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【十二の星の華】悪夢の住む館

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【十二の星の華】悪夢の住む館

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第6章 お茶会と本音

「あっ!」

 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)の手の中にあるものを確認。
 テティスはシャーロットの手から携帯電話を引ったくった。

「あ! あっ! あー!」

 悲鳴をもらす間にも、液晶の表示は「メール送信中」から「メールを送信しました」へと変わる。
「こ、これっ!?」
「ああ、私としたことがつい操作ミスを。いやあ申し訳ない。メールを一件送ってしまいました」
「わ、私の携帯電話! なんで!?」
「ん? ええ、君の釈放にはあまりお役に立てませんでしたからね。せめて取り返してさしあげようと思いましてね。もちろん、手荒なことなどしていません。法律上の仕組みからじっくり諭したら快諾してくれましたよ」
「だ、誰に?」
「ん? なんです?」
「誰に送ったの!?」
「ああ、それはご安心を。彼方です。君の無事を知らせておこうと思いましてね」
 悪びれない様子のシャーロットに、テティスの目がグルグルと回る。
「い、今撮った写真?」
「ええ、ご安心を――」
 霧雪 六花(きりゆき・りっか)は先ほど撮った写真と同じ映像を、メモリープロジェクターで投影してみせる。すぐ横の人物に、テティスが腕をまかせているところを、背後から撮った写真だった。
「キレイに撮れてるわ」
「あ、安心なんてっ!」
「いやいや、実際よく撮れてるぜ、これ。後ろからだから俺の立派な胸もまったくわかんないし――まるっきり男と腕組んでる写真だな。六花、いい腕してるぞ」
 口を開きかけたテティスを遮って、呂布 奉先(りょふ・ほうせん)が関心したように呟く。
 六花は少し得意げに胸を張ってみせた。
「じゃあもう二、三枚、撮って送ってみようかテティス? 今度はもうちょっと大胆なやつなんかいいな。もっとグッと密着してるやつとか、着てるもんはだけてるやつとかそんなの。ん? おまえが望むなら俺はいいんだぜ? 六花抜きでその先、二人だけってのも……」
 奉先はクイッとばかりにテティスの顎に手をかけた。
「ち、ちっとも良くないっ!」
 テティスはその手をバッと振り払って叫んだ。
「彼方に誤解されちゃうじゃないっ!」
 テティスの勢いに圧され、一瞬の沈黙が訪れ。

「誤解されると、何かまずいのかしら?」
 六花の冷静な声が返る。

「あ」
 テティスの顔が、下からみるみる赤色に染まっていく。

 一瞬きょとんとしたシャーロットと奉先だったが、程度の差こそあれ揃ってニヤリとした笑みを浮かべた。

「ま、その辺はじっくり聞かせてもらいましょうか」
「だな、だな」
 楽しそうにテティスの背中を押し、目的の建物に押し込んでいった。

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 空京のカフェ。
 『宵闇の春風亭』。

「ううー」
 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)はその姿通り、熊に似たうめき声をもらしながら、店の入り口を眺めやった。
「心配そうだな」
 そのベアにダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が声をかける。
「べ、別に心配じゃないぞ! 落ち着かないだけだっ!」
 再びちらり。
「おまだって気にならないのかよ、ご主人と離されてこんなとこ突っ立ってるだけなんてさぁ」
「とは言え、『男子禁制』にされてしまったからなぁ」
 ダリルは苦笑いを浮かべた。
「とりあえず俺のやりたいことはルカに頼んだから。後はこうやって信じて――護衛役でも任されるさ」
「お、俺だってご主人との約束だからな、別に不満がある訳じゃないぜ。それでもなんとなくスースーして落ち着かないんだよ」
 ベアが唇を尖らせた。
「まぁ、俺たちに契約者は唯一人の存在。絆は、限りなく強くも出来るが簡単に壊れもする。だから信じる。繋がりはいつだって、ここにあるだろ?」
 ダリルは少し得意そうに、自分の胸の辺りを指し示した。
「ちぇ、言ってろよ。なんか俺、すげー過保護みてぇじゃねーかよ。いいんだよ、俺はいつだってご主人の側にいる。それが、俺の『絆』の形」
 ベアはふんっと胸を張った。

