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泥魔みれのケダモノたち

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第10章 ハムーザ絶対絶命!?

 ラルク、闘神、国頭、浅葱、弁天屋。
 5人の全裸の男女が、いっせいにダークキッコウの巨大な甲羅に組みつき、それぞれが力を振りしぼる。
「ぶきー! キサマら全員、地獄に送ってやるー!」
 ダークキッコウは吠え声をあげて身体を揺すらせるが、5人の勇者はびくともしない。
「おのれえええええ!」
 ダークキッコウと生徒たちの力が拮抗したとき。
 ダークキッコウの甲羅の動きが、止まった。
 ひゅうううう
 沼地を風が引き抜けるが、甲羅はそよともしない。
「よし、いまだ、エリカ! 行け!」
 国頭が、エリカに叫んだ。
「……えっ? も、もしかして、ハムーザちゃんのために、カメさんの動きを止めてくれたんですね!」
 エリカは、やっと気づいた。
「そうだ、行け! 無事救出できたなら、約束どおりパンツはもらうぜ!」
 国頭はエリカに片目をつぶる。
 別に約束はしてないような気もするが……。
「おお、いいな。国頭のいうとおりだ。全ては作戦のうち。エリカと、彼女を慕う生徒たちよ! 甲羅の上のハムーザを救出するのだ!」
 黒鬼と腕相撲をしていたナガンも、国頭の策に乗ってエリカを促す。
 作戦といっても、結果的というか、たまたまこうなっただけなのだが……。
「ありがとうございます! 待ってて、ハムーザちゃん!」
 エリカはナガンたちに御礼をいうと、ダークキッコウの甲羅によじ登ろうと、駆け出し始める。
 しかし。
 ダークキッコウが甲羅の動きを止めたといっても、止まっている時間はそんなに長くはないのだ。
 ハムーザ3世の救出は、甲羅が再び動き出すまでの短時間に、速攻で行わなければならないのだ。
 そう、全員「加速」しなければならない!
 以下は、ほんの一瞬の間に起きた出来事である。

「エリカちゃん! これは時間の問題! 早くやらなきゃハムーザ3世ちゃんは救えないよ! だから、私に任せて!」
 小鳥遊美羽(たかなし・みわ)が、エリカに声をかえる。
 だが、エリカには聞こえていない。
 まさにペットが救出できるか否かという状況になったため、無我夢中の度合いも上がったようである。
「しょうがないな。じゃ、行くよ! バーストダッシュ!!」
 小鳥遊はものすごいスピードで駆け出した。
 あまりのスピードにミニスカートの裾が完全にまくれあがっているが、ほんの一瞬の出来事のため、誰も気づかない。
 あっという間に、小鳥遊はエリカを追い抜いてしまった。
 もちろん、エリカは小鳥遊に気づかない。
「ベルフラマント、装着!」
 小鳥遊がベルフラマントを装着すると、その姿は消え失せ、小鳥遊の所在は肉眼ではとらえられなくなってしまった。
 だが。
「ぶきー! 姿を消しても無駄ダ!」
 ダークキッコウは、その恐るべき野性の本能か、はたまたマイナスエネルギーの力が超感覚をもたらしているのか、小鳥遊の接近に気づいたようだった。
 黒鬼たちは小鳥遊に気づかなかったので、ダークキッコウが格上の存在であることが実証されたといえるだろう。
 甲羅は動かせないものの、ダークキッコウは器用に首だけ動かして、小鳥遊に噛みつこうとした。
「気づかれちゃったか。でも、負けない。たあっ!」
 ダークキッコウの噛みつきを身をひねって避けると、小鳥遊は、天高く跳躍した。
「私のキックをくらいなさーい!」
 跳躍した小鳥遊のキックが、ダークキッコウの頭部に炸裂する。
「とおっ」
 一度キックを決めた後、その反動で小鳥遊は再び跳躍し、宙返りをして、さらにもう一度キックを放つ。
「ダークキッコウ! たとえあんたがどんなに強くても……その程度で私より目立てると思ったら大間違いだよ!!」
 どごおっ
「うぐうっ」
 2度にわたりキックを受けたダークキッコウの頭部から、煙が上がる。
 小鳥遊も、かなり強い精神エネルギーを持っているようだ。
「さあ、ハムーザ3世ちゃんを助けないと!」
 小鳥遊は、ダークキッコウの甲羅の上に飛び移った。
 全ては一瞬の間のことだが、早急にハムーザ3世を救助しなければならない。
 小鳥遊は急いでいた。

