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空京神社の花換まつり

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空京神社の花換まつり

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 空京神社の花換まつり
 
 
 桜の小枝も完成し、福神社は無事に花換まつりの日を迎えた。
「空京神社の福神社で『花換まつり』開催中です。素敵なお祭りですので、是非お越し下さいねっ」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は開催の何日か前から配布しているチラシを、当日も街で配って宣伝する。
 桜をイメージした華やかな色遣いのチラシには、花換まつりの開催日時や場所等の基本事項の他に、花換まつりがどんなお祭りか、の簡単な説明もつけてあった。
 ソア自身、花換まつりというものがあるのをこれまで知らなかった。パラミタに住む人なら尚更知らないだろう。来てもらえれば嬉しいし、来てもらえなくてもこのチラシを読んでくれれば、花換まつりのことを知って貰える。
 チラシには、ミニ布紅のイラストもちょこんと可愛く描いてあった。ようこそ、と招くイラストは布紅によく似ていている。
 一生懸命なソアの為にと、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)もチラシ配りを手伝っていた。身長2mを超える白熊ゆる族ボディーには、花換まつりの小枝につけたのと同じ桜の造花が貼り付けられている。
「俺様の雪のような白いボディに桜の色は映えるだろ!」
 ベア当人もご満悦な様子だ。その上に、背中には『福神社花換まつり』と書いたのぼりも装備している、という非常に目立つ恰好だ。
「ここに花換まつりのチラシを貼らせてもらってもいいですか?」
 掲示物を貼れる処を見つけると、頼んでチラシを貼らせてもらい、道行く人にはチラシを手渡し。
「へぇ、地球の祭りかぁ。これって今からでも間に合う?」
 興味を持ったらしいシャンバラ人に、ソアは明るい笑顔で説明する。
「あ、はい。これから始まる処ですから、今から行けば十分間に合いますよ」
「んじゃ、行ってみるかな。ありがと」
 チラシを掲げるシャンバラ人に、ベアも声をかける。
「どうせ行くならたっぷりと福を授かって来いよ」
 たくさんの人に知ってもらえれば、祭りもきっと盛り上がる。
「さあ、どんどん配りますよっ!」
 祭りに集う人の笑顔を思い浮かべながら、ソアはどんどんチラシを配っていった。
 
 
「熱……」
 蒸し器の蓋を取ると、もうもうと蒸気がたちこめる。
 蒸し上がった大量の道明寺粉を取り出す久世 沙幸(くぜ・さゆき)の額には、汗が浮かんでいた。
 花換まつりは桜の小枝を交換するお祭り。けれど、普通に小枝を授けるだけだと面白くないし、おもてなしにもなってない気がする……と思い立った沙幸は、あわせて桜餅をふるまうことを考えたのだった。
 福神社には炊き出しが出来そうな施設がないので、空京神社の台所を借りての桜餅作りだ。
 幸い、ちょうど季節だったから空京で道明寺粉を集めることが出来た。桜の葉の塩漬けの枚数がちょっと心配だけれど、無くなったら桜餅の本体だけでも振る舞おう。精一杯の枚数を集めたのだから、葉が足りなくなってもおもてなしの心には変わりない。
 つやつやと淡いピンクに蒸し上がった道明寺粉で、丸めた餡を包み込む。塩抜きした桜の葉っぱではさむように巻けば、春の風情たっぷりの桜餅の出来上がり。
 朝早くからの作業は大変だけれど、満開の桜の下でこの桜餅を食べる参拝客のことを思えば、沙幸の顔は自然と綻ぶのだった。
 
