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【カナン再生記】名も無き砦のつかぬまの猶予

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【カナン再生記】名も無き砦のつかぬまの猶予

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まだまだ余裕も感じる一日目

 装備一式は、自分の体の一部になっていないとならない。それを、重いと感じたりしているようでは、まともに戦うのは難しいだろう。
 そんなわけで、織田 信長(おだ・のぶなが)の発案のもと、鎧と武器を装備した状態で、兵士達は城壁に沿って走っていた。あまりのんびり鍛えている時間はないが、訓練プランを組むまで何もせずにぼうっとさせておくのも惜しい。難しい説明などいらないこの訓練は、ベストかはわからないがベターではあるだろう。
 そうして、走る集団の最後尾に高島 真理(たかしま・まり)源 明日葉(みなもと・あすは)の姿があった。
「ほら、頑張って、あと一週だけだよ」
 真理がペースが落ちて集団からこぼれそうになっている兵士の背中をぽんと叩いて、励ましの言葉を送る。
 励まされた兵士はだいぶ疲れているようだが、あと一週という言葉を頼りに奮起したのかなんとか集団に置いていかれない程度のペースは保っている。
「重りを増やされたのはよいが、南蛮の鎧は動きにくいでござるな。それとも、単にそれがしが馴れていないだけでござろうか」
 明日葉の走りは確かに少しぎこちない。それでも全くペースは落ちていないのだから、さすがというところだろうか。
 二人はただ走るだけではなく、集団を維持できるように最後尾で監視するのも役割の一つだ。信長によって「お主らには、これぐらいでは足らんだろう?」と重りを増やされてもいる。
「さすがに、ひたすら走るのはきついね〜。今日もいい天気だし、鎧も蒸れるし大変だよ」
「まぁ、仕方ないでござろう。自前の武具を着て参加してしまえば、傍目で違いが見てとれてしまうでござる。信長殿に言われた時はあまりピンとはこなかったが、こうして皆と走っていると、同じ鎧で参加するのは意義があったように思うでござるよ」
「うん。そだね、みんなで頑張ってるって感じはするよね!」
 そうして話をしながら、最後の一周を走りきった。なんだかんだ、集団は最後まで崩れることもなかった。しかし、やはり結構きつかったようで、ゴールするなりほとんどの人は地面に寝転んだり座り込んだりしている。
 そんな兵達に、飲み物とタオルを配る敷島 桜(しきしま・さくら)の姿があった。
「あの、どうぞ」
 と、ほんの一言だけど声をかけながら、いそいそと働いていた。
 一通り配り終えて、最後に真理と明日葉のところにタオルと飲み物を持ってやってきた。
「ありがと」
「うむ、助かる」
 貰った飲み物で喉を潤し、タオルで汗を拭う。訓練終了の合図が出るまで、鎧は外してはいけない約束なので、体の方も拭きたいが我慢するしかない。
「ふはぁ、少し生き返ったぁ。それにしても、いつの間に桜もお手伝いをすることになったの?」
「信長様が、暇そうにしてるなら手伝えと言われまして」
「あやつなら言いそうでござるな」
「ははは、そうだね」
 と、そこへ南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)がやってくる。
 彼女は一人、戦闘の一番前を走って全員をひっぱるペースメーカーをしていたのだ。
「今から十分ほど休憩だそうです」
「休憩のあとは何するのかな?」
「ふむ、何人か呼ばれているようでござるし、個別で何かするのでござろうか。しかし、個人訓練をするにはまだまだ早いでござろう」
「今日の走りを見て、早めに訓練を分けるって信長様が言ってました」
 と、桜。
「ええ、そういう話です。何人か、教官を志願している人がいるようで、才能がありそうな者は彼らに任せて教育するとか」
 桜の話を、秋津洲が補足する。
「それじゃ、こうしてみんなで訓練するのは今日だけなの?」
「そう、かもしれませんね。ただ、ここで振り分けるのはごく一部の者だけで、ほとんどはこのまま通常の訓練コースに乗せるとのことです」
「そっか、仕方ないよね。でも、すごいよね、走っているのを見ただけで才能を見抜いたりできるんだ」

「調子はどう? 目ぼしいのは見つかった?」
 桜葉 忍(さくらば・しのぶ)に声をかけられ、信長は振り返りもせずに、
「そこそこじゃな。何人かは目をつけてある」
 と答えた。
「お、目ぼしいの見つけたのか。よかったよかった」
「何だかんだ言いもしておるが、今日まで戦っておった奴らじゃ、根性だけはしっかりしておるしな」
「なんだ、楽しそうだな。こりゃ、訓練は楽しくできた方がいいんじゃね、って俺の考えてきたアドバイスも必要なかったかな」
「ほう、楽しい訓練か。ふむ………ならば遊戯でも混ぜてみるか。忍、おまえも付き合え。次は鬼ごっこをする。おまえと私と、それと高島らにも鬼をさせるか」
「へ? まぁ、いいけど。鬼ごっこねぇ、俺は強いかもよ」
「遊びではあるからこそ、人は全力になるというものよ。さぁ、そろそろ休憩もおしまいじゃ。いつまでもくたばって無いでさっさと起きんか!」



