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リアクション
第9章
ハーフタイム。
観客席のあちこちに据えられているスピーカーから、軽快なロックのBGMが流れ出した。
フィールド中央。センターサークルには朝霧 垂(あさぎり・しづり)が「ティーカップパンダ」の着ぐるみを着て、頭上には「わたげうさぎ」、後ろには「ティーカップパンダ」を従えてダンスを披露している。
もこもこ、ちんちくりんな格好のくせに動きがキビキビしてカッコいいのが不思議である。観客席のあちこちからリズムに合わせた手拍子や歓声が上がって上々の反応ではあるが、医療用テントの前からは何故か怒号が上がっている。
(……あいつらはこっちの事見向きもしてないんだろーなー)
いや、全員が注目を集め切れなかったことよりも、今は注目してくれているお客さんの事を重視しよう。
直立不動、正面割り若干右斜めに体を向け、足首だけを曲げて、まっすぐ伸ばした体を前に45度倒す。ゼログラビティ──と見せかけて、全員同時ににうつぶせに地面に倒れ込み、すかさず仰向けになって足を上げて立ち上がるとキレよく手足を動かして、観客のテンションを維持する。
(ハーフタイムの主役は俺だ)
青チームベンチには、少し深刻な空気が流れていた。。
「右肩脱臼。ダメージはともかく、ちゃんと治さなきゃクセになるってんで四方天唯乃先生が絶対安静を厳命してるわ」
タニア・レッドウィングが赤羽美央の現状を青チームの面々に説明した。
「後半の出場は絶望的ね。代わりのキーパーを探さないと」
「よく彼女が言うこと聞いてますね」
クレア・シルフィアミッドが首を傾げた。
「あの人、本当は物凄いアグレッシブな人でしょう? 片腕でも試合に出そうな感じですけれど」
「相手が唯乃だったからねぇ」
タニアは肩を竦めた。
「『私はもう大丈夫』『後半にも出る』『麻酔を打てば問題ない』とかさんざん暴れてたんだけど、おでこにチューされたら顔真っ赤にして卒倒したわ」
「……あー、それでですか」
クレア・ワイズマンは医療班テントの方を見た。
さっきからあの辺りの客席が突然騒がしくなった。警備人員もそちらに集中し、客席守護のメンバーの空京稲荷狐樹廊と紫月睡蓮らも、今度ばかりはフィールドから客席の方を睨んでいる。いよいよ、となったら「ヒプノシス」で暴徒を全員眠らせるためである。
先ほどに豪快な一喝を見せた『サイレントスノー』も、今はそちらに張り付いている。さっきと同様に何度か「警告」をしているようだが、一度怒られて免疫でもついたのか、それとも観客の興奮の方向性が微妙に違うのか、効き目が落ちているようである。
「世間話はそれくらいにしようぜ」
葛葉翔がそう言って、ぱん、と手を鳴らした。
「状況を整理しようか。
現在試合は1対1。
われらが鉄壁・赤羽美央は後半欠場。前線で空飛んでいた緋桜遙遠も脚やっちまっておそらく欠場。
正直あまり有利とは言い難い」
「ついでに言えば、黒チーム11番・ダリル選手の『行動予測』による攻撃ラインの維持と、20番・緋柱陽子選手の『緋双』の威力」
セルマ・アリスが付け加えた。
「こちらとしては、喉元にバズーカ砲を突きつけられているようなものです。今度空から撃たれたら、おそらくその時点で失点は確定です」
「……舐められたものだな。赤羽じゃなければ信用できん、とでも?」
ルータリアが睨みつけてくるのを、セルマは首を横に振った。
「誰なら止められる、という話じゃありません。威力が段違いなんですよ、おそらく、こちらの『ツイントルネード』なんか比べ物にならない……」
「あーそー。『ツイントルネード』なんか使ってて悪かったニャー」
「どーせ前半も『ツイントルネード』なんかキーパーに止められてるよー」
イングリットと秋月葵が険悪な表情を浮かべた。
「仲間割れをしてる場合か!」
葛葉翔がそう言って、今度は、どん、と脚を踏み鳴らした。「金剛力」を使ったそれは、地面を揺らした。
「セルマ・アリス、と言ったな? 焦る気持ちは分かるが、仲間を悪く言うのは止めろ。お前も含めて、力を出し惜しみしてるヤツなんざ誰もいない」
「……すみません」
セルマはうつむいた。
「……どうしても、対策が思いつかなくて……」