「よし、あたしも行くよ! 何といってもエリカは非戦闘要員なんだから! こういうことはあたしたちの仕事! 任せて欲しいね!」
 泉椿(いずみ・つばき)もエリカの後から駆け出していた。
 もとより、エリカの耳に自分の言葉が入らないことなど、承知のうえだ。
 モンクである泉は、沼地の泥も支障にならないのか、猛スピードで走って、あっという間にエリカを追い抜いてしまう。
「ぶきー! 何だお前ハ!? 調子に乗ってるのかぁ」
 ダークキッコウは泉を睨んだ。
{/arge}「やいカメ! 人のせいにするんじゃねえ! 毒吐き返してるのはおめーじゃないか! ひどい目にあうのは荒野の動物たちなんだぞ!」
 泉の怒りが爆発した。
「ぶきー! お前に私の崇高な計画は理解できない! 人間に文明を捨てさせ、大自然の中に再び溶け込ませること。それが私の目的! この沼地は、文明化された人間を毒の力で浄化するために生み出された、自然の作用そのもの! いってみれば温泉地にわきでる硫黄ガスのようなものだ!」
「はっ、何いってるかわかんないよ! おまえ、狂ってるな!」
 しかし、どんなに困難でも、泉は何とかカメを改心させられないかと考えていた。
「カメが偉いのは年の功かウサギに勝ったからだ! 泥の中で服脱がしてるだけで偉そうにするんじゃねえ、このエロガメ!」
 泉の言葉に、ダークキッコウは凶暴化するばかりだ。
「ヌカセ! しょせんキサマも文明に汚されているのだ!」
「ちっ、とりあえずハムーザを救出しないと!」
 泉はダークキッコウの説得を諦め、天高く跳躍して、巨大な甲羅の上に飛び乗る。
「どこだい、ハムーザ!?」

「あたしもこうしちゃいられない。行くよ!」
 葛葉明(くずのは・めい)もバイクをスタートさせた。
 他の生徒と同様に、エリカをあっさり追い抜いて、ダークキッコウに迫る。
「ぶきー! もう誰も信じないぶきー!」
 ダークキッコウは葛葉に毒の息を吐きかけるが、葛葉はたくみなハンドルさばきで息をよけ、アクセルを全開にして、バイクとともに飛び上がった!
 ブオン!
 巨大な甲羅の上に、バイクごと飛び移る葛葉。
「そうそう、ここで、みんなにいっておかなきゃ!」
 葛葉は甲羅の上から、沼地の泥に足をとられている生徒たちを見下ろした。
「うん、何だ何だ!?」
 何をするつもりか、黒鬼にまたがっていたナガン ウェルロッドが顔をあげる。
「あなたたちは何もわかっていないのよ。カメが文明を破壊するということが!」
 とりあえず代表としてナガンをビシッと指さして、葛葉が叫ぶ。
「どういうことだ?」
 ナガンが尋ねる。
「これは動物社会からあたしたち人間社会への警告なのよ。そんなこともわからない貴様らにはこのカメが天誅を下すわ。さぁ、カメさん、この愚か者どもに警告という名の天誅を下すのよ!」
 葛葉は大胆にも、ダークキッコウに指示を下した!
「おいおい、オレたちがこいつの動きを止めてやっている間に甲羅に上がって、それはないだろう」
 ラルク・クローディスが呆れ顔で葛葉を見上げる。
「天誅か。面白い。全裸になったついでに受けてみようか。それより、お前も全裸にならないか?」
 ナガンは葛葉に微笑んでいた。
「ぶきー! 何勘違いしとんじゃワレ! 何で私が人間の指図を受けねばならん! 安易に共感されても嬉しくないわい!」
 ダークキッコウは荒れ狂ったが、甲羅を動かすことはかなわず、葛葉をどうすることもできない。
「葛葉さん、ダメだよ。私より目立っちゃ!」
 ベルフラマントを脱いで姿を現した小鳥遊が、葛葉に絡んでくる。
「別に目立ちたいわけじゃないよ。あっ、こんなことしてる場合じゃなかった。ハムーザを助けなきゃ! 小動物1匹助けられない人間が、これから先でかいことをやれるわけないからね! あたしはでっかいことを成し遂げる人間になるのよ、どきなさい!」
 葛葉は小鳥遊を押しのけて甲羅の上をバイクで進もうとする。
「あっ、待って。私もハムーザちゃんを探すよ!」
 小鳥遊は慌てて葛葉の後を追う。
「小鳥遊さん、葛葉さん、ここは協力してハムーザ3世を探そう!」
 泉椿が2人に呼びかけた。
 動きを止めたダークキッコウの甲羅の上を、3人がひた走る!