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「用意できた、メイベルちゃん?」
「ん〜まだ紅茶の銘柄が決まりません〜」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)の声に、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は茶葉の並んだ棚を睨み付けたままで答えた。
「なーにをそんなに悩んでるの?」
「こちらのですと香りは文句なしなのですが、渋みだとこちらのものの方が優れているのですぅ」
「なぁんだ。僕はまたどうやって自白剤入れようかってでも悩んでるのかと思った」
「そ、そんなっ! 自白させるならこのウォーハンマーでドスンと一撃っ、簡単解決っですぅ――って、あわわ、そんなことしません!」
 メイベルはパタパタっと手を振る。
「じゃあ、こっちのカップ、持ってくね」
 メイベルを横目に見ながら、セシリアはカップの並ぶトレイに手をかけた。
「あ、まだダメですぅ! 持って行く前にお湯でカップを温めてください〜」
「あ、あのねぇ。メイベルちゃんの実家じゃないんだから完璧なティーパーティーの準備なんてとても無理だよ? ほどほど。ほどほどにしておきなさいって」
「ん〜」
 メイベルは難しそうな顔をして、唇を尖らせた。
「で、でも、いきなり牢に放りこまれて、この後も質問に答えてもらわなくてはいけませんし……テティスさんにはせめてお茶でリラックスしてもらいたいですぅ」

 と。

「お茶〜お茶はまだですかぁ〜? あ、これですわねぇ〜」

 とてとてとて、と、本人は急いでいるだろう、でも端からはあまりそうとは見えない走り方でキッチンにやってきたフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がセシリアの手にあったトレイを取り上げる。
「あ、フィリッパちゃん、カップを温めたり、まだ色々が足りません……」
「ダーメですわ。もう、お客様がお待ちです」
 メイベルの言葉に、フィリッパが背中越しの言葉を返す。
「お、お客様ではない気がするのですがぁ……」
「小さなことですよ。ともかく、この際テティス様とお話をすることが先決ですわ。それに、いいですか、メイベル様。おしゃべりは、何よりもお茶をおいしくしますわ」
 フィリッパはにっこりと微笑んだ。

「店主、今日はこのまま貸し切り――相違ないわね」
「まあ、約束しましたからね。にしても――こりゃ華やか、というか、かしましいというか……」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)の言葉に、春風亭のマスターは苦笑いで頷いた。
「男がいたら話せないってこともあるからね」
「ははあ、なるほど。それで彼らは門番って訳ですか」
 マスターが店の入り口に立つベアとダリルの方を眺めやる。
「勝手口から誰か来ても入れちゃダメよ」
「これは――厳重ですね」
「先走ったクイーン・ヴァンガードが、女王候補の威光を盾にいきなりテティスを回収していく可能性もあるわ」
 祥子はそこで肩をすくめる。
「本当なら教導団の詰所で行いたいところだもの。それが難しい以上、現在の状況の精度を少しでも上げるしかないわ――あ、だからマスターももう、どこか出かけてもらって結構よ」
「……食べ物や飲み物は、どうするんです?」
「みんなでやるわ」
 祥子が指差した先では、メイベルたちを始め、複数の生徒たちがお茶会の準備のために動き回っていた。
「ほんとに、女の子だけのお茶会――よ」

「さ、テティスさん。ご覧の通りです」
 店中のテーブルを集め、その上にテーブルクロスを拡げ。
 即席で作ったお茶会用のテーブルに集った面々を手で示して、東雲 いちる(しののめ・いちる)はその目に力を込めた。