「それならやれることをやりましょう。とりあえず、その緋柱という選手にボールを繋げさせなければいいのでしょう?」
そう提案したのはウィングだ。
「数人がかりでもいいので、マークをつけましょう。あの威力は確かに危険だ……他を手薄にしても、絶対止めなくちゃいけません」
「マークにはあたしがつくよ」
秋月葵が手を上げた。
「次から、相手はその緋柱さんを空に上げて、必殺シュート撃ってくるだろうから。なら、自由に空飛べるあたしが適任よね?」
「……いや、秋月さんは攻撃の要です」
と、誰かが手を上げた。それは、この場にいるメンバーにとって意外な人物だった。
「黒の主砲のマークには、私がつきましょう」
「……遙遠!?」
紫桜遙遠は驚き、パートナーの姿を見た。右足は包帯とサポーターが巻かれて、真っ白になっている。
「あなた、右足は?」
「もちろん負傷中ですよ。ですが、この遙遠は足がなくとも移動はできます」
緋桜遙遠は、「地獄の天使」で翼を広げると、「奈落の鉄鎖」を併用して空中を自在に動いて見せた。
「……まあ、走ったりドリブルとかはできませんので本当に『飛ぶ』だけしか能がありませんが、誰かをマークする程度ならどうとでもなりそうです」
「地上でのマークは私達がやりましょう」
安芸宮和輝と安芸宮稔が手を上げた。
「その代わり、それ以外のディフェンスはがっちり固めてくださいね、葛葉部長」
「任せておけ……で、キーパーはどうする?」
「赤羽さんの代わりのキーパーは私がやる」
レロシャンが手を上げた。
「もともと部活じゃ私キーパーだったから」
「私もDFよりのMFに下りるよ。ボール持ったら、黒の攻撃ラインなんて突破してやるんだから」
芦原郁乃も、そう言って手を上げた。
「……どうでもいいが、右足複雑骨折が出場で、右肩脱臼が欠場の基準はなんだ?」
「医療方面仕切ってるのは唯乃ちゃんだからねえ。愛の違いでしょ?」
「つまり、この遥遠めは愛されてないんですよ」
「愛の差か……なら仕方ないな」
黒チームのベンチでは、緋柱陽子が文句を言っていた。ストレス解消の為、魯粛子敬が準備したおにぎりをひとりでムシャムシャと食べている
「こっちはルールに則ってプレーしているだけです。難癖つけられてはたまりません」
「まあ抑えて抑えて。点数は取れてるんだし」
ヴァーナーが宥めにかかるが、彼女の機嫌は直らない。
「大体、『契約者』がやるスポーツだというのに、この『蒼空サッカー』とやらは中途半端です。禁止スキルや禁止アイテムが中途半端に設定されて、しかも試合中にルールが変わるなんて……運営は事前にきちんとルールを固めておくべきです! パラ実だったらオールフリーで難しいことなんて何もないでしょうに」
「生憎運営は蒼学の生徒達でさぁ。パラ実さんみたいには、なかなか思い切れないんですよねぇ」
クド・ストレイフが肩を竦める。
(「蒼空サッカー」は、ルール整備がまだ不完全だ)
くだを巻く緋柱陽子の台詞を聞きながら、如月正悟は内心で呟いた。
不完全なルールの穴をつき、グレーゾーンの中にどこまで踏み込めるか、というのもこの試合の肝ではあるのだが──
(1点のビハインド追いついたのと赤羽美央の欠場、引き換えに「ヒプノシス」の使用禁止とうちの主砲へのイエローカード……さて、この1点は支払った代価に見合うものかねぇ?)
如月正悟は腕組みし、唸った。答えは出ない。
(「ヒプノシス」の使用禁止は予想できたけれど……そうなる前に、もう1点は欲しかったな)
「なぁに、大した問題じゃねぇさ、緋柱ァ!」
マイト・オーバーウェルムは大笑いした。
「ムカつくんなら、お前の必殺技でバカスカ点を稼げばいい! 『ヒプ禁』も『イエカ』も俺たちにとっちゃ“小さな”問題よ! ヒャッハー!」
「……いや、そうとばかりも言い切れないぞ」
声がした。見ると、黒のゼッケンをつけたマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)がベンチの中に入ってくるところだった。
「何だ何だ、おせぇぞ、イルミンスールのマイト! 寝坊でもしたか!?」
「すまん。色々あってな……つーかお前もイルミンスール生だろうが?」
「俺の心はパラ実よ! 俺はパラミンスールのマイト様だぜ! ヒャッハー!」
(その根拠のないテンションはどうやりゃ持続させられるんだ?)
