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第4章 壊れし操り人形 1

 ガウル一行が山に登った後のことだ。村に残っているプリッツは、同じく村に残った仲間と一緒に、以前のようなお礼のお菓子作りを始めていた。
「プリッツさーん、これはこの中に入れていいんですか?」
「ええ、そうです。よろしくお願いします。あ、クリスさん? こちらを切ってもらってもいいですか?」
「はい、任せてください!」
 神和 綺人(かんなぎ・あやと)は材料を鍋に入れ、気合を込めた笑顔を浮かべたクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)はプリッツに渡された生地に包丁を構えた。それを、どこかおろおろとした様子のユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が親のように見守っている。
「……壊すなよ。台所のもの絶対壊すなよ」
「大丈夫です! もうユーリさんは心配性なんですから」
 自信ありげなクリスだが、これまでの過去の台所惨劇を知っているユーリは信用できないといったような顔でじとっと見つめていた。
 振りかぶられるクリスの包丁。その手付きは手馴れたものだが、ユーリはごくりと息を呑んだ。
 実のところ、クリスも緊張している。料理の腕前自体は問題ないのだが、包丁やしゃもじなど、調理器具を使うとどうしても道具を破壊してしまうからだ。材料を切ろうと思えばまな板も一緒に切ってしまい、しゃもじを動かせばぼきっと思い切り折ってしまう。
 額に冷や汗をかき始めるクリスに、そっとプリッツの細い手がかかった。
「プリッツさん……?」
「緊張しなくても大丈夫ですよ」
 クリスの緊張をほぐすように優しく、プリッツの手が彼女の腕を動かして生地を切ってゆく。
「……誰かに食べてもらいたい。誰かのために作りたい。そんな気持ちを込めて、そっと、優しく作ってあげてください。そうすれば、大丈夫ですから」
「誰かのために……」
 自然と、クリスの視線は鍋相手に奮闘する綺人へと向けられていた。それを分かっているように、プリッツがほがらかな笑みを浮かべて彼女の腕から手を離す。
「頑張ってくださいね」
「は、はい……頑張ります」
 穏やかに再び気合を入れたクリスは、そっと、ゆっくり、生地を切っていった。
「クリスがまな板壊さない……すごいですね」
 二人の様子を見ていた神和 瀬織(かんなぎ・せお)は、感嘆したように声を漏らした。
「女の子は誰だってちゃんと料理を作れるんですよ? 魔法です」
「魔法……? プリッツさんは魔法が使えるんですか?」
 純粋に疑問を口にした瀬織に、プリッツは母親のような笑みを浮かべた。
「恋する女の子はみんな魔法が使えるんです。瀬織さんも、いつかきっと使えるようになりますよ」
 どうにも訳が分からないといったように首をかしげる瀬織だったが、いずれにしてもクリスがまな板を壊さずに包丁を使えるようになったのだ。それはきっと素晴らしい魔法なのだろうと、彼女は一人納得した。
「翡翠さん? 巨峰と杏のデザートはどうですか?」
「ええ、順調ですよ」
 クリスたちとは別にお菓子作りを進めていた神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)たちへ、プリッツが状況を見にやって来た。
「お菓子〜。甘いのがいいな〜。でも、甘いものばかりじゃ飽きないかな?」
「大丈夫ですよ花梨様。甘いものだけじゃなくて、ちゃんと普通のお料理も作っていますので」
 子供のようにお菓子を楽しみにしている榊 花梨(さかき・かりん)に、柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)がサンドイッチを作りながら穏やかな微笑を浮かべた。
 ハムや卵やツナマヨにポテトサラダ。多種多様な具材を、手馴れた様子で丁寧に挟み込んで行く。
 その横で女性顔負けなほどに手際良くお菓子を作る翡翠は、杏と巨峰で洋菓子と和菓子の二つを作っているようだ。
 杏はマフィンにして、巨峰はくず大福として作れようとしていた。濃厚な杏の香りがマフィン生地からふわりと漂い、杏の実もまた見た目に精巧である。巨峰の皮は煮詰めて葛に混ぜられ、白あんに包まれた実を更に葛もちで包み込む。巨峰の紫色を含んだ葛もちは見た目にも鮮やかで、まるで宝石のような輝きを持っていた。
 そんな高級菓子屋にでも出てきそうなお菓子を見て目を奪われないというのが無茶な注文だった。
「う〜ん、いいにおい……それにどれも美味しそうだよ? 味見しちゃ駄目?」
 キラキラとうるんだ瞳でじっと翡翠を見つめる花梨に、さすがに彼も根負けして一個だけ食べさせてあげることにした。プリッツが、そんな可愛らしい彼女の姿を見てくすっと笑う。
「可愛い人ですね」
「そうですね……私も、見ているだけでとても幸せになります」
 翡翠は柔和な笑みを浮かべて、言葉を継いだ。
「皆さん、怪我無く無事に帰ってくるはずですから、花梨さんのように、出来たものを見て喜ぶ顔が見れると良いですねえ」
