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ヒラニプラ南部戦記(最終回)

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ヒラニプラ南部戦記(最終回)

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3-02 水上砦を抜けて(2)
 
「いよいよ、包囲が成ったか……」
 水上砦に潜入中の{SFL0017517#グロリアーナ}。
「ローザマリアがいない様子か。外交に梃子摺っておるのかな。少々、急いでもらわないと敵はここを遠させぬが目的であるし、工事が完了してしまうぞ。
 それに……」
 ここにも、ジャレイラ戦死の報が入ってきていた。今や、水軍だけでなく各方面から黒羊郷攻めが始まろうとしているのだ。
「ふむ。急がねば。ならばこちらも……」
 グロリアーナは不敵に微笑し、暗闇に姿を消していった。
 そして……教導団の包囲に緊張し、怯える砦の兵たちを、更に蝕む妄執が襲う。
「な、何だ?」「声が聞こえる……」
 暗がりに、青白い女が浮かび上がる。
「このジャレイラの無念、我に代わって晴らして貰えぬか」
 おどろおどろしい口調で呟く女。
「ひい」「ぼ、亡霊……?」
 水上砦はこうして徐々に一種のパニックに陥っていく。夜な夜な現れる女の亡霊は多くの兵が見て、この集団的幻覚がため、工事はほぼ進まない状態になった。
 更に、「よし。仕上げと行くかな……ここは、シセーラに任せてよいか」「へっ。任せな! 吸精幻夜ならお手のものだ」
 シセーラ・ジェルツァーニ(しせーら・じぇるつぁーに)も得意の吸精幻夜で門番に噛み付き砦に潜伏してきていた。彼によると、陸上からの部隊も間近に迫っているという。そのために門を開ける準備はすでに成った。
「ぎゃーーーーーーーーー!!
 お、おまえらぁぁ、ジャレイラ様のし、死はぁぁ、し、信徒兵によるものでありぃぃ、それを操り我々を騙していた教祖こそ?我らの信仰を踏み躙る内なる大敵なりぃぃぃ。
 ジャレイラ様の敵(かたき)を討つのじゃぁぁぁ」
「パラミム様!」「パラミム様!」「パラミム様ぁぁ」
 一部の兵が支離滅裂な論を唱えるパラミムに同調し、ついに内部混乱が生じた。
 守将は、混乱のひどい兵を縛り付けておく他なかった。
「もうパラミム殿はだめじゃ……」
「ぎゃ、ぎゃぁぁ何をする?! ぎゃーーー」パラミムは縛られたまま水上砦から河へと投げ捨てられた。
 こうして水上砦の警備は徐々に機能しなくなっていったのである。
 
 今カラデモ遲クナイカラ黒羊郷ヘ帰レ。
 抵抗スル者ハ全部逆賊デアルカラ一切ノ例外ナク是ヲ鏖殺スル。
 オ前逹ノ父母兄弟ハ逆賊トナルノデ皆泣イテオルゾ。
 
 そう記された大量の紙が砦に降り注いだ。
「ふふ。エリシュカの字はなかなか兵を震え上がらせるのに効いたようじゃ。エリシュカ、ローザをしっかり守っているであろうか?」そしてグロリアーナはシセーラと目配せし、「さあ。やれることはやった。ローザ、水軍を率いて来るがよいぞ!」



