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少年探偵と蒼空の密室 Q編

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少年探偵と蒼空の密室 Q編

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 いちおう、それぞれの捜査方針もまとまり、会議は終了しました。あたし、くるとくん、ヴァーナーちゃんは、ラウールさんとマジェスティックに戻ります。
「だいぶ、暗くなってきましたねー。ボクは、子供なので、夜は寝ちゃうです。くるとちゃんも子供だから寝なきゃダメです。早く事件を解決して、ホテルでぐっすり眠るですよ」
「マドモワゼル。マジェスティックのホテルは、本国イギリス風に徹していて、格式ある建物の常として、幽霊もでるのですよ。だから、夜ふかしをして、それを楽しむのも、よいのではないかな」
「お話できる幽霊さんなら、いいですけど、トイレに閉じ込められたりするのは、困るです」
「トイレに閉じ込める? ハハハ。婦人の部屋にあらわれる幽霊は、もっと大人なやつですよ」
「お友達になれますかねー」
 車中も、マジェスティック内のパトロールを開始しても、ヴァーナーちゃんとラウールさんは、ずっとおしゃべりしていました。
 ラウールさん、ヴァーナーちゃんがいるから、あたしたちについてきたんじゃないかしら。
 夜会服のラウールさんとゴシック・ドレスのヴァーナーちゃんは、事件の捜査をしてるようには、当然みえません。
「犯人は女の子を狙うかのうせいが高いです。女の子に人気のスポットを重点的にぱとろーるするです」
「よし。おじさんが、案内してあげよう。馬車に乗るかい」
 ………。
 馬車は、夜景を眺めるために、ロンドン橋へ。あの、事件と関係ない気がするんですけど。
「マジェスティックの地理は、本物のロンドンとは、多少、違っていてね。さっきの会議で話のでた、昔からここに住むシャンバラ人の、特に、伝統やしきたりを重んじる住民は、ロンドン橋のむこうの西地区に住んでいるんだ。悲しいことに、あちら側の住人たちは、排他的で、観光客の地球人には、あまり評判がよくないんだよ」
「みんな、仲良くするです」
「私もそうなって欲しいと願っているよ」
 馬車が急にとまりました。
「切り裂き魔が捕まったよ。黒ネコを連れた地球人の男の子だってさ」
 紙の束を脇に抱えた少年が道路で声をあげています。少年のまわりには、人だかりが。
「ラウールさん。本当でしょうか?」
「ヤードに身柄を確保されたならいいが、親衛隊や、西側の住人に捕まると大変だぞ」
 あたしたちは、馬車をおり、少年に近づきました。
「あ。ラウールの親分。速報さ。犯人が捕まったんだよ。地球からきた女王と百合園推理研究会のお手柄だ」
「その犯人とやらは、どこにいる」
「ヤードにいるはずだよ。名前は、ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)。黒猫を連れた薄気味悪い小僧だって話だ」
 犯人は、ニコ・オールドワンド!?

 マジェスティックに再現された十九世紀のスコットランドヤードは、クイーン・アン様式の赤レンガの立派な建物でした。
「ヤードは、マジェスティックの市民による市民のための警察組織だ。約一千人の職員が、誇りを持って働いている。すまないが、私は、仕事ができたので、きみらは自由に捜査していてくれたまえ。私の名刺を渡しておこう、これで、どこでも入れるだろう。ヤードからでる時には、連絡してくれ」
 ラウールさんは、メッセージを書き添えた名刺を残し、足早に消えていきました。
 あたしたちは、人でごった返すヤードの建物の中を歩き、(くるとくんとヴァーナーちゃんは、手をつないでいます)事件についての記者会見が行われている部屋にたどりつきました。
 空京、シャンバラのマスコミ関係者がつめかけているのでしょう。会見場もすごい人です。
 人の声、カメラのシャッター音、ライトの光、部屋全体がざわついていました。
 そして、人々が注目する壇上には、あたしたちのお友達がずらりと並んで立っていました。
「美央とエルムが売春婦の格好をしていたのは、ミーのアイディアです。ミーは、ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)デス。囮作戦が見事に成功しまシタ」
 吸血鬼のジョセフさんは、いつものように陽気な雰囲気です。しかし。
 
パシャ。パシャ。パシャ。押さないでください。ジョセフさーん。犯人に一言。カシャ。パシャ。容疑者は、逮捕されましたが、事件は依然、捜査中です。個別にコメントを求めるのは、ご遠慮ください。カシャ。パシャ。パシャ。

