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リアクション
※当シナリオでは、夢の中のLCの台詞を『』で現しております。
あらかじめご承知置き下さい。
「がー、あっちぃ……」
うだるような暑い夜のこと。あまりの寝苦しさに耐え兼ねた変熊 仮面(へんくま・かめん)は、枕を小脇に抱えて寮を出た。
襟元のマフラーを緩め、パジャマの裾をばたばたと揺らす。いつも全裸にマントの彼が服を着ていることも驚愕に値する出来事ではあったが、それ以上に驚くべきことがあった。
ミーン、ミンミンミンミーン……
異様なまでに響き渡る蝉の声。
「蝉うるせーぞ!」
苛立たしげに声を上げる変熊だが、気付けばその蝉の音に誘われるように、自然と足が動いていた。
「あぢ〜、うるせ〜」
その声に反応したように、裏山で眠っていた巨熊 イオマンテ(きょぐま・いおまんて)もむっくりと巨体を起こす。途端に喧しい程に耳を打つ蝉の音に苛々と落ち着きなく辺りを見回すイオマンテだが、やがてブチッと何かが切れた。
『ぐがー!!』
凶器のような腕をぶんぶんと振り回しながら駆けてくるイオマンテの姿に、変熊は肩を竦める。
「……あ〜、あ〜、イオマンテ君。暑っ苦しいから向こう行ってくれないかね」
『やかましいわ、ゴラァ!』
正面に立つ変熊へ、イオマンテは容赦なく片腕を振り下ろした。
彼の脳天を捉えたかと思われた一撃はしかし空を切り、変熊の姿はイオマンテの視界から消えている。
「貴様っ! 夏場は体臭がきついのだよ。着ぐるみ洗ってんのか? これでも食らえ!」
「いや、着ぐるみは陰干し……おうっ」
変熊の怒声と共に、いつの間にか飛び上がった変熊の飛び蹴りがイオマンテの眉間を直撃する。しかし応えた様子を見せないイオマンテへ、変熊はおもむろに片腕を振り上げた。
「ならば必殺……【野生の蹂躙】!」
その声に応えるように、無数の羊の幻影が現れた。もこもことイオマンテの足元を駆け抜ける羊の群れに、変熊は首を傾げる。
「……あれ? いつもと違……一匹、二匹、三飛んで四匹……あ〜、眠くなってき」
欠伸交じりに変熊がごちた瞬間、最後まで言い終えるよりも早く、振り下ろされたイオマンテの腕がぷちっと変熊を叩き潰した。強大な重量差に潰された変熊は、ぴくりとも動かない。
『くっ……これが、レベルの差か……』
そしてその直後、イオマンテもまた変熊の攻撃によってゆっくりと大地へ倒れ伏した。
倒れた変熊とイオマンテの体が緩やかに薄れ消えていく中、それぞれの世界に立ち尽くすのは二人の実体を持つ幻影。儚い羽音を立てる蝉を傍らに伴う二人は、どこへともなく歩いて行く。
いつしか周囲は、果ても見えぬ闇の中。そう、気付かぬうちに彼らは蝉の誘う夢の中にいたのだ。そして普段と大差ない奇行の前に、それを偽物と気付かぬうちに互いの偽物に敗れたのだった。
そんな彼らとは別の場所で、同じく夢に囚われた者たちの姿があった。
無表情に放たれた三道 六黒(みどう・むくろ)の爆炎波により、彼のパートナー、ヘキサデ・ゴルディウス(へきさで・ごるでぃうす)の幻影は成す術もなく消え去る。その姿を何の感慨も浮かばない瞳で見届けると、六黒は静かに背を向けた。
「……手応えがなさすぎる」
呟いた彼の漆黒の瞳は、闇の先へと向けられていた。突然の異空間に焦る様子もなく、次なる獲物を求めるかのように、どこへともなく悠然と歩き始める。
『偽物とはいえ、我を全く何の遠慮も無しに殺しおって……』
彼の呟きを広い、苛立たしげに零したゴルディウスは、しかし眼前に立ちはだかる偽の六黒に完全に押されていた。文句を零したことが仇となったか、一瞬の隙を突かれ、鎖の先に繋がる刃に深々と身体を貫かれる。
『く……っ、奴は本当に人間か……?』