 
 開始時間を前に、最終準備が大急ぎで進められている福神社を、今井 卓也(いまい・たくや)ヌイ・トスプ(ぬい・とすぷ)を連れて覗いた。
「ヌイもあれやりたいデス! 綺麗なのあげるデス!」
 すっかり乗り気のヌイを宥めながら、卓也は布紅に尋ねる。
「布紅さん、福娘の仕事って小さい子でも出来ますか?」
「枝を交換してもらうだけですから、丁寧に笑顔でしてくれれば大丈夫です」
 難しいことはないから、と布紅に言われ、卓也はヌイを見た。
「笑顔はいいだろうけど、丁寧に渡せるかなぁ……」
「ヌイ、できるデス。渡すのは丁寧にデス!」
 不安がない訳ではないけれど、ヌイはやる気になっている。
「すみませんがよろしくお願いします。僕は花枝の修理や裏方を手伝っていますから、何かあれば呼んで下さい。ヌイ、一緒に福娘をするお姉さんたちの言うことをしっかり聞くようにね」
「聞くのはしっかりデス!」
 元気に手を振って卓也を見送ったヌイを、清良川 エリス(きよらかわ・えりす)が着替えの部屋へと連れてゆく。
「お小さいのに、福娘の手伝いとは感心どすなぁ。ほな、お着替えしまひょか」
 白の白衣を着付けて袴を履くまでは巫女も福娘も同じ。福娘はその上に更に千早を羽織り、金の烏帽子を被る。
「紐をくるくるデス。ちょっと苦しいデス」
 そうしてヌイがエリスに着付けてもらっている隣では、榊 花梨(さかき・かりん)が巫女装束一式を前に、困惑していた。
「こんな服着るの? う〜着方わからないかも……」
「和服なら……慣れておりますから……。花梨様……着付け手伝いますわ」
 柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)は自分の装束を手早く着ると、花梨が着るのを手伝った。
 最初こそ戸惑っていたけれど、いざ着てみるとなかなかのもの。
「似合うかな〜、翡翠ちゃんにも見てもらいたいな〜」
 花梨はくるっと回って自分の恰好を確かめると、と呟いた。
「小さい子の相手は任せたって……結局あたしは着ぐるみですよ、だ」
 大岡 永谷(おおおか・とと)に主に子供相手の手伝いをしてくれと頼まれて来た熊猫 福(くまねこ・はっぴー)は、そう軽くすねてみせてから、御礼として豪華な食事を奢ってくれるようにと永谷に要求する。永谷には自分に言うことをきかせるには高くつくということを思い知らせておかなければ。
「でも、ゆる族のあたいが着られる巫女服あるのかな?」
 普通の巫女装束では白衣の前もしまらないかも、という福に永谷は実家から取り寄せておいた巫女装束を渡した。
「これならピッタリのはずだ」
「あ、これって……あのイベントの時のじゃない? まだ取ってあったんだ」
 懐かしく思いながら福は永谷からゆる族サイズの巫女装束を受け取った。
 神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)ルイスキャロル著 ジャヴァウォックの詩(るいすきゃろるちょ・じゃばうぉっくのうた)に千早を着せかけ、金烏帽子をかぶせてやる。
「はい、じゃばうおっくちゃん……とっても似合っていますよ♪」
「ふうん……地球の神事って、こういう服装をするのね……」
 ドレスとは全く違うけれど、着てみればこの装束も良いものだと、ジャヴァウォックの詩はまんざらでもない様子で鏡に映る自分の姿を眺めた。
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は着付けてもらった福娘の衣装のあちこちを、珍しげに眺めた。着物のような白衣の上に、前後でしばるスカートもどきの緋袴を履いて、薄く透けるような上着を羽織った上に、妙に派手な金色のつんと高い帽子。
 そんな衣装を着た自分は見慣れなくて、なんだか面白い。
 カレンは手を伸ばして頭に載せられた金烏帽子を触ってみる。
「この帽子、長いなぁ。うっかり下を向いたら、参拝客の人をびしっと叩いちゃいそうだよ」
 勢いよく頭を下げたりしないように気を付けなければと、カレンは頭を左右に振ってみたり、上げ下げしたりして、帽子の届く範囲を確認するのだった。
 
