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第二章:キマクの穴
 皮肉なことに、王の悩みと反比例する如く、いつもとは様相が異なる真剣勝負の連続に闘技場は盛り上がり、さらに佳境を迎えていった。
 闘技場では、1対1の試合ながら、両者のセコンドまで巻き込んだ闘いが繰り広げられていた。
 正統派でネクロマンサーの月谷 要(つきたに・かなめ)、ヴァルキリーでローグの月谷 柚子姫(つきたに・ゆずき)と、キマクの穴サイドのグラップラー、ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)、ドラゴニュートでセイヴァーシードのホー・アー(ほー・あー)の闘いである。
 試合開始と共に、要とゲブーは至近距離での派手な殴り合い……いや、どつき合いを展開していた。
「おい、パンツ!」
「妙な短縮をするな! シュバルツパンツァーだと言ってるだろうがぁ!!」
 ゲブーのピンク色のモヒカンと殴り合いを続けながら、パワードスーツと鉄甲に身を包んだ要が即座に否定する。
「てめえ、固いんだよ!」
「五月蝿い! 先ほどから疲れたらセコンドにヒールをかけて貰ってる癖に! ずるいぞ!」
「がはは、ならてめえもこっち側になれば良かったんだ!」
「何を言う!? 善行を行った王大鋸のピンチならばこのシュバルツパンツァー、助太刀するしか無いだろう!」
 パッと両者が間をあけ、インターバルを取る。
 肩で息をする要の前で、リング下に転がったゲブーがホーからヒールをかけてもらっている。
「おい、レフリー! アレは反則だろう!?」
 要がゲブーを指差すも、レフリーは素知らぬ顔で口笛を吹いている。
「(クッ……買収されているのだな)」
 勿論、要も【リジェネレーション】により体力の回復は常に行っているものの、試合が長引くとさすがに不利である。
 ゲブーはホーにヒールをかけてもらいながら小声で本音を吐露する。
「おい、あの野郎、異常に固いぞ?」
「闘技場はすごい力の持ち主たちばかりだからな。そろそろ降参した方がよかろう?」
「誰が! ……こうなったら、俺様の反則技をお見舞いしてやるぜ!」
 鼻息荒く語るゲブーにホーが、やれやれといった顔を見せる。
「(ゲブーもしかたがないのである。だが、闘技場で鍛えられたりもするかもしれぬからな)」
 ホーは、王とやらの裏切りは良くないのであるからやむをなしか、と思い、「名を上げて組織でのランクを上げるぜ! がはは!」とキマクの穴からの勧誘を受けて有頂天になっていたゲブーに対し特にこれといった注意をしなかった自分の判断の是非を少々考え始めていた。
「(良いように使われて捨てられるという可能性もあろうに……)」
 だが、ホーのそんな親心を知らずか、ゲブーのテンションは上がりっぱなしであった。
「組織に言われたぜ、裏切モヒカンの王をどんな手を使っても倒せば、俺様がキング・オブ・モヒカンだってな! がはははは!」
「(おかしいな? もうパンチドランカーになってしまったのか?)」
 ホーは首を捻りつつ、ゲブーの手当を終えるのであった。
 全くの余談であるが、ホーはゲブーの入場の際、観客席から投げられたモノ等から彼を守るために、甲斐甲斐しく盾になり、その後もゲブーの態度に怒る観客に種モミを渡してとりなすという内助の功を行っていたのである。
 ふとホーが対面のリングサイドを見ると、要のセコンドについた普段は殆ど喋らない半引きこもりのパートナーの柚子姫も、珍しく声を荒らげている。
「あなた、何見てるのよ!! きちっとレフリングしなさいよね!!」
 そう言う柚子姫は首にかけられた白いタオルを振り回しながら抗議している。
 妙にノリノリなパートナーを要が見つめていると、ゲブーが再びリングに戻ってくる。
「がはは、待たせたな! さぁ、やろうぜ?」
「当然だ! 今度こそ片をつけてやろう!」
 機晶パワーで動く義腕の両腕に力をこめる要。
「シュバルツパンツァー、気をつけるのよ! 何か狙ってるわ!」
「む!?」
 ゲブーが懐から取り出した煙幕ファンデーションを投げつける。
「がはは! てめえにこれがかわせるかな?」
 周囲におびただしい量の煙幕がかかり、リング内の視界が完全に失われてしまう。
「どこだ!?」
 姿の見えぬゲブーの声がリングに響く。
「行くぜ! 俺様の必殺技、『喪・悲・漢・分・身』!!」
 その声と同時に、要の傍からピンク色のモヒカンが現れる。
「そこか!!」
 素早く突き出された要の拳がヒットする。
 倒れていくのは、全身を黒いローブで纏い、頭部からピンク色のモヒカンだけを出した男。
「!? ……違う!?」
