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【十二の星の華】双拳の誓い(第3回/全6回) 争奪

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【十二の星の華】双拳の誓い(第3回/全6回) 争奪

リアクション

 
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「今度こそ、食べ物でない石の女王像ですわ。やっとティセラ様のお役に……なんで、全身揃っているんですの?」
 店先に並べられた女王像に一度は小躍りした冬山小夜子であったが、すぐに我に返った。少なくとも、女王像はバラバラになって、ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)とティセラ・リーブラの手に別れて保管されているはずであった。今現在、全身が揃って一箇所にあるはずがない。いや、それ以前に、一体しかないはずの女王像が、いくつも並んでいること自体おかしいではないか。
「いあいあいあ……、サービスです」
 いけしゃあしゃあといんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)は答えた。
「そう、サービスですの。なんて御親切な……わけがあるわけないですわ!」
 明らかに贋作ではないか。
「何をおっしゃいます。これらは、すべてだごーん様自らの手による、一刀入魂の逸品ですぞ」
 自信をもって言ういんすますぽに夫の言葉を裏づけるように、遙か遠くの山間から、か〜ん、か〜んという音がこだましてくる。それは、間違いなく巨獣 だごーん(きょじゅう・だごーん)様が、一刀彫りで女王像を量産している音であった。
「ほら、ここにちゃんとだごーん様直筆のサイン兼保証書があります。さあ、御納得いただけましたら、女王像の代金として我らが秘密教団に寄進を……」
 ずいといんすますぽに夫が手をさし出した。
「ううっ、どこの誰がこんな偽物に引っかかると思っているのでしょうか。こうなったら、いっそ吸精幻夜で下僕にして、本物の女王像を探す手伝いをさせて……」
 小さくつぶやきながら、冬山小夜子がいんすますぽに夫に顔を近づけた。そのふっくらとした桜色の唇の下から、鋭い犬歯がのぞく。
「どうぞ寄進を」
 ずいと、いんすますぽに夫も身を乗り出した。
 冬山小夜子も、にじり寄る。
 いんすますぽに夫が、ぬっとりとした顔をさらに近づけた。
「噛みたくない……」
 冬山小夜子は、思わず本能的に後退った。
「いあいあいあ……」(V)
 じりっ。いんすますぽに夫がにじり寄る。
「ううっ」
 すすすすすと、冬山小夜子はさらに下がった。
「おや、凄いや、女王像完璧版が売ってるよ」
 二人の間に張り巡らされた緊張の糸を、まったく空気を読まずにメルティナ・伊達(めるてぃな・だて)がぶった切った。
 ゴチメイが女王像の右手を探していると聞きつけて、手伝ってあげようとやってきたメルティナ・伊達は、いんすますぽに夫の売っている女王像完璧版を見つけて、キラキラと目を輝かせた。
「あの、それ以前に、よけいな物があることに気づいてほしいのですが……」
 呆れたように、屍枕 椿姫(しまくら・つばき)が言った。
「うん、そうだよね。おしいなあ。ボクがほしいのは、右手だけなんだ」
 ちょっと困ったように、メルティナ・伊達は言った。いや、問題はそこじゃない。
「いあいあいあ。何も問題はありません。右手がほしいのであれば、我が教団はちゃんと対応いたします」
 そう言うなり、いんすますぽに夫はポッキンと売り物の女王像の右手を折り取った。
「女王像の右手でございます」
「おおっ!」
 さし出された右手を受け取って、メルティナ・伊達が歓声をあげる。
「おおっじゃありません。何から何まで偽物です!」
 そう言うと、屍枕椿姫が、メルティナ・伊達の手から奪い取った右手をいんすますぽに夫に投げ返した。
 ごすっ!!
 石造りの右手が、いんすますぽに夫の顔にクリーンヒットする。
「な、何をするのですか。また、一瞬ナラカの風景を見てしまいました」
 さすがに、三度目の死亡ナレーションは禁じ手である。
「騒がしいけれど、何か面白い物売ってるのかな?」
 いんすますぽに夫が騒いでいるのを聞きつけて、琳 鳳明(りん・ほうめい)たちがやってきた。教導団として怪しい店がないか先行調査をしているので、女王像の偽物を売っているいんすますぽに夫などは、最優先でチェック対象であった。
「さすがに、これはどう見ても贋作ですね。あまりにも贋作すぎて、引っかかる人もいないでしょう」
 逮捕するのも馬鹿らしいと、セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)が、琳鳳明に耳打ちした。
「さあ、他のお店を見に行きましょう」
 セラフィーナ・メルファの言葉を聞いてか聞かずか、屍枕椿姫がメルティナ・伊達の背を押してその場を離れていった。冬山小夜子は、とっくに姿をくらませている。
「えー、だって、偽物に見えても、数を集めれば、その中に本物があるかもしれないじゃないか」
「限度という物があります」
 あっけらかんと言うメルティナ・伊達に、屍枕椿姫はきっぱりと言い返した。
「捕まえないのであるなら、他の場所へ行こうではないか」
「しーっ」
 そう言ってブラックコートの袖を引っぱる南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)に、琳鳳明が唇に人差し指を当てて黙るように指示した。闇市に入ってからまだほとんど時間は経っていないのに、すでにすっかり状況を忘れてしまっているようだ。極秘の潜入調査なのに、身元のばれるような発言はとてもまずい。
「クンクン、何やら、あちらからカレーの匂いがするのだ。よし、あちらを調べようではないか。べ、別に、食べ物の方に行くわけではないぞ」
 聞かれもしないことを答えると、南部ヒラニィは琳鳳明の手を引っぱっていった。
「ああ、お客様が誰もいなくなってしまった」
 拾いあげた右手を、元の場所にボンドで貼りつけながら、いんすますぽに夫は淋しくつぶやいた。
 
