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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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第5章 北の森の龍

「まず問いたい。
 ここは何処?」
 そこは……教導団の滞在する三日月湖からそう遠くない、北の森の外れだった。だった筈なのだが……
「そう、私は本国からの援軍として獅子小隊(鋼鉄の獅子)に加わるべく三日月湖に向かっていたはず」
 一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)だ。
「急にきのこが食べたいとかわめきだして、」リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)も、もちろん一緒に巻き込まれ「部隊から外れてひとりきのこ探しにいって置いていかれて、結局きのこ見つからなくて、ぶち切れて何故か地図を引き裂いていたよ」
「全く思い出せないわ。
 気付けばここにいるのは私とリズだけ。戦争に参加するのにこれじゃどうしようもないわね。
 うん、決してわざとこうなったわけじゃないわ」
「わざとでしょ! 絶対わざとやったでしょ!!」
「そうよ、戦争とかめんどくさいとか思ってないわよ」
 きっと、そうなのだろう。
「ああもう、本国に帰るのが怖いよ……月実って軍隊にいること忘れてない!?」
「不可抗力だから本国に戻ってもたいした処罰はないと思うわ、多分」
 むしろ戦死扱いにされてるかも知れないけど」
 そういうわけで……
「って、なんでナチュラルに森で過ごす事に決めてるの!?」
「不安そうね、リズ。
 大丈夫よ、私はこうみえて密林でナイフのみで半年過ごした経験があるわ。それに比べたら一通りの装備を持つ今は楽よ」
「いや、今いきなり戻ったら色々追求されるのはわかるけど!!
 あと密林で過ごした話なんかどうでもいいし!!」
 二人は、ちょっとした水場を探し、そこにキャンプを張った。水と食糧を確保できれば森を少しずつ探索して、行動範囲を広げていくつもりだ。……ここは、三日月湖のすぐ北の森なのだが……。
「あぁ、もう。なんで月実といるだけでこんなめちゃくちゃなことに。
 もう帰りたい……あ、しかけた罠に小動物が掛かってるよ→撲殺ー? 月実ー、お肉焼いてー。おなか空いたー」
「えっリズ。小動物って……」



5-01 龍?

「龍? これ。ちっちゃいけど。なんでこんな森に龍が?」
「月実どうする? 食べるの」
 ごごご。……そのとき、二人のキャンプの背後で、何かおぞましい音を立て、巨大なものが動いた。
「えっ」「?」



