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君を待ってる~雪が降ったら~

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君を待ってる~雪が降ったら~

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第1章 冬空よりの客人
 その日、パラミタは良い天気だった。
 冬とは言え、風もなくあまり寒さを感じさせない陽気の中。
 薔薇の学舎に通う黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、ツァンダに向かっていた。
「……ん、とうとう壊れてしまったかな。でもこの寒空に空京まで出掛けるのも億劫だし。ブルーズ、ツァンダまで買い物に付き合ってくれるかい?」
「ふむ……キーボードか。そのような物、何を使っても同じだろうと思うがな」
 目的は蒼空学園近くの電器店。
 正直、ブルーズにはパソコンだか何だか分からないが、お気に入りとやらにこだわる気持ちは理解不能だ。
 それでも、天音を一人で放っておく事はできない……まぁ振り回されるのはいつもの事だし、慣れてしまったし。
「そういえば、クィーン・ヴァンガードの本拠地だったね……」
 なので目的地周辺、天音が進みを止めた時も気にはしなかった。
「ん? 天音、急に立ち止まってどうした」
 ただ暫く経ってもそのまま、なのに流石に足を止めた。
 振り返ると、じっと蒼空学園を見つめたままの天音がいた。
「……ブルーズ、シャンバラでは局地的大雪が降るのかな?」
「局地的の範囲にもよるが……そういう事も稀にはあるだろうな」
「特定の建造物の敷地のみを覆う様な?」
「流石にそんなに都合よくは纏まって降らないと思うが……どこを見ている? おい、待て。電器店はあちらだぞ」
「君の言う事が本当なら、目の前で起こってる事はちょっとした事件みたいだよ。面白そうだね」
 目をキラリン、と光らせていそいそと蒼空学園に向かう天音。
 その後を慌てて追いながら、ブルーズはふと首を捻った。
 向かう先、大地を白く覆うものが、雪に見えたからだ。

「あれ? さっきまで晴れていたのに……ここも雪対策したほうが良いかな?」
 花壇の手入れをしていたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は空を見上げ、小首を傾げた。
「……この雪、変」
 けれど、ポツリとした天穹 虹七(てんきゅう・こうな)の指摘に直ぐに気付く。
 この雪は、異常なのだと。
 気付いたアリアの対応は早かった。
「お願い!」
 手帳のページから召喚された使い魔の紙ドラゴンが、上空で炎を吐く。
 一気に激しくなった吹雪を可能な限り、吹き飛ばし。
「花壇の花達は守ってみせるわ」
 そうして暫く。
 雪は降り始めと同じく唐突に止んだ。
 その雪は、雪がどういうものなのか知りたかった夜魅が引き起こしたものだとアリアが知るのは、暫く後の事であった。
「あ〜……雪。もう帰って寝て良いかな。良いよね」
 真っ白な校庭を目にした緋山 政敏(ひやま・まさとし)は、気だるげに息を吐き出し……そのまま回れ右をしようとし。
「政敏、一体何処に行くつもりですか?」
パートナーのカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に両側から拘束された。
「何故、腕を二人して抑えるのかな?」
 正確には、腕を組まれただけだが、にこにこにこにこにこ……二人の笑顔と込められた力に顔を引きつらせてしまう。
「これじゃ、両手に毒花……う、嘘です嘘。や、マジで!」
 にっこり笑顔のリーンにぐーで頭を殴られた政敏はそれ以上の抵抗を諦め。
「折角です。除雪作業の手順を教えてあげますから♪」
「……お手柔らかにお願いします」
 ズルズルと白銀の世界へと連行されたのだった。
 そんな政敏が目にしたのは。
「……ごめんなさい」
 夜魅が春川雛子井上陸斗観世院義彦、パートナー(というより実質的には保護者)のコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)達に頭を下げている場面だった。。
 御神楽環菜からの校庭の除雪命令……その困難さを目の当たりにし、思う所あったらしい。
「夜魅じゃないか……って事はコレ、もしかして……?」
「うん。せーれーさんにね、あたしがムリなお願いしちゃったの」
「……大丈夫。みんなでやれば、直ぐだから」
 政敏の確認にシュンと項垂れる夜魅を、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は慰めるように、頭を撫でてやり。
「あらあら……なかなか粋な贈り物をしてくれますわね」
リネンのパートナーであるユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は、半分以上本気で笑んだ。
