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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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第7章 銀の咆哮

空京大学。

「くくく……カンバス・ウォーカー。貴方も私と同じ「負の想い」を込められし者。ならば、一緒に世界を『否定』しましょう!」

 仮面姿のアンドラス・アルス・ゴエティア(あんどらす・あるすごえてぃあ)は、カンバス・ウォーカーを遠巻きにする人々を睨め付け、愉快そうに笑った。
 一方で、若干呆気にとられている様子のカンバス・ウォーカーを尻目に、アンドラスと同じ仮面をかぶった鬼崎 朔(きざき・さく)はしびれ粉を撒きにかかった。

「うわっ! おい、窓開けろ! 今すぐ! 全開だ!」
 ストリートから、たどり着いたばかりの彼方は大声で放つ。
 それから、カンバス・ウォーカーを含む三人の姿を眺め、何かを決意したように武器を構えた。
「何する気さ、彼方分隊長」
 ガッと、その肩を青葉 旭(あおば・あきら)が止めた。
「何って、こうなった以上はあいつら止めなきゃマズイだろ!」
「あのさぁ、三人のカンバス・ウォーカーが同時期に覚醒した事は偶然ではなく、裏で操っている意図があるんじゃないかな。彼方分隊長、自分でそんなようなこと言ってただろ?」
 旭は彼方に言い含めるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「犯人を見つけ出し、事件の元を絶たないと根本的な解決にはならない」
「そんなことは――」
「そう、そこまでは彼方分隊長もわかってる。だからさ、ホントは美術品探し出して、ぶっ壊せばそれで終わりなんだよ? そうじゃなくてもカンバス・ウォーカーを各個撃破したっていいんだ。本音言えば空京駅に行きたかったくらいだからね、オレ」
「あ、荒っぽすぎる……」
「彼方分隊長さ、カンバス・ウォーカーに変に感傷を抱いてないかな?」
「……」
「彼女たちが自ら言っているように『カンバス・ウォーカー』は『現象』。あいつらは、ティセラに真っ二つにされた奴とは別人だよ? 例えばさ、剣の花嫁だからってキミ、テティスとティセラに同じように接する事ができるのかい?」
 旭の言葉を噛みしめて、彼方が黙り込む。
「おまけに空京ではこんな新事実発覚中」
「ん? ああ、彼方ちゃんに伝えんのね」
 旭に促されて、山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)が携帯電話を確認した。
「三種類のカンバス・ウォーカーを同時にってことであれば……もし裏に犯人がいるなら、犯人は芸術家を選ぶのに、特定の個人を指定して選んだのではない公算が強いんじゃん。『アクが強い』『世間受けが悪い』『でも才能』みたいな条件でさ」
 にゃん子はトントンと自分の額をつつきながら続ける。
「入手経路は展覧会が開催されているなら会場で、そうでなければ美術商経由――ってのをクイーン・ヴァンガード総動員で調べればと思ってたんだけど……あやしい作者、ほとんど特定されたみたいね。『酔いどれアウグスト』。今何人か探しに向かってるみたいだよ」
「ってことで彼方分隊長。そっち押さえた方が早そうだよ?」
「今の状況を放り出してか!?」
 彼方の言葉に、旭は顔をしかめた。
「あのさ、大局みなくちゃ。分隊長がしっかり手綱を取らないと、皆は勝手バラバラに動くだけだぜ」

「ま、王将はウロウロせずにどっしり構えてなって意見には賛成だわな。他に行く行かないは別として……ここはとりあえず私が引き受ける」
 斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)は、彼方とテティスを背後に下がらせると、自らはアンドラスに向かってライトニングブラストを放った。
 素早い身のこなしで、アンドラスはそれを避ける。
「随分と、楽しそうだな」
「くくく……実に愉快なのだよ。このような所で私と同じ『存在』と相見えるとは」
 アンドラスの氷術を、今度は邦彦が避ける。
「同じ、『存在』だ?」
「なぜなら、それが私の『存在意義』! 我が創造主が求めた『役割』なのだから!! 私は『悪徳』を推奨する者! キレイな『美徳』しか愛せない愚か者どもに見せてやるのだよ!『悪の華』を!」
「そうか、お前、魔道書って訳か――難儀な内容の本だな。世の中綺麗なものばかりじゃないから――臭いものに蓋をしようとするなんてそりゃ確かにごめんだがな。ただ、誰かの安全が脅かされるなんざもっとごめんだな」
 邦彦の言葉に、アンドラスはうるさそうな表情を浮かべ、突然、奈落の鉄鎖を発動させた。
「おおう!?」
 驚愕の声と共に、重力の影響を受けた邦彦がバランスを崩す。