 驚く要のさらに背後から同じ姿のローブが現れ、要の胴体に一撃を叩き込む。
「う……ぐッ!?」
 振り返りざま、その対応をしようとした要に、上空から重い衝撃が来る。
「うわぁぁーっ!!」
 蹴り倒され、リングに倒れこむ要。
「「「「がはは!」」」」
 幾重にもエコーのかかったゲブーの声が響き、やがて煙幕が晴れる。
「そんな!?」
 セコンドの柚子姫が口を両手で押さえ、絶句する。
 リング上には、仁王立ちするゲブーとその両端に2名ずつ、合わせて4名の同じローブ姿のピンクモヒカン男が立っていた。
「卑怯よ!」
「がはは! 何が卑怯だ! これが俺様のあみ出した必殺技、『喪・悲・漢・分・身』だぜ!!」
 身を起こす要がレフリーを見ると、やはりレフリーは素知らぬ顔で円周率等を数え始めていた。
「成程、これがキマクの穴というやつか……」
「これで終わりだ! パンツ!!」
「短縮するなぁぁ!!」
ゲブーの号令とともに、リング上で要を取り囲む4名のローブ男。
「でやぁぁぁーっ!」
「たあああぁぁッ!」
「とうッ!!」
「せいやぁぁああっ!」
「がはは!」
 思い思いの台詞を残して一斉に要に襲いかかる。
 要も応戦するが、数の上で圧倒され、一人を蹴散らせば、その背後或いは側面や上空から拳と蹴りが倍返しでお見舞いされる。
 これには屈強な防御力を誇る要ですら、持つはずがなかった。殴る蹴るの攻撃を受け、ついにリング上で大の字になってしまう。
「はぁ、はぁ……」
 倒れた要の傍に駆け寄ったリング下の柚子姫が、リングをバンバンと激しく叩いて叫ぶ。
「立て! 立つんだぁぁ……シュバルツパンツァー!!」
「(それ、言ってみたいだけだろう? 柚子姫さん……。だが、俺の腹も減ってしまった……ここまでか)」
 先ほどの攻撃もさる事ながら、空腹という強敵が要の前に出現していたのだ。
 ゲブーの卑怯な攻撃に怒った観客からは、ホーがいくつかはキャッチしていたが、それでもリングに飲み物やお菓子の残骸が投げ込まれる。
 ふと、倒れた要が見ると、リング上に誰かが投げた美味そうな団子が落ちてある。
 薄れ行く意識の中で、空腹の要がその団子に手を伸ばそうとした時、ゲブーがその団子を目の前で踏み潰す。
「!!!!!!!!」
 カッと目を見開く要。
 プツンと何かが切れた音を聞いたような気がして、柚子姫が投げ入れようとしていた白いタオルを止める。
「な、なんだぁ!?」
 ドス黒いオーラと共にユラリと立ち上がる要、いや、シュバルツパンツァー。
「食べ物を粗末にするだと……許さん!!」
 食べ物が絡むと暴走する要のオーラが【封印解凍】によるものだと、ゲブーは気付く。
「てめえら! やっちまえ!! ……アレ?」
「兄貴ぃ……動けないッス」
「右に同じく……」
 ゲブーの傍のローブ男達は、要の【アボミネーション】と【威圧】による恐るべき気配のため、すっかりすくみあがっていた。
「シュバルツパンツァー! 明日のためにだ、思い出せ!!」
「おう! 柚子姫さん……いくぞ、則天去私!!」
 要に、何とか動けるようになったローブ男達が襲いかかる。
「スープ、打つべし!」
「前菜、打つべし!」
「メインディッシュ、打つべし!」
「デザート、打つべし!」
 1、2、3、4と一人ずつ、闘技場の照明まで届きそうな勢いの要のアッパーで打ち上げられていく。
 リングに残ったゲブーに振り返る要。
「どうした? 必殺技はもうタネ切れか?」
「が……は……は……」
 引きつったままの笑みを浮かべつつ、ゲブーが後退するが、見逃す要ではない。
「おかわり! 打つべし!!」
 即座に接近し、とどめの則天去私を叩き込む。
「げぶぅぅぅーっ!!」
 勢い良く観客席まで、吹き飛ばされていくゲブー。
 暫し後、派手な着弾音がする。
「やったわ、シュバルツパンツァー!!」
リング下から登ってくる柚子姫が要に飛びつく。
「柚子姫さん、俺思い出したんだ。王大鋸を助けるついでに、稼いだファイトマネーで海京でご飯を食べるって初心を……」
「シュバルツパンツァー……」
 思わず白いタオルで潤んだ黒い瞳を拭う柚子姫。
 観客の拍手が勝ち名乗りを受ける要を包みこむ中、ゲブーのセコンドのホーが観客席までパートナーの回収に向かっていく。
「無事か?」
 流石に心配そうな顔を浮かべるホー。だが、ホーの心配など只の取り越し苦労であった。
「てめぇのおっぱいを大きくしてやるぜ!」
「きゃー! 変態ー!!」
 ホーの眼前には、手をわきわきさせながら、元気に(主に胸の大きな)女性客を追い回すゲブーがいた。
 そして、数日後、ローブ男を演じた4名の勇敢な協力者たちから連名で、莫大なギャラと治療費の請求書が届いたのであった。