 
2.お買い物
 
 
「ここが、海賊の裏切り者によって女王像の右手が持ち込まれた闇市だそうだが、ヒラニプラのお膝元じゃ常に教導団の目が光っていると思っていいだろう。極力騒ぎは起こさない方がいいな」
 キマクからここまでゴチメイたちを案内してきた高月 芳樹(たかつき・よしき)が、軽く釘を刺した。
「そうは言われてもなあ」
 騒ぎを起こさない自信はないと、ココ・カンパーニュ(ここ・かんぱーにゅ)がちょっと困った顔をする。
「当然海賊たちも来ているはずじゃから、何も起きない方が無理な話じゃろう」
 伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)が、無理を言ってもしょうがないと、高月芳樹に言った。
「そうだが、右手を手に入れるまではおとなしくしているに越したことはないぜ。とにかく、教導団ともめると話がややこしくなる。あくまでも、ここは非合法の闇市だからな。手入れでもあって、一緒に捕まったら状況を説明するのがやっかいだ。その隙にまた持ち逃げされたら、振り出しに戻るんだぞ」
「それは困りますねえ。できれば、ここであっさりと手に入れたいところですわあ」
 チャイ・セイロン(ちゃい・せいろん)が、あまり困っていないような口調で言った。
「とにかく、手分けしつつも、なるべくまとまって……って、すでにずいぶん人数が減ってないか?」
 周囲を見回して、高月芳樹が言った。途中合流組も含めてキマクからそこそこの人数で移動してきたはずなのだが、どう見ても頭数が足りない。だいいち、高月芳樹のパートナーであるアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)からして姿が見えなかった。
 
    ★    ★    ★
 
「わあ、綺麗な色鉛筆のセットねー。これなら、少しは上手な絵が描けるかもしれないよね、秀樹……。あれ? 秀樹、どこ?」
 アメリア・ストークスは、パートナーの姿を捜して、周囲をキョロキョロと見回した。
「うん、なかなかいい出物だな、これは。確かに、これならいい絵が描けそうだ」
 アメリア・ストークスの見ていた色鉛筆セットを見て、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)もうなずいた。
「おっ、兄ちゃん、目利きだねえ。こいつは特別製でな。書き手の魔力に準じて、書いた物が実体化するんだぜ。まあ、よほどの術者じゃないと、そう簡単にはいかないんだが、兄ちゃんならやれそうだな。どうだい、一つ試してみちゃあ」
 二人が興味を示していると見た店の男が、言葉巧みに話しかけてきた。
「わあ、それは凄いわ」
 アメリア・ストークスがもの凄く興味を示したが、彼女の絵が実体化したら結構大変な騒ぎになりそうな気もする。
「うーん、そんなマジックアイテムなんてあったかなあ。本当に価値あるかどうか、この俺様のトレジャーセンスではっきりさせてやるか」
 さすがに眉唾だと感じて、ウィルネスト・アーカイヴスはトレジャーセンスで、品物を確かめようとした。
「すんばらしいお宝のマジックアイテムは……ていっ! こっちだ!」(V)
 ウィルネスト・アーカイヴスが、あさっての方向……の山を指し示す。
「どこです?」
 山以外何もないと、アメリア・ストークスが遠くを仰ぎ見た。
「あれれれれ?」
 失敗したかと、ウィルネスト・アーカイヴスが再度試みたが、結果は同じだった。
「決定、偽物!」
「なんだってえ。兄ちゃんよお、いちゃもんつける気かい」
 ウィルネスト・アーカイヴスの言葉に、男が掌を返して凄む。
「じゃあ、そういうことで……」
 やばいと感じたウィルネスト・アーカイヴスは、アメリア・ストークスの手を引っぱってその場から逃げだした。
「やれやれ、あんな所でとまってたら、女王像なんか探せやしないぜ。でも、目移りしちゃうんだよなあ」
「ああ。分かります。もしかして、もう何か買っちゃったんですか?」
 反省するウィルネスト・アーカイヴスの持つ鞄が大きくふくらんでいるのを見て、アメリア・ストークスが訊ねた。
「ああ、これはこいつのせいなんだが」
 そう言って、ウィルネスト・アーカイヴスは、自分が作った女王像の右手を取り出した。これを買い取ろうとしている者を見つけだせば、すでに本物を買っている可能性がある。最悪、偽物を売りつけてボロ儲けという……、どちらかというと、そちらの方が本当の目的であった。
「凄い、もう見つけたんですか?」
「いんや、偽物だ。これを餌にして、本物を……」
 そう説明しかけたウィルネスト・アーカイヴスの耳に、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントの声が聞こえてきた。
「女王像の欠片買い取りまーす。最後尾はこちらでーす」
 プラカードを掲げて、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが呼び込みをしていた。その横には、スク水チャイナドレスを着た日堂真宵の姿も見える。
「おおっ!」
 日堂真宵の姿を見たウィルネスト・アーカイヴスが、即座に彼女の店に売りつけることを決定する。
「ようし、行くぜー!」(V)
 そして、ウィルネスト・アーカイヴスとアメリア・ストークスは、カレーの罠に近づいていった。