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【カナン再生記】名も無き砦のつかぬまの猶予

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【カナン再生記】名も無き砦のつかぬまの猶予

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時間がとても気になる五日目

「なんとか形にはなったようですじゃ」
 出来上がった礼拝堂の全景を見て、天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)はそう評した。
 まぁ、仕方ないところもある。材料も足りないし、カナン式の建築方式はゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)にとっても未知の世界だ。特に、礼拝堂のような宗教施設はそれ専用の方法があったりするものだ。
「それでも、なんとか形になっただけでもいいじゃないですか」
 そう言うゴットリープはどこか満足げだ。元大工の兵士なんかに聞き込みをしていた時は、無理かもしれないと思っていたのだから、とりあえず完成にかこつけたのは僥倖と言えるだろう。
「しかし、木像は用意できんのが心残りじゃのう」
「仕方ないですよ。世界樹セフィロトを使わないといけないと決まりがあるのですから」
 こういうものには、そういう作法があるのは仕方ない事だろう。聞いてはいないが、各地にある石像も何かしら儀式だったりをしてあるのかもしれない。
「カナンが開放された、もう一度ここに立ち寄って、ここを完成させたいですね」
「そうじゃのう。さて、そろそろ見張り台の改修も終わった頃じゃ。ちょっと様子を見てやろうかの」
 幻舟は空へと上がっていく。空を飛べる彼女は、高所作業の手伝いをしたり監修をしたりと大忙しだ。
「お、完成したみたいだな」
 通りかかったハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が足を止め、完成した礼拝堂を見上げる。
「はい、色んな人に手伝ってもらいました」
「そうかい。なにはともあれそっちは一区切りだな。悪いがのんびりなんてさせないぞ、こっちは相変わらず大忙しだ」
「大丈夫ですよ、へばってなんていませんから」
「そいつは頼もしい。それじゃ、っと、見取り図見取り図………、おーい、さっきの見取り図こっちもってきてくれ」
 ハインリヒが大声を出すと、すぐにクリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)が駆け足でこちらに向かってきた。人がすっぽり納まりそうな紙を抱えている。
 ゴットリープが最初に見た見取り図は、A4用紙だったはずだが、探索は随分と進んでいるらしい。
「お待たせしましたわ」
 丈夫な紙らしく、クリストバルは地面に見取り図を広げた。そこには、まるで迷路のようにいくつも道が伸びている。
「どうよ、まるで迷路だろ。これ全部地下を通ってるってわけだ。穴を掘る必要は無くなったが、話だと敵もこの地下は知っていたらしい。しかも、ここから繋がるどっかが敵のアジトってわけだ。正直、これだけある侵入口全部を守るのなんて無茶だろ。つーわけで、配送屋さんと相談してな、細道とかただの回り道の部分を埋めてるところだ」
「大変そうですね」
「そうでもないさ、支流がいくつもあるようだが、その元になる部分さえ埋めちまえばまとめて塞ぐことができる。単純な作業だ。この×印のところはもう埋めてある場所で、ほら大体埋まってるだろ?」
「しかし、敵がこの地下を知ってたのなら、なんで何も手を打たなかったのですかね?」
「あー、それなんだが、前回地下を大規模に爆破したのがあってな、それで恐らく繋がってなかった道が繋がっちまったんだ。だから………ここだ、ここに空洞ができてるだろ、この通路とこの通路は元は全く別物だったってわけだ。そして、この奥の通路は、人が使っていたような形跡がいくつか見つかってる」
「靴跡とか、自然じゃつかないような傷跡とかが見つかっていますわ」
「それじゃ………」
「いや、それが随分と古いものらしいんだ。それに、人の白骨らしきものも見つかってる。たぶん、この自然の洞窟を墓場として利用していた時期があったんじゃないかと俺は見てるね」
「墓場、ですか」