うわあ。えらい騒ぎになってるわね。
「僕、エルム・チノミシル(えるむ・ちのみしる)だよ。ジョセフに言われたように、この派手なドレスを着て、短いスカートはいて、あみあみもはいて、カカトの高い靴で、歩いてたら、急にあたりが暗くなって、雷が鳴り響いて、空からドラゴンが攻めてきたんだ、びっくりしてたら、お腹が痛くなって、さわったら、手に血がついて」
 獣の耳と尻尾をはやしたかわいい獣人の男の子、エルムさんは、ドレスをまくりあげ、お腹に巻かれた包帯をみせました。

カシャ。パシャ。パシャ。かなり深い傷らしいですが、大丈夫なんですか。パシャ。

「痛いけど、みお姉もジョセフもいるから、平気だよ。それで、気がついたら、地面に倒れてて、なんか、寝ちゃいそうだったから、みお姉におやすみなさいを言ったんだ」
赤羽美央(あかばね・みお)です。模倣犯のさらに模倣犯だろうが、少年だろうが、私は、ニコ・オールドワンドさんとナイン・ブラック(ないん・ぶらっく)さんを許しません!」
 エルムさんと同じような格好をした美央ちゃんが、ふだん白い肌を真っ赤にして、怒ってます。今日の美央ちゃん、手、指、腕や首、あちこちに包帯巻いてる。お化けを怖がる時以外は、どちらかといえば、無表情な子なのに、めずらしいわ。大激怒ね。

 その身を蝕む妄執で、錯乱させられ、トラップのピアノ線で傷つきながらも、血まみれで、犯人を追跡し続けたそうですが、その執念はどこから。カシャ。パシャ。パシャ。

「携帯でのエルムの様子がおかしかったので、駆けつけました。そうしたら……とにかく、私のイヤなものがいっぱい襲いかかってきましたが、エルムを助けなきゃ、女の子たちを傷つけた犯人を逃がすもんか、と心に決めて、ナイフで刺されてもそれを手で掴んで、逆に犯人を引っ張ってやりました。武術を学んでてよかったです。がんばりました」

オオオオ。カシャ。パシャ。パシャ。少女、武術家、お手柄だな。美央さん。ファイティグポーズを取ってくださーい。パシャ。パシャ。

 美央さんたち三人は、制服の警官さんたちに守られながら、退場していきました。壇上には、ミステリーの専門家百合園推理研究会のメンバーがあがっています。
「七尾蒼也です。ニコ・オルードワンドの身柄は確保したけど、彼がすべての事件の犯人じゃない。みんな、まだ、警戒をゆるめないで欲しい。俺の友達も模倣犯に襲われた。事件は、全然、終わっていない」

パシャ。パシャ。ニコは、数件の犯行を認めているようですよ。それも今日、一日でです。それについて、どう思いますか? カシャ。パシャ。パシャ。

「彼の犯行の動機は、わかったんですか?」
 蒼也さんが聞き返しても、記者さんたちからの返事は、ありませんでした。レストレイド警部が襲われたのが、ショックだったのか、蒼也さんは、ピリピリしてます。
 空気を読んでか、蒼也さんをいたわるように、パートナーの機晶妃マイナさんが話しだしました。
「ペルディータ・マイナです。はじめは、囮捜査として街を歩いていたんですが、模倣犯の存在を確認したので、蒼也と空飛ぶ箒で、上空から、パトロールをしていました。結果として、箒で逃走していたニコくんを挟みうちで確保できたので、よかったです」

 模倣犯の存在を確認とは、どういう意味ですか。カシャ。パシャ。パシャ。ニコ以外の模倣犯も把握してるんですか。それも、地球人ですか。 パシャ。パシャ。

「お集まりのキミたち。さっき捕まった彼ばかり気にしてるようだけど、今日、身柄を確保された犯罪人者は、彼だけじゃないんだよ。おわかりかな!」
 これも囮捜査の一環か、今日は、ネコの着ぐるみ姿で、顔だけだしている宇佐木煌著煌星の書(うさぎきらびちょ・きらぼしのしょ)さんが、隣にいる黒のロングコートをはおった男の人を指さしました。高く結いあげた乳白金の髪、強い光を放つ青い瞳、気品のある顔立ち。
 あんな人、推理研にいましたっけ。
 バッ!
 男の人は、突如、コートを脱ぎ捨てました。