 本営チームの道明寺 玲(どうみょうじ・れい)
 三日月湖周辺の、防衛拠点となる場所等、地理・地形を調べるため、少数の兵と共に積極的に野外へ出ている。
 禁猟区を張っているが、まったく反応はなかった。
「うむ。この森は、三日月湖の北一帯、広範に渡って広がってはいるが、そう深い森でもなし、わりとあっさり抜けてしまえますな」
 今、道明寺は北の森を出たあたりにいる。
「伏兵を置いておくような、あまり茂みなどもないし……となると、北の出城がいい場所ですかな。
 あそこをとりあえず北の防衛拠点にするとして、あれが破られてしまえば、すぐ三日月湖に攻められる……前回に戦場となった北の境界は、湖と沼地に挟まれているから、よい防衛ラインにはなりましょうか。しかしできれば西側に一つ……」
 本営とウルレミラの喫茶を行き来して、道明寺の書類整理など手伝いをしたり、お茶お菓子モグモグを繰り返しているイルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)も、今日は一緒だ。
 双眼鏡で、遠くグレタナシァに聳える国境砦(長城)を眺める。
「ああいうのを作ってしまえばいいのに。どすなぁ〜。
 だけど、お金かかりそうどすなぁ」
 ぱくぱく。
 兵士にお菓子を持たせ、任務中もお菓子を口にすることを忘れない。もぐもぐ。
「兵士さんも一ついかがどす?」「え。ほんとですか。こんな一般兵に。う、うまい!」「お、おいしい! どすなぁ。ほわほわ〜」
「……」
 そのとき、後方の森から、ただならぬ形相で兵が駆けてくる。
「どど道明寺殿! りゅうが、龍がっ」
「なに龍? 魔物ですかな。しかし禁猟区は……」
「ととともかく、道明寺殿っ、早くこちらです!」
「ちょっ、こちらと言われましても……その……それがし弱いし、……龍なぞ。ほんとなのですかな??」
「ほんとですってば!!」
 しかし、行ってみると。そこには何もいなかった。
 その場に先に駆けつけていた兵らも、口々に疑問の声を上げている。
「何もおらんではないか」「それに、そんなでかい龍なら他の者が気づかない筈はないぞ」「こんなちょっとした森ですからなぁ。幻でも見たのでしょう」
 そのとき、
「あっ」
 何かが、木々の間を飛んだ。
「龍? ……あれか」
 子どもの腕ほどもない大きさの、小さな小さな龍が、ぱたぱたと飛んでいく。
「はははは」
 兵らは笑った。
「ドラゴニュートの一種か? 可愛い龍ですな」
「はははは」
 イルマも一緒になって笑い、道明寺も言ってクスっと微笑んだのだが、
「違う! 馬鹿な。あれを、あれをもっとでかくしたような奴だ。あれは違う。あんなの、わざわざ報告などするか。あんなもの」
 兵は笑われたことに怒ったのか、剣を抜いた。「目障りだ。切って捨ててやる」
「まぁ……すまぬ。それがしも、他の皆も悪気があったわけではない」
 念のため、と思い、道明寺は兵らに手分けさせ、自らも一緒に、森を散策させてみた。
 戦闘には尚不安な道明寺であったが、もし本当にいれば禁猟区が察知してくれる……との思いがあった。そう、始めから禁猟区は全く作動していない。この森には、獣の気配すらほとんどないのだ。さっきの小龍だって、どこかから迷い込んできたのだろう。
 しかし、あの兵の怯えようもまた尋常ではなかった……それは気がかりなのだが。戦乱もあったばかりだ。疲れているのかも、と道明寺は思った。
 そして、日が暮れる前に探索は打ち切った。



5-02 龍の噂

「龍の噂?」
「ええ。気にならない?」
 バンダロハムの戦い以降も、ウルレミラ兵舎の食堂などで、兵や仲間らのリクエストに応えて歌っていた迦 陵(か・りょう)
 夜半、三日月湖畔の小さなカフェで、くつろいでいた。
 龍が出る。そんな街の人々の噂に、パートナーのマリーウェザー・ジブリール(まりーうぇざー・じぶりーる)が興味を持ったようなのだ。
 始め、バンダロハムの酒場で、浪人らの間で囁かれていたらしい。あの森には獣もほとんどいないので、猟に行くような者もいない。どこから出た噂なのか知れないが、「北の森に龍が出る」と。マリーウェザーはその話を、ウルレミラで聞いた。ウルレミラでは、バンダロハムの浪人だかが龍に食べられた、という話になっていた。すぐ以前までは治安が悪く、人攫いや人殺しもあった街だ。人がいなくなること自体はさほど日常から外れたことでもなかったのだろうが、こんな人の住む地域に、龍が出るなどとは聞かれたことのない話だった。
 しかもその話は、教導団の間でも聞かれていた。ちょうど昨日今日の話だ。二日ほど前から行方不明になっている兵士がいて……とマリーウェザーが切り出したところで、
「えっ。ちょっと待って。それって大変なことじゃないのですか?」
「そうよね。捜索も出されているらしいけれど」
「で、その兵が」
 龍を見た、という兵士、ではなかった。ただ、北の森を捜索していた兵の一人で、そのときに、別の兵が龍を見た、ということが兵らの間で噂されていたのだ。行方不明になった兵については、その任務以降はずっと本営に待機していて、まったく変わった様子はなかったという。
 龍。
 本当にそんなのがここにいるとすれば、大変なことだ。
 しかし、いずれにしても……
「龍雷連隊やドラゴニュートとかいうオチでなければ、何かがある筈……。
 そのことで他に気になる話は?」
「そのドラゴニュート……小さな龍がいると。これは、何人かが、普通に見ているらしいわ」
「えっ。では、その親龍?」
「だけど、以前に兵を出してくまなく見回ったけど、何もいなかったというのよ。そんな、親龍がそこにいたら、見つからない筈ないでしょう?」
 三日月湖の遠く向こう岸に、濃い影絵のように連なる北の森。
 目を閉じている迦陵には、北から湖の上を吹いてくる冷たい、ただの風が感じられるばかりだが……。
「とにかく、そういうことがあって、北の森には最近、人は寄り付かないようにしているようね」
「そういうことって言っても……実際に北の森で何かがあったわけではないのですよね。今のところ……。
 行ってみるつもり、ですか?」
「本当に龍がいて、楽しませてくれるならいいけれど」
「……」
 私が思うに……龍というのは隠語のようなもので、人払いするための方便か何かでは。迦陵は考え巡らす。それにしても、実際に、小さな龍ならいたとか、人がいなくなっているとか、引っかかることもあった。何かを、隠すための……?
 そろそろ、湖畔の各店も閉まる時刻になった。教導団的な門限も過ぎている。修学旅行(?遠征)だし、第四師団的には、そんなものないから、皆、戦や任務の合い間はそれぞれに、三日月湖の生活を楽しんでもいるんだけど。
 明日には、マリーウェザーと北の森へ行ってみるつもりだった。