 キィン。

 金属同士のぶつかり合う澄んだ音が響いた。
「誰かをかばおうって言うなら、自分は倒れちゃ行けないのが絶対原則だと思うんですけれど?」
 邦彦に飛びかかった朔の短刀を受け止め、ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)は邦彦を半眼で睨んだ。
 邦彦が小さな謝罪と大きな礼を込めた視線を返してくるのに、ネルは少し満足そうなため息をひとつ。それから朔に向き直る。
「理由のない争いは好みません。あなたの相棒はカンバス・ウォーカーにずいぶん狂的にご執心のようですけれど、あなたの目的はなんなのです?」
「テロ行為は……正直、褒められたものでもないし、自分は人死にが出るのなんて望みません。ただ……世界は自分を裏切ります。自分はその『負』の感情を知っています。だから……彼女たちが……カンバス・ウォーカー達が世界を否定しようとするのを『悪』だとは決めつけられません」
 朔の言葉に、ネルは一瞬目を閉じ――それからまた強い力で見開いた。
「邦彦、支える必要のありそうな若者がもう一人ですよっ」
 ネルの言葉に、邦彦はニヤリと笑みを浮かべる。
 ネルは、朔の短刀を押し返そうと、その手にグッと力をこめた。

「予定は大幅修正ね」
 邦彦達が朔達と刃を交える中、カンバス・ウォーカーの前にはリネン・エルフト(りねん・えるふと)が立ちふさがった。
「――っ!」
 切れ長の瞳を吊り上げたカンバス・ウォーカーは、捕まえたままだった人質の首筋のナイフに力を込めた。
「安心していいわ、いきなり捕まえたりしないから。私は説得に来ただけ。騒々しいのが嫌いだということなら、小型飛空艇で空まで連れてってあげようと思ったんだけど、どう?」
「……」
 カンバス・ウォーカーはリネンの意図を探るように視線を合わせた。
 それから、ゆっくりした口調で告げる。
「……残念。わたしの望みは『世界が静かになること』。『わたしが静かになること』ではないの」
 カンバス・ウォーカーの言葉に、リネンはため息をついた。
「確かに残念ね。それならここからは単なる質問。そっちに答える義務はないけど……聞いておくわ。カンバス・ウォーカーって結局なんなのかしら? 種族?」
 リネンの言い回しに、カンバス・ウォーカーは不思議そうに片眉を動かした。
「わたしたちは『現象』。起こる場所も時も、選ぶことは出来ない。自然発生的に生まれて……そしてたぶん消える」
「生まれる場所を選べないのはどんな種族だって一緒だわ。何かを分けるとすれば……人間らしい意思があるかってことだけど」
「さあ。わたしは人間になったことがないのだから」
 リネンは再びため息を吐き出す。
「では最後。あなたは、どんな美術品によって生まれてきたの?」
 カンバス・ウォーカーは薄く笑った。
「存在の危機に関わることを教えるほど、愚かじゃないわ」
「一理あるわね。ありがとう。約束通り、私は説得にきただけだから」
 リネンはクルリと背中を向ける。
 カンバス・ウォーカーの瞳に、一瞬、興味深そうな色が浮かんだ。
「あたしはまだ用があるの」
 リネンが十分に離れるのを確認してから、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)はどこか強ばった顔でカンバス・ウォーカーに声をかけた。ごくごくトーンを落として。
「美術品へ込められた思いが起す現象が『カンバス・ウォーカー』」
 ヘイリーの言葉に、カンバス・ウォーカーは無言で頷く。
「この世界の英霊とういう存在は……人々の想いに合わせて一人の英雄から複数生まれる。あなたと、カンバス・ウォーカーと非常に似ている気がしない?」
 カンバス・ウォーカーはヘイリーの言葉を計りかねて、訝しげな表情を浮かべた。
「そうすると、仮説が成り立つような気がするの――過去の英雄への思いが起す現象が『英霊』、という仮説」
 常にはあらず、歯切れの悪い様子で一語一語を押し出すようにしてカンバス・ウォーカーにぶつける。
 そこで何かに気がついたかのように、カンバス・ウォーカーは薄い笑みを浮かべた。
「そうか。あなた、不安なのね」
「な――!」
「もしあなたの仮説が真実なら、あなたは過去の英雄本人ではないことになる。自分がオリジナルじゃないことに、怯えてるのね」
 グウッとヘイリーは唇を真一文字に引き結んだ。
「でもわたしはカンバス・ウォーカー。あなたの想いはわかっても、この世界の理はわからない。ヒトとして生きるというのは、厄介なものね」
「さっ――さっさと、どこへでも行きなさい!」
 なんだか見透かされたような気がして、ヘイリーは顔を赤らめたまま強く手を振った。