恐らくは致命傷となるであろう一撃に、しかし感じる筈の痛みはなかった。ただ眠るように薄れていく意識の中で、霞んでいく視界に映るのは、歩み去っていく偽の六黒の背中。奇しくも本物と同様に次なる獲物を探し彷徨い歩くその姿を最後に、ゴルディウスの意識は闇へと途切れた。
空を覆う闇とは対照的な白を纏ったエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)もまた、気付けば闇の中を歩んでいた。
泊まりがけで友人宅を訪れた、その夜の出来事だった。不思議と耳に着く蝉の声、夏の終わりにしては喧しいそれに惹かれるように、白のスラックスと襟元を寛げたシャツのみを身に付けたラフな姿で、エメは足を進めていく。
気付けば、付き従っていた筈の片倉 蒼(かたくら・そう)の姿もなかった。従者である蒼が、断りもなくエメの傍を離れる筈もない。やはり何かに巻き込まれたのだろうかと、思いながらものんびりとした足取りで、エメは前へ前へと進んで行く。
「……蒼?」
すると突然、進行方向に人影が現れた。小柄な少年の姿。エメの呼び掛けに応えるように、蒼の声が響く。
『エメ様、どちらにいらっしゃるのですか?』
焦ったような蒼の声とは裏腹に、前方の人影はゆらりゆらりとエメに近付いてくる。何かがおかしいような、と首を傾げたエメの視界で、不意に鋭く刃が煌めいた。
「っ!」
咄嗟に身を捻ったエメの右脇、恐らく身動きせずとも当たらなかったであろう距離の場所を、からかうように刃は通り過ぎていく。一瞬目に映ったそれは、見覚えのある“ナラカの蜘蛛糸”。他ならない蒼の操る武器だった。
迷うことなく、エメはブライトグラディウスを抜いた。夜闇の中、ぽっと剣の輝きが灯る。
気付けば、周囲には何も無かった。ある筈の木々も、小石の一つでさえ、どこにも見当たらなかった。己を包む異常に気付きながらも、エメはまっすぐに正面の人影へと剣を向ける。
「蒼。君を倒します」
エメの声に躊躇はなかった。人影が蒼であろうと偽物であろうと、それはエメにとって関係の無いことだった。蒼は自分の執事なのだから、自分を攻撃するくらいならば倒されることを選ぶだろう。エメの考えは推測ではなく確信で、それに応えるように蒼の声がどこからか響く。
『かしこまりました、エメ様』
その言葉を聞き終えるよりも早く、エメは容赦も躊躇いもなく人影へ向けて踏み込み、横薙ぎに剣を振るった。輝く刃が蒼の姿をした人影へと食い込むや否や、斬られた部分から掻き消えるように、人影の姿が薄れていく。
消えていく人影の向こう側に、エメはふと一匹の蝉が飛んでいることに気付いた。人影が消え去ると同時に、蝉はぽとりと落ち、一瞬にして消えてしまう。
「これは一体……?」
『エメ様、ご無事ですか?』
呟いた言葉に続いて、蒼の声が耳に届く。声の出所は分からなかったが、倒した蒼が偽物であったことは間違いないようだ。
「ええ、何ともありませんよ。それよりも蒼、一つ言っておきたいことがあるのですが……」
様々な推測を働かせながら、エメは蒼へと呼び掛ける。あくまで推測の域を出ないが、放っておけない可能性が一つあった。黙して彼の言葉を待つ優秀な執事へと、エメはいつになく真剣な声で告げる。
「先程の言葉は撤回します。君の前に私が現れて、その私が剣を抜いたなら――それを、倒しなさい。それは、私を騙るものです」
「…………」
あまりに突然の出来事を前に、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は言葉を失っていた。
遊びに来ていたエメたちを泊めた、その夜のことだ。灯りを消し、「おやすみ」を言い合って一度は眠りに就いたエメたちが突然外へ出ていくのを目にした呼雪は、何となく彼らの後を追った。――そのはずだった、のだが。気付けば一緒に外へ出たはずのパートナーたちの姿もなく、周囲は濃すぎるほどの闇に包まれていた。
そして異常は、立て続けに訪れた。
『呼雪? ねぇ呼雪、どこにいるの?』
