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・高層ビル街1

 
 空京のビジネス地区の象徴とも言うべき、高層ビル街。狭義に「オフィス街」といえば、この辺り一帯を思い浮かべるパラミタの住人は多い。
 暫定シャンバラ政府、空京市庁舎、貿易センタービルといった主要な施設も立ち並んでいる。高さが300メートル近いビルが密集している様は、「近未来都市」さながらだ。
 その中でも、最も高いビルである貿易センタービルの正面玄関前。
 そこがエリア1の缶のある場所だ。
 なお、ビジネス地区で最も高い建造物は言うまでもなく完成間近のシャンバラ宮殿である。
「このエリアの地形は大体把握した。こりゃ他のエリアよりも骨が折れそうだ」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)が呟く。この摩天楼に囲まれたエリアは、それだけで迷宮と化しているともいえる。
 守る側にとっても、攻める側にとっても、全エリアで最も難易度が高いのがここであろう。
「準備は終わったか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が答える。玄関前のコンクリート上には、無数のポリバケツが並んでいる。人一人が入れそうな、ゴミ箱代わりに使われているあれだ。
「缶自体は動かしてませんし、仮にバケツごと壊そうとして攻撃した場合、霞憐に当たるかもしれません。そうなったら反則に持ち込めますよ」
 本物の缶のある場所には、遙遠のパートナーの緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)が待機している。
「姿を確認次第、無線で連絡出来るようにもしてあります。それを伝えて缶を踏んでもらえば……」
 亮司と遙遠が話しているその時、遙遠の無線に連絡が入った。
『100メートル以内は通常の缶蹴りと同じルール、ですので分かっていると思いますが、缶を踏む本人が相手の顔を見なければいけませんよ。ま、念のためお伝えしておきます』
 主審からだった。どこから見ているのか分からないが、二人の会話が聞こえていたようだ。しかも、電波にまで介入してきた。
「…………」
 しまった、という様子で遙遠が引きつった顔をした。
『霞憐、バケツの内からでも外が見えるようにしといて下さい』
 一応、指示はしておく。
 その後、ダミーも含めたバケツ全部に氷術を施し凍らせた。これには、強度を上げる以外の効果もある。
 バケツと氷の一部を空洞にすれば、外も見れる。範囲は狭いが、それでも条件は満たせる。
「お待たせなの〜」
 そこへ、遙遠のもう一人のパートナー、紫桜 瑠璃(しざくら・るり)がパワードスーツに身を包んでやって来た。これで守備側が全員揃った事になる。
「これでゲームスタートだな。シオ、ジュバル、行くぞ」
 パートナーであるシオ・オーフェリン(しお・おーふぇりん)ジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)と共に、亮司が夜の摩天楼へと繰り出した。

            * * *

 それは、開始直後の出来事である。
 ゴゴゴゴと、何か巨大なものが飛んでくる音が聞こえてきた。
(開始早々、何ですか!?)
 夜空から地上目がけて、ビルの合間を縫うようにそれはやってきた。音の正体は加速ブースターだ。
(とりあえず連絡を……)
 それを見た遙遠はすぐに缶を守る霞憐へ、何が迫っているのかを伝える。
『早速一人、いや一体ですか。玄関前に降り立ちます』
 その巨大ロボットにしか見えない機晶姫はシュペール・ドラージュ(しゅぺーる・どらーじゅ)である。
 これに関しては、遙遠に伝えてもらわなければその姿を判別出来なかっただろう。でかすぎてバケツに隠れた状態では足の一部くらいしか見えないからだ。
 音を立てて、地上に降り立つドラージュ。
 さながら昭和の特撮もののような光景である。ファイティングポーズを決め、その巨体を利用してそのまま缶を蹴ろうとする。
 しかし、缶がない。
 あるのはバケツだけだ。
「瑠璃が守るの!」
 バケツの前には瑠璃が立ちはだかる。が、その必要もなかった。
「シュペール・ドラージュ!」
 霞憐がバケツの中で大声で叫ぶ。その声で、どれが本物のバケツか分かってしまいそうだが、それは仕方がない。
 ちゃんと姿は確認してから言ったので、問題はなかった。
 その瞬間、
「な、隠れてたの!?」
 ドラージュの巨体の影から、ティーレ・セイラギエン(てぃーれ・せいらぎえん)が飛び出してきた。
(さっきの声、あそこに缶があるのね)
 一直線に、本物の缶があるポリバケツへと向かっていく。
「させないの!」
 瑠璃がティーレの前に出る。ここでぶつかった場合、正面から来たティーレの方に反則が取られる。
(……っ!)
 だからこそ、避けるか止まるかするしかない。その際に鬼眼を使い、怯ませる。
(あの顔は……)
 その間にも、バケツ内の霞憐が向かってくるのが誰かを参加者データを参照して調べる。
 距離は次第に縮まっていく。
『ティーレ・セイラギエンさんですよ』
 バーストダッシュですぐ近くまで駆けつけた遙遠が、無線で名前を伝えた。
 バケツ内からでも顔は見えている。
(この中に、缶が)
 氷術の氷で覆われたバケツを壊そうとした、その時、
「ティーレ・セイラギエン!」
 中から名前を叫ぶ声が響いた。缶も踏まれていて間違いないだろう。
(これで二人、ですか)
 遙遠がリストを確認すると、二人の箇所の表示が変わっていた。捕縛、を表している。