「え、ええ」

 テティスは、お誕生日席に座らされたまま、未だ居心地が悪そうに、表情を強ばらせていた。

「同じ女の子ですっ! 遠慮はなしですからねっ」
「そうですか。では――今回の事件、犯人はあなたなのですか?」
「わわわわっ!」
 すぐ横で、ソプラノ・レコーダー(そぷらの・れこーだー)が上げた声に、いちるが取り乱した声を上げた。
「なっ、いきなり何を聞いているんですか、ソプラノちゃん!?」
「マスターは『遠慮なし』と仰いました」
 ソプラノは不思議そうな顔でいちるを見返す。
「そ、それは、テティスさんが緊張してるだろうなぁと思ったので言ったわけで――」
「マスター。警戒レベルが甘すぎます。テティス様が犯人だという可能性は未だ消えておりません」
「わ、わたしは『クイーン・ヴァンガード』という組織自体は苦手ですが……テティスさん自体はすごくまっすぐな人だなと思いますから、その……」
「根拠が薄弱ですマスター。ワタシは、マスターが傷つく可能性を放っておくのは……嫌です」
「まあまあ……真犯人――身代わりが名乗り出たとは言え、テティス・レジャを犯人に据えておけば一番納まりが良いという状況は、相変わらずだからね」
 エヴェレット 『多世界解釈』(えう゛ぇれっと・たせかいかいしゃく)が、いちるとソプラノをたしなめながら、考えをまとめるように宙に視線を漂わせた。
「シュバルツまでっ! だ、ダメですそんなっ、疑ってばっかりなんてっ! このままじゃテティスさんはいつまでも犯人です!」
 若干涙まで浮かべて、愕然とした表情で、いちるがエヴェレットにかじり付く。
「か、可能性の話よ。だからここにいるみんなを信じて話してみないって――」
「うー!」
 いちるはまだ目の端に涙を浮かべる。

「ありがとう」
 控えめながら、しっかりと通る声。
 その場の全員が、声の主の方へ振り向いた。

「ありがとう、いちるさん。エヴェレットさんやソプラノさんの言葉は正しいわ。私はまだ疑われ立場。でも、だからここにいる。さあ、聞いてくだ――ううん、違う。なんでも聞いてっ!」
 すっかり緊張のとれた顔で、テティスは微笑んだ。

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「では聞かせていただきますけれど――あ、お食べになります、これ? おいしいですわよ」
 テティスに薦めておいてからどら焼きをひとつ手に取り。
 ぱくりとほおばってから同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)は口を開いた。
「何がどうなったんですの? 彼方さんは何をなさったんです?」
「そそそ、それは今あんまり関係ありませんっ!」
 テティスの顔色が赤に変わる。
「なんでもっておっしゃいましたわ」
「い、言ったけど――」
「それに、今回の事件はそこから発生してるんですもの。関係ありますわ。結局、痴話喧嘩ですの?」
「ち、痴話ってその! そういうのは付き合ってる人たちがするものだから! 私たちは別に付き合ってないしっ!」
「そうすると……何が問題ですの?」
「……わ、私、彼方のパートナーなのに、なんか壊れ物扱いするっていうか……私だって役に立ちたいのにすぐ『危ない』とか『下がってろ』とか……目も見てくれないし。そのくせ愛美さんには気軽に話しかけるし、デレデレっていうか……」
 静かな秘め事はなんだか不思議なものでも眺めるような顔でテティスを眺めた。
「何だかよくわかりませんけど……他の女の子に構ってたって自信持てばいいじゃないですか」
 静かな秘め事はさらにどら焼きを頬張る。
「だいたい――剣の花嫁は契約者の理想の姿、つまりテティスさんは彼方にとって理想の女性像。テティスさんが生まれたのが5000年前とういうことは、つまりそのころから契約するのが決まっていた訳で――運命とか宿命とかこれ以上必要のないくらいに結びついているような気がするのですけれど」
「それに、彼方くんが話してたのって、マナミンのことでしょ?」
 ティーカップ片手に、口を開いたのはアリーセ・リヒテンベルク(ありーせ・りひてんべるく)
「大丈夫だよ☆ マナミンは誰とでも友達感覚で気軽に話せる特技があるから。異性に関しても特に意中の人もいなくて、会う人会う人『運命の人!』って、一目惚れするタイプだからねー。彼方くんも友達感覚じゃないのかな。テティスちゃんが見かけたのは、きっとそんな一場面? だから心配ナッシング☆ それで心配なら――」
 アリーセはごそごそとポケットを探って、小さな機械を取り出す。
「難しいこと考えないでラブセンサーで計っちゃえばいいよ。針、きっと、振り切っちゃうよ」
 アリーセはシシシと明るく笑った。
 テティスは、その言葉に小さく俯いて考え込む。
「一、二、三……えーと、外にいる二人に、この詩穂まで含めたら……えーと、たくさん! その沢山の人が――ちょっと恩着せがましく言うとテティスちゃんのために動いてくれてるんだよ」
 この場に妙にマッチしたメイド服姿の騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、指差し確認でカフェに並んだ頭の数を確認、
「そのみーんながきっと、アリーセちゃんや静かな秘め事ちゃんが言ったのと同じようなことを考えてる。もっと、自信を持っていいと思うなぁ」
 テティスの隣に行って、優雅な手つきでカップにお茶を注いだ。
「でも……」
 テティスは未だ自信なさげに小さな反論の声をあげる。
 詩穂はそんなテティスの耳元にそっと口を寄せて、
「謙遜なんて、しすぎたらかえって嫌味だよ?」
 少しだけ意地悪そうな顔をした。
「だから、さっさと巨大ゆる族の問題を解決しよう」
「巨大ゆる族?」
 テティスは今度こそきょとんとした顔で詩穂を見た。
「へ? テティスちゃんは、『隠れ身』状態の巨大ゆる族に襲われたんじゃないの?」
 同じような顔で、詩穂もテティスを見返した。
「そこよ。いったいあの『鳴動館』で、なにがあったの? テティスは、どうしてあんなところで気を失うことになったの?」
 その腕には「推理研」の腕章。
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)のよく通る声。

