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少年探偵と蒼空の密室 Q編

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少年探偵と蒼空の密室 Q編

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Qest side


第一章 被害者L

 「マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)警部がやられた、ですって!」
 青いドレスの活発そうな女の子、百合園女学院推理研究会代表ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)さんの叫びが、カフェに響き渡りました。
 ここは、十九世紀末のロンドンを再現したテーマパーク“マジェステイック”にあるカフェ“バリー・リンドン”です。
暗めの照明の、落ち着いた感じがする店内には、ヴァイオリンの曲が低めに流れ、中世風の鎧や武器が飾られているんですけど、いまや、店中の人たちの視線は、ブリジットさんに集まってる感じ。
「仇は必ず私が、私たち推理研がとってあげるわ。で、犯人はどこのどいつなのよ」
 ブリジットさんは、席を立ち、携帯を手に大きな声で話し続けています。
「ブリジット。警部さんは、亡くなってしまったの?」
 瞳を潤ませ、不安げに首を傾げている上品な女の子は、ブリジットさんのパートナーの橘舞(たちばな・まい)さん。
「いくら、熱い刑事魂を持っておっても、あの若さで殉職とは、本人は本望だろうが、ちと可哀想じゃのう」
 舞さんのもう一人のパートーナーの、歌や踊りが大好きで、いつも陽気な女仙の金仙姫(きむ・そに)さんも、めずらしく悲しげな顔をしています。
「あまねちゃん。レストレイドさん。死んじゃったの?」
 あたし、地球からきた平凡な女子高生古森あまねは、隣にいる小学生探偵弓月くるとくんに、きかれました。
「どうかしら。このお店に入ったら、ブリジットさんがいきなり叫んでて。ともかく、レストレイドさんの身の上になにかあったらしいのは、たしかだけど」
「わかったわ。蒼也が治療していて、みらびや春美たちもそっちへむかってるのね。ベルディータも注意するのよ。それじゃ、いったん、切るわね」
 携帯をテーブルに置くと、ブリジットさんは、肩を落とし、ふう、と息をつきます。
「女装して囮捜査をしていたレストレイド警部が襲われたわ。相手は複数いて、警部のケガは、かなりひどいみたい。犯人たちは、逃走中よ。あら。くると、あまね、いつの間にきてたの。それと、あんた、誰よ?」
「マドモワゼル。お取り込み中のところ失礼いたしました。私は、ラウール・ベレンナ。マジェステイックの総支配人です。当園のために骨身を削って捜査してくださっているご様子、まことに感謝します。私にできることがあれば、なんなりとおっしゃってください」
 黒の夜会服を着た、銀髪の紳士ラウール総支配人は、ブリジットさんにうやうやしく、お辞儀をしました。
 あたしとくるとくんは、ラウールさんと一緒にマジェステイック内をパトロールしていて、バリー・リンドンに立ち寄ったのです。
 ブリジットさんは、顔をあげたラウールさんの灰色の目を真正面からじっと見つめました。
「私たちは、別にあなたやマジェステイックの経営のために捜査してるわけじゃありませんから、カン違いなさらないよう、お願いしますね」
「ブリ。初対面の殿方にいきなり、なにを言っておるのじゃ。総支配人殿、すまぬのう。ともあれ、協力しあって早く事件を解決したいものじゃな」
「金こそ、こんなやつに、愛想ふりまく必要はないわ」
 びしっ!