 
 そしていよいよ、花換まつりの開始時間となった。
「本日は空京神社の摂末社である福神社に来ています。ではまず、この社に祀られている福の神、布紅さんに一言聞かせてもらうと致しましょう。布紅さん、その節はどうもありがとうございました。今日は花換まつりについてお聞かせ下さい」
「えっ、わ、私ですか……?」
 ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)にマイクを向けられて、布紅は目を白黒させる。
「ええ。なかなか神様にインタビューする機会はありませんですからな」
「えーっと……手伝って下さった方のお陰で、無事に花換まつりが開催できました。作る時から想いをこめた小枝を交換して、たくさんの福を持ち帰って下さい……ですっ」
 緊張した面持ちでそう言うと、と布紅はぺこりと頭を下げた。そこに、機材をふぅふぅ言いながら運んでいるロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)が、上機嫌で声を掛けてきた。
「いやいやいや、実に霊験あらたかでありましたぞ。『初詣』を福神社にして正解でした。なにしろ聖ワレンティヌス様と出会えましたからな」
「……?」
 何を言われているのか解らず布紅がきょとんとしていると、ミヒャエルはロドリーゴを騙したことがバレないうちにと、次の場所へと促す。
「さあ、今度は巫女の方々の取材に行きましょう」
 福神社の傍らに臨時に設置された授与所では、巫女の手伝いに来た学生たちが祭りに使う桜の小枝やお守り袋等の授与にあたっていた。
「こ、この時代の巫女とは随分と小間使いな仕事が多いのでございますね……」
 現代の巫女の仕事を実習する、とはりきってきた邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)だったが、自分の知るのとは巫女のする仕事も大違いだ。引っ張られてきたはずのエリスに色々と聞きながら、なんとか仕事をこなそうとするが……。
「う、売る……? この枝を売るのでしょうか? ず、ずずず、随分と巫女のすべきことも変わったのでございますね」
「い、壱与様っ、ちゃいますえ。売らはるのはこの桜の小枝だけどすえ。落ちてはった適当な枝はあきまへん」
 あたふたと桜の小枝をやり取りするエリスと壹與比売の会話を聞き、桜餅のふるまいをしていた沙幸が注意する。
「こらっ。巫女をしてる時には小枝を売るとか言わないの!」
 祭りの間だけの巫女手伝いではあるけれど、この期間はきちんと布紅に仕える巫女でいる。そう決意している沙幸は授与所の手伝いをしている間も真剣だ。
「この時代の巫女にも忌み言葉はあるのでございますか」
「忌み言葉じゃないけど、売るなんて言ったら布紅さまに失礼にあたるんだよ。いくら布紅さまが可愛らしくても、ちゃんとした神様なんだもん。ちゃんと奉って差し上げるつもりがあるなら、『授ける』とか『授与』っていう言葉を使わなくちゃいけないんだよ」
「そ、そ、そのような決まり事もあるのでございますね……」
 今の巫女は随分と大変らしいと、壹與比売は気を引き締めた。
 
 
「ああ、枝が欲しいなら向こうの授与所だ。案内するぜ」
 参拝客に花換まつりの小枝はどこで手に入るのかと聞かれ、巫女手伝いに来た椎堂 紗月(しどう・さつき)は授与所へと連れて行った。
 社に参る人、枝を授かろうとする人、福娘と枝を交換に行く人、交換に興じる人……思い思いに動いている参拝客の間を抜けて、列の最後尾へと並ばせる。
 福神社での手伝い募集の張り紙を見た時には、布紅が困っているなら小枝作りでも手伝おうかと思っていたのだけれど、ラスティ・フィリクス(らすてぃ・ふぃりくす)が巫女服というものを是非着てみたい、と言い出した為に、紗月も付き合って巫女としての手伝いをすることにしたのだ。
「ふふ、メイド服も気に入っていたが、巫女服もまたメイド服とは違っていいものだな。紗月、機会をくれてありがとう」
 手伝いをするだけで着られるのならば喜んで手伝いをしようと言うくらい、ラスティは巫女装束が気に入ったようで、混み合う人の整理も楽しそうにこなしていた。
 パラミタにいては、あまり巫女の衣装を着られる機会はない。だから今回の巫女手伝いの呼びかけに応えてきた学生の中には、ラスティのように巫女の恰好が出来る仕事だから、という理由の者も少なくない。
 そんな中、福娘の手伝いに来た朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は、生真面目に背筋をぴんと伸ばした厳粛な姿勢で花換えに立った。
 千歳の実家は神社だった為、千歳は正式な巫女という訳ではないが、実家の手伝いの一環として巫女をすることもあった。行事で人手が足りない時など、近隣の神社から要請されて手伝いに行くこともあったから、巫女としての立ち居振る舞いには慣れている。
「いやしくも巫女装束にその身を包む以上は、神に仕える巫女として、それに相応しい態度で臨むべきだろう。日雇いだからといって、おろそかな態度でつとめるのは言語道断だ」
 手を抜くだなどととんでもないとばかりに、きちんとした動作で花換えにきた参拝者と、桜の小枝を交換する。
 イルマ・レスト(いるま・れすと)は、神頼みに神社で拝む暇があれば自ら努力すべき、という考えだったが、千歳が福娘をするというなら自分も手伝おうと、枝を手に取った。
「枝を交換すればよいのですわよね。簡単なことですわ」
 長くメイドをしていたから、接客ならば自信がある。イルマは歯を見せない微笑で参拝客を迎えると……。
「いらっしゃいませ」
 お辞儀の角度は45度、テンポは4を数えるくらい。ゆっくり頭を下げた後、下げきった位置で一旦止めてから、またゆっくり頭をあげる。枝を交換し終えた後は、またお辞儀。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
「……凄く丁寧だけど、なんか間違ってる気がするよ、それ」
 ぎこちないながらも、笑顔で花換えをしていたカレンが、イルマの接客につっこみを入れた。
「間違っておりますでしょうか?」
「神社風じゃない、って言うのかなぁ。高級なお店で買い物でもしてる感じ」
 あら、と戸惑うイルマに千歳が教える。
「福娘なのだから、『花かえましょう』とだけ言えばいいんだ。もし、参拝したことをねぎらいたいというのならば、『ようお越し下さいました』とでも声をかけると良い」
「かしこまりました。郷に入っては郷に従えと言いますものね」
 次に枝を差し出した参拝客に、イルマは完璧な営業スマイルで、花かえましょう、と小枝を差し出した。
 
