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ハート・オブ・グリーン

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ハート・オブ・グリーン

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SCENE 19

 密林各所のメンバーが、緑の心臓につぎつぎと到着、探索を開始していた。
 七枷 陣(ななかせ・じん)もその一人だ。ジークフリート・ベルンハルトや柊真司、ローザマリア・クライツァールらの尽力によってクランジΥが身柄を確保され、Φの存在も言及されている今、どうしても陣の気持ちは逸った。
(「あのお祭りで必死に処分を拒絶した彼女は、きっと、自我に目覚めていたんだろう……でなきゃ、そのまま受け入れたに違いない」)
 Φのことを陣は『ファイ』ではなく『ファイス』と呼ぶ。フルネームなら『ファイス・G・クルーン』、殺人兵器ではなく、一人の機晶姫として尊重し与えた名前だ。
「ファイスちゃん大丈夫かなぁ……いるとしたら、絶対ここだよね!?」
 陣と併走するリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)も、一刻も早くファイスを見つけたいと願っていた。
「ああ、他に思いつかん。確証はないんやけど……ここのどこかでオレ達を待ってる気がする」
「もしここだとすれば……」
 小尾田 真奈(おびた・まな)がぽつりと述べた。
「ファイス様は、責任を取ろうとされているのかもしれません」
「責任、ってどういうことさ?」
 リーズはやや高い声を出した。
「ですから、この事件についての。塵殺寺院の一員として、事態を収拾させようとしているのではないかと」
「なんでだよ! これ、引き起こしたのって塵殺寺院の悪い科学者とかそんなんだよね!? ファイスちゃんが責任を感じる必要ないじゃない!」
 リーズも薄々同じことを考えていたのだろう。それゆえに、否定する声に力が籠もるのだ。真奈は答える。
「わかっています。それでも……私が彼女の立場なら、そうした気がするのです」
 リーズは口を閉ざした。陣も、それ以上追求しようとしなかった。
 三人の行く手に、破壊されたアイアンゴーレムが折り重なるように倒れていた。残骸はもちろん、壁や柱にも電磁鞭の痕跡が残っている。
「ファイス……」
 陣は胸が騒いだ。一刻も早く彼女を保護したい。
 閉ざされたシャッターが行く手を塞いでいたが、ハンドキャノン(名はハウンドドック)を抜いた真奈がこれを連射し、円形の穴を開けて道を造る。
 広い部屋だった。やはり研究施設らしい。規模は大きいものの、実験器具や装置のようなもので埋め尽くされている。向かい側の壁に大きなガラス窓が設置されていた。正面の窓の向こうにはプールのようなものが見える。
 これまでの部屋に比べると破壊度は少ないものの、やはりアイアンゴーレムが何体か倒れていた。
「!」
 リーズは息を呑む。ゴーレムの残骸の中に、床に倒れている機晶姫を見つけたからだ。下半身が吹き飛ばされており、首はありえない方向にねじ曲げられている。
 だがそれはΦではなかった。見知らぬ顔だ。
 そしてその窓のすぐ下に、胴に大穴のできたクランジΦが、崩れ落ちるようにして座り込んでいた。目を大きく見開いたままぴくりとも動かない。
「ファイス! ファイスやろ!? 目を覚ませ!」
 陣が駆け寄り、肩を抱いて揺らす。そのとき、省電力モードになっていたコンピュータに灯が入ったかのように、ふっ、と、ファイスの青い目に輝きが宿った。
「陣……リーズに、真奈……」
 ファイスはうっすらと笑みを見せた。
「……本機は、ユプシロンの追跡を逃れジャタの森に潜伏……」
「もう話さんでいい。怪我人は黙って大人しくせんと」
 しかしファイスは口を動かし続けた。データをそのまま読み出しているらしい。ファイスの口調は、虚ろだ。
 彼女の口から語られたのは、ジャタの森に身を潜めていたということ、そして、そこで行われていた塵殺寺院の陰謀――森に殺人能力を有する異常植物を大量発生させるという実験を知ったということだった。実験を妨害しようとしたファイは、研究員を皆殺しにするところまでは成功したものの、別のクランジと戦いになり、異常植物の発生も止められずここで朽ちようとしていたところだったという。ファイスと命がけの死闘を演じたクランジが、現在床に転がっているものであるのは言うまでもない。(名は『Τ(タウ)』だったようだ)
「バカ! なんでそんなこと一人でやろうとした!」
「……オン……恩……どう表現するか本機は知らない……」
「恩返し、ですか?」
 真奈の言葉に、ファイスは弱々しく頷くのだった。
「そう。あの夜……友達になってくれたことへの恩返し……」
「蒼空学園に戻って相談してくれりゃよかったんや、自分だって追われてたんだろ!」
「追われていたのは、ユプシロンも同じ……本機の破壊に失敗したばかりか敵と意を通じたから……。今頃はユプシロンも、Ξ(クシー)かΟ(オミクロン)に『処理』されて……いる」
「いいえ。ユプシロンは自爆装置を解除され、我々に保護されました……ですからあなたも」
 ここまで述べて真奈は気づいた。
「ファイス様、自爆装置は?」
「……大丈夫。自ら望まない限り起動しない。自分はまだ……それを望んでいない」
 真奈に応急処置され、陣がファイスを抱き起こそうとするもリーズが替わった。
「陣くん、ボクがファイスちゃんに肩を貸すよ。まだ危険は去っていない。陣くんは、警戒を」
「そうか。頼んだぞ」
 ファイスを立ち上がらせ、リーズは彼女のこめかみに、自分の額をくっつけた。
「ファイスちゃん、聞いて。さっき、『あの夜に友達になってくれた』って言ったでしょ。それ、違うよ。『友達』ってね、一度そうなったら、ずっと友達なんだ。一夜限りなんてもんじゃなくて」
 我知らずリーズの目には涙が浮かんでいた。
「それに、友達に『恩』とか『貸し借り』なんて水くさい言葉はないんだよ。困難だって一緒に乗り越えていくんだ! この困難だって乗り越えようよ……一緒に!」

