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バトルフェスティバル・ウィンターパーティ編

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バトルフェスティバル・ウィンターパーティ編

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笑顔を呼ぶパンケーキ

 ――しかし、そんな楽しい時間は長く続かなかった。
 あまり料理は得意でないが、教導団=家庭科が苦手というイメージを払拭したいイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)は、ロシア出身なので祭りの雰囲気を懐かしく思いながら、料理が得意なパートナーから貰ったアドバイスを元に奮闘した。
 同じく料理が苦手なメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)も、得意なセシリア・ライト(せしりあ・らいと)に補佐してもらいつつフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)らとともに楽しく虎柄のパンケーキを作るのだと落ち着いて丁寧に作業をした。
 なのに……あの男、ヴィナだけは上手くいかなかった。料理が得意なパートナーに相談すれば、妻を含め周りから止められている料理をしようとしていることがバレてしまうので相談せず、1人でやろうとした結果招いた惨事。
 彼の作ったパンケーキは、巨大な鉄板の上でアドバルーンのように膨らんでいたのだ。
 関谷 未憂(せきや・みゆう)リン・リーファ(りん・りーふぁ)と力を合わせてパンケーキをひっくり返した後、自身の物と比べて大きく膨れたそれが、初めて見るはずなのに懐かしい光景のように思えた。
「凄く膨らんだわね……まるで、あの絵本みたい」
 森の動物たちが、仲良くフライパンで大きなカステラを焼いていたあの絵本。味もそうならば良かったのだが、でろでろと溶けるように鉄板を流れては地面へこぼれ落ち、鉄板の上の生地が少なくなってからは膨らみはじめて今はあの有様。一体何を入れたのか分かったものじゃない。
「……さて、コイツをどうやってひっくり返そうか」
 返しさえすれば平らに潰せると思っているのか、とりあえず手に馴染みやすかったという理由で持ってきたしゃもじを構えてみる。端から生地を剥がすにしても、小さすぎる物だろう。けれども、ヴィナは愛娘のために奮闘する。少しずつ少しずつ周囲を鉄板から剥がし、もうすぐ一周するというところで――パァアアアンッ!!
 生焼けの生地が、辺りに飛び散る。限界まで膨らんでいたのか、耐えきれずに弾けたそれは、ヴィナだけでなく周りの参加者までもを巻き込んだ。
 あと1歩で完成だった者、おしゃれに着込んでやってきた者……無言の圧力がヴィナを襲う。
「ご、ごめ……ちょっと失敗しちゃったみたい……だね?」
 降参するように両手を挙げ、苦笑いを浮かべてみた所で無かったことに出来るわけじゃない。ほとんどの参加者が1から作り直しなのだ。けれど、そんな惨事もなんのその、佐伯 梓(さえき・あずさ)は耐えきれないといった様子で笑い始めた。
「ぷはっ、パンケーキが爆発するとこなんて初めて見たぞ。すっげぇ音ー!」
 楽しそうに笑う梓に少々呆れた顔のカデシュ・ラダトス(かでしゅ・らだとす)イル・レグラリス(いる・れぐらりす)は、飛んできた破片を片付けながら新しい生地の準備に取りかかる。雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)はパンケーキでなくペンキ缶を鉄板の下に仕込んでパネットーネを作っていたため、被害は無かったが、いつ火の粉が降りかかるやもわからない。ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)もうっとりと問題の彼を見つめているようだし、これは被害を減らすためにも提案するしかないだろう。
