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リアクション
第10章 リング 環七東/22時頃
複数の“暴走族(チーム)“の待ち合わせ場所となっているスーパーマーケット駐車場に、鳴神 裁(なるかみ・さい)、彼女に着装している魔鎧ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)、アリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)、ゴールド・アイリス(ごーるど・あいりす)らが「空飛ぶ箒」に乗って進入した。彼女らは“蒼汁同盟“の刺繍がされた“特攻服“を着ている。
「うわぉ!」
裁は箒の柄に足を引っ掛けてぶら下がりながら、声を上げた。
「まー駐車場いっぱいに、よくもここまでワルそうなのが揃ったねぇ!?」
(あまりそういう感想を大声で言わない方がいいかと思いますが?)
ドールが裁に囁くが、鳴り響くクラクションや排気音でよく聞こえない。
「クイズだよ、“総長“」
アリスが裁に問いかけた。
「ワルいのは次のうちどれでしょう? 1.素行 2.頭 3.センス 答えをどうぞ」
「むしろその選択肢のどこに外れがあるのですか?」
ゴールドがわざとらしく肩を竦めた。
「……おい、そこの!」
地上から声がした。野太い声だが、紛れもなく女の子の声である。
見ると、裾の長い“特攻服“の前をはだけ、胸には晒しを巻いているレディースの一団がこちらの方を睨んでいる。
その内のひとりが声を張り上げた。
「ブンブンうるせえんだよ。降りて大人しくしてろ、蚊トンボ!」
「らっきー」
裁は密かに口笛を吹いた。
「どうやって話しかけようか迷ってたんだよね。ほら、ボクって“人見知り“が激しいからさぁ」
「“人見知り“をちゃんと辞書で調べてからその台詞をおっしゃって下さい」
ドールが密かにツッコむが、裁は全然聞いてない。
「降りて欲しかったら、“降ろして“みたらぁ?!」
箒にぶら下がりながらアカンベーをして見せる裁。
すると、声をかけてきたレディースが「ばちん」と指を鳴らし、直後、「空飛ぶ箒」は揚力を失った。
裁の体は頭から地面に叩きつけられる──と思いきや、体全体で衝撃を逃し、地面の上で数回転がってから何事もなく立ち上がる。
ニヤニヤと、小馬鹿にした笑いを浮かべてくるレディースに向けて、今度は裁が指を鳴らした。
「ばちん」
直後、先ほど指を鳴らしたレディースの足が掬われ、彼女はその場に尻餅をついた。
誰かが口笛を吹いた。
群がっている“暴走族(チーム)“達の気配が変わる。
気がつけば、裁とレディースの周りに空間ができており、取り囲む者達は期待に満ちた目でふたりを注目している。
──戦え。“闘(ヤ)れ“。
場に満ちる空気は、ふたりにそう叫んでいた。
「見かけないツラだね?」
レディースは言った。
「“高縁怨(ハイペリオン)“に“上等“切るたぁ、“度胸“だけは褒めてやる。“何処“のモンよ?」
「天御柱学院、“蒼汁同盟(アジュールユニオン)“。“環七“に“喧嘩“売りに来たよ!」
「高くつくぜ、“ロボ学“がぁ!」
レディースが裁に殴りかかる。伸びた腕を外に流し、懐に低姿勢で滑り込み、体を起こす。裁に背負われた形のレディースは、殴りかかった勢いのまま前につんのめって投げ出され、直後、背中から地面に叩きつけられた。
どよめきが洩れた。
痛みと屈辱、何より怒りに顔を歪めたレディースが立ち上がり、今度は慎重に身構えた。裁の方はその場でステップを踏みながら、前に出した左手の指を誘うように動かす。万国共通の「かかってこい」のサインだ。
間合いがさらに詰まる。接触。そして拳の応酬が始まり──
数分後、歓声が上がった。
地面に膝をついたのはレディースで、立っているのは裁だった。
すると、取り囲む“暴走族(チーム)“の中から、別なレディースが前に出てきた。
「“環七“に“喧嘩“売りに来た──そう言っていたねぇ?」
「そうだよ。ちょーっと高くつくけどねぇ」
「“返品“させてやるよ。あたしは“青汁“ってのが嫌いなんだよ」
「ウチの“総長“、ノリノリだねぇ」
始まった第2ラウンドを見ながら、アリスが溜息をついた。
「“総長“もそうですけど、ギャラリーの皆さんが存外にお行儀が良いですね?」
ゴールドは感心していた。
戦うふたりの周りで喚声を上げ、煽っているギャラリー達。口からは「殺せ」「ぶち抜け」などと物騒な台詞が飛び出してはいるものの、誰一人として割り込もうとはせず、スキルを用いてどちらかに加勢したり、邪魔したりという様子もない。
ワルというのは、妙な所で礼儀正しい──それは意外な発見だった。
もうひとつ、発見がある。
裁の顔のみならず、相手のレディースの顔も次第に紅潮し、笑いを浮かべている。
楽しんでいるのだ。無数の拳や蹴り、時には掴み合いや頭突きを交わし合うこの戦いを。
「ほぅ、根性なしの溜まり場ってのはここか!?」
喚声をかき消すほどの声が、駐車場の中に轟いた。
