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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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第2章 深謀の紺

「か、彼方。いいの?」
 泡からの言葉に、クルリと身を翻した皇彼方(はなぶさ・かなた)に、テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)が驚いて声をかけた。
「ああ。いい。空京大学に向かおう」
「でも……」
「大丈夫。別に放棄した訳じゃない。こういうのは……『信用』って言うんだ。たぶん」
 彼方は小さく、満足そうな表情を浮かべた。

「それは構いませんが……彼方にテティス、君達警備隊や空京警察には協力者を募ってカンバス・ウォーカーの対処に当たるって話をしているんでしょうね?」
 メモ帳を片手に、樹月 刀真(きづき・とうま)が彼方に声をかける。
「それなら一応筋は通してきたけど」
「ふむ……それなら協力してくれた人たちは、ある程度自由に動けそうですね。では、カンバス・ウォーカーからの人的被害が出た場合――説得を試みても周りが納得しない可能性があります。その場合、俺たちクイーン・ヴァンガードが直接始末をする必要があると思って、間違いないですね?」
「誰か――ケガしたりする人たちが出てくれば……その時は当然そうやって止めなくちゃだろうな。もちろん、俺だって例外じゃない。協力してくれた奴に責任押しつけたりしないさ」
「なるほど」
 フッと刀真は笑った。
「な、なんだよ」
「少し安心しました。こいつは『信用』に話ですから。流石に協力してくれた人達に泥をかぶせるわけにはいきません。それから、情報の共有の件ですが――」
「まだあるのか!?」
「俺達は最悪の事態を想定してそれに備え、その備えを無駄にする為に動くんですよ」
 げんなりした声の彼方に、刀真は涼しい顔で告げた。
「対処しなきゃいけない場所に、対処しなきゃいけないことがが多すぎるんだもの。自分達で動きたい気持ちは分かるけど、そもそも難しいのよ」
 近くで購入してきた市街地図などを片手に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が付け足す。
「俺は空京大学に……」
「それはわかるけど、先に情報がためを――」
「あの……」
 少しムッとした表情で視線を向け合う彼方と月夜。
 そこへ、影野 陽太(かげの・ようた)がおずおずと声をかけた。

「なんだよ?」
「なに?」

「ご、ごめんなさい……その……情報収集と整理なら俺、手伝おうと思って……」
 キッと振り向いた二人に、陽太が首をすくめる。
「か、彼方君は気になっていることがあるみたいですし、俺、ユビキタスも使えるから……適材適所ということで……」
「どっちかって言うと、そういう問題でもないんだけど……」
 月夜はくしゃくしゃっと自分の髪をいじった。
 それからちらっと陽太を見る。
「どうやって調べるつもり?」
「そうですね……まずは広く浅いところから。『芸術は爆発』『失敗した絵画を白紙に戻す』『世界を否定するような想い』……この辺りをザッとユビキタスで検索かけて洗い出し。えーと、一応絵のこと、色々知ってるつもりですけど、誰かセカンドオピニオンで助言してくれると、さらに助かります。調べたもの覚えてるのは得意です。第一段階としてはこんなところからでどうですか?」
 すらすらとしゃべってのけた陽太を、月夜が呆気にとられたように見返す。
「あ、それから、俺、カンバス・ウォーカーに会ったことあります」
「……図書館や美術館などのデータベースにアクセスすることは、できる?」
「ああ、なるほど。それ、有効そうですね。試してみましょうか」
 陽太は嬉しそうに微笑んだ。
「……彼方より、確実に有能ね、これは。はい、選手交代」
 月夜はくるくると指で円を描く。
 彼方は一瞬ムッとした表情を浮かべたが、考えてみれば反対する理由はないと、くるりと背を向けた。

「じゃあさ、じゃあさ、彼方くんはこっち。こっちの『しんよー』もんだいってやつにも答えてよ」
 と、今度はメリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)がクイクイと彼方の服の裾を引いた。
「この籠手型HC、不良品?」
「不良品? そういうものに不良品ってあるのか?」
「だってデビルサモンプログラム入ってないんだけど」
「でびるさもんぷろぐらむ?」
「えー? だってこれ、デビルを捕まえてミックスして召喚して――デビルバトルが出来る機械なんじゃないの? ジャキーンって」
 次々にメリエルの口から単語が飛び出す度に、彼方の頭に疑問符が増えていく。
「お、俺が作った訳じゃないからわかんないけど……オモチャじゃないからもっと実用一点突破な道具だと思うぜ」
「えー。デビルを召還できたらすごい戦力だと思うんだけどなー」
「私達の『しんよー』を丸ごと墜落させるのは勘弁してくれ」
 額に皺を寄せたエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が、ひょいっとばかりにメリエルを彼方の前からのかせた。
「すまんな。仕入れた情報がどこかでごちゃごちゃになっているらしい。だが『信用』に関しては私も聞きたいことがある。今回卿達が積極的に動いた理由というやつだな。確かにカンバス・ウォーカーのテロまがいの行為は見過ごすことはできない。だが――卿達は今回この事件は敵側十二星華が仕掛けたものである公算が強いとして動いている。カンバス・ウォーカーは『現象』を利用されたのだ――としてな。正直――理屈としては飛躍しているように思えるのだが……何か理由があってのことなのか? そうだな――卿に対する、私の『信用』の問題というやつだ」
「……俺、打たれ強い方だとは思うけど、やっぱり怒られるのはきっついんだよな……」
 彼方は、ポリポリと頬をかく。
「私が怒り出すような理由だというのか」
「『勘』って言ったら怒るだろ? 普通は」
 彼方の言葉に、エリオットはその眼を見開いた。
「な、怒った」
「これは呆れているというのだ。なあ、卿。何かあってからでは遅い、と危惧する卿の気持ちはわかる。だが、こうだと決め付けて先走る方が、逆に危ないのではないか? 今のところこの騒ぎが十二星華に起因していると断定できる要素はない」
「じゃあどうしてカンバス・ウォーカーは空京を攻撃しようとなんてするんだ?」

