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第13章



 微かに呻いてから、紫月唯斗は眼を覚ました。
「……あぁ、俺は生きているのか?」
「死んでもおぬしのバカは治るまいな。素のままの『緋双』に体当たりをかけるとは考えなしにもほどがある」
 エクス・シュペルティアの小言を無視し、紫月唯斗は頭を振った。
「その『緋双』だが……破られちまったなぁ?」
「人の編み出した技ならば、人によって破られるのも道理であろうよ……あんな単純な方法で、とは思わなかったがのぅ」

 大久保泰輔は、「このタイミングで」と、左の拳に向けて右の掌を軽く打ちつけた。
「このタイミングで、『氷術』をボールにかける――たったそれだけで、ノーコンになるもんなんやなあ?」
「『氷術』のかわりに『火術』でもいい」
 讃岐院顕仁が付け加えた。
「とにかく技が発動して蹴り脚がボールを蹴ると同時に、外部から『熱』なり『冷気』なりを加えて、均衡を崩せればそれで良いのだ」

「『緋双』は『ツイントルネード』の上位互換。豪快な技に見えて、実は極めて繊細な技であるという面も共通しています」
 エッツェル・アザトースが何かを見透かしたような笑いを浮かべる
 すると、プラチナム・アイゼンシルトが、はっ、と顔を上げた。
「繊細、すなわち『脆い』という事ですね」
「その通り」
 エッツェルは頷いた。
 会話を横で聞いている刹姫・ナイトリバーは密かに昂奮して話に聞き入り、マザー・グースはふたりの台詞を必死にメモしていた。

「青の28番と26番がコンビで使う技『ツイントルネード』は、熱の魔力と冷気の魔力っていう反発する魔力をむりやり組み合わせる技。これは分かるな?」
 不束奏戯が幾ばくかの不安を感じながらする説明に、オルフェリア・クインレイナーは「はい」と頷いた。
「反発しあうもの同士が一箇所に押し込まれれば、互いに打ち消し合って、その時に大きなエネルギーを発揮する。これを威力やスピードにしてボールを飛ばしているのが『ツイントルネード』であり、『緋双』なわけだ」
「はい」
「が、この制御が実はとても難しい。しかも、最初に魔力叩き込んだ段階で、飛んでいくコースも思い通りにするとなれば物凄い練習が必要だ。練習の末に体得したバランス――熱の魔力をどれくらい注ぎ込んで、冷気の魔力をどれくらい注ぎ込むか、っていうのも相当微妙かつ精密なものだろう」
「……はい」
「ちょっとバランスを崩せば、打ち消し合いが変な風に進んじまう。打ち消し合いが変な風に進んじまえば、威力もスピードも、変な形でボールに働いて、まっすぐなんて飛ばなくなる」
「…………はい」
「幸いな事に、サッカーの試合じゃボールは狙った所にとどいてナンボ、ってなものだから、『ツイントルネード』も『緋双』も撃たれる方は、コントロールさえ狂わせてしまえば十二分に事足りる」
「………………はい」
「だから、話はこうなる。
 ボールを蹴る。蹴る時に、ボールに熱と冷気の魔力を微妙精妙絶妙なバランスで込める。このタイミングほんのちょっとだけ、熱なり冷気なりが加える。
 すると、威力だけはあるけれど、蹴った本人にもどこに飛んでいくか分からないノーコン危険球が生まれるってわけさ。
 分かったかい?」
「はい、大体は」
「おお、そうか」
「ただ……」
「ただ、何だ?」
「ただ、何がどうなってるのか良く分からないので、最初から詳しく教えてくれませんか?」

(俺が対応策を思いつけたのは、ヒントをくれた人がいたからだ)
 セルマは、横目で高峰結和を見た。
(あの人が「バランス」の事を言ってくれたおかげで、その後の対策が閃いた。シュートと同時の熱もしくは冷気の付加──「火術」か「氷術」を使えて、なおかつ空を飛ばれても追いつけるような仲間の選定──。俺一人じゃ、あの大砲は殺せなかった)

(対応策はいずれバレるとは思っていたけどね、ちょっと早過ぎるなぁ)
 如月正悟はひっそりと溜息をついた。
(理想的な展開は、青が『緋双』の威力にビビって3点ぐらい取られて、その後で弱点に気付くけど、それが『ツイントルネード』を封印する事だ、ってのに気付いて凹む、ってのだったんだけど)
 走り回りながら、如月正悟は秋月葵とイングリットの顔を見た。
(こいつら、分かってるのかな?)
 敵の大砲と一緒に、自分達の必殺技も丸裸にされたってのに、全然堪えている気配がない。
(……分かってないな、こりゃ)

 青は勢いを取り戻した。黒は最強の主砲を封じられたものの、堅固な守備と確かな攻撃ラインの布陣は揺らぐ事がなかった。
 武神牙竜と風羽斐の笛が鳴った。
 後半は双方無得点のまま終了した。