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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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4-06 南部諸国

 *まず最初に、ヒラニプラ南部勢力についての補記・修正を行います。
 「ヒラニプラ南部」という場合には、それは(地図でいうとヒラニプラの山に雲がかかっている辺り)以内を指し、黒羊郷やその周辺列強国も含みます。
 が、「ヒラニプラ南部勢力(南部諸国)」という場合、それは「ヒラニプラ南部」の中でも、更に最南一帯に乱立する小勢力群のことを指す、とします。
 また、南部勢力の各代表の表記は今回から"諸侯"に統一いたします。(今まで、首脳、主導者、など幾つかの表記があり混乱させたと思います。前回のシリーズで、黒羊郷に招集されていた各国の代表者のことです。後に記しますが、これも前回に登場した"王子"との関係性をよりわかりやすくするためにもこの表記と致しました。)


 湖賊、教導団の水軍が敵国ブトレバ、黒羊水軍と戦う一方で、湖賊砦に残っていた南部勢力の者たち(王子、一部の諸侯)との交渉が進められていたことになる。
 だが、南部諸国の存在が明らかとなると、教導団以外の者で、独自にそこへ向かう者があった。
 そのことについてまず我々は目を向けてみることにしよう。

 一人は、おなじみの、第四師団で戦う薔薇学の騎士、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)である。
 三日月湖に滞在し、これまでの活躍からパルボン・リッターを預かるなど戦力の中心に近いところにあった彼は、南部勢力のことも早くから耳に入れていたのだろう。彼は……直観としか言いようがないが、いち早くに馬を引き、ローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)らを連れ南部諸国方面へと向かった。(彼が亡きパルボンに代わって率いたパルボンリッターのその後については、第2章に触れてある通り。)
 クライスが陸路はるばる馬で行く旅の間に、前章で触れたように、南部勢力の諸侯たちの多くはさっさと船で自国へ戻っており、クライスは彼らに南部の地にてまみえることになる。クライスの投げかける問いが、彼らに何を思わせたかは後に見ることとなろう。

 さて、もう一組、南部諸国を徒歩で目指す者があった。
 秦野 菫(はだの・すみれ)。葦原明倫館の忍者である。
「風雲急を告げるヒラニプラ南部地域。
 忍者として修行するには格好の場所でござる、ニンニン」
 入学後、忍者修行のために、第四師団の傭兵募集を見つけて応募してきたものの、実際に来てみると、教導団側も黒羊郷側もイマイチ魅力を感じられなかった。忍者修行のためなら、黒羊側に付いていた可能性があるあたりも、ツッコミどころなのだが、そんなことは無論、気にしない菫だ。
 そこで、南部諸国を目指すことになった。
 パートナーの梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)にしても、気分は物見遊山なのだった。
「え〜、忍者はいらんかえ〜」
 "忍者いりませんか?"の幟旗を掲げ、日雇いの職を探しつつ、街道を下っていった。もちろん……全然忍んでいないだろ! とツッコミがあっても、どこ吹く風で受け流すござるであった。ニンニン。
 街道沿いに忍者が要り用な人もいなかったので……野宿が多かった。
 それでも梅小路は、「忍者修行も宜しいですが……夜のお相手も忘れないでくださいね?」と毎日釘を刺して菫に迫る。「ニ、ニンニン。もちろんでござるよ」このような辺境であれば、誰にも拙者のこの嗜好がバレることもないでござろうし……ニンニン。

