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リアクション
・灰色2
「こりないのね、貴女」
『灰色』は、前に叩き伏せたアルコリアを感情のない瞳で見つめていた。それとは対照的に、アルコリアの方は嬉々としている。
「逢いたかった、大好き、死ね、私を切り刻んで? 貴女を噛み千切ってあげる……きゃはっ! きゃふふふふっ」
両手には二本のプリンス・オブ・セイヴァー。それらを構え、『灰色』に接近する。
「ねえ、もっとその綺麗な顔をよく見せて?」
じっと灰色の瞳を見据えたまま、疾風突きを行う。
「お望みなら、そうしてあげるわ」
アルコリアの身体に一瞬にして無数の傷が走り、血が噴き出す。
それでも立ったまま、彼女は笑う。
「ん……ぅ……ふふ。これこれ」
それは、全身を裂かれて悦に浸っているようでもあった。
アルコリアの傷がみるみる塞がっていく。リジェネレーションの効果だ、さらに、ランゴバルトのヒール、シーマのグレーターヒールも相まって、回復は早い。
「何がそんなに楽しいの?」
『灰色』が訝しそうな声を出す。
「ふふふ、ようやく『生きている』という実感が持てましたよ。自分の中にも人と同じ血が流れている。ねぇ」
次の瞬間、アルコリアは二度目の攻撃を繰り出そうとしていた。
「貴女は、人を模した貴女の中にも、同じモノが流れていますか?」
今度は抜刀術だ。だが、それも空を切る。
「何度やっても、結果は変わらないわ」
やはり彼女の攻撃は当たらず、アルコリアと背中合わせで既に『灰色』は立っていた。彼女の攻撃は終わっている。
それでもやはりアルコリアは倒れない。
「灰色の、二つお返しいたしますわ」
ナコトがサンダーブラストを灰色に向かって放ち、自分に攻撃させるように『灰色』を誘導する。
術者の危機に際し自動で迎撃を行う、炎の聖霊を呼び出す。
だが、聖霊の目すら、『灰色』は支配する。炎の聖霊が、彼女に斬られた。同時に、ナコトの身体も切り裂かれる。
それでも、命のうねりですぐに回復する。
「わたしの姿を『視て』、しかもわたしに『視られて』いる以上、貴女達はどうやってもわたしの攻撃を認識する事は出来ないわ。それは、例え聖霊でも同じ事」
絶対的な力の差だった。これこそが、次元に違いというものだろう。
かつて、ワーズワースが『絶対的な脅威』への対抗手段として作り上げようとした、その最終形態。
神を何十人相手にしようとも、おそらく一人で殲滅してしまうかもしれないほどの力が『灰色』には秘められている。
それをわずか四人で相手取ろうとしているのだ。一国の軍隊でも、それが人である以上彼女には敵わないというのに。
いや。
むしろ逆だ、ただの人間で、しかもこの人数で向き合っているからこそ――突破口が開ける。
「きゃははははは! それなら、貴女に『視え』ず、私も『視な』ければいいだけの事」
そんな事が出来るとは思えない。だが、彼女はそれをやってのける気だ。
全力で目の前の『灰色』を喰らい、啜り、自分の欲望を満たすために。
超感覚発動。金剛力で力を底上げし、エイミングで狙いを定める。さらにはそれにスナイプを合わせ、確実に仕留められるようにする。さらには、抜刀術も放てるように鞘に二本の刀を納める。
「何をしようとも、同じよ」
既に、アルコリアが灰色の支配下にあるような言い草だった。
総ての身体能力をフルで発揮できる状態に加え、さらにランゴバルトのパワーブレスがかかる。
そして、アルコリアの行動は、ナコトとシーマへの合図でもあった。
突撃の瞬間、シーマが忘却の槍でアリコリアの記憶を飛ばす。ナコトはヒュプノシスをかけて催眠状態にする。
完全なる無意識。あとは、動き出した彼女の身体能力にかかっている。
常人には捉えきる事の出来ない速さだった。アルコリアはただ無意識のうちに、自分の求めるモノへと吸い寄せられ、抜刀する。
完全なる認識支配と、不可視の肉体と無意識がぶつかり合う。
「無駄よ」
次の瞬間、アルコリアの三人の契約者が見たものは、腹部を大剣で貫かれた主の姿だった。
「マイロード!」
「アル殿!」
「アル!」
一様に叫んだ。
『灰色』の持つ剣の、柄の部分まで彼女の身体に当たっている。傷口からはけたたましく血が流れている。
一見すると、完全に勝負がついたようだった。
その時、アルコリアの左腕が動き、『灰色』の剣の柄を強く握り締める。
「ん……ふふふ。つ・か・ま・え・た」
そのまま、彼女は目にも留まらぬ早さで右腕に持った剣で『灰色』を薙いだ。
「――――!!!!」
すぐさま『灰色』はアルコリアから剣を抜いて避けようとしたが、一歩遅かった。左脇腹から右胸にかけて斜めに裂傷が走る。
そこからは赤い血が流れた。
「なぁんだ、貴女も同じじゃないですか」
リジェネレーションで腹部の風穴を塞ぐアルコリア。口からは血が滴り落ち、ひざは震えている。
そんな彼女に契約者達はそれぞれ回復を施す。だが、普通の人間なら即死クラスの傷は簡単には塞がらない。
全身を真っ赤に染め上げたその姿は、それでも倒れない。染め上げた血も、どこまでが自分で、どこまでが『灰色』のものかも分からない。
それでもなお、アルコリアは笑みを絶やさない。ようやく『灰色』に届いたのだ。嬉しくないはずがなかった。
「馬鹿な、わたしが、こんな、ただの人間に……」
一方、『灰色の花嫁』は動揺していた。
もし、彼女が『研究所』にいた時のような、半ば狂気染みた不安定な精神でいたら、むしろこの状況を楽しんだだろう。
だが、安定した感情であり、絶対の自信があったからこそ、今自分の身に起きている事が理解出来ない。いや、理解したくはないのだ。
(なんなの、一体? どうしてそんな状態でわたしに向かって来れるの? これが本当に、『人』だというの?)
それは初めて感じた恐怖なのかもしれない。そもそも、なぜアルコリアを一突きにしたところで支配を止めてしまったのか?
「く……」
次の瞬間、『灰色』の姿が消えた。
「足りない。もっと、踊りましょう? もっと、貴女を、食べさせて?」
その場から消えた『灰色』を追うように、アルコリアもまた動き始めた。