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想い出の花摘み

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想い出の花摘み

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序章 青年の影

 晴天晴れ渡る空の下には、のどかな村が広がっていた。
 草原とともに連なる畑や軒を歩き、芦原 郁乃(あはら・いくの)蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)は久方ぶりに訪れる旧友の家へと辿り着いた。
 コンコン、と玄関の戸を鳴らすと、懐かしい声が聞こえてパタパタと足音が近づいてきた。
「はい、どちら様……」
「プリッツぅ〜♪」
 扉が開かれた瞬間、プリッツの胸に郁乃が飛び込んできた。
「あ、芦原さん……!?」
「覚えててくれたんだ! 嬉しいな〜」
「それに、マビノギオンさん」
「お久しぶりです、プリッツさん」
 名前を呼ばれると、郁乃は顔をほころばしてはしゃぐように喜んだ。対して、マビノギオンは、丁寧な仕草で会釈を交わす。プリッツは、久しぶりに見る友人たちの顔に思わずくすっと笑った。そう、確か、洞窟の中で自分の亡くしたロケットを探してくれたときも、郁乃はこんな笑顔を浮かべていた。
「あ、なーんで笑ったのぉ」
「あ、はは、ごめんなさい。今日は懐かしい人がたくさん来る日だなぁと思って……」
「たくさん……?」
 拗ねたような顔をしていた郁乃の顔が、きょとんとしたものに変わった。そして彼女は、プリッツの背後にあるリビングを覗き込む。するとそこには――
「……久しぶりだな」
「オズワルドさん!」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)が椅子に座ってお茶とお茶菓子をご馳走されていた。彼の周りには、彼のパートナーであるノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)アリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)もいる。
 アリスは相変わらず寡黙にじっとしているが、ノアはもぐもぐとお茶菓子を口にほおばって幸せそうであった。
 そんな彼らと同じく、テーブルの席に郁乃とマビノギオンも案内される。。
「なんで、オズワルドさんがここにいるんですか?」
「あの事件以来、たまに世話になってる。……プリッツの茶菓子は絶品だしな」
「アップルパイがおいしいんですよ〜」
 確かに、ノアが幸せそうに食べるアップルパイからは香ばしい匂いが漂っており、特に女の子の食欲をそそる。郁乃はノアの食べる姿を見ながら羨ましそうな顔をしていたが、そんな彼女の袖をひっぱったマビノギオンが、静かに囁いた。
「プリッツさん……どこか顔が曇っているように見えますね」
 郁乃のアップルパイを用意するために台所に引っ込んだプリッツを遠目で見ながら、郁乃は頷いた。
「ほんとだ……」
「俺も少し前に来たばっかりだが、気になっていた。何かあったのかもしれんな」
「プリッツさんは、何か心配事があるようですね」
 マビノギオンとレンが言うと、何を思い至ったのか。がたっと立ち上がった郁乃は、迷うことなくプリッツに近づいていった。それに気づいて立ち止まったプリッツに向かって、彼女は口を開いた。
「プリッツ何か心配事あるの? お手伝いするよ?」
 思わず肘をついていたレンもずっころげてしまうほどに、ストレートな物言いだった。
 ある意味すごいその行動に、マビノギオンは賞賛せんばかりである。さすがです。さすがは主です。もちろん、それは過去の冒険においてもそうだったわけで――
「そうですね……。実は……」
 郁乃の気持ちを察して直ぐに答えたプリッツにも、マビノギオンは心の中で賞賛を送った。



「なんか、すごい人だね。一食の恩のためにそこまでするんだ……」
 郁乃は今時珍しい青年の話を聞いて、感動していた。
 プリッツは見ず知らずの人を危険に曝すようになり、とても心配していたのである。そのためか、知らず知らず顔は曇ったような表情になってしまっていた。
 郁乃は、そんなプリッツを見ていると堪らず声を張り上げた。
「よーし、そういうことならわたしにまっかせなさいっ!! わたしがガウルって人のお手伝いしてくるよ!!」
「あ、芦原さんが……?」
「そうそう」
 プリッツは郁乃を心配するような顔になっていた。
「大丈夫! 前の冒険だってこうしてみんなで力を合わせてなんとかなったんだから。今回もガウルって人と一緒にみんなで頑張るよー!」
 彼女の熱意は本物だった。そして、その優しさも。プリッツはそれに負けて、それ以上彼女を引きとめようとはしなかった。
 そして、そんな郁乃たちの話を聞いていたレンは、まるで気がかりなことでもあるかのように考え込んでいた。そんな彼にノアが声をかける。
「レンさん? どうしたんですか?」
「いや、ちょっと気になってな」
「気になる……?」
「金色の目の青年か……」
 オズワルドは窓から山を見つめながら、誰ともなく呟いた。レンの知る限り、そんな目をして食事を忘れるような青年は一人しかいない。
「俺も行こう」
「オズワルドさんも! そうなったらもう、心強さ百倍だね!」
 気合を入れる郁乃を横目にふと、山を見ていたレンは、不吉な影のようなものを感じた。それは、人の目には遥か見えない『力』に近い。瘴気にも似た、闇の影である。
 山に、明確に人を殺そうとする殺気が、立ち昇っていた。