 一条アリーセは、丸く穴の開いたシャッターのそばにうずくまっていたが、ファイが助け出される気配を察し、便利鞄(リリ・マル)を手に立ち上がった。
「予想は半分当たり半分外れ、ってとこですね……」
 もうすぐ事件も完了でしょう、とアリーセは思った。

 ファイスが救出された窓の向こう。石造りのプール脇に、しゃがみ込んでいる姿があった。
「なるほど、これが『緑の心臓』の正体ですか」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)はプールの液体をすくい上げ、ここに流れる液体が強力な成長促進作用を持つことを見取っている。その広さは、それこそ一般的な25メートルプールに近い。水は透き通ったオレンジ色で、うっすらと生薬のような香がした。
「『心臓』という表現は誇張ではなさそうですね。塵殺寺院が後付でポンプを設置していますが、古代人はこの設備だけで、ジャタの森に地下水を送り出し循環させていたようです。おそらくは森を常緑に保つための設備だったのでしょうが、それが結果として、異常植物を茂らせる実験に利用されてしまった……というわけですか」
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)に説明する体をとりながら、真人自身、このシステムに興味を覚え、自分の中で理解したものを整理するように呟いている。まールをしきりと覗き込んでもいた。
「ねえ真人、この場所は通信が入らないみたい。早く地上に戻ってベースキャンプに報告しようよ」
 セルファは少々退屈そうに告げた。ところが真人はあまり聞いていないようで、
「手作業でよくこれだけのものを作り上げたものです。鉄も使わずほとんどが石とは……」
「ねえったら! そんなうかうかしていると、いきなり怪植物が出てきて食べられちゃうかもよ!」
「大丈夫です」
「どうしてそう言えるのよ!」
「俺には、セルファという頼もしい守護者がいるから」
 いつの間にか真人は彼女を真っ直ぐに見つめ、邪気のない笑顔を見せていた。
「な、何言ってんの薮から棒に! べ、別に他の人も守るついでなんだから!」
 セルファはぷいと横を向くが、その耳がほんのりと赤く染まっていた。
 さて一方、水のほとりに立つリンダ・ウッズ(りんだ・うっず)といえば、あまり科学的ではない知的好奇心に充ち満ちていた。
「この液体が、地上の植物をガンガン生長させていたモノ、ってんだよな……」
 静かに水面を眺めていたのが突如、立ち上がるやぽいぽいと服を脱ぎすて裸になる!
「わっ! あなた何のつもり! ち……痴女!?」
 セルファは仰天のあまりプールに落ちそうになった。
「ヒャッハ−! 痴女違う! 知的な女と書いて知女! ウオオオヒャッハ−! 俺は人間やめるぞ少々……!
「少々、って誰!? いや、どういう意味!? ちょっと、やめなさ……わっ!」
 止めようとするセルファを振り切って、リンダは赤裸のままざんぶと水に飛び込んだのである。
 なお真人は、ポンプ設備を熱心に調べていたため気がつかない様子だ。
「うひょーチカラ☆ チカラ☆ なんかチカラが満ちる気がするー! 潜ったら髪の毛アップかな!? ハゲに効くかもしんないぞっ♪」
 無論そんなハズはなく気のせいなのだが、痴女もとい知女としては調べずにはおれない。シンクロ選手のようにざばっ、と水面に上半身を浮上させポーズを決めたのち、一気にプールの底目指し、ぶくぶくぶくと潜っていった。
 色こそ付いているが透明度の高い水だ。なんだかヒリヒリするがそれで死ぬわけではない。リンダはプールの底まで潜ったところで、にわかには信じがたいが生物の姿を見た。
(「魚!? こんなところに魚とは意外……鮫だったり?」)
 残念ながら魚でも鮫でもない。
 水底の黒い穴から這い出てきたのは、水中でもはっきりとわかる緋色の髪、しなやかな四肢。
 誰あろう、その闖入者はクランジΞ(クシー)である。
 クシーは、ニヤリと笑った。