(……もう捕まってしまいましたか。まあ、仕方ないといえばそうですが……ねぇ)
 ビル街の上空から、捕まった二人の契約者であるランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)がその様子を眺めていた。
(この時間はやっぱり……眠いです)
 目をこすりながら、箒に跨っている。キュロットスカートを穿いている事も考えると、どうやら彼女はパートナーに引っ張り出されたらしい。
 そしてそのパートナーは二人とも捕まってしまった。
(どうしますかね……)
 苦笑しつつ、そのまま旋回してエリアの様子を見回る。
 ただ、捕まったとはいえ、ドラージュの巨大は100メートル圏内の新たな障害物となっていた。
 さらにこの最初の流れがきっかけで、付近のビルに身を潜めた攻撃側の者も多かったのである。
            
(いきなりすごかったけど、面白くなってきたね。よーし! がんばろーっと☆)
 貿易センタービルの屋上。地上から約700メートルのその場所で、秋月 葵(あきづき・あおい)はスタンバイしていた。
 まだ他の攻撃陣が動きを見せる気配はない。
 ここまで守備側の人間が追ってくる感じでもないため、まずは様子を見る事にした。
(まだ、大丈夫だよね。壁を駆け上がって来たら困っちゃうけど)
 幸い、というべきか守備側にはそのような事が出来るスキルを組み合わせている者はいなかった。

            * * *

(迷彩塗料を使っておきましょう。いくら夜とはいえ、相手は探知スキルで来るでしょうし)
 御凪 真人(みなぎ・まこと)がパートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)に迷彩塗料を施す。真人自身も、自らのブラックコートにさらにそれを行使する。これでより闇に溶け込めるようになった。
(缶の周囲には、おそらく何人かいるはずです。守備側をいかにして缶から引き離すが大切ですね)
 目の前にはビルが立ち並んでいる。缶まで辿り着くには、この無機質な迷宮を潜り抜けなければならない。
(さっき言った手順でいいんだよね、真人?)
 セルファが確認を取る。
(ええ。開始前の守備側の人を見ていても、100メートル圏外に罠を仕掛けてる気配もありませんでしたし、大丈夫です)
 そして一言。
(人間、過信している部分に油断が生じますからそこを突いてみましょうか)
 かくして、摩天楼の中を突き進む。

 タタタタ……

(足音? 誰かが、走ってるみたいですね)
 物音を立てないように移動していたからこそ、真人はそれに気が付いた。
(俺達と同じように攻めてるのなら、大きな音は立てないはずです。陽導でもない限りは……)
 考える。自分以外の誰かがあえて守備側を引きつけようとしているのか、それとも守備側の人間が迫っているのか。 
(いえ、守備側も自分から物音を立てるような事は避けるでしょう。とはいえ、今はまだ無闇に近付かない方がよさそうですね)
 音の聞こえた方を避けるように、真人達は進んでいった。