裁と、二人目のレディースが、手を止める。
ギャラリーの群れの中に動きがあった。
即席の“リング“の中に、周囲から険悪な視線を浴びながら、夢野 久(ゆめの・ひさし)が歩いてきた。その場にいる連中全員に対し、「はッ!」と鼻で笑って見せる。
「日本と違って“パラミタ(此処)“にゃちょっと行きゃ荒野があるってのに、んな安全な街中で粋がって何が“ワル“だコラ! 井の中蛙ってな、正にお前等の事だ!」
「……ンだとオラ?」
「根性無しにも程があるぜ! 違うってならタイマンしに出て来い! 俺ぁ逃げも隠れもしねえぞ!」
「ずいぶんと“上等“こいてんじゃねぇか、“おニイチャン“?」
スキンヘッドの暴走族が、久の襟を引っつかんで顔を寄せる。
「口のきき方を教わらなかったのか? “目上“の人には“敬語“を使うもんだぜェ?」
「そいつはすまねぇ……まずは“挨拶“から始めないと……なっ!」
久がスキンヘッドの鼻っ柱に頭突きを見舞った。顔面から血の花を咲かせながら、スキンヘッドが仰向けに倒れる。
「これから俺が“パラ実流“を教えてやるぜ! 授業料は“血“と“命“、大量出血大サービスだ!」
「“上等“だ、このヤロウ!」
「野郎ども、“コイツ“を“環七“から生かして帰すんじゃねぇっ!」
獣じみた喚声とともに、周囲のワルが束になって久に襲い掛かった。
「こら! ひとり相手によってたかってなんて……」
「やめときな、“青汁“」
久に群がる者たちに飛び掛ろうとした裁は、今まで戦っていた相手から止められた。肩を掴む手を振り払おうとするが、執拗に掴まえて来る。
「放せっ! ボクは弱いものイジメは大嫌いなんだ!」
「よく見ろ。どっちが弱い者だって?」
言われて裁が見直すと、群れの中心から次々と何かが宙に吹き飛ばされていく。それらは久へ挑んだワルどもの姿だった。
ピィ、という口笛が聞こえた。すると、駐車場の周囲が騒がしくなり、どこから集まってきたのか大量のカラスが群れをなし、ワルの群れへと殺到。
あちこちで上がる悲鳴の中に、うめき声や打撃音が混ざる。あるいは肉体が地に伏す音。
「……これが“環七“の“ワル“の力か? “大荒野(こっち)“じゃマッサージにもなりゃあしないぜ!」
周囲から怯えの混じった視線を浴びながら、久は口元を歪める。あちこちにアザができ、頭からも血が流れているというのに、その威勢は衰える様子がない。
「ありゃあ筋金いりの“パラ実“だ。“青汁“なんかじゃ到底手に負えないさ」
「“青汁“じゃない、“蒼汁(アジュール)“だ! そんなのやってみなくちゃわかんないでしょ!?」
「分かるさ、“青汁“。お前の“戦い(ヤリカタ)“は“綺麗“すぎる」
──!?
「そして、あの“パラ実“は戦う為なら何でもやる。今だって『適者生存』でビビらせて『野生の蹂躙』で援軍呼んで、相手の隙を無理やり作って片っ端から血祭りだ。
力も技も、踏んだ場数も桁違い。“青汁“じゃ相手にならないよ」
「なら、あんたには相手になるっての!? ボクと互角の腕の癖してさ!?」
「あたしゃあ“闘(や)“らなきゃいけないのさ。これでも“環七“の“看板“しょってるつもりだからね。だが“青汁“、あんたは違う」
突き飛ばされた。
泳いだ裁の体が、アリスとゴールドに受け止められた。
「この騒ぎだ。もうじき“警察(マッポ)“が来て、ここでウダウダしてるヤツらを全員“パク“っちまうだろう。
いらねぇ“前科(マエ)“なんざ無理してつける必要はない! お前はお前の居場所に帰れ!」
レディースは、仲間から差し出された木刀を受け取り、裁達に背を向ける。
「あんたはここにいちゃあいけないんだ! あばよ、“青汁“!」
レディースは奇声を上げて久に挑んでいった。
──言われた意味がよく分からず、立ち尽くす裁。
(急いで離れましょう)
(うん)
アリスとゴールドは、裁を無理やり「空飛ぶ箒」に乗せ、駐車場を離れた。
「……“祭り“の会場はここか?」
トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が、「空協ストア 環七東店」駐車場の前で、乗っているバイクを止めた。
「空京の夜は怖いなぁ……また“正当防衛“をやんなきゃならないのか?」
体のあちこちにキズや火傷の跡がある。彼もまた今夜の“環七一周“を目指してバイクで乗り付けてきたが、アベックのタンデム乗りはこの辺りの“ワル“の気を引いたらしい、ついさっきに身の危険を感じて“正当防衛“を図った所だ。
「因縁ふっかけてきた相手のバイク最初に壊して“退路(ニゲミチ)“封じるのは、“正当防衛“っては言わないんじゃない?」
タンデムで後ろに乗っていた王城 綾瀬(おうじょう・あやせ)は肩を竦めた。
「ひでぇなぁ。俺は“威嚇“しただけだぜ? 最初に派手な事やりゃあ引っ込んでくれるんじゃないか、ってな?」
「そうねぇ。バイク壊されると“暴走族“は逆上するなんて、あたしも思いつきもしなかったわ。あそこから逃げ出すには、全員“血祭り“にするしかなかったわねぇ?