「イルミンスールのマイト」は「パラミンスールのマイト」に向かってそうツッコミたくなったが、まともな答えが返って来る未来が考えられないのでやめた。
「……ケガはもういいのか?」
小声で訊ねてくる近藤勇に対して「問題ない」と「イルミンスールのマイト」は答えた。
「試合の流れについてはここに来る途中、携帯電話で実況放送を聴いて大体把握した。
後半は、緋柱陽子抜きの戦術を考えた方がいい」
「……遅れてノコノコ顔出して、最初にきいた口がそれ?」
険悪な笑いを浮かべながら、霧雨透乃がマイトの襟首を吊るし上げにかかった。
「それとも何かな? ゴール決めても点にならないストライカーは出番がない、とでも言いたいの? 口のきき方に気をつけたら?! 確かこの試合って、禁じられてる戦闘行為は『相手チームへの』だったよねえ!?」
「……緋柱陽子を恐れるからこそ、次から相手はなりふり構わないでマークに来る!
相手にはサッカー部員が揃っていて、この試合は一応サッカーの試合だ! 緋柱、あんたはマークつけられたら振り切れるか!? 確か『バーストダッシュ』や『軽身功』の類は持っていなかったよな!?」
「心配無用です。生半可なマークなら、『銃舞』で切り抜けてみせましょう」
「ヤツらのは生半可なマークじゃない……憑かれたら、そう簡単には振り切れないぞ」
「……透乃ちゃん。放してあげて」
「……ずいぶん優しいんだね。見直しちゃった」
霧雨透乃が手を放すと、マイトの喉と肺とは酸素を求めて咳き込んだ。
「それで、私抜きの戦術は、どうすればいいと?」
「……あんたはとにかく、青のディフェンダーをひきつける。ボールがうちの攻撃部隊に入る度に、暇さえあればゴール前をウロチョロしたり飛んだりして、青の守備陣を引っかきまわしてくれ」
「ふん……つまり、敵をおびき寄せるエサになれ、と?」
「そうだ。あんたにしかできなくて、そして、あんたがやるのが一番効果的だ。何せゴール前に立っているだけで、青のディフェンスはビビりまくるんだからな」
「……いいでしょう」
ふっ、と緋柱陽子は微笑んだ。
「並み居る青の、紳士淑女の注目の的となりましょう。それもそれで面白そうです」
「でも、もしマークが離れてボールがつながったら、遠慮なく必殺技を決めてくれ。相手は『契約者』──それも、おそろしく手ごわい相手だ。殺したって死にはしないさ」
そう言うと、マイトは緋柱から他の黒チームの面々に眼を向けた。
「で、トマスや遠野、飛鳥達が空から地上からバカスカシュートを叩き込んで、とにかく青のキーパーにプレッシャーをかける。今回の試合は『黒檀の砂時計』みたいなキーパー優位の切り札はない。メンタルな方向をずっと衝いていけば、いつか必ずやつらの心が折れる!」
「そういうことなら……」
鬼崎朔が手を上げた。
「私も前線に上った方が良さそうだな」
「……いや、鬼崎は守備に入ってくれ」
「何?」
「搦め手を使って、青の攻撃を引っ掻き回す人員は必要だ。可能なら風森とツーマンセルで行動して、『光学迷彩』や『しびれ粉』を使って青のFWの出鼻をくじきまくる。ヤツらは正道にこだわるだろうから、搦め手には弱いと思う。
……ただ、これ以上禁止スキルを増やされたくないんで、『しびれ粉』の使用に注意してくれ。空中の相手に使うのは避けた方がいい」
(ふむ……?)
立て板に水、という調子で策を並べるマイトを見て、ダリルは口元を歪めた。
こいつ、ここに駆けつけてくるまでの間、戦術戦略を練りに練ってきたらしい。口に出してくる戦術や戦略も、大筋において自分が考えていたものと同じだ。
気性が荒そうで正直指示を出しかねていた緋柱陽子を納得させるとは大したものだ。
(……こいつは、なかなか強力な助っ人かも知れないな)
「……で、ダリル」
「? 何だ?」
マイトに突然呼ばれて、ダリルは少し戸惑った。
「……その、これは何の根拠もないんだが……あんたの『行動予測』、これもどこかで封じられることを考えておいた方がいいかも知れない」
「興味深いな。どうやって封じるんだ?」
「分からん」
問われたマイトは首を横に振る。
「……だが、ヤツらは本当にしぶといんだ。気をつけてくれ、やられっ放しで終わるようなタマじゃない」
(同感だよ、マイト)
如月正悟もそう思う。前回の試合で練りに練った「最終戦術」を最後の最後で文字通り潰された身としては、彼の台詞に痛感せざるを得ない。
(青がサッカーの正道を歩むのなら、こっちはそれを凌駕する邪道で飲み込んでやるだけさ)
「ちょっと席外すよ。すぐ戻る」
そう言うと、如月正悟は黒チームのベンチから出て、実行委員会の詰めているテントに向かった。
今回の最終戦術は、フィールドの外で仕掛けなければならなかった。
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