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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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第1章 始まりの白

 そのカフェはほとんど全壊していて。
 そのストリートはほとんど静まりかえっていた。

「さて」

 メリハリのあるボディラインを強調するような漆黒の衣装をまとった彼女は、唯一残っていたテーブルセットから、少し大儀そうにその身を起こす。

「休憩も取ったし……続きといこうかしら」

「させませんわよ」

 ミスティーア・シャルレント(みすてぃーあ・しゃるれんと)の声。
 同時に、氷術がその行く手を遮った。
 カンバス・ウォーカーは、俊敏な動きでそれをかわしておいてから、口許に笑みを浮かべた。
「やーっぱり邪魔が入るわけね。こんな街、壊れてしまったっていいのに……あんたも街を守りたいってクチ?」
「わたくしに言わせれば、ではどうしてあなた方が壊れしまっていいような街に執着するのか。そちらの方が理解しかねますわ。わたくしは雄軒の考えにひかれているだけ」
「なーんだ。さかりのついた雌犬か」
「ああん!? ちょっとまてこら! お前、こっちの深慮をそんなひと言でまとめてんじゃねーぞ!」
 パチンと。
 スイッチが入った様子でミスティーアの口調が代わる。
「ねえ、飼い主ならしっかりしつけなよ」
 カンバス・ウォーカーはからかうような口調で、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)に声をかけた。
「そうですねえ。どうもまだ調教が足りないようだ」
 雄軒は、やれやれと大仰にため息をついてみせた。
「雄軒、どっちの味方なんだよっ!」
「『ミスティーアですよ』と言えば満足ですか?」
 グッと、ミスティーアが声を詰まらせた。
「私は誰の味方もしませんよ。戦局は拮抗、戦力は五分が望ましい。そうでなくては争おうとする気持ちが――争いが消えてしまうではありませんか」
 酷薄な笑みを浮かべた雄軒はそこで、火術の展開を始めた。
「進化はね、争いがなければ生まれないんですよ……カンバス・ウォーカー……あなたは大変好都合だ。さぁせいぜい、長く、大きく、暴れてくださいよ。バルトっ」
 雄軒が火術を展開。もうひとりのパートナーに呼びかける。
 炎の舌が、いまや残骸となったカフェをなめる。
「承知っ!」
 かわしてのけたカンバス・ウォーカーを追って、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)が、手にした幻槍モノケロスを突き出した。

 突き、払い、突き、薙ぐ。

 高速で暴れるバルトの槍撃の奔流が、カンバス・ウォーカーを後退させ、足止めする。
 雄軒とミスティーアはさらに攻撃できる隙を探す。

 再び鋭い突き。

 カンバス・ウォーカーはテーブルを使ってバク転、着地と同時に壁に向かって手を伸ばし、バルトの槍がさらにそれを追った。

 ジャギっ!

 金属同士が擦れあう耳障りな音を残して、モノケロスの軌道が逸れる。

 それは絵画上の絵の具を削ぎ落とすのに使うペインティングナイフ。
 ただ、明らかに異質な大きさを伴っていた。
 カフェを破壊した道具であることは間違いない。
 カンバス・ウォーカーはその凶器を振り上げ口を開いた。

「この先に進化なんかないわよ。ただ、朽ちるだけ」

「冗談じゃないわねっ!」

 しかし、ペインティングナイフの軌跡はねじ曲がる。
 一体いつの間に飛び込んだのか。
 十六夜 泡(いざよい・うたかた)は、超近距離からカンバス・ウォーカーの右腕を痛打した拳をグッと握ってみせた。
「そんなもの振り回して、なるほど、街ごと『白紙』に返そうってわけ?」
 距離をとって、泡は拳を構えた。
「あなたが壊したそのカフェだって誰かの作品よ。破壊は『白紙に戻す事』ではなく『その存在をそこで終わらせる事』なの。美術品の意志であるあなたに、作品の存在を終わらせる権利はあるの?」
「今度こそほんとに、この世界の味方が来たみたいね」
「茶化さないで」
 泡は視線を尖らせる。
「泡、泡」
「頭引っ込めてないと危ないわよ、リィム」
 自分の胸ポケットからひょこっと顔を出したリィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)に、泡は言葉だけで注意を向ける。
「わわわ。でもあの、泡、カンバス・ウォーカーさんがどうしてこの街を壊そうなんて思ってしまったのか、考えてみたんです。もしかして『常に様々な人が行き来する駅』『大人っぽいカフェ』『学生が勉強する大学』として作られたのに『駅を利用するのは常に同じ時間に同じ人間』『カフェを利用する客は学生ばっかり』『大学の近くに駅等が近くにあるから騒音で勉強に集中出来ない』って状況になって、他の施設を無くして自分に適した空間にしようと思ってるとかじゃないでしょうか。わ、わかんないですけど」
「うん。あの子がどんな作品、どんな想いから生まれて来たのか……理由を知らないと止めるのは難しいかもしれない……私もそうは思ってる。思ってるんだけど……どうも真正面から聞いてもまともに返してこなさそうな雰囲気があるのよね」
「泡……」
「ああそれとっ!」
 泡は突然声を張り上げた。
「そこで手を貸そうかどうか迷ってる顔のクイーン・ヴァンガード?」
「泡?」
 あらぬ方に声を向ける泡に、リィムが疑問の声を上げる。
 泡は珍しく、その顔に意地悪とイタズラ心が入り交じったような表情を浮かべた。
「こっちは私達で押さえるから大丈夫。もちろん、必要以上に荒っぽい手段なんか取らないわ――昔のあなたみたいにね。安心して他の所にまわるといいわ!」