「本当に……。無事に帰ってきてもらえるだけでも、私は……」
 プリッツは心配そうな目でガウルたちの向かった山を見つめた。ふと、そのとき、彼女はテーブルの上に置かれたある物に気がついた。
「これは……」
 それは、彼女には馴染みのない地球の文化――誰のとも知れぬ、携帯電話であった。



 プリッツがクリスや翡翠たちと一緒に熱心なお菓子作りをしていた頃――ガウル一行は猛然と逃げていた。
「誰やぁっ! 獣の縄張りに手を出した奴はっ!」
「だから放っておけって言っただろ、ガウル!」
「……邪魔だったんだ」
 七枷 陣(ななかせ・じん)と久途侘助に叱咤されながら、ガウルは憮然とした顔で駆け続けた。背後からは狼や熊の獣たちが、怒り心頭でガウルたちを追ってくる。
「こりゃ……こいつの出番が来たかな」
 差し迫る獣たちをちらりと見やって、閃崎 静麻(せんざき・しずま)は懐からいくつもの爆弾を取り出した。もちろん、ただの爆弾ではない。獣だけでなくお父さんもビックリの特製シュールストレミング爆弾。つまり――最臭兵器爆弾だ。
「こんなこともあろうかと、用意しといてよかったぜ」
「おいおい、静麻さん……それって……」
「……まともに嗅げば失神するからな。みんな全力で走ってくれよ」
「みんなぁっ、急いで走れぇ!」
 嫌な予感のした陣は、静麻が爆弾を振りかぶった瞬間に全員に声をかけて全力疾走を開始した。と同時に、静魔の手から爆弾が放り投げられる。
 地に爆弾が落ちた瞬間――異臭とも悪臭がつかぬ鼻を壊すような臭いが広がった。
「ぐええぇ……なんやこの匂いぃ……」
「……最悪だな」
 鼻をつまんでつまったような声を出しながら、ガウルたちは必死で臭いから逃げて行く。幸いなことに、もろに爆弾をくらった上に鼻の良い獣たちは、ピクピクと失神して倒れ込んでいた。
 そんなこんなでようやく獣たちから逃げ去ったガウルたちは、広まった岩山付近で一息ついた。
「あー、ようやく新鮮な空気だ。たまらんかったな……」
「ほんとだよね〜」
 陣の側のリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)は、疲れたような呆れたような表情で彼に同意した。
 なんにしても、ようやく獣たちからは逃げ出せた。だが、静麻の最臭兵器に感謝していいのかどうか迷っていたとき、ガウルたちは今度は余計に面倒な状況になっていることに気づいた。
「囲まれたか……」
 獣騒動で音を聞きつけてきたのだろう。邪悪な笑みを浮かべる蛮族たちが、ガウル一行を包囲していた。これは奴らを蹴散らすべきか。ガウルが拳を強く握った――まだ何もしていないのに、数名の蛮族の首が飛んだのは同時だった。
「…………!」
 その場にいた者たちの、恐怖と驚愕に見開いた目が一点に集中した。しかし、それが何かを捉えるよりも早く、見開いた目をそのままに、残りの蛮族たちの首が飛んだ。
「だれだ……」
「……この人形……つまんないの。すぐ……壊れちゃう……」
 岩の上に立ったのは、小柄な少女であった。人形、と称された蛮族の首をいくつも指又に挟んで、彼女は退屈そうな顔をしている。残酷の象徴のように、蛮族たちの首からはポタポタと血が滴り落ちていた。
「おいハツネ、さっさと先にいくんじゃねぇよ」
「ハ、ハツネさん……もう殺しちゃったんですかぁ……」
 斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)を追って、大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)も遅れて現れた。子供を叱る親のような鍬次郎だが、狩られた首を見てもなんとも思っていないところを見れば、同類かあるいはそれ以上の賜物だろう。逆に、怯えた表情で首を見ないようにしている葛葉は、不釣合いなほどにおとなしそうな少女だ。
「道理で……彼らが殺気立つわけね」
「……どういうことだ?」
 ハツネたちを見据えて険しい顔になったルカルカ・ルーに、ガウルが尋ねた。その目は、決してハツネたちを見失わないように正面を向いたままだ。
「あんな歩く刃物みたいな子供がいたんじゃ、向こうだって警戒して臨むしかないわ。彼らは非道だけど、あそこまで警戒しているのも不思議だった」
 ルカは、普段の明るさからは想像できない真剣な眼差しで彼女たちを見据え、そして横目で岩山の影を見やった。
「それに……あんなのもいたんじゃね」
「あーらら、ばれちゃった」
 岩山の影から、ハツネとそう変わらない小柄な少年がひょっこりと出てきた。
「もうちょっと遊びたかったけどな〜」
「あれがガウルとかいう獣人かぁ……」
 少年――マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)と一緒に現れた魄喰 迫(はくはみの・はく)は、ガウルのことを知っているらしく興味深げに彼を観察した。
 彼女はまだ純朴そうな光を目に湛えているが、マッシュは危険だ。少なくとも、陽気な言動とは裏腹な狡猾さが感じられた。
「お人形……たくさん……」
 ハツネの静かな声が囁かれた。それは、ガウルたちにとって危険な戦いを告げる合図でもあった。