「ねぇ、そこのイケメンなお兄さん! 良かったら私と一緒に作らない?」
 元々勝負事に興味が無かったリナリエッタは、料理の腕を殿方へアピール出来さえすればいい。そう声をかける彼女1人では、ヴィナに真っ当な料理を作らせるのは無理だと感じたのか、全員総出でサポートすることにした。
「まずは、何を揃えたのかが問題ですね……」
 カディシュがテーブルを見れば、もう何をどれだけ入れたのか分からない惨状。空いてる袋や包みを見る限り、どうやらガムや水飴まで放り込んだようだ。梓たちのチームが材料を教えている間、未憂とリンは鉄板やテーブルを片付けていく。そうして広くなったテーブルに、大和がティータイムで人数分の紅茶を用意した。
「仕切り直しで長丁場となりそうです。皆さん、体を冷やさず頑張って下さい。もちろん――」
 本当は歌菜へだけに振る舞うつもりだった。そんな彼女のためのロイヤルミルクティーをピンクのカップに淹れて手渡す。渡し損ねないように、外での競技で冷えてしまった手を温めるようしっかりとその手を包んで微笑めば、気持ちが通じ合ったかのようにはにかんでいる。
「私はまだまだ頑張れます。みんなで美味しいパンケーキを作りましょうね」
 アイドルだから頑張りますと寒さの中ミニスカサンタの衣装で耐えていたが、延長戦となっては話は別だ。
「これを着ていて下さい。俺には歌菜の愛のこもったマフラーがありますから」
 そう言われ、ついこのまま2人で見つめ合ってしまいそうになるが今は競技中。甘えてしまいたいのを我慢して、振り切るように握られている手ごとカップを持ち上げて紅茶を飲み干す。
「私だって、大和がいるから大丈夫。観客が飽きないように、盛り上げてきますね!」
「今はそれがいいでしょう。でも……夜は俺のためだけに歌って下さい。愛の歌を」
 軽く頬へキスをすると、少しだけ意地悪な笑顔を見せる。そういうことを人前でされると文句の1つも言えなくて、歌菜は頬を押さえたまま上目遣いに睨んでしまう。
「……別に、今すぐでも構いませんよ?」
「もう大和さんっ! いってきます!」
 怒ったように客席へ歩いていくが、その肩には大和のコートが掛けられたままになっていて本気で怒らせたわけではないとわかる。その証拠に彼女は歌い始める前に振り返り、いつもの笑顔を見せてくれた。
「みなさん、パンケーキをお待たせしてごめんなさい! 待ち時間に、この歌を届けます♪」
 踊る度にアクセントになっているカウベルが鳴る。盛り上がる客席に少しでも何か届けようと、リナリエッタは焼き上がったパネットーネを切り分け、それをベファーナが客席へと届ける。
「ふふ、よろしければどーぞ」
 微笑んだ男装の麗人に口元までパンを運ばれるのは悪くない。だがしかし、この微笑みの下には吸血鬼らしい願望が潜んでおり、そのどす黒いオーラにたじたじになる人もいるようだ。
(ああもう! どうしてタシガンは雪が降らないのかな。ワザと転んでイケメンと密着なんて美味しすぎる展開を期待してたのに……!)
 男の子がいっぱいのお祭りに胸を高鳴らせながらも、極力冷静にあーんとパンを配り歩いていくのだった。
 そして、材料を説明している梓チームから計量するためイリーナへバトンタッチされたようで、肩の荷が下りたというような顔をしている梓にイルがつっつく。
「そういえばさ、コレがなんなのか気になってたんだけど」
「コレ? どれだよ」
「こーれっ!」
 イルにつられてひょいと大きなボールを覗いた梓の顔めがけてボールの中に仕込んであった小麦粉を投げつけた。もちろん咄嗟のことに避けきれる分けもなくて、辺りにもうもうと白い煙を充満させた。
「アズサ、イル! 何をやってるんですか」
「ボク何もやってないよー梓が何か取ろうとして転けたみたいだけど?」
 しれっとそんなことを言うイルに、どうせ何かイタズラをしたのだろうと思っていたが、確かに梓の手元にはメープルシロップがあった。
「アズサ……またあなたは隠れてそんな物を」
「ちが、これはたまたま……おいイルッ!!」