 
 花換まつりの空は、明るい花曇り。
「ふむ。サクラの花が空に映えるな。今年は数年分のサクラをあちこちで見た気がするが……お前に花を愛でる気持ちがあるのは歓迎だ」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が振り返ると、同様に桜を見上げていた黒崎 天音(くろさき・あまね)がゆるやかに視線を戻す。
「色々なことがあるからこそ、美しく見えるものもあるからね」
 桜の花を楽しみながら福神社に行き、祭りに参加する為に授与所で桜の小枝を授かると、天音はその出来映えを確かめるようにくるりと回してみた。桜の造花がつけられた枝には、お守り袋や小さな動物の作り物がぶら下がっている。本物の桜には見えないが、祭りらしい華やかな小枝だ。
「ふぅん、よく出来てるね。どうやって花換えをするのかな?」
「布紅さまの社にはお参りされましたか? 参拝した後、向こうにいる福娘と小枝を交換して下さいね。その後は誰とでもいいので、『花かえましょう』と声をかけて枝を交換して行くんです。交換すればするほど福が宿るといいますから、多くの人と交換されるといいですよ」
 沙幸はてきぱきと説明し、疲れたら桜餅のふるまいもありますから、と臨時に設けた休憩用の区画を示した。
「向こう……ああブルーズ、あそこにいる金烏帽子と千早姿の女性が福娘のようだよ」
 春の陽をはじく金の烏帽子は遠くから見ても目立つ。花換えをする人が迷わぬようにという意図もある衣装なのだろう。
 何人もの福娘にまじって、永谷も福娘として花換えの手伝いをしていた。
 普段は女の子らしい立ち居振る舞いをすることのない永谷も、言葉遣いや動作が福娘らしく見えるようにと気を払っていた。親に言われた通りに神社を継ぐのが正しいのかどうかと、考えた末に教導団に入学した永谷だが、参拝客にはそんな事情は分からない。
「パラ実のキャバクラ巫女みたいに思われないようにしないとな」
 こっそりそんなことを呟いて、最近は忘れかけていた女の子らしい動作を思い起こす。
「花かえましょう」
 優しく呼びかけて、参拝客と枝を交換。神事だから失敗は許されないけれど、堅苦しくならないようにと、自然さを心がける。
 可愛らしい福娘として枝を交換する永谷と対照的に、滋岳川人著 世要動静経(しげおかのかわひとちょ・せかいどうせいきょう)はしっとりと女性の妖艶さをまとって花換えをする。
 平安の礼儀作法を見せつける良い機会だと、優雅な動作で福娘をする世要動静経だったが、言葉は極力発しないようにしていた。ござる口調で雰囲気を壊してしまうことは避けたい。
 代わりに艶やかな笑みと、指先まで神経を行き届かせた動作で大人の魅力を醸し出そうとつとめた。普段男の子としてふるまっている永谷に、女としての魅力が劣ったら世要動静経的には大問題だ。
「あたいも福娘をした方が楽だったかもしれないね」
 福は巫女……というか、主に子供の相手を担当して、迷子の案内や退屈して騒ぐ子供を宥めたり、という仕事をしていた。子供がなついてきてくれれば、それはそれで楽しいのだけれど、ここはやはり一言言っておかねばならない、とばかりに、福はしがみついた子供をぶら下げたまま、永谷の処まで行った。そして、
「こんなに大変なんだから、甘酒は砂糖増量してもらうよ」
 と主張した。要求アップできる機会は有効に使う。それが基本だと思うから。
 
