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消えた愛美と占いの館

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消えた愛美と占いの館

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エピローグ『明日へ向かって』

「ん……」
 コハクは、ゆっくりと目を開けた。
 降り注いでくる夕日がまぶしい。
 ぎゅっと目を細めながら、コハクはあちこち痛む身体をよじった。
 どうやら芝生の上で仰向けになっているようで、背中の下が固くて痛い。けれど頭の辺りだけには暖かくやわらかい感触があって、コハクはなぜだか安心できた。
「気がついた?」
 深く吐息の混じる、らしくなく優しい美羽の声が、コハクの耳をくすぐった。
 やっと光に慣れてきたコハクの視界に、美羽のいたずらっぽい笑顔が映る。
 美羽は、どうやら上から、コハクの顔を覗き込んでいるらしい。
「ここ、どこ? あんまり覗き込まないでよ。恥ずかしいから」
「えへへ、私もちょっと恥ずかしい」
「……?」
 美羽が身じろぎすると、コハクの頭の下の柔らかい感触ももぞもぞ動いた。
 おそるおそる、コハクは自分の頭の下にあるものに手を触れてみる。
「ひゃん!」
 張りと弾力のある暖かなふとももが、そこにあった。
「いきなり触んないでよー。びっくりしたー」
「えっ、ええええっ、美羽っ!?」
 あわてて起き上がろうとしたコハクの肩を、美羽が強引に押さえつけた。
「だーめ。このまま。このまま」
「えっ、ちょっ、美羽、何、えっ?」
「コハク。身を盾にして、私のこと護ってくれたでしょ? だからね、お礼なの」
「あ……」
 コハクは、考えなしに射線に飛び込んだ瞬間のことを思い出した。
 思い返してみれば、それ以後の記憶がまったくない。
「けど、無茶したねー、コハク。さすがに私も、コハク死んだと思ったよ。だってゴム弾だなんて思わなかったもん。あはは、アヤちんが私と違って、一般常識のある人でよかったねぇ」
「あはは……ホントにね。実弾じゃなくってなにより」
「うんうん。でもコハクが撃たれて倒れたとき、私、ちょっと泣いたよ?」
 無邪気に笑って、美羽は首をかしげた。
 ちくん、とコハクの胸に、撃たれたのとは違う痛みが走る。
「ごめん……心配かけた」
 コハクは痛む片手を持ち上げて、柔らかな美羽の頬に触れた。
 今はもうすっかり乾いている、大きな目の端を、指でそっとぬぐう。
「まっぴーの占い。半分だけ当たったね」
 コハクの手のひらに頬をすりつけながら、美羽がしみじみと言った。
「ちょっとだけ……コハクに近づけた」
「ん……そうだね」
 それはそれは嬉しそうに笑った美羽に、コハクは、精一杯の微笑みを返した。

 ※

「ごめん」
 深々と頭を下げた毅のつむじを、愛美はじっと見下ろしていた。
 毅がいつまでたっても頭をあげようとしないので、愛美はそのつむじに向かって声をかける。
「やっぱり、マナミンのこと好きになれそうもない?」
「いいや、そうじゃない」
「じゃあ、ほかに好きな人が出来た?」
「……いいや、それも違う」
 毅はやっと頭を上げた。真摯な瞳が、まっすぐに愛美を見据える。
「今回のことで、よーく分かった。俺、誰かと付き合うってことを、軽く考えすぎてた。俺は愛美ちゃんや魔女子さ……益代さんの十分の一も、悩めちゃいなかった」
「マナミンは……それでもいいよ?」
「俺が、嫌なんだ。だから、ごめん、なんだ。今のオレじゃあ、どうしたって君とは釣り合えないから、だから……恋人にはなれない」
「……そっか」
 うん、と愛美は精一杯微笑んで、頷いた。
 涙がこぼれないように。
 瞳がにじまないように。
 愛美の胸が痛んでいることを知ったら、この人はきっと傷つくから。
「じゃあ、はいっ!」
 愛美は、すっと右手を差し出した。
「握手! 最後に、握手しよ!」
 毅が頷いて、おずおずと手を差し出してきた。
 手のひらが触れ合う。ほんのわずかな面積だけれど、二人の距離がゼロになる。
 怖くはなかった。
 三秒握り合って、どちらともなく離した。
 右手が、すこしだけ涼しく感じる。
「じゃーね、梅木君。私、ちょっとの間だったけど楽しかったよ」
「俺もだよ、小谷さん。すごく楽しかったし、なんか、変われた気がする。……運命の人じゃなくってごめんな」
「ううん」
 愛美はかぶりを振った。
「だってね、運命なんて、心がけ次第で変わっていくものだから」
 言ってから、愛美は「はて?」と首を傾げた。
「あれ……? この台詞、どこで聞いたんだっけ……? 耳に馴染みはあるんだけど……うーん」
 毅は答えなかった。ただ、微笑んでいた。
 優しい笑顔だった。
「ま、いいや。マリエルも心配してるし、私もう行くね」
「ああ、それじゃあ。……またな」
 愛美は一瞬、言葉に詰まった。
 けれどもすぐに微笑んで、
「うん、またね!」
 手を振って、答えた。
 毅の微笑みが、遠ざかる。
 愛美が変えたと言う彼の運命も、いいほうに進んでいくといい。
 最後にそんなことを思って、愛美は、視線を前へと向けた。
 もう、振り返ることはなかった。