 こうして、薔薇仕様の騎士一行と、百合仕様の忍者組が、南へ向かう。
 彼らが教導団に与える影響は……大丈夫だろうか。乞うご期待。



 南部勢力の諸侯らは、黒羊郷から戻り、一時三日月湖に滞在するが、その時点で分裂は始まっており、ほとんどが自国へ戻ってしまった。
「な、何? ほとんどがもう南部諸国に戻ってしまったと?」
 三日月湖での"南部勢力会同"を発案した青 野武(せい・やぶ)は、少々驚いた。この三日月湖で、湖賊砦に拠る彼らにひとまずの安全が確保できたところで、話を持ちかけにきたのだが。
 では、同盟を進めるには、青らが南部諸国まで赴く他ないのか……?
「では、しかしここに残っておる者はまた、どういった理由で?
 座長殿。そろそろ、郷里のことを話してもらえはしまいかな?」
 そう水を差し向ける青なのだが、旧"サーカス"の一行は、暗い面持ちでいた。
「何? あのときの"座長"は亡くなったのであったか……それは何とも。して、残っているのが、この」
 王子、ということか。
 青は、王の臣の者に、話を伺う、
 この王子の血筋とは、もともとヒラニプラ最南地域を統べる辺境の王家であった。
 しかし、各土地を守っていた諸侯らがそれぞれに力を蓄え大きくなってきたため、各勢力がそれぞれの土地の権力者として振る舞い出した。もちろん、彼らにも様々であり、その中でも、王家の力は絶対でありあくまでも南部王家に従うのだという者もあったし、逆に王家はもう要らない、として独立勢力を名乗る者もあった。
 これが、南部勢力のできた由縁である。
 とは言え、彼らはどの国土もほんの狭い領土に過ぎないので、絶えず外敵には怯えねばならず、どの国もが、他の領土を糾合し、ヒラニプラ最南を一つにまとめ、ヒラニプラ最南最大の国家として、他勢力と並び立てるようになろうと目論んでもいた。
 王子は……今やそういった各諸侯に利用されるだけの向きになってきていた。
 "座長"と旧"サーカス"の一座は、そんな王子の近臣たちであり、王子を支えてきた王家直属の家来たちであった。
 "座長"は、……前回の黒羊要塞における戦いで、刀真に自国の王子を託して、戦死したのであった。刀真は、王子や同じく黒羊郷に赴いていた南部勢力の諸侯らを護って、無事、帰還したわけだった。青も湖賊の一隻に乗り込み帰還を果たしたが、あの座長が、もとは教導団の傭兵だったが独自に湖賊に協力した刀真によって救われたその王子の家臣であったとは、それにあの戦いの中で戦死してしまっていたとは……
 青は、王子にかける言葉もなく、しかし、いずれにしてもこのままというわけにもいかぬと思うのであった。

 ともあれ、そうして南部諸国が相争う間に、黒羊郷が、教導団と対するために、最南を含めた南部全土の併合に乗り出してしまった。
 撲殺寺院などはそんな中で、宗教上、絶対に黒羊郷とは相容れぬため、全面衝突し、敗れ去った。そうやって幾つかの勢力が滅ぼされると、黒羊郷に刃向かう勢力はなくなった。少なくとも、湖賊勢力のように、中立的な立場を保持する勢力が残る程度であり、南部諸国の多くも、黒羊郷に対立はせずあくまでおのおのが独立を保持したまま、できるだけ対等な関係を保っていこうと考えていたのだ。
 だが、黒羊郷から復活祭に際しての半強制的な招集がかかり、どの勢力もこれには応じないわけにはいかなかったわけだ。(もし、あの場で各国の諸侯が殺されていれば、南部はどの領土も統べる者がなくなり、黒羊郷のものとならざるを得なかっただろう。)
 今、各国へ戻った諸侯らはそれぞれ、何を考え、また行動に移すのか……まだこの段階ではそれは予想することはできなかった。