 
「ええっと……花かえましょう?」
 これでいいのかと尋ねるように皆川 陽(みなかわ・よう)が差し出した桜の小枝を、ジャヴァウォックの詩がむんずと掴み、自分の持っていた枝を突きつける。
「ほら、桜の小枝よ。貴方にも福があるといいわね」
「ちょ、ちょっと……じゃばうおっくちゃん、福娘なんだから、もう少しにこやかに……ね?」
 愛想も何もなくしれっと言うジャヴァウォックの詩を有栖が慌てて抑え、横からにっこりと笑顔を添える。
「どうぞ貴方に福がありますように……」
 ジャヴァウォックの詩の無愛想な態度に呑まれていた陽は、その笑顔に救われたようにそそくさと交換した枝を持ってその場を離れていった。
「お手伝いするんだから、じゃばうぉっくちゃんもちゃんと福娘しようね」
 有栖の注意に、ジャヴァウォックの詩はむっつりと答える。
「だって、要領分からないもの」
「う〜ん……とりあえず、笑顔。笑顔で、ね?」
 にこにこして枝を交換出来れば大丈夫なはず、と有栖に言われたジャヴァウォックの詩はしばし悩み。
「こう?」
 ニヤリ……と、背筋が凍りそうな禍々しい笑顔を作った。
「こ、怖い……」
 やっぱり笑顔はなしでいいから、と有栖はジャヴァウォックの詩に言葉遣いを教授するだけに留めたのだった。
 
 福娘と小枝を交換して戻ってくる陽を待ちかねたように、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は自分の小枝を差し出した。
「花かえようよ」
 テディにとって陽は、契約によって自分にもう一度生きるチャンスを与えてくれた恩人。古代の人生でテディは騎士として、主に剣と忠誠を捧げて戦って死んだ。けれど二度目のこの人生は陽に剣を捧げ、彼を危険から守る為に戦いたい。
 そう決意しているテディが花を換える相手は陽ただ1人しかいない。その想いをこめた花換えだ。
「うん。花かえましょう」
 テディから陽に渡した桜の小枝は、紫のリボンにラメラメの派手なもの。陽からテディに渡したのは、お手本通りにきちんと作られたもの。
 ただ1人の人と交換しあえたら、それは想いが通じたということ。感慨に耽るテディだったけれど……。
「花かえましょう」
「ああ、花かえましょう、と言うんだったな」
 陽の声にはっと振り返ったテディが見たものは、陽がブルーズと花換えをしている処。
 愛さえも捧げたいと思っているテディと裏腹に、陽は自分にそんな価値があるとは全く思っていない。だからこの花換えも陽にとっては、ただ1人に想いを伝えるものとしてではなく、多くの人と枝を交換して福を宿す行事。
 最近各地で起きる様々な事件は、陽にとって怖くて仕方がないもので、夜布団を被って考え事をしていると、そのうち死んでしまうんじゃないかと不安で眠れなくなったりもする。だから出来るだけ多くの人と交換して枝に願いをこめる。
(自分もみんなもケガしたり死んだりせずに、無事に生きていけますように)
 と。
「…………」
 テディは交換したばかりの枝を見、陽を見、また枝を見た。
 ああ哀しきすれ違い――。
 