「行ってもらっては困るがね」
 ヘイリーに代わって、今度は明らかに機嫌の悪そうなアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)がカンバス・ウォーカーの行く手を遮った。
「まあ行っても構わんのだが……その選択は愚かすぎるぞ。いいか、この大学に何かあれば、むしろ世間が混乱して余計に騒がしくなる。そして、その犯人として貴様は追われ、静けさとは無縁の毎日を送ることになろうな」
 アルツールの言葉に、カンバス・ウォーカーはナイフを握る手に力を込める。
 アルツールは、ますます不機嫌そうにその額の皺を深めた。
「そもそも人質をとるなど愚かの極みだ。大体、貴様の存在意義とはなんだ? 世界を否定する意思が込められたなどと格好をつけてはいるが……半分は嘘だな」
「う、嘘じゃない」
「どうかな? 作者が美術作品として残したということは、美術品として発露させた想いを『誰かに見てもらいたかった』から、つまり否定しているつもりの世界に『振り向いて欲しかった』からに他ならん。確かに怒りや悲しみ、絶望なぞを題材にした美術品なんていくらでもある。だが、いくら貴様自身が世界を否定しようとも、『誰かに見てもらいたいという想いからは逃げられん。貴様が美術品である以上――絶対にな」
「……」
 黙り込むカンバス・ウォーカー。
 アルツールは、わざと挑発をするような笑みを浮かべ、さらに続けた。
「誰も貴様を見なく、あるいは見られなくなったなったとき、貴様は美術品ではなく自己満足の果てに生まれたガラクタに成り下がるのだ。そうだな、そうしたらそのまま金庫の中にでも閉じこもっていればいい。なるほど、ガラクタにはお似合いで、静かな生活だろう」

「させねえけどなっ!」

 バッカーン!