4-07 会同

 ともあれ、青らは、まずはこの三日月湖に残ったわずかな南部勢力の者らと会同を開く方向で進めることとした。そこには、元来は最南を統べる立場にあった(今もそうなのだが形骸化している)王子も含まれる。
 ここではじめて、南部勢力と教導団(本営)が正式に顔合わせすることともなる。
 それは必要なことであろう。
 実際に一座……つまり王家の家臣らと共に旅をした黒 金烏(こく・きんう)シラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)がとくに彼らと本営との間を取り持った。シラノは、教導団側からも見合った格の人物が代表として臨席するよう要請。この会合における本営側の代表は、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)少尉が引き受けることとなった。
 本営側から南部勢力側への使者には、皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)がその任にあたる。
 皇甫自身の本件についての基本的な考え方としては……
「協力勢力間で横の連携を作ってしまうのは将来的にどうか(分断して統治すべきではないか)という考え方もあるでしょうがぁ、そんな大きな事を言えるほどまだ教導団は当地では地歩を築いていないと思いますぅ……なのでまずは同盟の根回しと地固めをしておくにしくはないと考えますよぉ」
 という明確な行動理念を立て、彼女は実際の動きに移ることになる。
 青は、南部勢力の諸侯たちに、
「同盟と言っても、双方に利が無ければ一時の恩義では長持ちすまい。団に何を求め、見返りに何を提供するお積りかな?」
 彼らの交渉スタンスを明確にさせておく必要がある。
 黒は、本営に、念のため、王家の家臣らの戦力構成を密かに伝えておいた。やりたくはないが、万が一談判が決定的決裂となった際には、彼らの身柄を押さえるためだ。だがおそらく、その心配はないだろう。
 期日が決まると、その日に向け、着々と準備が進められた。
 皇甫は……「非公式とはいえ外交使節の接遇ですからぁ、相応の格式のある造作や調度、什器備品、出来れば先方の旗なども失礼のないように用意しなければいけませんねぇ」と、張り切った様子だった。
 黒が、相手側の儀典様式、風習、禁忌などを入念に聞いておいた。が、最南の気風なのか、そういったものはなく、わりといい加減なものでよいらしかった。あまり細かい事は気にしない、らしい。パラ実気風を幾分よりはもうちょっと丁寧にしたようなものなのだろうか。それから、王子はプットポーオパイが嫌いで、特にプットポーオパイ焼きや、プットポーオパイの盛り合わせ等は絶対に出しては駄目だ、と念を押された。それくらいのものであった。 逆に王子の好物は、みじんこのから揚げとみかづきもサラダらしい。それなら、バンダロハムの料亭ですぐに手に入る。
 旗は、かつて最南を一つに統べていた王家の旗が用意され、これには諸侯らも満足のようで、晴れがましい表情で旗の立つのを眺めることになる。