 
「ねーねー、おねーちゃん、おはなかえましょー」
「はい、お花かえましょう」
 背伸びして花を差し出す子供と花換えをしながら、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は微笑んだ。福を求めて、あるいは珍しいイベントごととして、桜の小枝を差し出してくる参拝客は皆楽しそうに見える。
「お友だちと楽しく遊べますように」
 そんな願いをかけて枝を交換すると、子供は嬉しそうに走って行った。待っている両親に小枝を見せて何か懸命に喋っている様子が可愛い。
 恋人同士で花換えにきた2人には、
「2人に末永い幸せが来ますように」
 と願いをかけた。もともとこの祭りは、男女が想いを伝えあった処から来ているという。
(私も……)
 参拝客が途切れると、ロザリンドは手に取った枝にふと目を落とし、大好きな百合園女学院の校長を思い浮かべた。想いを告げて、校長も応えてくれたらどんなに嬉しいことだろう。
 静かに、ゆっくりと桜の花びらが舞う中で、お互い手にした枝を渡し合いながら……。
 そこまで考えて、いけない、と意識を福娘の仕事に戻した。
「花かえましょう」
「はい、花……?」
 差し出された花は桜ではなく薔薇の造花。差し出す手はこの季節なのにむきだしで……。
「きゃあっ!」
 腕を辿って相手を見たロザリンドは悲鳴を挙げた。
「ロ・ザ・リ・ン・ドちゃ〜ん! 俺の薔薇と小枝交換しよ〜!」
 そこにいたのは、全裸にマントといういつもの出で立ちの変熊 仮面(へんくま・かめん)。繊細な手で自作した真っ赤な薔薇を、執拗にロザリンドの前へと突き出す。思わず後退りしたロザリンドに、
「まてまて〜! 逃げたら追うぞ〜! 逃げなくても追うぞ〜!」
 と変熊は面白がって声をかけ、そしてふと視線を感じて横を向いた。そこにいたのは、七瀬歩と桐生円。憧れの存在である歩を見た変熊は、かーっと赤面する。
「こら円! お前が七瀬さん連れてくるから恥かいたじゃねーか!」
「そんな八つ当たりされても困るんだけど」
「ちっ……覚えてろよー!」
 淡々と応対する円に、八つ当たりの捨てぜりふを残し、変熊はマントを靡かせて走り去っていった。
 
 
 空京を箒で空中散歩していたリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は、桜に誘われるように空京神社に近づいて行った。リースも巫女のアルバイトをしたことがある空京神社だが、春の景色は正月とはまた違った趣がある。
「ピンクの霞みたい……」
 ほのかにピンクを帯びた白い花びらが無数に集まる風景は、うっとりするほど綺麗だ。
「あれ、何か行事をやってるのかなぁ? お花見?」
 福神社の方に行くたくさんの人に気づいたリースは、何だろうと箒を下りて行ってみた。
「こんにちは。今日は何かお祭りですか?」
「桜の小枝を交換することによって、福を宿す神事です。そもそもこの花換まつりの始まりは……」
 巫女をしている千歳に尋ねると、花換まつりの言われと方法を丁寧に説明してくれた。
「1人で来ちゃったんだけど、大丈夫ですか?」
「勿論結構です。多く交換するほど福が宿るので、見知らぬ人同士でも積極的な交換が行われ、交流が出来るのもこの祭りの特長ですから」
 千歳の説明にほっとして、リースは桜の小枝を授かった。まずは福娘が交換の為に待機している処へと向かう。バイトの時に巫女装束は着たことがあるけれど、その上に千早と烏帽子をつけた姿は、いかにもお祭りの恰好という華やかさがある。
 自分もいつかああいう衣装を着てみたいと考えながら歩いていたリースは、
「「花かえましょう」」
 福娘たちがいる場所に着く前に、ぴったりと重なった2つの声、2人の手に桜の小枝を差し出され、驚いたように瞬いた。
 小枝を差し出しているのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)。そっくりの2人が同じ福娘の衣装をつけている。
 2人は福娘の待機所にいるのではなく、境内を歩き回って参拝客に声をかけ、枝の交換をしていた。福娘との交換としてだけでなく、誰かと交換して福を増すという小枝交換にもなる上、2人分の福を授けることも出来る。そんな善き交換を、なるべく多くの人と出来るようにと。
「「福が貴女に多からんことを」」
 ステレオのように左右から聞こえる声に、リースはくらりと幻想に吸い込まれていきそうな気分に襲われた。非日常の衣装をつけているだけに、現実離れした印象が強まっている。
「何だか不思議です……それにとても綺麗ですねー」
「ありがとう。今日はよい日和ですね」
 そう答えるのはルカルカなのか、それともルカなのか。もう片方はリースの持つ小枝をさして言う。
「枝を沢山交換したあと、神様にありのままを報告すると、よい事が起きるかもしれませんよ」
 『お願い』よりも『報告』の方が吉祥が授かるのだ、と言われ、リースはふと小枝に視線を落とした。
 自分の望む幸せが訪れるように……そう願いをこめた桜の小枝。そのありのままを報告するとしたら、自分は何と言うのだろう。
(私の望む幸せってなんなのかなー)
 桜の小枝を手にした人は、考える……自分の望みは何だろう、叶えたい願いは何だろう。
 花換まつりは福を求める祭りであると同時に、自分の願いと向き合う為の祭りなのかも知れなかった。