「こんな素敵な贈り物、滅多にお目にかかれませんもの」
「そういう事!……うおぅ、すげぇぜ!」
 茶目っけたっぷり言い放つユーベルに同感とばかりに、渋井 誠治(しぶい・せいじ)は真っ白な雪に大の字にダイブした。
 冷たく柔らかく全身を受け止められる感覚は、とても不思議で面白い。
「こんなの、楽しまなきゃ損ってもんだぜ」
 その言葉に、リネンも頷く。
「私も……雪遊びなんて話でしか聞いた事がないから……だから、私達に言うなら『ごめんなさい』じゃなくて……」
「『ありがとう』……?」
 夜魅に、リネンは正解と言う代わりに口元を小さくほころばせ。
「皆、ありがとう」
「良くできました♪、花丸よ、夜魅」
 もう一度改めて感謝を口にした夜魅を神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)は褒めてから。
「さて夜魅、コト姉ちゃん、遊ぶわよ!! でも片付けろって言われてるから、遊びながら片付けるわよ!」
 早速、夜魅達を誘った。
「はい、いってらっしゃいませ……と、その前に」
自分は雛子の手伝いをするつもりのエマ・ルビィ(えま・るびぃ)は、ニコリとジュジュに頷いてみせ。
「そうね、作業の邪魔になるといけないから、ね」
 ジュジュは手際よく夜魅の髪を括った。
二つに分けて三つ編みして、白いリボンで結び。
「リボンはエマからのプレゼント。色違いのお揃いよ☆」
仕上げにニットの帽子をかぶせた。
「それと、万が一風邪なんか引かないように、な」
 その夜魅の首にマフラーを巻いてやったのは、瀬島 壮太(せじま・そうた)だ。
「ありがと!」
 ジュジュや壮太に嬉しそうに、とびっきりの笑顔を浮かべた夜魅。
 壮太は笑みを返してから、やや表情を改めた。
「おまえ、ちゃんと寝る場所とかあんの。今は冬だしよ、寒い思いしてねえか? ちゃんと毎日メシ食えてるか?」
 夜魅にはコトノハや姉である白花がいる。
 それでも、親が居ず結構しんどい思いをしたり惨めな思いをしたりしたことのある壮太は、気にせずにはいられなかった。
(「せっかく本人が望んでた場所に出られたんだから、できるだけ辛い思いはしてもらいたくねーし」)
「大丈夫、だよ」
 歩き出していた夜魅は振り返って、告げた。
 けれど、壮太がジッと見つめているとホンの少し、瞳を揺らし。
「時々ね、ぜんぶ夢なんじゃないかなって思うコト、あるよ」
 ポツリともらした。
「こうしてそーたと話したり、ジュジュ達と一緒にいたりしてるのは全部夢で……ホントのあたしはあそこに、真っ暗なトコにいるんじゃないかな、って」
「夜魅!」
「バカなコト、言うな!」
 ジュジュと壮太は咄嗟に、夜魅の手を肩を掴む。
 ふと、白い景色に消えそうなその小さな身体に不安を覚え。
「夜魅、いつまでもそんなバカな事を考えてるなら、本気で怒るわよ?」
 そして、コトノハがいつに無く険しい表情で言い、夜魅をギュッと抱きしめた。
 伝わる鼓動と、温もり。
 確かに現実だと知らしめる壮太達の、それ。
「うん。分かってる、よ」
 それでもどこか不安が付きまとうのは多分、幸せだから。
 今が幸せ過ぎるから。
 自分は本当に幸せになっていいのか、こんなに幸せでいいのか、ふと疑問が浮かぶから。
 多分口にしたら、優しい大好きな人達は、自分の欲しい言葉をくれるだろうけど。
(「そんなカンタンに楽になっちゃいけないんだよね、きっと」)
 傷つけてしまった人達が確かにいる、だから。
 それでも、自分はここに……みんなと一緒にいたいから。
「分かってるから、あたしは大丈夫だよ」
「だから、ガキが大丈夫とか言ってんなよ」
 繰り返す夜魅に壮太は大きく溜め息をつくと「よく聞けよ」と言葉を紡いだ。
「しんどいことあったら、一人で抱え込まねーで必ず誰かに言えよ。オレじゃなくてもいいから、おまえが信頼できると思った相手にちゃんと辛いってことを言ってやるんだぞ、いいな」
 夜魅はまだガキなのだ、自分が一人ではないという事を何回も言い聞かせて分からせないといけないと、壮太は思うから。
 分かって、不安なんて全部なくなって欲しいとそう、願うから。
「……うん」
 壮太の眼差しを受けた夜魅は、噛みしめるように頷き。
「あ〜っとほら、あれだ! 雪遊びするんだろ? さっさと行かないと、日が暮れちまうぜ」
 周囲の視線に我に返った壮太は照れをごまかすように、慌てて先へと進み。
「雪、たくさん見られてよかったね」
 取り残された夜魅に、ミミ・マリー(みみ・まりー)が小さな雪だるまを渡しながら、こっそりと教えた。
「壮太はね、夜魅ちゃんのこと妹みたいに思ってるみたい。世話を焼きたくて仕方ないんだよ」
「ほらミミ、夜魅、早く来いって!」
「「はぁ〜い」」
 二人は笑みあってから、壮太の後を追った。
「皆さんがいてくれたら、あの子は大丈夫ですね」
「そうですね。それに頼りになるお姉さんもいますし……でしょう?」
「刀真の言う通りだよ」