 うんちょう タン(うんちょう・たん)は、それをもとに皇甫伽羅と共に買い出しに出かけた。至れり尽せりのスキルで調達漏れがないように、経理・財産管理で見落としや計算違いがないように。
 その一方で、皇甫 嵩(こうほ・すう)劉 協(りゅう・きょう)が、会場の準備を行った。
「それがしは、献帝陛下……もとい、伯和殿(劉協)とともに、当日会場の準備でござりますな」
「あまり思い出したくはないですが、前世では接待される側に立つことが多かったですから……」
 ともかくその経験を活かして、接待される側の身になって失礼にならないように、しかし過度の緊張を強いることもないように、更には威圧的にもなり過ぎないようになど、義真さん(皇甫嵩)に助言をする。
 とりわけ、今回の接待側の中心である王子……彼が最南の地でしてきた思いを、劉協はわかる気もした。
 英霊として甦り、こうして新たな生を生きられる今、自らの以前の生を、意味あるものにしたい。
「あ、義真さん……そんなに畏まらなくていいですから」
「しかし献帝陛……いえ、伯和殿。そうでござりますな。今、このパラミタでそれがしにできることを……」
 当日。
 皇甫嵩が、少し間の抜けたトナカイに乗って警備指揮にあたる以下、うんちょう、シラノ、青 ノニ・十八号(せい・のにじゅうはちごう)、曹豹が各所の警備に配された。
 それから、嬉しいことに、皇甫伽羅がチャイナドレスで接待の任にあたった。「給仕役の正装ですぅ!」
 出席したのは、教導団側は、クレア少尉が代表として臨席、それに青、黒、劉協、である。また、湖賊からは、テバルク弟と漆髪月夜(うるしがみ・つくよ)が出席。それに、皇甫が声をかけておいた三日月湖の親教導団派の代表と目される人物も、この席に呼ばれた。(ここで、クレアの共同体構想において、三日月湖の統治者を任せる人物も具体的に浮上したことになるかも知れない。あくまでその候補者と言えようが。これには、教導団による傀儡政権の問題もあるし、戦部少尉は尚、強く教導団が前に出なければならないことを主張しているのだが。)
 南部勢力側は、王子、王家の家臣ら一同から代表で馬女と吸ケツ亀、それから三日月湖に残る南部勢力の諸侯は四名で彼らは皆、最南において王家を盟主として忠誠を誓う者たちであった。
 彼ら諸侯は、独立志向で反抗的(反王家)な勢力を抑えるためにも、教導団に援助を願いたいと思う者は多かった。黒羊郷のあのやり方を見た後では……とくに、黒羊郷が最南を平定すれば、王子は生かされないのでは、との思いを薄々皆が抱いていた。
 無論、教導団についても、その本質を見るまでは、彼らは安心はできないだろうが……そこでこの会同、でもあったわけだが。前シリーズでも、青が最初に"座長"に会ったときすでに、彼が教導団に助けの手を差し伸べてもらいたく願っていたように、まず親教導団の彼らに対しては、双方にとって友好を深め、おおむね信頼を築ける形で、和やかに過ぎていった。が……
 青の十八号が、会同の間に飛び込んでくる。
「ののののののの」
「の? どうした、十八号……」
 そんな折の、旧オークスバレー陥落の報であった。(実際には、会同中というあまりになタイミングではなく、その後日数日中くらいのことであろうが。18号「エ……それじゃぁ出番が。……ひどいぢゃないですかお父さん!」)