 教導団水軍は、の指示で盾や木材での即席の補強を突貫で行った船を数隻が前面に展開する。
 水上砦に残る脅威は、火矢だ。
 湖賊の先陣を預かる夏野 夢見(なつの・ゆめみ)は、一斉に近付いて燃やされてはまずいのでと、先行する船と後行の船に割合4:6程で分けてもらうようお願いした。船には濡らした布やあらかじめ組んでおいた河水を甲板に用意してある。そして自らは、もちろん、先行する船の更に先頭に就く!
 水軍は、一斉に攻撃を開始した。
 夢見の乗った船がいちばんに突っ込んでいく。
「来たな……!」「ええい、教導団め!」
 矢を構える射手。敵守将は怯む兵らを鼓舞し、最後の守備に就かせた。しかし、
「う、な、何だ。まただ」「聴こえる。何か聴こえるぞ……」
 船首に立つ夢見は、湖賊の戦歌の独自アレンジバージョン(それは全く別の歌になっていた)を歌った(スキル「恐れの歌」使用)。(この曲は、シャンダリアの歌と共に『南部戦記』資料編に残されている。*作詞・作曲・編曲:夏野夢見)
「ぎゃぁぁぁぁ」(?!)
 幾人かの射手は、弓を取り落とした。
 更に、夢見の歌とハモるように男声パートが響いてくる。声の主は水上砦にこっそり近付いた夢見のアリス、夏野 司(なつの・つかさ)であった。裏声なしの、テノールボイス。「大地に抱かれてお休み〜♪」
「きゃぁぁ」「いやぁぁぁ」
「何を怯えるかぁ。ここが最後の砦じゃぞ。放て、火矢を放てぇ!」
 水上砦守将が黒羊兵を鼓舞する。(火攻めの失態で解任された前守将と新任のパラミムが着任するまでを守り通した黒羊郷古株の老将である。水軍の将ではないが、歴戦の勇将だ。)
 火矢の雨が来る。
 ここが正念場。
 前面に展開した教導団の船が火矢を防ぎにかかる。
 セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)はその必死の回避にあたった。
「おぉぉ!!」ドラゴンアーツの遠当てで矢を次々と打ち落とす。
 館山 文治(たてやま・ぶんじ)はいつも通り冷静にスナイパーライフルを構えると、火矢の合い間を縫って射手を一人、また一人と射落とす。
「水月。火が移った。頼むぞ」
「うん……任せて」
 瀬尾 水月(せのお・みずき)は氷術をもって船から船を消火して駆け回る。
 ヴラド・ツェペシュ(ぶらど・つぇぺしゅ)は……串刺し祭のテンションマッハのまま、しかし派手に暴れてよいのは上陸時、とのお達しが出ているので我慢の時。船から船を駆け回る。「こっちじゃ、こっちにも火が燃え移ったぞ! 文治! あそこの射手を射るのじゃ〜! 上陸は、上陸はまだかえ、早く串刺し祭を……!」
 しかし、砦内部の盲執や加えて泣きっ面にはちな夢見の恐ろしい歌によって、敵のその勢いは最初程ではない。
 菊はブリザードで応戦を開始している。
「もう、いけますね……」
 刀真は火の雨の中、剣の柄に手をかけた。
 湖賊、教導団並んで先頭が砦に接近していく。
「あっ。菊さんっ、あそこまでブリザード届く?」
「あれは……」
 夢見が指差す。左手に見えてきたのは、未完成の工事箇所だ。火が出ている。
「湖賊の射手も、あちらに射撃用意ー。いい? あそこに待ち伏せなり罠なり仕込んでるだろうから……。
 爆発物があるといけないから、氷の魔法ができる人には、一発かけてもらうよ」
「あれは、トロルのいる所ですね。ならば……!」
 箇所では一旦水中に身を退いたルクレツィア・テレサ・マキャヴェリ(るくれつぃあてれさ・まきゃう゛ぇり)が何とか残りを引き摺り出そうと奮闘を続けていた。これと戦いを演じる黒トロルの後方では、兵らが決死の消火にあたっている。トロルの一匹も必死で消火にあたっていた。
「キュイキュイ♪」
 水面に顔を出しては、トロルを誘うルクレツィア。
「クウゥ、チョコザイナ魚ドモメ」「アマリ、水辺近付クナ。奴等、獰猛ヤデ」「オラァァ!」
 鉄球を振り回す黒トロル。
 船を砦を燃やす火に空を覆う火矢に、水面も赤を映し揺れている。
「ローザは……まだ、来れませんか。ならば、ここはわたくしが!」
 菊は渾身のブリザードを工事口に打ち放った。
 ルクレツィアは凍りつくトロルを水中に引き落とした。水中ゲリラ部隊はトロルの凍った肉をばらばらに千切っていく。この箇所の兵は撤退した。「キュイキュイ♪」「キュイキュイ♪」ルクレツィアと一緒に水面を跳ねて勝ち鬨を上げる獰猛な魚たち。
 夢見は、工事箇所より砦に乗り込んだ。湖賊の他の船、菊は教導団の船で周囲を囲み威圧する。
 刀真はすでに、玉藻 前(たまもの・まえ)と一緒に砦に飛びつき、潜入していた。
「さあ、死にたければ立てよ……この『死神』の前にな!」
 斬りかかってくる守備兵を打ち払い、射手の攻撃を止めるべく上階へ向かう。
「この『白面金毛九尾の狐』を存分に愉しませてくれ」
 玉藻はファイアストームで砦内部を焼き払う。
 このとき、ブトレバを経由し陸路兵を勧めていた比島の隊も水上砦に到達。砦からは、もう敵兵の一部が逃げ出している状態であった。比島は地上からの包囲を行い、敵を捕縛し乗り込むと、その制圧に取りかかった。サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が先頭に立ってにゃんこを率い入り込む。「射手を抑えるんだ! よし、俺は黒トロルを。何処だ、倒せるなら倒しても構わんだろう? ……むう!」
「き、きゃー!」
 工事口から入り込んだ夢見に、奥で消火にあたっていた残りのトロル一匹が待ち構えていた。夢見に向かって振り上げられた鉄球に、サイモンが飛びかかる。鉄球は夢見への狙いを外されサイモンと共に壁に叩きつけられた。
「グゥゥ」トロルは光る短剣を、夢見は綾刀を抜いた。
「帰ったら一杯やるんだ! こんな所で死ねないよ……!
 あ、ジュースね」
 トロルの鋭い突き。夢見は刀を振り上げる。
 トロルの体がぐらりとゆれた。夢見に覆いかぶさってくる。「わ、わーっ」夢見はトロルを斬りつけ、そのまま倒れた巨体の上に飛び乗った。
「……湖賊の娘、死なせないわ。同じ水軍の仲間だものね。
 ふぅ。何とか決着に間に合ったわね。遅れて、すまなかったわ」
 ローザマリアの狙撃が助けたのであった。
「砦は制圧したであります!」比島少尉も駆けつけた。
「サイモン……!」
「あ、ああ、大丈夫だよ」
「あ、ありがとうローザさん。サイモンさん、大丈夫……ごめんね。
 敵さんも随分……倒れちゃったね」
「逃げ出した多くの者は、捕縛したでありますが。……」
 火矢はもうやんでいる。
 最上階……
 するりと剣を向ける刀真。
「それが貴様の信念か」
 敵将は最後の火矢を刀真に放った。刀真はアルティマ・トゥーレで叩き落すと、敵将に迫った。
「助けたい者を助け護りたい人を護り、その他を無視して敵は殺す」
 もう周りに立っている兵はいない。
 老将は剣を抜いて刀真に切りかかったが、数合打ち合うと、水上砦からまっ逆さまに東河へ落下し姿を消した。
 残る僅かな兵は全て降伏、こうして水上砦は陥落した。
 