「今は砂に埋もれちゃいるが、元の地形は複雑なところだったのかもな。この―――今はドラセナだったな、ドラセナ砦もあったわけだし。ま、そんなわけで昔の人には悪いが、今の生きてる奴のためだ。水汲み場までの道と、こっちに伸びる一本道を残してあとは塞いでいく。詳しい作業のことは他の奴に聞いてくれ」
「わかりました」
 ゴットリープは二人と別れ、地下の入り口へと向かう。彼と入れ違いに天津 亜衣(あまつ・あい)がハインリヒ達のところへ駆け寄ってきた。
「ちょっと、なんでこんなところに居るのよ。探したじゃない」
「何かありましたの?」
「水汲み用のポンプ、また途中でどっか壊れたみたいで水が上がってこないのよ」
「それは一大事ですわ!」
 見つけた地下水脈を、外に居ても水を引き上げられるようにとクリストバルはポンプを設置したのだが、時折期限を悪くしてはこうして仕事を放棄するのである。亜衣は砦の補修や埋め立てに使うコンクリートを作るために、水を必要としているので止まると大問題なのだ。
「ポンプの修理に行ってきますわ」
 慌てて走り出すクリストバルについて亜衣もそれを追って走っていった。

 地下に敵のアジトがある可能性がある。
 この辺りのほとんどは一面が砂で覆われていて、どこまでも見渡すことができる。人質交換の話が来たことから、敵はそう遠くに離れたわけではないのはわかっていたが、まさか地下に本拠地を築いていたとは。この砦がボロボロのままだった理由も頷けるというものである。
 そうなると、地下から地上へあがる道のいくつかを前もって塞ぎ、ただの階段だった通路を螺旋階段に改装していくのは有意義な提案だったようだ。今ではほとんどその作業も終わり、マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は最後の強度の確認などを行っていた。
 その階段を、本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)神矢 美悠(かみや・みゆう)の三人があがってくる。その後ろからは、地下作業を行っている兵士達もついてきていた。
 美悠が兵士達に休憩時間の説明などをしている間、ケーニッヒは飛鳥がマーゼンに声をかけた。
「どうだ、地下の方は」
「順調よ。敵も出てこないし、なんとか予定のうちに終わりそう」
「採掘が無くなったのはいいが、地下から地上にあがる抜け穴を作るのは難しいだろうな。天井に穴をあけると、凄い勢いで砂が降ってくる、砂をなんとかしてもばれないように偽装工作するのは難しい。問題ばかりなのだよ」
「そうか………しかし、まだ場所は判明していないが、地下通路がそのまま敵のアジトに繋がっているはずでしたな。むしろ、直接攻め入るのも一つの手であるますな」
「大きなカニがいるのが目印なんだよね。まだ一度も見てないよ」
「もしかしたら、そこまでの道のりを塞いじゃったかもね」
 兵士達を休憩に送り出した美悠も話に加わる。今、地下は余分な通路の埋め立てを進めているので、そのうちのどれかが敵の本拠地に繋がっている可能性はある。
「でも、地下を使って攻めてこようって思ってるなら大丈夫だよ。塞いだところには、ちゃんとアレつけてきたもん」
 飛鳥の言うアレとは、聴音機の事だ。地下通路の壁のあちこに設置してあり、もし敵が採掘してい道を切り開こうとすれば振動に反応して音を鳴らして知らせてくれる。塞いでいない通路には見張りを立てているし、地下道は長いが広くは無い、不意打ちがあったとしても大群が攻め入る前に反応することはできるはずだ。
「そうそう、地下水の方もちょっと見てきたのよ」
 この真下ではないが、地下通路を進んでいくと一本の川にたどり着くことができる。距離は少しあるが、現地で水を手に入れられる貴重な水源だ。今はポンプを繋げているので、そこまで降りなくても水を取り出すことができるが、美悠はそこまで行ってきたようだ。
「ほんの少しだけど、あそこ風が流れてるのね。どこに繋がってるかわかんないけど、敵だって水は必要でしょう? 自然か人工かはわからないけど、空気も流れてるし、川にそっていけば敵のアジトを見つけられるんじゃないかしら?」



 ドラセナ砦内部の、調理場は朝から晩までフル回転で回っていた。訓練、修復作業、地下工事、などなどあちこちで兵士は作業に勤しんでいて、しかも休憩時間も微妙にズレているため食事の時間もバラバラとなっていた。訓練をしている兵に関しては、教官達が食事を担当して専用の野外調理場所を用意しているが、内装や地下工事はこちらの受け持ちだ。
「玉ねぎ切り終わった?」
「え、ええと、その………」