カシャ。パシャ。パシャ。カシャ。パシャ。パシャ。アレをテレビに映すな! 変質者だ! パシャ。カシャ。パシャ。

 全裸の、貧相な青白い体に、赤い縄だけを縦横複雑に縛りつけ、ハムというか、小包状態のこの人は? 
 あたしは、いろいろ直視できなくて、手の平で目を隠しました。
「我輩の名は、丸城戸佐渡(まるきど・さど)。見てのとおり、貴公に、我輩の胸のうちを包み隠さず、すべて明かそう」
 丸城戸佐渡。マルキ・ド・サド。あの、サディズムの語源にもなったフランスの文豪? 肉体的快楽を最高に得ることを追求し、あげく、精神病院の壁に糞尿で小説を書いたとか、血で手紙を書いたとかいう人でしたっけ。
「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」
 くるとくんがなんか言ってます。
「それは、あのヘンなおじちゃんと関係あるですか」
「あんた、ヴァーナーちゃんにおかしなこと、教えちゃダメよ」
「邦題が最も長い外国映画。ピーター・ブルック監督のイギリス映画だよ。通称マラサド」
「彼はこの格好で、街を徘徊してたんで、ボクら推理研が身柄を確保したんだよ!」
「我輩は、事件を英霊の仕業にみせかけておる犯人の所業に、憤慨しておる。諸君、陰鬱な事件の気分転換に、我輩の著書、「美徳の不幸」と「悪徳の栄え」でも読むとよかろう」
 あたし、その本、両方とも、読んでて気持ち悪くなって、挫折しました。
 誰か、このおじさんを引っ込めてください。
「すいません。この人、詩穂のパートナーです。切り裂き魔を捕まえる気まんまんなんですけど、正直、ご迷惑ですよね。逮捕してくださって、かまいませんよ」 
 高級そうなメイド服の、メガネをかけた女の子が佐渡さんの隣で頭をさげています。
 保護者つきの変態さん、なんですね。
「自己紹介が遅れました。私は、騎沙良詩穂(きさら・しほ)です。まじめに聞き込み捜査をしていたら、佐渡ちゃんがですねぇ」
「街の子供の前でも、これをやってやがったんだよ!」
 煌星さんと同じく、頭部だけ外した着ぐるみ姿のセイ・グランドル(せい・ぐらんどる)さんが、佐渡さんの頭をバシンと叩きました。厳しい目つきで、にらみつけます。
「子供たちとあれだけ楽しそうに遊んでいた狼さんなら、我輩の意を汲んでくれると思ったのだがな。残念至極」
「泣いてた子もいたじゃねえか。ちったあ、責任を感じろよ」
「大人になるには、誰もがみなくては、ならぬものなのだ。心得よ」
「うんなわきゃ、ねーだろ」
 さらに佐渡さんを叩こうとしたセイさんを、これまた着ぐるみから顔だけをだした、ピンクのツインテールの魔女っこ探偵宇佐木みらびさんがとめました。
「セイくん。暴力はダメですよっ。誰か丸城戸さんに、服を着せてあげてくださいっ。煌おばあちゃんも、こんなところに丸城戸さんを連れださなくても、いいと思いますっ!」
「キヒヒ。早いとこ、警察に引き渡しといた方がいいかと、思ってさ。しかし、キミは、どんな場所で、そうしていても、まるで、恥かしさを感じないんだね」
 煌星さんにヘンな感心をされ、佐渡さんは、胸を張りました。
「うさぎたちは、着ぐるみで園内をまわって、情報収集をしてたんです。そうしたら、丸城戸さんと騎沙良さんに出会って」

 パシャ。パシャ。カシャ。パシャ。捜査の結果、得た情報を教えてください。パシャ。カシャ。騎沙良さんは、たしか、秋葉原四十八星華のリーダーですよね。アイドルがそういうパートナーを連れていていんですか。パシャ。パシャ。

