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想い出の花摘み

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想い出の花摘み

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第5章 言葉の呪縛 3

 ガウルに敗れた六黒は、ヘキサデと冴王たちに連れられてガウル一行の前から姿を消した。彼自身はきっと否定するだろうが、ガウルにはヘキサデたちと六黒の姿が彼のくだらないと吐き捨てる、力以外の『何か』に見えた。
「こっちのほうは大丈夫みたいですよー!」
 六黒たちを退けたガウル一行は――先行する博季の後を追っていた。彼らの中には、自宅で待っていたはずのプリッツも同行している。
 というのも、プリッツの自宅に残されていた携帯に音沙汰のなかった緋山 政敏(ひやま・まさとし)たちから連絡が入ったからだ。同じく菜織の携帯にも同様の連絡があったのだが、とにかく来てくれとだけ告げる彼の指示に従って、誰も踏み入らないような獣道を通っているのである。愛馬に乗って先行する博季が獣たちを傷つけないように追い払い、道を作る。その道を、後からついて来るガウルたちは歩むのだ。
「プリッツさん、大丈夫?」
「え、ええ……ご心配おかけします」
「そんなこと、気にしなくてもいいですよ。さ、行きましょう」
 慣れない道で足元のおぼつかないプリッツを心配し、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は彼女から離れないように進んだ。ガウルも進んで喋ろうとはしないが、自然とプリッツをいつでも守れる位置を歩いている。
 しばらく歩き続けていると、やがて、博季の驚きを含んだ声が聞こえてきた。
「み、みなさーん! はやく、こちらはすごいですよ!」
 林に囲まれているその場所へと、ガウルたちは逸る気持ちを抑えて向かった。茂みをかき分けて顔を出すと――そこに広がっていたのは、まるで雪でも積もったかのような一面真っ白な光景だった。
「これ……」
「クラウズ……の、花?」
 呆然とした声を漏らして、プリッツはその美しい光景に目を奪われた。無論――彼女だけではない。その場にいる誰もが、その光景を目にして翻ることなど、出来なかった。
「きっと誰も知らない場所に生えてると思ってさ。探してみたら、これだよ。まさかこんなに生えてるとは思わなかったぜ」
「もしかしたら、山の獣たちはこれを守ってたのかもしれませんね」
 政敏は自分でも驚きといったように、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)は道中で懐いてしまった狼の顎を撫でながら微笑ましそうに言った。
「緋山さん、カチェアさん、それにリーンさん……ありがとうございます」
 プリッツが恭しく頭を下げると、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は恥ずかしそうにパタパタと手を振った。
「や、やめてよー、プリッツさん。私たちがやりたかっただけなんだから。それに、私、昆虫とか動物とかの情報で、種の動きを調べてただけだし……」
「て言っても……リーンが色々調べてくれなけりゃ、見つけるなんて出来なかっただろうけどな」
 政敏のからかうような言葉やプリッツのひたむきな感謝に、リーンは照れ臭げに顔を赤らめていた。
「この花は、まさに存在が奇跡だ! 一つの種から一本しか生えない、つまり何かしらの事故によりその種が途絶えてしまえば、その連綿は途切れてしまう。まさに人の生。何かあれば途絶えてしまうような細い糸を手繰り、ここに今。生きていること自体が奇跡の集合体ではないか!」
 政敏たちからそう離れていない場所で、この美しい光景に心を打たれたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が演説でもするかのように高らかに述べていた。
「だから俺は楽しみなのだ! 生き残ったガウルが、母から種を受けたプリッツが、次にどんな種を残すのか。そしてそれがまたどんな軌跡を呼ぶのか――」
「おい、馬鹿……!」
「生き残った?」