「世の中には『風刺画』というものもあります」

 彼方の疑問には、ミサカ・ウェインレイド(みさか・うぇいんれいど)が答えた。
「カンバス・ウォーカーが言う通り、私も、『想い』のすべてが前向きなものであるとは思いません。カンバス・ウォーカーは美術品に込められた想いの具現化。今回の騒ぎは、そんな気持ちがたまたま形をとったということではないんでしょうか?」
「むう」
 彼方は腕を組んで口をへの字に結ぶ。
「慌てる必要は無い。今は落ち着いて、現地に向かった連中を信じて待てばいい。我々はその間、今後何が起こるかを想定しつつ、しばらく静観するのがいいと思うが」
「そうですよ。あ、その間私、絵を描きましょうか。似顔絵でも風景画でも、彼方さんとテティスさんのリクエストにお応えしますよ」
 ニコニコしたミサカの申し出の意図に、彼方が怪訝そうな顔を作った。
「ただの暇つぶしじゃありません。私の絵に対する気持ちを見てもらって、納得してもらおうと思うだけです。私なりの……『しんよう』の証明です。それに……カンバス・ウォーカーに関わるのに、絵のことを知っておいて損はないと思いますよ?」

「……ま、そりゃそうだよな」
 彼方は大げさに肩をすくめてみせる。

「あんたたちが言ってることの方がたぶん筋、通ってる」
「ふむ。聞き分けてもらえたようだな」
「いや、このまま空京大学に向かう」
「卿、人の話を聞いていたのか?」
「軽挙妄動は慎むべし。理屈は判るんだけどな。たぶんこの辺、俺がどうにも一流になりきれない未熟な点だと思う」
 彼方は少しだけ力ない笑みを浮かべた。
「動かずにはいられないんだ、甘いとは思うけどな。ああ、でも『勘』って全然信用がおけないもんじゃないんだぜ? その、理屈でまとめきれない情報の集まった結果――だった……かなたしか。このタイミングに空京で騒ぎを起こすのは……無関係じゃないと思うんだ。って言っても、怒られるよな、やっぱ」

「まぁいいわよ。どっちみち身体はひとつ。起こってることは三つ。いずれにしても選択はしなくちゃいけないんだもん。それならキミの『勘』に乗ろうじゃない。空京大学まで一緒に行くよ。」
 如月 玲奈(きさらぎ・れいな)はトーンを、テンポをどこかわざとコントロールするような口調で言って、テティスの隣に並ぶと、ガッとその首に手をかけた。
「その代わり、答えてもらうからね」
「な、なにを!?」
「私が聞くんだもん、『悪夢の住む館』事件の顛末に決まってるでしょ? 事件片付いて、彼方の小型飛空艇に二人乗りして帰ったけど――どーだったの? 抱きついたの?」
「そ、そんなことしてないわっ!」
 ギュオンと声のボリュームを急上昇。
 テティスが顔を真っ赤にしてブンブンと手を振った。
「えー? つまんなーい」
「こ、腰に手は回してたけど……」
「なのにぎゅってしてないの? もったいなーい。てっきり手に手を取り合っての曲芸飛行、『彼方の手、おっきいんだね。何でも包み込んでくれそう』『テティスの手の温もりの方が……まるでキミの心みたいだ』とかって飛んでったのかと思ってた」
「な、なにそれ」
 ぽわーんとした表情の玲奈に、テティスは頬を引きつらせてみせ、それから少しだけ表情を曇らせてみせた。
「それに、彼方は手、握ってくれないから」
「へ? なんで?」
「……判らないけど……たぶん、怖がってるのかも。手を握ったことで私の十二星華の力が解放されたことがあるから。私が十二星華の力を怖がってるのを……知ってるから」

「ふうん」

 玲奈はそれを眺め、少し羨ましそうな声を出した。

「でもいいじゃん。それだけ思ってくれてるってことなんだからさ。いいよなー。私も彼氏とか欲しいなー。幼馴染にでも手をつけておけばよかったかなー」
「か、彼方は彼氏なんかじゃなくてっ!」
「あーはいはい。うん。そうだね」


「ティ……」
「おっとお前さんはこっちだぜ?」
 急に大声を出したテティスの方を振り向いた彼方は、しかし、その肩をジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)の強い力で引き寄せられた。
「男同士の話といこうじゃねーか」
「なんの話だよ?」
「お前さん、この間テティスとふたり、仲良く二人乗りしたって?」
「か――関係ないだろ、今は!? 空京大学に行くんだ! おかしな話は今置いておいてくれ!」
「だから向かってるじゃないか。話は、別に移動しながらだって出来るよな」
 ことさらせっせと足を動かしてみて、ジャックはニヤニヤと笑みを浮かべた。
「で、どうだったんだ?」
「何がだよ」
 憮然とした表情で、彼方は速度を上げる。
「そりゃあ温もりとか――柔らかさとか。主に二つの山の」
「知らない! くっついて乗った訳じゃない!」
 彼方は顔に赤を上らせてジャックを怒鳴りつける。
「あああ? お前さん、せっかくのチャンスだったんだろ? かー! ここは『Bぐらいかな?』『とっても……柔らかかったです……』とか言うところだろ? もったいない話だな」
「う、うるさいっ! 俺はもう少し繊細に出来てるんだよ!」
「違うな。そういうのは……単にヘタレと言う」
 
 ドスドスドスっと地面を踏み鳴らし――ジャックの言葉に、彼方はさらに歩幅を広げた。