「わぁ! ニコ、あっちでおねぇちゃんがパンを配ってるよ。もらいに行こう」
 わざとらしい言葉遣いと笑顔で走り去ったイルに助けを求めることは出来ず、梓はこんこんと糖分の過剰摂取について怒られるのだった。
 そして、イリーナによる計量指導。パートナーに託された小数点まで計量出来る計りを使ってきっちりと準備し、粉を振るったりと下拵えが出来た。
「お菓子は分量さえちゃんとしていれば、それほどおかしなことにならないらしい。先ほどはどうしたんだ?」
「適当に美味しそうかなって思ったものを……」
 申し訳ないと言った顔で微苦笑を浮かべ、溜め息を吐く。料理が大変であるということは知っていたが、朝食や小さな頃のおやつにサッと出てくるパンケーキがこんなに手順が多かったとは。これでは、娘に食べさせるのは何年先になってしまうだろうか。
「ほらほら、次は混ぜるよ! 材料が多いんだから、のんびりしてられないよ」
 ポンと背中を押すのはセシリア。巨大な鉄板で作るのだから、1枚焼くにしたって生地は相当な量だ。失敗も考慮して数枚分の生地を準備するならば、1人で混ぜればくたくたになる。さっきまで焼いていた物も、メイベルたちと手分けして混ぜなければ到底完成にたどり着かなかっただろう。
 イリーナの指示で3等分していた材料を手分けしてボールで混ぜていくが、やはり手慣れているセシリアと苦手とするイリーナとヴィナは同じ材料を混ぜているのに生地の雰囲気が違ってきてしまう。
「ボールを抱えるのが難しければ、湿らせた布巾を台に敷いてごらん。ボールが動かなくなるから」
 卵は冷えたまま使わず部屋の温度に戻すこと、泡立て器は――と細かいアドバイスを踏まえて、どうにか生地の完成までたどり着いた。
「お疲れ様です、あと1歩ですわ」
 フィリッパに差し出された紅茶を飲みつつ、鉄板の具合を確認する。先ほどは火をつけてすぐに生地を流し込んだのがいけなかったらしく、リンが鉄板が温まったのを確認して油を馴染ませる。
「ちゃーんとむらが無いように火加減は調節してあるよ。今度こそ成功させてねっ!」
「用意はいいですかぁ? バターを落としますよ〜」
 バターをたっぷり落とせば良い香りと共に滑り出す。じゅわーっと泡だったところに、恐る恐るヴィナが生地を流し込んだ。セシリアに教えられた通り中心から流し込めば、動かさずにじっとしているだけで綺麗な円形に広がっていく。
 なんとか鉄板ギリギリのところで止まりホッと一息。今のところは問題が無さそうだ。
「これ以上食べ物を粗末にしたらバチが当たるわ……ひっくり返すのは、交代してもいいかしら?」
 未憂がヴィナの顔色を伺うように提案すれば、どうぞと鉄板の前を譲る。
「そうだね、生地作りがマトモに出来ただけでも俺には奇跡だ。これ以上迷惑かけられないからね」
(いきなりこのサイズは無理そうだけど、普通のサイズなら作れるよな)
 サイズ以前の問題だということはさておいて、生地の端が少しずつ乾いてきたのを見て未憂とリンがフライ返しで少しずつ鉄板から剥がしていく。
「いくよ、リン!」
「うん! いっせーのーで♪」
 対角線になるように並んだ2人がかけ声をかけてひっくり返せば、ほんの少し鉄板からズレてしまったが下に落ちない程度に引っかかっている。少し焼けてから懸命にずらし、なんとか鉄板の上へ乗せることに成功すると、2人はハイタッチをして喜んだ。その様子に上手くいったのかとリナリエッタが見に来れば、メイベルが焼く直前にバターを落としたおかげで綺麗な虎柄に焼き上がっている。
「チョコレートで描いたり砂糖を炙ったりしなくても模様が出来るなんて素敵ね」
 そうして、どんどんと焼き上がったパンケーキは審査員や客席に配られ、お茶も振る舞いつつティーパーティのようになった。全校が協力したため競技としては結果が出せなかったが、みんなで美味しい物を作るというのはお祭りらしかったと思う。
 勝ち負けを気にする人がいなかったからこそ出来たこのパンケーキは、苦労もしたけれどみんなと仲良くなれる切っ掛けをくれた。素早く綺麗な物を作るよりも、もっと大切な物を作れたと思いながら、楽しく頬張るのだった。