 派手な音を立てて教室のドアが蹴り開けられ、ゴロゴロゴロっと廊下に転がり込んできたのはトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)
 どうやらここまで最短ルートを選んでほとんど直進してきたらしい。
 カンバス・ウォーカーはきょとんとした表情を作った後で、今度は顔をしかめた。
「へへへ、やかましいか? あんた、うるさいのが嫌いなんだっけ? でも残念――」
 トライブはグッと親指で自分を指し示した。
「俺が居る限り、静かな生活なんて不可能だ!」
「……なら、あなたごと排除するまでだわ」
 カンバス・ウォーカーが険しい視線を浮かべる。
「そうしたって無駄だぜ。人質とったって、大学の破壊したって――世界を否定しようとしたってぜーんぶ無駄だ」
「……」
「どうしてか聞きたいって顔してるぜ?」
 トライブはニッと笑って続けた。
「教えてやるよ! 何故なら、俺はカンバス・ウォーカーが大好きだからな!」
「なっ!」
 空京大学のカンバス・ウォーカーが顔を赤に染めて、ほとんどはじめて、感情らしい感情を表現した。
「俺はカンバス・ウォーカーの永遠のライバルだからな! どんな想いから生まれたカンバスでも、俺は俺のライバルとして受け入れてやるぜ! 折角、想いが形になって世界に表れたんだ。一緒に騒いで暴れて楽しまなきゃ損だろ?」
 トライブは勢いよく告げる。
 しかし、カンバス・ウォーカーはそれよりも気になったことを疑問として口にした。
「……泣いてるの?」
「いや……話してるうちにまた会えたことに嬉しくなってきちま――って違うぞ! これは違う! 目の涎だ!」
「……あなたは誰かと勘違いをしている。カンバス・ウォーカーは『現象』あなたがだれかとわたしを混同しているなら……お互いに悲劇よ」
「ああ?」
 カンバス・ウォーカーの言葉に、トライブは素っ頓狂な疑問の声を上げた。
「いや、カンバスはカンバスだろ? 何言ってんだあんた」
「だから――」
「いや、それでいいんだろ。きっと」
 不思議そうなトライブに、再度説明をしようと口を開くカンバス・ウォーカー。
 しかし、緋桜 ケイ(ひおう・けい)がそれを遮った。
「世界を否定するような想いがあんたたち三人を生み出したってのに、三人はお互い傷つけ合おうとはしてない。真っ先にお互いを否定し合い、傷つけ合うことだってありえるのに。あんたたち、繋がってるんだよ。姉妹みたいに。で、同じことなんだ。俺たちの中でも繋がってるんだよ、あんた達。だから――それでいいんだ」
 ケイは、ジッと視線をそらさずにカンバス・ウォーカーの瞳を覗き込む。
「カンバスは自分のこと『現象』だっていうけど、俺様たちはそんな風に思ったことなんてないにゃ」
 黒猫姿のシス・ブラッドフィールド(しす・ぶらっどふぃーるど)は猫の瞳でカンバス・ウォーカーを見つめた。
「最初のカンバスは、何かのために戦っていたにゃ。前のカンバスは、何かを守るために命を掛けたにゃ。今の三人は、何かを否定したくて周りを傷つけているにゃ。いつだって『想い』をもって行動してる――人間と同じにゃ」
「以前、俺たちはあんたを守ることができなかった……。だから、三人を今度こそ守ってやりたいんだ。遂げたい想いがあるんなら全力で手伝ってやる――ああ、空京をぶっ壊したいってのは無しな」
 ケイはそこで苦笑いを浮かべる。
「考えようぜ。何かあるだろ? あんた達の想いを遂げる、もっと冴えたやり方ってやつ」
「想いは伝わり、変わるものにゃ。考えるのにゃ」
 アルツール、トライブ、ケイ、シス――八つの瞳が見つめる中、

「――――っ!」

 怒り、戸惑い、焦燥。
 そんなものをかみ殺すように、顔を伏せたカンバス・ウォーカーが呻いた。

 それは、カンバス・ウォーカーが見せた決定的な隙。

 パアン。

 弾かれるような音に続いて、カンバス・ウォーカーの手からナイフが舞った。
 床に転がって乾いた音を立てるナイフ。

 バッ。

 隠形の術を解き、ブラックコートを脱ぎ捨て現れたのは遠野 歌菜(とおの・かな)
 これ以上ないくらいに真剣な表情を浮かべた歌菜は、人質となっている教授からカンバス・ウォーカーの手を引きはがし、そのまま教授を突き飛ばした。

 と、ここまで一瞬。

 驚愕から醒めたカンバス・ウォーカーは悔しそうに歯がみすると、その瞳を吊り上げ、歌菜に向き直った。

 ぎゅう。

 そのカンバス・ウォーカーを、ためらうことなく歌菜が真正面から抱きしめた。
 カンバス・ウォーカーの顔を再び驚愕が彩り、それがすぐに抵抗の動きへと変わる。
「は、離さないんだからっ!」
 歌菜は必死の形相で、その腕にさらにぎゅうぎゅうと力をこめた。
 ジタジタバタバタ!
 ドンドントントン!
 目茶苦茶に手足を振り回していたカンバス・ウォーカーだったが、次第に弱まって、やがて抵抗を諦める。

 歌菜はやっと腕の力を少し緩めて、それから口を開いた。
「ねえカンバス・ウォーカー。聞いて――」