 ガウルの過去も知らなければ死闘を繰り広げたことも知らないプリッツは、ヴァルの言葉にきょとんとした顔をした。慌てて、神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)がヴァルの口を塞ぐ。
「あ、あはは……なんでもない。帝王の言ったことは気にしないでくれたまえ」
「……?」
「ごほん! いずれにしても、種は次の種へと受け継がれていく。プリッツ、俺は次にどんな種が現れるのか、楽しみでしょうがないぞ」
「ええ……私も、楽しみです」
 不思議そうな顔をしていたプリッツだが、ヴァルが笑顔で言葉を継ぐと、同じように彼女は笑みを浮かべた。微妙にお互いの意味がかみ合ってない気がしないではないが、似たようなことなのだから良しとしておこう。
「花っていうのは繊細なんだ。か弱い女性と同じように丁寧に扱わなくちゃダメだぞ」
「……じょ、女性?」
「そう。こうしてそっと掘り返してあげてだね……でも、決して臆病になっちゃダメだよ。そんなことしたら、花にだって嫌われてしまうからね」
 クラウズの花を摘もうとしているガウルは、花を愛する園芸人というエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に教えを請うていた。とはいえ、その教え方は独特なようで、特にガウルにはチンプンカンプンもいいところだった。
「ねーねー、ガウっち」
「……なんだ?」
「エースが記録用にお花の写真撮るっていうんだ。ついでだからガウっちも撮ってあげるよ」
 未だに慣れないガウっちの名称に疲れたような顔をしながらも、ガウルはエースのパートナーであるクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)に付き合って写真を撮ることにした。もしかしたら、彼も仲間のようなお人よし属性に染まってきているのかもしれなかった。
「いくよー、はいチーズ」
「なんだ、それは?」
「ガウっち知らないのー?」
 ガウルにチーズの意味を教えて、クマラはデジカメで楽しげに写真を収めていった。写真に映るガウルの顔はぎこちない笑顔だったが、それはそれできっと思い出だ。
 ガウルは、プリッツの両親が映ったそんな思い出の写真を思い返しながら、摘んだ数輪の花をプリッツに持っていった。その途中で、レンのパートナーであるノア・セイブレムが彼に駆け寄る。
「ガウルさん! はい」
「これは……?」
 それは、一枚のハンカチであった。にこっと笑顔を浮かべた彼女は、ガウルの手を見ながら伝える。
「プリッツさんに、その白い花を届けるんですよね?」
「そのつもりだ」
「じゃあ、その花を届ける手が血で汚れてちゃ、ダメじゃないですか」
 きっと、彼女は素直で、とても純粋な気持ちだったのだろう。だが――
「…………」
 自分の血で汚れた掌を見つめて、ガウルはどこか寂しさを覚えた。まるでそれは、拒絶にも似た心だった。ハンカチで拭こうとしてぬぐっても、ほんの僅か、消えずに残る血の痕は、きっと――
「ガウルさん?」
「…………っ!」
 気づかぬ間に背後から声をかけられて、ガウルはビクッと振り返った。そこにいたのは、問題の張本人のプリッツである。
「どうしたんですか?」
 きょとんとしたように首をかしげるプリッツに、ガウルは言葉が出なかった。その代わりに、無言でそっと花を差し出す。血痕の残る手で渡された花。もしかしたら受け取ることはしないのかもしれない。そんなことすら思う。だが――
「ガウルさん……ありがとうございます」
 いま、自分が母と同じように、大切な人たちと一緒にここにいる。そのきっかけを作ってくれた獣人に、プリッツは自分の素直な気持ちを伝えた。
「…………」
「プリッツさーん、お花植え替えましょー」
「あ……はーい!」
 翻っていったプリッツの背中を見つめながら、ガウルはどこか戸惑ったような顔だった。何を感謝される必要があったのか。それが、どうにも理解できていないようだ。そんな彼に、隣意にいた詩穂が笑ってみせた。
「難しい理由なんてどうでもいいんです……。お腹をすかせていたガウルさんも、プリッツさんから食事を頂いたときに感謝したでしょ? それと同じ気持ちを、みんながいつでも互いに想っているの。『ありがとう』とは、素直な気持ち、純粋な願い、ただそれだけのことなんです」
 素直な気持ち、純粋な気持ち。ガウルは、こんなにも真っ白なクラウズの花を好きだというプリッツの両親の気持ちが、少しだけ分かるような気がした。