 
 工事はさいわいにも完了していなかった。そこから砦を抜けることができそうだ。
 しかし、完成した部分を取っ払っていては、時間がかかる。
「セオボルト。あんたの言った通り、ここは一隻ぶちかましてやろう。何、もうこの地での水上戦は終わりだからね。
 湖賊の船一隻、あんたにプレゼントしてやる気持ちでやってやるよ! 行くよっ」
「頭領……このセオボルト、深く感謝致します。
 よし。では全軍、速やかに突破ですな!」
「じゃぁ、あたしが運転するねー!」夢見船が、全速力で突進。どっかーん。船は、木っ端微塵に吹き飛んだ。工事箇所も破壊され、船が通れるようになった。
「……夢見。いい子だった」
「夢見殿。貴女のことは忘れませぬ。……皆!
 黒羊郷へ!!」
「おー!」(教導団・湖賊一同。) 「おう!」(ちょっと血を流しながら夢見。)
 
 
 水上砦開城後、連合水軍はそのまま休む間なく、教導団はローザマリアの指揮、湖賊はシェルダメルダの指揮のもとに黒羊郷に攻めあがった。比島少尉は拠点の維持のため引き続き水上砦に残った。
 もう、水上に敵はいなかった。
「キュイキュイ♪」「キュイキュイ♪」
 ルクレツィアの水中部隊が先行し、やがて黒羊郷の大湖に至ると郷内の沿岸部を偵察、敵の側面を突くべく相応しい上陸地点を選び出し指揮官ローザマリアに伝えた。
「さあ……水軍の総力を以て一気に大湖へ雪崩れ込むわよ!」