 正岡すずなは、曖昧な返事をする。奇妙に思ったクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が彼女の手元を覗き込むと、玉ねぎは確かにバラバラになっていたが、大きさも何もバラバラだ。
「もしかして、お料理したことないの?」
「えぇっと、その、袋をお湯で温めたり、カップラーメンにお湯をいれるぐらいなら何度もあるんですよ」
「それは、料理と呼んじゃいけないなぁ」
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が苦笑する。
 二人は、先日の戦いが終わってからこの調理場で食事の用意のお手伝いを続けていた。最初は作らないといけない量の多さに余裕も無かったが、今では大人数の食事を用意する時のコツのようなものも見えてきて、自分の時間が作れるようになった。
 そんな中、偶然すずなを見つけたので話のきっかけになればと手伝いを頼んでみたのだが、どうやら全然料理はできないらしい。
「でも、料理できないのなら、ご飯はどうしてたんだ。毎日外食?」
「お湯で温めたり、お湯を入れたり、ですね」
「野菜とかいろんなもの食べないと、体に悪いよ?」
「そうだ。これもいい機会だし、簡単な料理をいくつかおしえるよ。えぇっと、何にしようか」
「おにいちゃん、それ私がやりたい!」
「ん、いいけど、何を作るんだ?」
「じゃがいものポタージュ。さっきね、じゃがいもがいっぱい来たんだよ」
「ポタージュか。それだったら、その玉ねぎも使えるな。よし、じゃあ任せた」
 そうして、料理経験がほぼゼロのすずなに対する、クレアの料理教室が始まった。
「まずは、この玉ねぎは細かく切っちゃおう。そしたら、じゃがいもの皮を剥いて芽を取って~」
「じゃがいもに目があるんですか?」
「そのメじゃないよ。それから、鍋にオリーブオイルをいれて、玉ねぎを透明になるまで炒めて水とじゃがいもいれて柔らかくなるまでよく煮るの、味付けはここでね。柔らかくなったら、裏ごしして鍋に戻して、バターを溶かして味を調節してできあがり。簡単でしょ」
「え? え?」
 すずなはついていけてないようだ。クレアは何も間違った事を言っていないが、普段料理をしない人にとっては、意味のわからない単語がちらほら出ていたりする。あと、さりげなく短縮している部分も少なくない。
「うん、とにかくやってみよう。ちゃんと一つずつやるから、大丈夫だよ」
「そ、そうですね、頑張ります」
 そんなわけで、本当に一からの料理の勉強が始まった。基礎的なことばかりだったが中でも最も苦戦したのは包丁の扱い方で、すずなの刃物の扱いは一言で言うならかなり危なっかしいものがあった。
 それでも、クレアの丁寧な説明のおかげで、難題だったジャガイモの皮剥きと芽を取り除く作業も乗り越えることができた。
「大きい鍋ですね」
「人数が多いからね」
「お二人でみんなの食事を用意されてるんですか?」
「二人だけじゃないよ。下準備は兵士さんとかにも手伝ってもらったりするし、あとお婆ちゃんもよく手伝いに来てくれるよ」
「料理ができる人って、たくさんいらっしゃるんですね」
「すずなさんもすぐに上手になるよ! 全然包丁使えなかったのに、今日だけですっごく上手になったんだから」
「そう、ですか?」
「そうだよ。だから、ずっとレトルトばっかり食べてちゃダメだよ」
「気をつけます」
 会話をしながら、玉ねぎを炒め、透明になったところでじゃがいもと固形のコンソメスープを溶かしたものを入れる。あとは、じゃがいもが柔らかくなるのを待って一度取り出し、裏ごしだ。
「仲がいいんですね、本郷さんと」
「おにいちゃんと? うん、すっごく仲良しだよ。料理もおにいちゃんに教えてもらったんだ」
「そうなんですか。ちょっと羨ましいですね」
「どうして?」
「私は兄さんとあんまり遊んだり、一緒に何かした事が無かったんですよ。歳がすごく離れてましたし、体が弱かったので、だから私の中の兄はいつもベッドの上だったんです。だから、ちょっといいなと、けどたぶん兄さんも料理はダメだったはずですけどね」
「そのお兄さん、今はどうしてるの?」
「天国に行っちゃいました。もともと体が弱かったのに、無理してこっちに来て余計体を悪くしたんですよ。けど、兄は全く後悔してなくって、だから私もいつかシャンバラに行きたいって思って………ははは、全然関係ない話ですね」
「そんなことないよ。私はもっとすずなさんとお兄さんの話、聞きたいな」
「そういう事を言われると、なんか照れてちゃいますね………ははは」
「お兄さんは、どんな人だったの?」