 ふいに、ブリジットさんは、ラウールさんの高い鼻先に人差し指を突きつけました。
「あなた、私の知ってるある人物に、とても雰囲気が似ているわ。その人物とは、この少女連続惨殺事件の裏で糸を引いてる、自称、犯罪王の変態ノーマン・ゲインよ。あなたもなにか隠し事があるんじゃないの。それとも、ひょっとして、ノーマン本人?」
「ブリジット。それは、いくらなんでも、言いすぎよ。総支配人さんに謝らないと」
 あわてて(それでも、おっとりと)舞さんがたしなめても、ブリジットさんは手をおろしません。
「いえいえ。私は、まったく、構いません。お気になさらずに。一応、言っておきますが、残念なことに私は、ノーマン・ゲインではありません。レディーのご希望に添えなくて誠に申し訳ない。犯罪王ノーマン・ゲインか。まったく、笑わせてくれる男だ」
 ラウールさんは、優雅な仕草で首を横に振り、ブリジットさんにほほ笑みかけました。
「一挙一動、一言一句、なにもかも怪しいわね。でも、手伝うっていうんなら、使ってあげるわ。話は聞いていたようね。連続殺人事件の捜査をしていた私の仲間が襲われたの。ホワイトチャペル地区のロンドン病院の裏よ。すぐに救護班をむかわせて!」
「かしこまりました。早急に手配します。しばし、お待ちを」
 ラウールさんが店の奥へと姿を消すのとほぼ同時に、ブリジットさんの携帯が鳴りました。
「警部の携帯からだわ。はい。私、ブリジットよ。え。警部、あなた、大丈夫なの? ちょっと待って」
 ブリジットさんは、同じテーブルにいるみんなの顔を見回しました。
「レストレイド警部からよ。みんなに、話を聞いて欲しいって。携帯の外部スピーカーをオンにするわね」
「マイト・レストレイドだ。みんな、心配をかけて、すまない」
 聞こえてきたのは、かすれていて、とても苦しげな声です。
「俺を襲った犯人は、斎藤ハツネ(さいとう・はつね)、それに彼女のパートナーの大石鍬次郎(おおいし・くわじろう)天神山葛葉(てんじんやま・くずは)の三人だ。被害者の俺、ペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)七尾蒼也(ななお・そうや)の三人が犯行を目撃し、いま、今回の捜査参加者のファイルで確認した。間違いない。ハツネの使用凶器はダガーだ」
「警部さん。無理をなさらないで。もう、わかりました。休んでください」
 舞さんは、まるでレストレイドさんが前にいるかように語りかけます。
「相手が捜査参加メンバーだからと、油断して、隙をつかれた。今回の捜査参加者の中から、模倣犯がでる可能性は今後もある。それぞれの過去の経歴、日頃の行動から、その兆候がうかがわれるものには、囮捜査を行っている者は、各自、くれぐれも注意してくれ。
 犯行の手口は、斉藤ハツネがすれ違いざまに凶器で切りかかってきた。ハツネに気をとられていたら、背後から、大石鍬次郎に関節を外された。天神山葛葉は見張りの役割なのか、直接、攻撃はしてこなかった。襲撃の所要時間は、数十秒だ。犯人たちは手馴れている」
「わかったわ。ところで警部、全然、元気そうだけど、ケガの具合はどうなの? やっぱり、かすり傷よね」
 明るく、なんでもなさそうに、ブリジットさんが尋ねました。気持ちとは裏腹につい意地を張って、素直な態度になれないところがブリジットさんらしいです。本当は、警部がすごく心配なのに。
「ああ。かすり傷だ。左肩、肘の脱臼と、腹部数箇所の刺傷。傷は内臓までは届いていないと思う。借りた制服を血で汚してしまったな、すまない。現在、応援にきたディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)宇佐木みらび(うさぎ・みらび)に治療を受けている。処置がすみ次第、捜査に戻る」
 複数の脱臼と刺傷って、入院並みのケガなんじゃ。
「マジェステイックのラウール総支配人に頼んで、そっちに救護班をまわしてもらったわ。とりあえず、警部は休んでて。せっかく女装しても包帯ぐるぐるの血まみれ女じゃ、ヘンな趣味のやつしか寄ってこないから、囮捜査の意味がないわよ。私たちが会いに行くまで、ベットでおとなしくしてなさい。いいわね。代表命令よ」
「命令ではしかたがないな。了解だ。気づかい感謝する」
「じゃあね、警部。お疲れ様」