「今日は、私、一個人の志穂、プライベート、ボランティアとして捜査活動に協力していますので、AKB関係の質問は、事務所を通してお願いします」
「ぴょっ!! 騎沙良さんは、アイドルさんなんですか。人に夢を与える仕事ですよね。うさぎ、尊敬しますっ」
「まだまだマイナーでございます。もしよかったら、応援してくださいね」
「はいっ。アイドル探偵の騎沙良さんを応援しますっ! 記者のみなさん、騎沙良さんは、優しくてとってもいい方でしたよ。うさぎたちと一緒に、聞き込み捜査をしてくれて、それで、ニコさんを追いつめることができたんです」
「切り裂き魔の事件が、十九世紀の模倣犯ならば、それをさらに模倣するものが現れるのは、容易に創造がつきます。一般大衆、マスコミを観客にみたてた劇場型犯罪には、いまも昔も、必ず、マネをする人間がでてきます。
なぜ、なのでしょうか?
例え、本人が犯行やめても、模倣犯が事件を重ね、やがて巷の人々に忘れさられるまで、それは模倣に模倣を繰り返し続いてゆくのです。模倣犯は、自分こそが本物だと主張して、世間に訴えます。私は警察には捕まらない、犯行はまだまだ続く、と。
 今日の昼頃、ホワイトチャペルでは、黒猫を連れた少年が通り魔がいる、との噂が広まっていました。出所は、たしかではありませんが、模倣犯の存在を気にしていた私は、うさぎちゃんたちとその噂を追い、エルムちゃん、美央ちゃんを襲った現場から逃げだす、ニコちゃんを発見、追跡したのです」

 パシャ。カシャ。パシャ。名推理だ。AKBも捨てたもんじゃないぞ。パシャ。パシャ。

「ところで、マジェスティックの建設者は、どなたですか? あえて十九世紀のイギリスを再現したところなど、まるで、ホームズでも集めようとしている感じではないですか。シャーロキアンの方でしょうか」
「騎沙良さんっ。それは、メロン・ブラック博士ですっ。ひょっとしたら、このお名前は芸名とかで、本名は、もっと英国人らしいものなのでしょうかっ。博士は、はっきりとはしないけど、英国の出身の方らしいんですっ。マジェステック親衛隊の人たちとロンドン塔に住んでるそうですよっ。そして、そこには、この土地のお姫様がいて、彼女はいま、ぴょっ!! みなさん、急に静かになってどうかされたんですかっ?」
 うさぎちゃんが、博士の名前をだした途端、カメラの音は止み、室内のざわめきも一気におさまりました。
 静まり返った部屋の様子に、うさぎちゃんもとまどっているようです。
「その話は公の場ではしない方がいい。誰が敵で味方なのか、わからないからね」
 うさぎちゃんに助言したのは、いつからか部屋にきていたラウールさんでした。
「わ、わかりましたっ。失礼しましたっ」
「諸君。なにはともあれ、マジェステックの平和のために、力を尽くしてくれた、この少女たちを称えようでは、ないか!」
 ラウールさんは正面中央に立ち、右腕を斜めうえに高く上げ、大きく、
「この危機に我々は、屈しはしない。君に勝利の栄光を! God save the Qeen!」
 それにこたえるように、会場のあちらこちらで手が上がり、
「God save the Qeen!」
「God save the Qeen!」
「God save the Qeen!」
 大合唱になり、それがやむと、会場は拍手で包まれました。
「ぴょっ!! あ、ありがとうございますっ」
「御主人様方、こちらこそ、感謝いたします」
 うさぎちゃんと騎沙良さんは、深々と頭をさげました。
 彼女たちだけでなく、壇上にいる人たち、捜査に参加しているメンバーに全員にむけた拍手は、いつまでも鳴りやみません。
 これが、マジェスティック。
 あたしは、ここが、一つの独立した国であるという事実を肌で感じた気がします。
「マジェスティック。グルービーやな。ボクは、カリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)。推理研のマジカルホームズのパートナや。カリギュラいうても、ローマ帝国の残忍皇帝ちゃうで。
そこんとこ、よろしく頼んますわ」
 拍手の中、マイクを手にしたのは、ぼさぼさの髪の優しそうなお兄さんでした。
 マジカルホームズ霧島春美(きりしま・はるみ)さんのパートナーさん、ですか。初めてお会いしますね。
「とりあえず、話すすめましょか。ニコの逮捕の件は、赤羽美央ちゃんたちと、ウチらの仲間の推理研のメンバーと、アイドルのお姉ちゃんのお手柄ちゅうわけで、それはそれでええんやけども、ボクら霧島一家も、大発見をしてしまったんや。まあ、きいてや」
「やあ。ボクは、アニマルワトソンことディオネア・マスキプラだよ。よろしくね!」
 ジャッカローブ(角の生えたうさぎのような生き物)獣人のディオちゃんが、マイクを手に、やあ、とあいさつしただけで、会場からはあたたかい笑いが起こり、なごやかな空気が流れだしました。
 身長四十センチほどのこの角ウサギさんの女の子は、いつも元気いっぱいです。
「ロンドンを再現した街をフィシュ&チップスを食べながら、みんなと情報収集して歩いたよ。えっと、どこ行ったっけ。マダム・タッソーの蝋人形館も行った気がするなー。そうそう。ジャック・スパロウの蝋人形があったよ。「恐怖の部屋」は、切り裂き魔の犯罪現場が再現されてて、目をつぶっちゃった。それと」
「ディオが話してると、マジェステック旅日記になってしまうから、ワタシ、ピクシコラ・ドロセラ(ぴくしこら・どろせら)がお話しますね。ワタシたちは、第一、第二の事件現場。過去に第三、第四、第五の事件の起きた場所をまわりました。
 念のために言っておきますが、今回の事件は、切り裂き魔の英霊の仕業ではありません。
 過去の犯人が誰であれ、百五十年ルールが存在する以上、パラミタにあらわれることはできないのです。
 犯行記した日記を残したジェイムズ・メイブリクも、捜査中に入水自殺した有力容疑者モンタギュー・ジャン・ドゥルイトも、犯行声明の手紙の唾液とDNAが一致したといわれるウォルター・リチャード・シッカートも、まだ、英霊にはなれません」
 手品が得意なクール&ビューティ、ピクシコラさんが、整然と論を重ねていきます。
「ワタシたちの見落としは、ここにありました。英霊になれないのだから、犯人は過去の犯罪者そのものでは、ありえない、と」
「ピクシー。後は、私が話すわね。推理研の霧島春美です」
 ポニーテールのマジカルホームズ春美さんは、なにか持っています。大きさからして、楽器ケースかしら。
「勝手に持ちだしてしまって、すいません。これは、ベーカー街二二一Bのシャーロック・ホームズ氏のお部屋を再現した記念館に、置かれていたヴィオリンケースです。私は、捜査の合間に、みんなとここを訪れたのですが」
「空き家の冒険事件で、モラン大佐に狙撃されたホームズの身代わり人形をどかして、出窓の側の椅子に座って、ポーズをキメて、写メ撮ったりしたよね」
「ディオ。お願い。黙ってて。みなさん。このケースは、ホームズ氏愛用のアントニオ・ストラディバリ作のヴィオリンのためのものです。部屋では、ヴィオリンは、テーブルに置かれていたので、私は、興味本位で、このケースを開けてみたのですが」
 ケースを開け、春美さんは、ケースから紙片を取りだしました。
「カードを読みますね。