            * * *

(さすがにビルの中から攻めてくるとは考えちゃいないだろうぜ)
 貿易センタービルに隣接している別のビルに、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)はいた。
 ピッキングでビルの中に侵入し、上階層の窓から缶のある辺りを窺っていた。
(だけど、ちょっと厄介そうだな。さっきも缶蹴るの失敗してたみたいだし)
 そこで彼女は相手の動きを封じる作戦に出る。
 まず、窓を開けた。
(ここからなら届くはずだぜ――しびれ粉が)
 そこからしびれ粉を風に乗せて散布した。このビルからだと、ちょうど下にいる遙遠や瑠璃はそれを吸い込む事になる。
(もし近くに誰かいた時に備えて、連絡しておくか)
 同じエリアの攻撃側に伝達しようとする。
(あれ、繋がらないな……)
 しかし、思うようにいかない。亮司の行った情報撹乱の効果で、電波障害状態となっていたのだ。
(まあ、なんとかなるだろ。じゃ、行くぜ!)
 そのままビルを駆け下り、そこからは隠れ身とバーストダッシュの併用だ。
 ミューレリアが向かってる間に、粉の効き目は表れ始めた。
(あれ、身体が……動きません)
(これは、一体どうしてなの?)
 缶から100メートル圏内にいる遙遠と瑠璃は上空から散布された粉を吸い込んでしまう。
 これは直接攻撃ではない。あくまで、粉をばら撒いただけである。面と向かって粉を顔面にぶっかけたなら直接攻撃となるだろうが。
 そのような中、彼女以外にも缶への突撃を試みる者がいた。
(正面突破、だがこんな方法を取る者はおそらくいまい)
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)である。彼はバーストダッシュと軽身功を駆使し、ただひたすらに走っていた。
 ビルの壁を。
 高層ビルに囲まれた地上は、守備側に見つからないように突破するのは難しい。だが、そのビルの特性を生かせば、行動可能なフィールドは広がる。
 ビルからビルへ、ジャンプしては壁を走り抜ける様は、重力を無視しているかのようにも見えてしまう。
(見えた! あそこか)
 そのまま、100メートル圏内に足を踏み入れる。
 すぐ目の前にはミューレリアがいる。
(よし、私は別方向からだ)
 ミューレリアとは反対のビルから飛び出す涼介。それは二つの意味で正しかった。しびれ粉の影響を受ける可能性が、この方が少ないからだ。
 さらに上空。
 二人が来たタイミングで、葵が空飛ぶ箒に乗って缶のあるポリバケツめがけて急降下してくる。
(ここがチャンスですね)
 ランツェレットもまた、葵に続いて箒で降りてくる。
(動けなくとも、顔さえ分かれば)
 遙遠が近付く人間の顔を確かようとする。
(そうはいかないぜ!)
 ミューレリアが煙幕ファンデーションで顔を覆う。
(さて、缶はどれにあるのかな?)
 本物が分からずとも、バケツごと蹴り飛ばせば問題ない。相手が動けない以上、全部を確認する事も可能だろう。
「そう簡単に蹴らせませんよ!」
 遙遠がアンデット・スケルトンとレイスを使役し、時間を稼ぐ。
(く、そうきたか)
「缶は瑠璃が守るの!」
 しびれ粉が効いているとはいえ、バケツの前には瑠璃も立ちはだかっている。煙幕の効果は切れようとしていた。
「精霊さん、お願い!」
 そこへ葵が空から光精の指輪と光術のコンボで、目晦ましをする。この光度でもかなりのものだが、
「今だ!」
 涼介もまた、光術を繰り出す。その強さに、一瞬昼間にでもなったかのような光が起こる。
 それは、ビル街を行く他の者達からも分かるほどだった。
「く……目が、目が!!」
 これには遙遠もこたえた。パワードスーツでマスクもあったとはいえ、瑠璃もこの光には耐えられなかったようだ。
 アンデッドに至っては、光に弱い。本当に一瞬だったが、その間にダミーのバケツはほとんど壊されていた。
(まだ、僕がいる!)
 本物の中に身を潜めていた霞憐は、辛うじて光の影響を受けずに済んでいた。
 その目で一人ずつ顔を確かめていく。
 バケツの中から確認出来た者から告げる。
「本郷 涼介!」
 叫んだ瞬間、バケツの氷が砕かれる音も響く。
「ミューレリア・ラングウェイ!」
 バケツが砕け、缶と彼の姿が露わになる。すぐに上空を見上げ、
「秋月 葵!」
「ランツェレット・ハンマーシュミット!」
 と空組の名前を叫んだ。
「うにゃ〜捕まっちゃったよ〜。もう少しだったのに〜」
 残念そうにする葵。
「悔しいぜ。まさかこんな缶の隠し方をしてるなんてな」
「だが、これで結界はなくなったな」
 そう、今のアタックで守備側はかなりのダメージを被った。
 この先は、小細工も通用しないだろう。
(あとは亮司さん達にも多く捕まえてもらえれば……)
 
 しかし、これでもまだ半分だ。
 まだもう半分、下手をすれば他のエリアをクリアした者達が流れ込んでくる可能性もあり得るのである。