 ダークキッコウの甲羅の上でハムーザ3世の捜索が行われようとしていたまさにそのとき、沼地の泥の上の生徒たちも、事態打開の策を早急に打とうとしていた。
「エクス、状況分析とウォーマインドの所在予測をお願いします」
 紫月唯斗(しづき・ゆいと)がパートナーのエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)に依頼する。
「ふふん、もうできておるぞ」
 エクスは、まるで紫月の考えることなどお見通しといった風だ。
「聞け。ウォーマインドはダークキッコウの体内、ちょうど甲羅の真下にあるが、甲羅を砕いて取り出すことは非常に難しい。まずは奴をひっくり返し、露出した腹部を切り裂いて宝石を取り出すのが適切な処置だ」
 エクスの分析結果に、紫月は驚いたように目を丸くした。
「ひっくり返すですって!? あの巨体をどうやって?」
「状況を冷静にみれば、いまが千載一遇のチャンスであるとわかるはずだ。生徒たちが力を合わせて奴の甲羅に組みつき、力と力が拮抗して、奴の動きが止まっている! ここから、ほんのちょっとバランスが変わるだけで、奴の甲羅は徐々に持ち上がり始めるというわけだ。ちょうど、奴のいる真下の地面は、若干の傾斜がみられる。わらわがいう方向に持ち上げれば間違いはないだろう」
 エクスの素晴らしい分析に、紫月は感嘆の思いを禁じえなかった。
「素晴らしいです。エクス、あなたは……」
「あまり誉めるな。妙な気持ちになる」
 エクスは紫月を制すると、ダークキッコウの甲羅に組みついているラルク・クローディスたちに呼びかけた。
「あともうちょっとだ。皆で力を合わせ、わらわの示すこの方向に、ダークキッコウをひっくり返すのだ!」
「おう。任せておけ! よし、みんな、死力を振りしぼれ!! そーれ!!」
 ラルクのかけ声に合わせて、彼と、秘伝 『闘神の書』、国頭武尊、浅葱翡翠、弁天屋菊の5人が額に汗を浮かべ、わけのわからない絶叫を発しながら、エクスの指さした方向にダークキッコウの甲羅を傾けようとした!
「ぎ、ぎー!! させるかー!!」
 うめいて、全力でふんばろうとするダークキッコウ。
「うおお、負けるなー!!」
 絶叫するラルク。
「ラルク、最高だぜ! 我も全力を注ごう!」
 闘神も叫ぶ。
「全てはパンツのため! やるぞぉぉぉ! パンツ・オア・ダーイ!」
 国頭も叫ぶ。
「中坊の底力を証明してあげましょう!!」
 浅葱も叫ぶ。
「命を賭けてやってやるよ!!」
 弁天屋も叫ぶ。
 そして。
「はあはあ。及ばずながら、私も!」
 やっとダークキッコウの側面にたどり着いたエリカも、国頭の側に並んで、甲羅の縁に手をかけた。
「うっ、エリカ! わーっ、いい匂いだ。たまらないなこりゃ!!」
 国頭はテンションが上がって、恐るべき力を発揮し始めた。
「よーし、ナガンも協力するぜ!!」
 ナガン ウェルロッドも黒鬼との戯れをやめ、甲羅の縁に手をかけ、ふんばった。
「よし、オレもやる!」
「わたしも!!」
 他の生徒たちも、次々に甲羅に組みついてくる。
 そして。
「計算どおりだ。みんなの力がひとつになり、精神エネルギーがたかまってきた!」
 エクスの瞳がきらりと光る。
「すごいですね、エクス!! 俺はあなたを誇りに思っています!!」
 紫月はエクスをじっとみつめる。
「あまりみつめるな。わらわも冷静でなくなるときがあるのだぞ」
 エクスは手で風を送って熱をさますような仕草をした。
 そして。
「くっ、私の力が中和されている!? これが、こいつらの真の力か!!」
 ダークキッコウが驚愕の叫びをあげたとき。
 ゴゴゴゴゴゴ
 すさまじい音をたてて、ダークキッコウの甲羅が傾き始めた。
「よし、あともうひと押しです!!」
 紫月が叫んだ。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 一度傾き始めれば、後は早い。
 ダークキッコウの浮き上がった巨体が、ちょうど沼地に90度に突き立つような格好になったかと思うと、次の瞬間、
 ずーん
 重い響きとともに、ダークキッコウは天地を逆にひっくり返ってしまった。
「ぐ、ぐえー!!」
「やったー!!」
 ダークキッコウの悲鳴と、生徒たちの歓声が入り交じる。
 そして、別の叫びも。

「な、なに!? ちょっと、やめてよ! いまハムーザがみつかったところなのに!!」
 葛葉明の悲鳴。
「う、うわー、目立つどころか、下敷きになっちゃうの!? ぺちゃんこやだ〜」
 小鳥遊美羽もわめいている。
「ハムーザ!? あたしたちがクッションになるから!! この胸の中に!!」
 泉椿がハムーザ3世に呼びかけている。
「ハ、ハム〜!? 天地がひっくり返ってるハム!! 助けて、甲羅の下敷きになるハム〜!!」
 ハムーザ3世の悲鳴。

「わー! やったぞー!!」
 生徒たちは、行為の結果が引き起こした影響についてはまだ気づかずにいて、ダークキッコウをひっくり返すという偉業をなしとげたことで、ひたすら歓声をあげ、勝利の美酒に酔いしれているのだった。