Cest a Herlock Sholmes Il vit

フランス語のようです」
「エルロック・ショルメ氏へ告ぐ。彼は、生きている」
 ラウールさんが翻訳し、説明しました。春美さんが、話を引き継ぎます。
「エルロック・ショルメとは、ある大犯罪者が、その宿命のライバルの名前をもじって作った呼び名です。
 エルロック・ショルメとは、シャーロック・ホームズ。
 ある大犯罪者とは、怪盗紳士アルセーヌ・ルパンその人です」
 
パシャ。カシャ。パシャ。ルパンが生きているのか! ルパンがマジェスティックにいるのか? そういえば、最近、金持ちから盗んだ金品をこっそり施設においていく、義賊を名乗る、泥棒がいるって噂だぞ。パシャ。カシャ。パシャ。

 急展開です。
 ホームズがいるんだから、そりゃあ、ルパンもいるでしょうけど。
「もし、ルパン氏がいるとしても、四代めか、五代めか、もしくは、初代の意志を告ぐ、お弟子さんかもしれません。そして、このメッセージには、切り裂き魔が英霊ではなく、かって十九世紀の英国にいた大犯罪者が、いまも、生きてここ、マジェスティックで活動しているという、ルパン氏からの、ライバルたち、捜査メンバーの探偵たちへのメッセージだと思うのです」
「十九世紀末の英国には、世界を揺るがす犯罪者や、歴史に名を残す大魔術師がたくさんいました。彼らの誰かが、実は、当時の切り裂き魔事件の真犯人で、魔術やロストテクノロジーを利用して生き延びて、パラミタで活動してるとしても、少しも、不思議ではありません。彼らに手を貸す人もいるでしょう」
 春美さん、ピクシコラさんの言葉に、会場から、驚嘆のため息がいくつもきこえました。
「あまねさん、くるとくん。ニコ・オールドワンドがきみらに会いたがっているそうだ。留置所まで、きてくれ。ヴァーナーちゃんもくるね」
 ラウールさんが近づいてきて、あたしの手を取りました。会見の途中ですが、あたしたちは、地下の留置場へ。