 その場の全員が一斉に千歳の方を振り向いた。

「あ……う……あ……こ、これっ!」
 急に沢山の視線を浴び、一気に緊張。
 ぐるぐるとその瞳を渦巻かせた千歳は、ずっと手に提げていた包みを、思わずテティスに差し出した。
「……牛丼?」
 中身を確認したテティスが、脈絡のなさに沢山の疑問符を頭に浮かべる。

「ごめんなさい、千歳さん大勢の皆さんの前で緊張してしまったようですわ」
 にこやかに、イルマ・レスト(いるま・れすと)が千歳をフォローした。
「いろいろな手順と順番がどこか行ってしまったみたいですわね。その牛丼は、実はさっき、格子の間から差し入れようと思っていたのですけれど――ええ、ええ、あの騒ぎで。少し冷めてしまったかもしれませんわね」
 イルマの言葉をゆっくりと咀嚼すると、テティスはにっこりと微笑み、
「ありがとう。甘いものも嬉しいんだけど、実はずっと捕まってたからお腹も空いてて……」
 少し恥ずかしそうに千歳の牛丼を受け取った。
「ふふ。よかったですわね」
 イルマが千歳に声をかける。
「ふ、ふん――あ、後は任せるわよっ」
 頬を染めて、ふいっと顔を背ける千歳。
「はい、任されましたわ」
 テティスに向き直ったイルマはその顔からフッと笑みを消した。
「さて、テティスさん。解き明かすときです。テティス・レジャと言えば十二星華の一人――いかに単身で乗り込んだとはいえ、そうやすやすと遅れをとるとは思えませんわ。意識を失う直前に何があったのか。それがきっと事件解決の糸口。一体あなたに――何があったんですの?」
 テティスはイルマの視線を正面から受け止め、それから口を開いた。
 ゆっくりと、言葉を選んで並べるように。
「私は、十二星華。でも、そんなに自由に十二星華の力を自由に出来る訳じゃない。だから――ひとりのクイーン・ヴァンガードの行動と思って聞いて欲しいの。鳴動館に着いたとき――ちょっとムキになってたんだと思うわ。彼方は危険そうなことから私を遠ざけるし……本当に大事なことを、隠してしまっている気がするし。だから――私だって大丈夫なんだって。私、隣で戦えるよって――彼方に示したかったんだと思う。うん。軽率。甘かったって思うわ。でも、ムキにはなってたけど、鳴動館で警戒を怠ったつもりはない。これは、信じてほしい。私は、玄関からホールを抜けて――」