 電話は、切れました。
「警部さんが無事で、本当によかったです。さあ、みんなで警部さんのお見舞いに行きましょう」
 と、舞さん。
「じゃが、捜査メンバーから模倣犯がでたというのは、ゆゆしき事態じゃぞ」
「そうね。この情報をどう扱うかは、今後の捜査の行方を左右すると思うわ」
 金さんとブリジットさんは、難しい顔をしています。テーブルに戻ってきたラウールさんは、ブリジットさんの言葉に頷きました。
「その通りですね。惨殺事件の発生後、外からの来園者は減っているといえ、当園には、スタッフ兼住人として四万戸の住居に約五万六千人のシャンバラ人が居住しています。マジェステイックはテーマパークであるのと同時に、彼らの生活する場所であり、独自の文化、産業を持つ一つの街なのです。
事件の舞台になっているホワイトチャペル地区の住民数は、一万人。外部からきた捜査メンバーに、切り裂き魔の模倣犯がいるというのは、彼らの感情を逆なでし、捜査の進行を妨げるでしょう。
レストレイドさんの事件の話が園内に広がらないよう、私の方でも手を打ちましょう。というわけで、いま、ここできいた話は、他言無用だ。みんな、わかったな」
「ヤー」
「ハーイ」
「親分、承知したぜ」
 ラウールさんの呼びかけにこたえ、店のあちこちから声があがりました。
 言われてみれば、いま、このお店にいるお客さんは、あたしたちのテーブルを除いて、みなさん、労務者風、貴婦人風、役人風だったりする地元? の人たちばっかり。
「はーい。内緒にするよ」
「ラウール様のご命令だからね。きいてやるとするか」
 舞さんの両横には、汚れたツナギを着たかわいい少年工員さんたちがきて、ラウールさんを見上げています。
「おまえたち、仕事は、学校は、どうした。工場も学校も、今日は休みではないよな」
「いまは、昼休みだよ」
「このお嬢さん、上品で、優しくて、俺らに昼飯をごちそうしてくれたんだ」
 ラウールさんは苦笑いを浮かべました。
「マドモワゼル。彼らは当園の性質上、こんな身なりをしてはいますが、園内の工場で正式に工員として働きながら、定時制の学校で教育も受けている、我がマジェステイックの明日を担う、街の息子たちです。毎月の給金も得ていますし。にもかかわらず、外からきたゲストである貴女に、ご迷惑をおかけしてしまって」
「いいえ。支配人様。私は、この子たちとお話がしたくって、それでたまたま。別に迷惑なんて、少しもしていませんよ。安心してください」
「だよね」
「うん。楽しいランチだったぜ」
 舞さんの説明に、少年たちは二カッと笑顔になりました。下町のいたずらっ子って感じね。
「そうおっしゃっていただければ、幸いです。お前たち、ちゃんとお礼はしたな」
「うん。もちろん」
「ああ。でもさ、ラウール様も最近は、優しくなったよな。前は、マジェスティックの住人のことなんかなんにも考えてくれてないって、みんなに文句ばかり言われて嫌われてたのに、この頃は、よく街にでてくるし、こうして、それなりに話も通じるしさ」
「ハハ。お前らは、ゲストの前でもおかまえなしだな。そろそろ、工場か、学校へ戻れ。いいな。ここでのことは秘密だぞ」
「はいはい。失礼しまーす」
「舞お嬢さん。おつきの人たち、またね」
 少年たちは、元気よく駆け足でカフェをでていきました。
 体が弱くて、映画が友達のウチのくるとくんにも、ああいう年相応のお友達ができればいいのになあ。
「ところでブリジット代表、負傷したレストレイドさんは、警部なのですか?」
「彼も他の捜査メンバーと同じ普通の学生よ。けど、代々、イギリス、ロンドンの警察官の家系の家の子で、彼自身も警察官を目指しているの。地球にいた頃は、スコットランド・ヤードに出入りしていたらしわ。それで、名字がレストレイドだから、警部。ウチの部員にはちょうどホームズもいるしね」
 ブリジットさんの返事に、ラウールさんは、楽しそうに笑いました。もしかして、ミステリが好きなのかしら。あたしは、ついでに、
「捜査メンバーの中には、モリアーティーさんやミス・マープルさんもいるんです」
「自称犯罪王と、レストレイド、ホームズ、モリアーティー、マープル、私がいてガニマールくんはいないのかね」
「え。いま小声でなんて言ったんですか」
「なんでもありません。くるとくん、あまねさん、次の場所へ移るとしますか」