4-08 最南の地

 最南の地へと向かったクライス
 教導団寄りの諸侯の下へ赴くつもりだ。しかし南部に乱立する諸国を、一国一国回るのは大変なことである。
 そこでまず、共に付き従ってきたサフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)ジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)が中心になり、この地で情報収集を行うことになった。
 買物カゴ持って、商店街で夕食の買出ししながら会話するのは、サフィ。
 商店街と言っても、辺境の蛇行する河と河の中洲に築かれた違法な香も高いマーケット的な立地である。
「んー、あたし達は戦乱が開かれる前に逃げたんだけどね。何か教導団の統治も案外よくされてるらしいじゃない?」サフィには考えがあり、こうしてまた情報を流布している。「だから戻ってもいいかなって……え、また戦争になるの? どこと?」
 教導団に付けば、おそらく黒羊郷との戦争は避けられないだろう。とのことだった。ここは、親教導団側の国のようだ。
「……と、まああたしが調べたのはこんなところね」
 だが、まず、親教導団の国は、代表者にあたる人物が戻っていないところもあり、こういった国には、話を聞いてもらおうとしても、今決められることはないと言われ、断られた。
 ジィーンはその間……情報収集を続け、酒場に入り浸るようになった。昼間から酒盛り、中々退廃的で新鮮な日々であった、とジィーンは後にこの最南での日々を振り返っている。
「……親父、傭兵の仕事を探してきたんだが、この辺だとまだ仕事にはありつけなさそうか? ああ、そうだな……この通り少し出遅れたんでな、とりあえず出来るだけ近くがいいんだが」
 黒羊郷から、諸侯らの多くが帰ってきたという。募兵を始める国もあるそうだ。
 最南へ入り込み、半月ほどが経っていた。クライスはようやく一国の諸侯に、面会が叶った。
「このまま傍観すると、教導団と黒羊郷のどちらからも敵視されますよ?」
 首脳らの説得に力を入れるクライス。
「わかっておる。しかしな、今このわしが教導団と同盟を結んでも、北と西とを反教導団の国に挟まれておるから、動くに動けぬし、今下手に同盟してそれを知られれば、こちらに攻め込まれかねん。教導団が、動いてくれるのか。黒羊郷がここへ攻めてきたら、抵抗せずその時点で恭順の意を示せば、滅ぼされはしまい……それまでに、教導団が動いてくれればいいのだがな」
 残念ながら、親教導団と言え、積極的ではない日和見な諸侯であった。
 仕方なく、クライスは、隣国の親黒羊郷の諸侯にも会ってみることにした。同じように問うてみるクライス。
「わかっとるわい。じゃから、わしらは黒羊郷につくわい。あれは、昔っからのこの南部地域のいちばんでっかいとこじゃい。国力も大、ヒラニプラを守ってきた信仰の地じゃぁ、教導団なぞと一緒にするでないわ」
「黒羊郷が、ヒラニプラの解放とおっしゃいますが、何からですか?」
「だから、教導団じゃろうが。え? 違うんか」
「もし、では教導団を退けられたとして、今度はシャンバラの新女王、更にはエリュシオンとも自力で戦う覚悟があるのですか?」
 クライスも、相手の勢いに負けていない。
「真にこの地を自分たちのものとしたいなら、むしろ教導団と協力すべきです。いずれどこかに敗れる前に、対等な関係になるべきです」
「対等じゃあ? ふざけるな! 教導団が、わしらと対等な関係を結ぶ筈がなかろう!
 やつらの思う通りにこの地は開発されその労働力にこき使われるだけじゃろうが! 帰れ、教導団の回し者め!」
「ボクは、薔薇の学舎の騎士だ!」
 クライスは、ひとまず城を追い出された。
「気の荒いところだよね……」
「クライス。気を落としても仕方がない。次へ行くぞ」
 二国ほど回るが、だめだった。
 そこで、大きなどぶ川のような下流域の河が間近に流れる最南喫茶で、少しションボリして最南茶をすすっていると……
 サフィとジィーンが情報を持って来た。
「えっ?! 旧オークスバレー方面に向かって、軍が出発した……? どこから……」
 先に回ってきた、西寄りにある親黒羊の一国であった。北に隣接するもう一国も兵を準備している、という。
「パ、パラ実?!」
 もともとは、旧オークスバレーに攻め入ったパラ実勢に呼応してのものらしい。
 クライスは、ローレンスと、再び、親教導団派の一国へ馬を馳せた。そこには、別国の諸侯が一人いた。この件について、話し合っていたのかも知れない。
 息を切らして、クライスは言う。
「今すぐにでもあなたたちも出撃し、教導団と戦う彼らの背後を突き壊走させるのが上策かと!」
「逆です」ローレンスが言う。「ここで貴方たちが背後を突くことで、彼等の被害を防げるのです。被害が大きくなるのは、一度の敗戦より双方互角の泥沼の戦です。それに、背後を突くと言っても、貴方たちなら投降を呼びかけることも、追撃をかけずに無闇に殺さないことも可能でしょう」
 しかし……すでに、彼ら南部勢力の分裂は決定的だった。
 日和見の諸侯はあくまで、「そうすれば、黒羊郷への敵対が決定的になる。教導団が動いてくれなければ我が国も動けぬ」
 もう一人の別国の諸侯は黙っていたが、考えが違った。彼は自国へ戻ると、兵を動かしたのだが、旧オークスバレーに兵を出し手薄になっている親黒羊側の本国攻め落したのだ。が、これは早まった行動だった。制圧は一時的なもので、すぐに、周囲の親黒羊郷の国々に反撃を受け、その諸侯が殺されてしまった。
 だが、この南部の動乱により、旧オークスバレーに兵を出した国は、兵を一旦本国へ撤退させることを余儀なくされた。これによって、旧オークスバレーは目下、黒羊軍とパラ実が分割することになる。
 一方、これによって南部勢力における親黒羊側と親教導団側の対立はより深まったのだが……更に、諸侯の誰もが思わぬことがこの後、起こることになる。