 息をつく白花の手を樹月 刀真(きづき・とうま)はそっと握り、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は大きく頷いた。
 見守っていた白花の中、安堵と共に一抹の寂しさを見てとって。
 そして。
「さあ白花、遊びましょう」
 繋いだ手を、引いた。
「でも、私は真面目に雪を撤去しようと……」
「だめです、今の白花には遊ぶ事が重要です」
「刀真の言う通り」
 言い淀む言葉を遮るのは、気付いたから。
 『今』に戸惑っているのは夜魅だけではない、という事に。
 いや寧ろ、子供らしく柔軟な夜魅以上に白花は戸惑っていた。
(「自分が生きている事……普通に生活している事なんて想定外だっただろうから、仕方ないのでしょうけれど」)
 妹を助ける事、影龍を浄化する事、それを自らに課していただろう事は想像に難くなかった。
 故に、白花は今の……命を散らす事無く刀真と月夜と共にいる自分に茫然としているのだろう。
 だからこそ、刀真は白花を誘う。
 夜魅と同じく白花にも楽しい事を教えてあげたい、戸惑いでない笑顔をもっと見せて欲しいと。
「行きますよ、白花」
「ちなみに拒否権は、ないの」
「あのっ、待って下さい」
 かくて刀真と月夜に両手を取られ、白花は夜魅達の後を追うのであった。
「夜魅を見ていると、昔の自分を思い出すわ。ユーベルとあったころ……私も、あんな感じだった」
もう一人。ジュジュやコトノハと連れ立って行く夜魅の後ろ姿を見つめ、リネンは知らず呟いていた。
 何も分からなくて、何もかも上手く出来なくて、失敗ばかりで。
 それでも、リネンにはユーベルがいてくれた。
 そして夜魅にはコトノハやジュジュ達がいて。
「……助けられて、みんな無事で、本当によかった」
もれた言葉は少なく、それでも万感の思いが込められているのを、傍らのユーベルは察した。
「さて……で、どうしますか?」
「私も行こうと思う……雪遊びなんて、話でしか聞いたことないけれど。みんなと遊んでみたい」
「そうですね。では準備をしてから、夜魅さん達に混ざりましょう」
 あの頃よりずっと人間らしくなったパートナーの言葉に、ユーベルは優しく目を細めた。
「ちなみに夜魅、その妖精さんだか精霊さんだかは、今も居るのか?」
「うん、いるよ。あたしと一緒で責任、感じちゃってるんだって」
「ふぅん……あのね、精霊さんは何処から来たのか聞いてくれるかな?」
 リーンは問うてから……虚空に困惑とも怯えともつかぬ気配を感じて、慌てて手を振った。
「ごめんね、答えたくないのならいいの、気にしないで。新しい『友達』と皆とで一緒に遊びましょう」
「せーれーさん嬉しそう、うんって言ってるよ」
 笑顔で告げると気配はホッとしたように緩み。
「すまんね。無理を聞いて貰って、ありがとうな」
 そう頭を下げる政敏はどうしてだろう、その時。
 小さな女の子の悲しい顔を見たような気が、した。

「とその前に……」
 校庭作業組と雪遊び組と分かれる前に、と橘 恭司(たちばな・きょうじ)は雛子へと歩を進めた。
「この間は、すみませんでした」
 恭司に唐突に頭を下げられた雛子は、キョトンとし。
「あのあのあの、頭を上げて下さい」
 恭司がそのままの姿勢でいると慌てて言い募った。
「私の方が助けていただいたのですから、そんな風に謝られたら困ります」
「いえ、緊急時とはいえ女性の顔を殴ったのですから、ちゃんと謝罪させて下さい」
「でもそんな……」
「事情は分からないけどそれで彼の気が済むなら謝罪されてあげれば?……まぁ女性を殴っちゃいけないとは思うけどな」
 恐縮し切りの雛子だったが、義彦に諭され、恭司の顔を見あげて暫くしてから小さく頷いた。
「許してくれますか?」
「はい」
「じゃあ、その話はこれで終わりと言う事で、作業を始めようか」
 そうして、恭司も雛子もスッキリした顔で作業に入るべく動き出し。
「頑張ろうね、雛子」
「はい」
 見つめ合う雛子と義彦を陸斗が、剣呑に見つめ。
「む、観世院、あやつ……雛子殿へのあの態度、こ、これは陸斗殿の不憫フラグか?!」
「勝ち目ないです?」
 そんな陸斗を案じるのは藍澤 黎(あいざわ・れい)だ。
それからパートナーであるゆる族のあい じゃわ(あい・じゃわ)が、にゅ?、と可愛らしく首を傾げる。
 グサっ、と陸斗のハートに言葉の刃が突き刺さる。
「うぅっ、どうせ俺は……」
「いえ、ヘタれてる場合ではありませんよ。陸斗殿! かくなるうえは観世院殿より、男らしく頼りになる面を雛子殿にアピールしなければ!」
「おっ……おおっ、確かにその通り……とはいえ、男らしくアピールかぁ」
 何やらメゲている陸斗の胸倉を黎は掴み、必死でハッパを掛けた。
「……此処まできて二の足を踏むなど、男らしくないぞ陸斗殿っ」
 そこまで言われて引き下がったら男じゃない!
「分かった、俺はやる、やってみせる!」
「陸斗殿、陸斗殿っ!」
 言いつつ、カクカクと歩き出す……雛子や義彦とは真逆の方向に行こうとする陸斗を、黎は慌てて軌道修正した。
 限りない、不安と共に。