 さて、北の森へやってきた迦陵とマリーウェザー。
「なんだ。人がいっぱいいますね」
 例の行方不明の兵の捜索で、その兵含む一隊を連れて森を訪れていた道明寺、それに、捜索には騎狼部隊が借り出されていた。騎狼部隊50名に、一般兵も50名貸し出され100人規模の捜索だった。
 騎狼部隊は、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が指揮している。自ら願い出てのことだった。
「では、五人一組になって散開。何かあれば……」
 真剣な表情で、兵に指示を出す一条。
 道明寺も、自らの責任ではないのだが、つい先日に一緒に森に来ていた兵が行方不明と聞き、今は若干不安と緊張とを隠せない表情でいた。イルマも、同行している。「麿とお菓子を食べていたあの兵士さんがいなくなった。どすってぇ。そんな……」
「しかしまさか本当に龍が?」
 龍の噂は、あれと前後するように、バンダロハムや、それからウルレミラでも、聞かれるようになっていたらしい。
 浪人が龍に食われた、という話もあり街の者は寄りつかなくなった。
 ぞ、っとする道明寺。だが……今日も、まったく禁猟区は反応していない。
 至極、静かで、ともすれば平和な森だった。
 森を抜ければ、すぐに岩城がある。
 実際には平和と言えるはずはなく、岩城は常に敵の攻撃に警戒していて、一つ森を抜けれたそこでいつ戦が起こってもおかしくない状況なのだが……本営は岩城との連絡をあまり取っていないようだ。岩城も岩城で、今はひそやかにしている。
「それにしても……こんな人里近くに龍が棲み付くなんて滅多に聞きませんが、」一条は、騎狼をとことこ歩かせながらひとりごとのように、「だけど何か理由がありそうな……。森に人を近づけたくない誰かが故意に流したデマ、なんてことも考えられないですかね」
「私もそのことは」
「あっ。迦陵さん。あなたも、捜索に?」
「ええ。わっ」
 騎狼が、迦陵の頬をぺろりとなめた。
「あ、あ。ごめんなさい。コラ! ぺし」
 一条は、この騎狼部隊は、後々には伝令や斥候専門の組として活用したい、とも考えていた。騎狼はこういった調査にも向く。
「ただ……北の森で行方不明になったなんてわけでもないのですよね」
「ええ。他の組も含め三日月湖周辺を捜索していますね。むしろ、この北の森なんて、バンダロハムとかに比べればよほどなさそうな……」
 一条も、龍のことは気になっていたのだ。
 もし、もし本当に龍がいれば、……絶対、知り合い以上になってやる。
 だが、危険な龍なら? もし本当に、その龍が人を食ったのであれば……
「あっ、龍」
「えっ何処!」
 ぱたぱた。また、龍だ。あの小さい龍だった。
「たっ」
 一条は、騎狼を駆って飛び出した。
「え、捕まえるの? ですか……」
 ごごご。……そのとき、