 青、皇甫らは、三日月湖での会合を終えると、今度は南へ向かうこととなる。
 南部勢力は今、分裂状態にあるという。(……筈だった。)

 しかし、彼らには、一つ忘れている(知る由ない?)ことがあった。
 この男の存在である。



 再び最南の地、とある親黒羊側の一国。
「な、何しに来た貴様。誰も歓迎などせんぞ」
「いいじゃん? 勝手にすればぁ」
「帰れ!」
 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は、フン、と顔を見合わせ不敵に微笑む。
「諸君、先日は署名・血判ありがとう。ところであの書類、羊に渡ったらどうなるかな?」
 南臣は切り出した。
「便利使いさせられた挙句用済みになったらポイ、領土は列強で分け取りというありがたいご利益が。俺様を無視したからにはこの未来を蕭々として受け入れろじゃーん」
「おい、コイツを斬れ」
 物騒な南の男たちが曲刀を舐めつつ南臣に迫る。
「定期的に俺様の無事を知らせないと、例の書類は自動的に羊に渡るようにしてあるんじゃん♪」
 南臣はそれだけ言うとすぐに帰った。
 オットーもほくそ笑む。
「はっはっは。あいつら今頃、眠れない夜を過ごしているじゃん」
「ふほほ。光一郎、それがしの策を聞くがよかろう。
 これで最初の揺さぶりは充分だぜ。
 次の交渉までに、小さい勢力Aから個別交渉。Aの力を背景に少し大きいBを口説き、さらにそれを足した力を背景にもう少し大きいのに……。
 さらに切り崩した勢力には近い勢力の説得をしてもらうことで工作の効率アップを図るぞ。これぞ群狼の計!<違うと思います(自分でツッコミだぜ?)」
 数日後、南臣は先日訪れた国を再訪問した。
「どうじゃん。今全軍の指揮権を俺に"預ける"なら書類が羊さんに届かないようにするし、教導団側には昨今の時勢を鑑みた【みなみおみ120万石】のハードな演習として押し通してやっからよ」
 南臣は即断を迫る。
 親黒羊側は、黒羊郷の力を恐れていた。それだけに、血判が黒羊郷に渡ることで言いがかりを付けられ、攻められるところとなるのは、まずは何としても避けたかった。前回の南臣のあまりの強引さと、南部勢力の諸侯らが、南臣を無視するかのごとく完全に侮ったのが(いやそれも半ば南臣の強引さが原因の気がするが……)命取りになったということになるか。
 彼ら諸侯を親黒羊側ならしめれいた恐怖が、(血判一つで)今度は彼らを黒羊郷から離すことになった。
 南臣はそのまま返す刀で、親教導団側の勢力も糾合してしまった。
「し、しかし……どうしようというのだ」
「南部諸国だけで列強に対抗できるよう【みなみおみ120万石】として一つに纏まっちまえ!!」
 (そう言えば)各勢力は各々の国がそれを成そうしようとして覇権を争ってきたのだが……
「もしも黒羊軍がやってきても各個撃破されねぇし」
 しかし今や、黒羊郷のことを聞くと、多くの者が震え上がった。
「教導団が来れば群れの大きさを背景に"対等同盟"を結べるじゃん」
 諸侯らは激しく議論し出した。
 南部勢力がヒラニプラ最南一つの国として、教導団の支配下にならず対等に立てるならそれはよしとすべきだ。しかし、そもそも教導団が黒羊郷に勝てるというのか。黒羊郷が教導団を滅ぼせば、ここで黒羊郷に恭順しておかねば、必ず支配下に置かれる。いや、それはどのみち……同じだ。ならば、教導団と同盟を?
 だが、支配者は誰だ。若造、貴様は、どうするつもりだ。貴様が、我々を統べるというのか! と。

 そして、ここへ向かっている教導団の使節(青、皇甫)ら、王子の存在。河上では、ブトレバ水軍や黒羊水軍も動き始めている。
 南部諸国、風雲急を告げる。