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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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第8章 明瞭の水色

「これならどうですかぁ?」
 不釣り合いに大きな丸めがね。
 野暮ったい服装とおさげ髪。
 どこか舌足らずに話すその少女店員はあせあせと一枚の絵画を示して見せた。
 明るい色遣いで、花畑の風景が描かれている。
「必要ない」
 カウンターに頬杖をつき、風祭 隼人(かざまつり・はやと)はイライラを押し殺して首を振る。
「お気に召しませんか? ではでは……こちらならいかがでしょうかぁ」
 ふたたびあせあせと、鈍くさい動きで少女が次の絵画を取り出した。
 陽光に輝く、イルミンスールを描いた絵画だった。
「だから必要ないっ! 俺の話聞いてたか!? 『負の感情が込められているような絵』だ!」
「で、でもでも! その……せっかくお二人のお部屋にかけるんでしょうし、もっと明るい絵の方が……」
「え?」
 店員の言葉に、アイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)がきょとんとした声を上げ、すぐにその意味するところに気がついて、うっすらと頬を染める。
「……隼人、せっかくだからその絵……もらう?」
 ツンツンと服の裾を引っ張るアイナを隼人は振り払う。
「ば、バカ言え! どこに飾るんだそんなもの! 大体一緒に住んでないだろ!」
 隼人はパンっとカウンターに両手をついた。
「いいか! もう一度言うが、探しているのはカンバス・ウォーカー出現のきっかけとなった作品。俺の予測では一点。一点から三人が出現してる。情報検索の結果はこの店を指し示してるんだ。あるならさっさと出してくれ。『酔いどれアウグスト』のさくひ――」

 カランコロン。

 隼人の言葉を遮って、店のドアに取り付けられたカウベルが音を立てた。
「あの……こちらの店に『酔いどれアウグスト』さんのお弟子さんがいると聞いてきたのですが……えーと、確か、ナディアさん」
「はい」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)の言葉に、丸めがねの少女店員がぴょこりと片手を挙げた。

 ズゴン。

 カウンターの上に、隼人が盛大につんのめる。
「お前かよっ!」
「へ? へ? わ、わたしを探されていたんですか?」
 少女店員――ナディアは、わたわたと自分のことを指し示した。
「……とりあえず、みんなに教えてあげなくちゃ……」
 アイナは、携帯電話で、テティスの番号を叩いた。

「正確に言うとおまえの師匠な」
 ソアの後ろから、腕組み姿で現れた雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)がナディアに告げる。
「し、師匠ですか?」
「『酔いどれアウグスト』さん。ご存知ですよね?」
「それはまあ……」
「で、では、教えてください! アウグストさんは、アウグストさんの作品はどこですか! カンバス・ウォーカーさん達が現れる原因となった作品は! 止めなくちゃいけないんです!」
「へ? へ? へ?」
 勢い込んでナディアの肩を掴むソアに、ナディアが困惑の表情を浮かべた。
「もし、アウグストさんが何かを望んでいるのなら……やり遂げられずにいるような想いがあるのなら、わたし、それが達成できるようにお手伝いします。例えばアウグストさんが作った作品が怒りや悲しみで出来上がっていたとしても……カンバス・ウォーカーさんたちをあのままにしておく訳にはいかないんです」
「ソアは私のパートナーで、カンバス・ウォーカーの友人。アウグストというあなたの師匠が世界を否定せずにはいられなかったなら――ソアはその想いを知る義務があるわ」
 『空中庭園』 ソラ(くうちゅうていえん・そら)が、ソアの言葉を受けて続ける。
「……どんな事実だとしても遠慮する必要はないわよ。世界の理不尽に絶望して精神を病んだあげくに自ら命を絶つ、心優しい魔法使いだっている。私の著者のようにね」
 ソラは、目を伏せようとして、それをギリギリ思いとどまると、代わりに少しだけ自嘲的な笑みを浮かべた。
「それでもね。たとえ負の感情でも、美術品に想いを込めて残したのは、きっとその想いを誰かに知ってほしかったんだと思うわ」

「……」

 ナディアは言葉の意味をひとつひとつ、分解しているような表情で黙りこくっている。
「質問を変えましょうか」
 新しく現れたナナ・ノルデン(なな・のるでん)が、ナディアに語りかけた。
「ナディアさん。あなたの師匠、アウグストさんの作品には、空京が今の姿――この近代的な街になる前を描いた作品がありますね」
 この質問は答えやすかったらしい。
 ナディアこっくりと頷いた。
「骨を折った甲斐がありましたね」
「歴史資料館に図書館周り、それから古いお店で聞き込み……ずいぶん歩き回ったもんね〜。おかげでボク、空京のこと詳しくなっちゃったよ」
 ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が、歩き疲れた様子で感想を洩らす。
「ズィーベン、努力をひけらかすものじゃありませんよ。正解にたどり着いた結果だけを誇ってください」
「……ストイックだなぁ、ナナは」
 ズィーベンは苦笑いを浮かべた。
「あーやっぱりあるんだな。空京駅のカンバス・ウォーカーが『すっごい早い乗り物』って言ってたり、空京大学を『騒々しい』なんて言ったりすることからなんとなくそんな気、してたんだけどな」
 ナナたちの背後で、ベアがポンとその手を打ち合わせた。
 こくり、と頷いてナナは続ける。
「加えて、アウグストさんは日々、空京の姿を観察し続け、スケッチをしていたという多数の証言があります。ここからは主観になりますが――あまり、嬉しそうとは言い難い表情で」
「……」
「あ、もしかして師匠って人、すっごく絵がヘタクソで――それこそラクガキとかそういうレベルで恥ずかしくって出せないとか? 大丈夫だよ、ボクたちそんなことじゃ驚かないよ」
 再び黙りこくったナディアの緊張をほぐそうとするようにズィーベンが語りかける。
「わからないんです」
「かもしれません。一度に色々起こっていますからね……解きほぐす必要があると思います。そのためにもまずアウグストさん居所を――」
「違います。そうじゃありません!」
 ナナの言葉を、ナディアが遮った。
「い、一体何が起こってるんです? それがわかりません!」
 ナディアの言葉に、一同はポカンと口を開けた。
「もしかしておまえ、空京で起こってること知らないのか?」
 全員の疑問を、代表してベアが口にした。
「知りません。大体、師匠を出せとか、師匠が原因とか……そう言われたところでどうしようもありません!」
 ナディアは、先ほどまでの印象に似合わず、きっぱりと言い切った。

「師匠はもう、この世にいないんですからっ!」