……で、あの“お祭り“はどうすんの?」
「誤解するなよ? 俺はただ、“安全“に走りたいだけなんだぜ?」
「それで?」
「思うんだよなぁ……あそこで暴れているヤツらって、この後は頭に血上らせたまま、今夜の“環七“に繰り出して、色々悪さをするんだよ。俺達はきっと巻き込まれてひどい目に遭うんだ。怖い話だと思わないか?」
「とっても怖いわねぇ、体がゾクゾクしてきちゃうわ」
「だから、そういうヤツらはいっぺんちゃんと“躾(シメ)“なきゃいけないと思うんだ。そいつが世の為人の為、何より“あいつら“自身の為だしな。綾瀬はどう思う?」
「“在リ“じゃない? むしろ“必要(must)“って感じ?」
ふたりは共犯者の笑みを交わすと、直後、アクセルを吹かして駐車場の中に突撃した。
「“鮮血隊“副隊長・トライブ・ロックスター様だ! 今夜は“環七特別出張“よォ! てめぇらは運がいいなコノヤロウ!」
「空警少年課環七対策本部より各員へ。
“環七“東部にて暴走グループ同士による衝突発生。
近隣の警察および警察協力者は、現場に急行せよ。現場は『空協ストア環七東店』駐車場。かなりハイレベルな『契約者』が関わってるらしい、注意せよ」
「やめなさーいっ!
近隣住民の迷惑なので、街中でケンカせずシャンバラ大荒野など人に迷惑かけない場所で……うわっ!」
騒ぎを聞きつけ駆けつけたクロス・クロノス(くろす・くろのす)だが、現場は混乱の坩堝と化し、中に飛び込む事が出来なかった。
暴走族達は完全に頭に血が上っている。逆上してこちらに襲いかかってきたやつらも数人ほど出ていた。得物の「ワルプルギスの書」で張り倒してやったが、そんな事をしていては状況の鎮静化など夢のまた夢だ。
中でもひどいのは、パラ実生風の男と、ふたりの蒼学生だ。後者に至ってはフルスロットルのバイクを走らせて群れに突撃させ、フルスイングでバットを振り回すわ、念動系スキルで見境無く人を放り投げるわ、やりたい放題――
その時、駐車場の街灯の上から、
「そこまで!これ以上暴れるならお仕置きしちゃうよ!」
と、声がした。
駐車場にいた者全員は、ケンカの手を止めてそちらを見上げる。既に“ワル“の群れの中心にいた綾瀬やトライブも、血に塗れた得物のバットやセスタスをつけた拳を下ろす。
秋月 葵(あきづき・あおい)がそこにいた。
「華麗に参上! 突撃魔法少女リリカルあおい〜(キラッ)」
街灯の柱の上で、ウインクをする葵。凄まじく場違いな口調ではあったが、その台詞は凄まじいプレッシャーとなって、その場にいた者の心胆を寒からしめる。「ジャスティシア」のスキルのひとつ、「警告」だ。
居並ぶ“ワル“らは、彼女の姿を見上げたまま動かない――いや、動けなかった。
(くそったれ……!)
(“キラッ“、じゃねぇよバカヤロウ!)
(完全にナメられてるってのに身動きひとつできやしねぇ……!)
(なさけねぇ! あんな“小学生“みたいなのにビビらされるなんてよぉ……!)
歯噛みと無念とが彼らの体を震わせる。が、悪態のひとつも吐けはしなかった
「ちゃんと言う事聞いてくれたねぇ、よしよし、みんないい子!
……クロノスさん、すみませーん!」
葵はクロス・クロノスに向けて手を振った。
「!? は、はいっ」
「けーさつ屋さんに連絡して、パトカーとかトラックとか、人いっぱい運べるように手配お願いしますー!」
「……“ロイヤルガード“までが出て来ていたとは、相手が悪かったな」
トライブは、辛うじて囁くような声を洩らすと、自嘲した。
「俺達はまとめて、“不運(ハードラック)“と“踊(ダンス)“っちまったようだぜ……」
ほどなくして、彼方からサイレンが聞こえてきた。
蒼空学園生、トライブ・ロックスター及び王城綾瀬は、この件で一週間の停学処分を受けた。
もっとも、停学期間は冬休みに重なって、あまりペナルティにはならなかったが。
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