戸惑いを露に呼び掛ける声は、呼雪の目の前に立ちまっすぐに瞳を向ける人物、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)のものに違いなかった。重ねておかしいことに、彼は出会うなり呼雪に向けてファイアストームを放ってきたのだ。悪戯にしては度が過ぎるそれがヘルの仕業だとは、呼雪には思えなかった。
『呼雪、呼雪ー?』
それより何より、狼狽も露に自分を探す声とは対照的に、目の前のヘルは落ち着き払った様子でそこに佇んでいた。
「……ヘル。俺は今、何をしている?」
『へ? どこにいるのかも分からないのに、そんなの分からないよ』
おもむろに刀を抜き放ち、呼雪は唐突な問いを投げかける。当然のごとく疑問気なヘルの言葉に「そうか」と簡潔な返答を返すと、呼雪は何事もなかったかのようにそれをしまい、直後真っ直ぐにヘルへ向けて駆け出した。
怯んだか戸惑ったか、偽のヘルは身動きも取らずに呼雪を見つめている。丸められたオッドアイは空虚な色を宿し、微かな躊躇を振り払うように、呼雪はヘルへと則天去私の一撃を打ち込む。
手ごたえは無かった。ただ打ち込んだ拳の周囲から、ゆらりとヘルの体が薄れ始める。ゆっくりと消えていくヘルの体の後ろには、それを見守るように浮かんでいた蝉が、ヘルの消滅と同時に掻き消えた。
「ヘル、聞こえるか」
『呼雪! どうしたのさ、何かあったの?』
僅かに不安を滲ませた呼雪の呼び掛けに、すぐにヘルの声が返る。ほっと安堵の吐息を零すと、呼雪は姿の見えないヘルへ向けて今の出来事を語り始めた。
『どうなっているのやら……』
息を切らせ逃げるヴラド・クローフィ(ぶらど・くろーふぃ)は、自分を追う者の姿を窺うように背後を盗み見た。
途端に鬼神の如き鋭い紅の瞳を輝かせ迫る六黒の姿が映り、ヴラドは逃走を再開する。シェディ・グラナート(しぇでぃ・ぐらなーと)もまた戦いの渦中に身を置いているようで、時折微かな吐息の音が聞こえる他に、言葉は無かった。
『……あれは』
広がる闇以外何も映らないかと思われた視界に、不意に見覚えのある姿が映る。以前屋敷を訪れた覚えのある、蒼の姿だった。躊躇いがちに武器を振るう蒼もまた、パートナーの偽物と戦っているようだ。切なげに眉を寄せたのも束の間、不意に誰かがヴラドの腕を力いっぱい引き寄せる。
『ヴラドさん、危ない!』
引かれた方向へとよろめき足を進めたヴラドの元いた場所を、六黒の刃が貫く。さっと顔を蒼ざめさせたヴラドは、命の恩人へと目を移した。
『こっちへ! 一緒に逃げよう』
そう呼び掛けて、ヴラドの腕を引いたままクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は駆け出した。慌ててヴラドが後に続き、駆け出す二人からだいぶ遅れて、偽の六黒が追い駆ける。
「クリスティー、大丈夫か?」
『ボクは今のところ大丈夫、クリストファーの偽物もまだ追い付いて来ないみたい』
「そうか、こっちもシェディと合流したよ。今、一緒に逃げてるところだ」
クリスティーの頭に直接語り掛けるかのように、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)の声が届く。
早々に互いの相対しているパートナーが偽物らしいと気付いた二人は、それでも淡い不安を捨て切れずに、攻撃を加えること無く逃げていたのだった。既にシェディを倒してしまったヴラドは、しかし迫る六黒の脅威に怯えるままクリスティーと共に闇の中を駆けていく。
『本当に、どうなっているのやら……』
どこまで続くかも分からない闇を駆けるヴラドが、もう一度呟いた時。不意に開けた彼の視界には、驚くべき光景が広がっていた。
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