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なし

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ハート・オブ・グリーン

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ハート・オブ・グリーン

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EPILOGUE

 報告書概要の末尾には『犠牲者一名』と記されていた。
 名は『ファイス・G・クルーン』とある。

 階下にひざまずく李梅琳に、シャンバラ教導団団長金 鋭峰(じん・るいふぉん)は問う。
 戦場から戻るや夜を徹し報告書を仕上げたのだろう。梅琳の目は兎のように真っ赤だ。されど身だしなみを整え、微動だにせず平静を保っている。
「報告書を読めば済むであろうが……貴官に直接、訊いておきたいことがある」
「御意のままに」
「まず、クランジΥ(ユプシロン)については、身柄を教導団が保護するということで良いのだな?」
「はっ」
 その結論に達するまでは、教導団、イルミンスール、蒼空学園から百合園女学院まで、各校の間で政治的駆け引きがあったのは事実だ。とりわけイルミンスールは最後まで食い下がったものの、最終的には教導団の保護観察下に置くということに落ち着いている。ただしこれは仮の決定であり、塵殺寺院に関する事情聴取が済めば、いずれまた校長同士の協議にて処遇が決定されることになっていた。
「……本人の望むようにできれば、良いのじゃがな」
 貴賓席(と、本人が命名した階下の席)から、アーデルハイト・ワルプルギスが一言加えた。彼女の手にはほかほかできたての中華まんがあり、白い湯気を上げている。鋭峰は刺すような視線を向けて、
「そうも行くまい。ユプシロンは塵殺寺院の犯罪者だ。しかるべき裁きが下ることになろう」
 相変わらず鋭峰に睨まれようが、アーデルハイトは平気の平左だ。
「超法規措置とか司法取引とかナントカで、宥恕してやれんのか」
「努力する」
「本当か?」
「私も教導団の長だ。二言はない」
「うむ、言質は取ったぞ」
「……わかったから暫し、黙って食べていてくれないか」
「ほ、そうしよう。その前にタピオカミルクをおかわりじゃ」
 いつの間に覚えたのか、鋭峰のマネをして指を鳴らし、侍女を呼びつけているアーデルハイトである(このあたりのたくましさが、イヤになるほど子孫のエリザベートに似ている……と鋭峰は苦々しく思った)。
「森の復興についても聞こう」
「イルミンスール所属ランツェレット・ハンマーシュミット殿の案を採用しました。『緑の心臓』の施設を復興、異常植物に食い荒らされた森林のライフラインとして管理活用する計画です。いずれ、ランツェレット殿から報告書が届きます」
 他にも数回の問答を終え、鋭峰は満足げに頷いて述べた。
「最後に李少尉、今回の功による貴官の昇進について推薦が来ている」
「え……?」
 さすがにこれは予想していなかったようで、梅琳は驚いて顔を上げた。
「推薦人は連名だ。クレア・シュミット中尉、大岡永谷少尉、それから……」
「アーデルハイト・ワルプルギス上級特佐」
「そう、アーデルハイト・ワルプ……待て、そんな名はない! 口を挟むな」
 ふぉっふぉっふぉ、と含み笑いしつつも、アーデルハイトはフォローするように言う。
「いやしかし、現場におった私から見ても、李少尉はようやっておったと思うぞ。さすが金さんの見込んだ人材だけはある」
 またアーデルハイトは『金さん』などと鋭峰のことを呼んでいるわけだが、どうしても引け目を感じるアーデルハイトから「さすが」と褒められたのが鋭峰はよほど嬉しかったらしく、わずかに顔を上気させており、都合の悪いところは聞いてはいないのだった。
 彼は咳払いして続ける。
「考慮の結果、貴官を本日付で中尉に昇進させたい。階級章を用意させよう」
 しかし梅琳は、「お言葉ながら」と頭を下げた。
「その儀は辞退させていただきたく思います」
 鋭峰は眉を上げた。
「なにゆえの辞退か。貴官の教官にあたる沙鈴からも、長文の推薦状が来ているのだぞ」
「お気持ちありがたく思いますが、なにとぞ。犠牲者を出した以上、罰されこそすれ、どうして栄誉を授かることなどできましょう」
「このまま殊勲されては、『ファイス』の死を悼む者に顔向けできぬ、というわけか」
「私自身、面識はないものの彼女の死を悼んでおります」
「認識が甘いぞ。そも軍人とは……」
 そっと鋭峰はアーデルハイトに視線を流した。例によって茶々を入れてくれるのを期待したのだ。「本人がしたくないというのだから昇進させずとも良かろう」とでも言ってくれれば「仕方あるまい」と鋭鋒が譲歩する形になって丸く収まる。本心を言えば鋭峰とて、固辞する者に無理強いしたくはないのだ。ただ、梅琳の辞退をそのまま受け入れれば今後、たとえ作戦が成功してもミスがあれば殊勲を辞退せねばならぬ文化が生まれる可能性があり、そうなれば教導団の士気にもかかわりかねない。『小疵(しょうし)ヲモッテ大功ヲ没スベカラズ』は主君たる者の基本である。
 ところがアーデルハイト、一筋縄ではいかない。わざと聞いてない振りをして、杏仁豆腐をもそもそと食べている。鋭峰がどう捌くか、試しているのだろうか……鋭峰は諦めて言葉を切った。
「判った。あくまで作戦指揮の報償として、貴官の辞退を認めよう。本来、任官拒否は罪だ。覚えておけ」
「はっ!」
 これで終わりかと思いきや、鋭峰は身を起こし告げたのだ。
「少尉、次の指令を申しつける」
「はっ!」
 彼はほんの少し、表情を緩めて命を下した。
「ファイス・G・クルーンの追悼式を取りはからえ。会場と日程は任す……予算は好きに使っていい」
「ありがたき幸せに存じます!」
 それまでは休め、と言い渡し、鋭峰は梅琳の背を見送る。彼女が姿を消すと、どすっ、と背もたれに身を沈めた。
「粋なはからいじゃの」
 だしぬけにアーデルハイトが笑顔を見せた。
「……何の話だ」
 ふん、と鼻を鳴らして鋭峰は階下に降り、アーデルハイトの正面に座る。しかめっ面のままだが、少し彼女と話したい気分だった。
「私は疲れた。少し休憩する。そこの……それ」
「ゴマ団子か?」
「そうだ。一つもらおう」
「おぬし甘いものは苦手なのじゃろう? よしておけ、中身は白餡じゃ。ほれ、これにしたらどうじゃ」
 と、彼女が取り出したのは土産品、イルミンスール名物『魔法せんべい』(※草加せんべい)であった。
「これ、好きなんじゃろう? エリザベートに聞いたぞ」
「…………」
「どうかしたかの?」
「持ってきているなら、最初から出せ」
「すまん、忘れとった」
 くっくっく、とアーデルハイトはイタズラっぽく笑う。
 可愛くない女だ!――と、改めて鋭峰は思った。

担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 マスターの桂木京介です。
 お疲れ様でした。ご参加いただき、本当にありがとうございました。

 クランジの運命もシナリオの行方も、まったく決めずに作った物語ゆえ、自分にとっても意外な結果となりました。
 しかしこれがこのゲームの醍醐味です。今後どうなるかも楽しみにしたいと思います。

 それでは、また近いうち、新たな物語でお目にかかりましょう。
 桂木京介でした。