑問を確信に変える要素を得るよりも早く、魔獣たちの攻撃が襲い掛かってくる。



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『この建物は、もともと機晶石を採掘するための洞窟でした。
 それを、この組織は数年で研究施設として使い始め……機晶姫を外からさらうという非人道的な行為を繰り返していたそうです。

 私がこの組織に入ったのは血の繋がりがない幼い弟を連れながらでも引き取ってくれる場所が、他になかったからです。
 血の繋がりを気にしていたのは、私のほうかもしれません。
 そんなこと気にせず、私があの子を育てるつもりでいればよかったのです。
 結果、新たな可愛そうな子を作らざるを得なくなってしまった……私は、愚かです』


 日記の解読は順調に進んでいた。フィルラント・アッシュワースが読み上げるたび、遺跡調査班の面持ちは暗くなっていった。ついに遺跡調査班は、機晶石が採掘されていたという部屋にたどり着いた。

「まさか、中継地点のすぐ横にあったなんて」
「あの男が選んだ道にあったんじゃ、見つからないわけだ」

 鞘月 弥生はものめずらしげに採掘済みらしい石を拾い上げた。輝きは無く、ただの石ころと区別が付かない。鞘月 彩都は辺りを見渡して書棚に歩み寄って手に取る。
 内容は彼女でも読み解ける内容でつづられており、その作者が子供であるのも容易に理解できた。

『○月○日
 きょうは、おねえちゃんといっしょにあそんだ
 たのしかった。
 あした、あたらしいいもうとができるんだって。
 たのしみだなぁ』

『○月×日
 いもうとのなまえをきめていいっていわれた
 なんてなまえにしようかな
 おねえちゃんみたいななまえがいいな
 おねえちゃん、とってもきれいだし、
 おねえちゃんといもうとは、いろがちがうだけでそっくりだもの』


「ふうん、ページが破られているって事は読まれちゃ困るってことかな?」
「それ、表紙……」
「え?」

 飛鳥井 蘭に言われて初めて表紙に目を落とす。鞘月 彩都の目に映るのは、『イシュベルタ・アルザス』という名前だった。

「日記の最後のページも、解読できました!」
「よむで……

 『私は、弟とあの子を逃がすことにしました。
  あの子は唯一の、成功した完全体。きっと、今までの実験体よりも数倍……いえ、数百倍の威力を持つ『兵器』になるでしょう。
  弟とあの子は、普通に、幸せに生きてほしい。
  そう願うのは、私のわがままであると思います。
  もしあの子達がここに来てもいいように、石碑に私の言葉を残します。
  この日記を……読んでいるのがあなたでないことを、弟でないことを祈ります。
  どうか、鏖殺寺院のこの非道な行いを、世間に公表してください。もう、間に合わないかもしれないけれど……』

 これで、日記はしまいや……」
「署名に、エレアノールとあります。やはり、彼女は自らの製作者の名前を……」
「まてよ、何でルーノアレエは、イシュベルタから逃げてるんだ?」