「んー、兄さんはいつも窓の外を見てばかりの人でしたね。それで、私の方をあまりみないでお話するんです。シャンバラにはこんな場所があって、見た事もない不思議な生き物たくさんいてって。こっちを向いて無かったけど、兄さんの顔は窓に映って見えてたんですよ。その顔が楽しそうで楽しそうで、そんな面白そうな場所だったら私も行きたいって、だってずるいじゃないですか。兄さんだけそんな楽しい思いをしてるなんて」
「お兄さんは、恥ずかしがり屋さんだったのかな」
「ええ、間違いなく。それで、ちょっとずるい人です。けど、そんなずるい兄さんに教えてもらった事が役に立つことも多いんですよね。兄さんもしつこい人で、何度も同じ事を言うもんだから、未だに話してもらった事を一字一句覚えてます。強力な敵に追われている時に、どんな妙案があっても時間稼ぎを買って出るなよ、絶対に失敗するからな。とかですね」
 言いながらまた恥ずかしくなったのか、すずなは「あはは」と誤魔化すような笑みを浮かべる。じゃがいもがやわらかくなるまで、もう少し時間がありそうだ。
「私は兄さんへの仕返しに、このパラミタの大地を全部見て回ってやろうと思ってるんですよ。それで、いつか兄さんのところに行った時に、兄さんはシャンバラしか知らないけど私はパラミタの全部を見てきたぞって自慢するつもりなんです」

「むぅ…ボクにはこういうチマチマした作業は、向いてないのだけどなー」
 白麻 戌子(しろま・いぬこ)はぶつぶつ呟きながら、壁にできたひび割れに塗料を塗る作業をしていた。応急処置みたいなものだが、塗料もものによっては色をつけるだけではなく補強の役割をこなすこともできるのである。
「誰かが壁を爆破した影響で、砦そのものにも影響が出てるんだよな。まぁ、いいだろ比較的楽な作業だったんだからさ」
 石を担いで階段を上り下り、に比べれば四谷 大助(しや・だいすけ)の言うとおり楽な作業かもしれない。しかし、ほぼ壁全体に塗料を塗っていく作業はそれはそれで大変だ。
「大助もワンコさんも、おつかれさま。少し休憩したらどうかしら?ほら、クッキーを焼いてみたんだけど?」
 グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)がクッキーの入ったかごを示す。
「そうだな、ちょっと休憩しようか。で、その隣の子は?」
「この子はすずなちゃん。調理場でクッキー作るの手伝ってもらっちゃった。せっかくだから、一緒にね」
「手伝うなんてそんな、教えてもらってたんですよ」
「へー、キミがあの。そうだね、せっかくだし、一緒にお茶しよう。聞きたい話もあるしね」
 二人が手を洗いに行ってくるのを待って、小さなお茶会が始まった。
「そういえばさ、すずなちゃんはあのウーダイオスに会ってるんだよね。捕まる前の、どんな人だと思った?」
 労働のあとの甘いものはとてもおいしい。あっという間にクッキーは減っていってしまう。
「どんな人、ですか。うーん、あんまり話をしてたわけではないんでよくわかんないです」
「ずさんな警備。この砦だって、補修もほとんどしないでそのまんま。随分とてきとーな人なんだろうね」
 戌子が、クッキーを取ろうとした大助の手をさっと押し出して最後の一枚をかすめとる。
「あ、おまっ」
「早い者勝ち。すずなちゃんは、ウーダイオスがそんな事をするような人のように見えたかい?」
「あの人は、準備をしてきたみたいな事を言ってました」
「だろうね、だとすればここを明け渡したのも作戦のうち、というわけだ。一応、話によれば兵士にボクたちの戦い方を見せるためって言ってるらしいけど、それが事実でもやっぱり何か足りない。ボクはそんな気がするよ」
「でも、本拠地は地下にあるんでしょ。だったら、そもそもここに価値なんて無かったんじゃないの?」
「それも確かだけどね。でも、そしたらわざわざ、ここに攻めてこいみたいに主張しないはずだろ。だって、いらない場所なんだ。けど、少なくない戦力を導入して戦いを起こしたんだ。勉強会のためだけってのも変な話じゃないか?」
「つまりどういう事なのよ?」
 グリムゲーテだけが、戌子と大助の話についてこれていないでいた。
「ボク達がここに居座るのも、計算のうちって事じゃないかな」
「砂漠とは言え、動き回っている少数のゲリラ部隊を一つ一つ潰していくのは、面倒だし大変だ。消耗の点で言えば向こうの方が大きいかもしれない。けど、こうして一箇所に集まっていたら?」
「一網打尽にできるってわけ?」
「そーいう事。ボク達は戦いに勝った気分になって、実は袋小路に追い詰められた哀れなネズミになっちゃったのかもしれないね」