「あ、笑わなくていいから………はい、おっけー」
「その紙はこっちに………うむ、漏れはないな。よし、では引き続き訓練を頑張ってくれたまえ」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が写真を取り、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が書類の確認作業。写真はすぐにシール台紙にプリントされて、問題なければ書類にそのまま貼り付ける。
 二人が行っているのは、名簿の作成だ。これから軍として行動するには、こうした事務的な管理は必要になってくる。訓練以外にも、砦の修復ローテを作るにも必要だ。ただ、そのために他の工程を止めるわけにもいかないので、二人はあちこち出向いてこうして写真を撮っては書類を作っているのである。
「つーかまーえたっ!」
 そんな二人のところに、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)の楽しそうな声が聞こえてきた。
 彼は、訓練に参加して鬼役をしているようだ。建物を除く城壁の内側全てを使った鬼ごっこは、だいぶ白熱しているらしく、悲鳴や怒号も時折聞こえてきている。
「………楽しむのはいいけど、怪我とかしてないよな」
「さすがにそれは心配しなくても大丈夫じゃないかな」
 なんてメシエが言ったのに合わせるかのように、何か大きな音がしてきた。
 少し心配になったが、すぐにクマラの笑い声が聞こえてきたので、大事ではないだろうと判断して、自分達の作業を進める事にする。

 二人を驚かせた音の原因は、壁に立てかけていた木材が倒れたからだ。
 兵士を全力で追っていたクマラが、地面に足をとられて盛大に突っ込んだのである。
「あー、びっくりした」
「もう、あまり驚かせないでくださいね」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が彼を助け起こす。クマラには怪我などしているようすもなく、エオリアはほっと胸をなでおろした。
「んー、それにしても、みんな逃げるの上手だね」
「そうですね」
「何人捕まえた?」
「三人です」
「へっへーん、オイラはもう十人捕まえたもんね」
「それはすごいですね」
「そんな余裕でいいのかな〜、頑張らなかった鬼には罰ゲームを用意するって言ってたよ」
「本当ですか! それは、少し困りましたね」
「あ! あそこに二人居るよ! よーし、手分けして挟み撃ちだ!」
「え? あ、はい!」

 棒を立てたものの上に、布をつけて作った粗末なテントの下に見知った顔を見つけて
カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は声をかけた。
「おう、戻ったぞ」
「ご苦労様、早かったね」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が顔をあげて、カルキノスを出迎える。
「一人で向かわせてしまうことになって悪いな」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も資料から目を離す。
「なぁに、行って帰ってくるだけのお使いだ。ぞろぞろ行く必要もねぇさ」
 言いながら、適当なベンチにカルキノスは腰を下ろした。
「とりあえず、積めるだけ荷物は詰め込んできた。あとで確認するだろうが、半分は食い物と水だ。それと武器と弾薬だが、一応頼まれたもんは一通りあるはずだ。数はそれなりだが、ここに居る奴全員に配るほどは無いぞ」
「了解。けど、銃に関してはもう少し減らしてもよかったかな」
「なんだ、他の調達口でもあったのか」
「そうではない。ここの兵達はあまり銃を使った事が無いのだ。一から訓練をするには少しばかり時間がかかってしまうだろうし、砦の守備隊に回す分があれば十分だろうという話になったのだ」
「ふぅん、そうか。確かに、こいつはチマチマしてめんどくせぇからな。分解したり組み立てたりもできなきゃなんねーんだろ?」
「メンテナンスは重要だよ。頑丈って言われてる銃だって、メンテナンスするのが前提なんだから」
 カルキノスは興味なさそうに、ふーん、と鼻を鳴らす。
「ま、それはともかく、なんか面白そうな事やってんな。鬼ごっこか、あれ?」
「うん………基礎体力をつけるって、走りこみを監督してもらってたら、気が付いたら鬼ごっこになってた」
「なんだそりゃ?」
「一言も連絡も無いのは気にかかるが、適正審査も兼ねさせてもらっている。訓練とはいい難いものがあるが、悪くはないだろう。ここの地理も自然と身に付くだろうしな。といっても、あとで一言つけねばならないだろうが」
「なんだ、ゴタゴタしてんのか?」
「そうじゃないけど、ちょっと自由人だったみたいな?」
「ますます意味不明だぞ」
「部隊の再編成、訓練メニューの組み立て、それに伴うアイアルとの話し合いとこちらもやるべき事が山積みとなっているのだ。忙しさを理由にするのはよくないことだが、しかし全てに目を通していられるほど余裕もなくてな」
「よくわかんねぇが、大変だって事はなんとなくわかった。けどまぁ、俺が手伝えることでも無さそうだ。せっかくだし、俺は鬼ごっこの鬼でもやろうかね。運転で凝った体もほぐしておきてーしな」
 カルキノスは立ち上がって、俺も混ぜてくれー、と言いながら行ってしまった。
「行っちゃった」
「………逃げたな。仕方ない、とにかく先ほど押し付けられたこの資料の確認を早く終わらせよう」
「これ、信長さんが書いたんだよね。鬼ごっこしながら………視野が狭いとか、せこいとか、結構細かいところまでよく見てるね」
 二人が目を通している紙には、名前と簡単なメモが書かれている。先ほど、忍が持ち込んできたものだ。適正審査に使ってくれ、という話らしい。
「人を見る目があるのは確かだろう。しかし、もう少し文字を綺麗に書けいないものだろうか………」
 このメモが有用なのは認めるものの、文字が非常に汚くて読みづらい。確認というよりは、解読しているような気分になってくる。
「走りながら書いたのかな? でも、これがあれば今日中に班分けできそうだよね。なんとか夕ご飯までに終わるように頑張ろう」
「ああ、そうだ。エオリアに料理のチェックを頼まれていたんだったな、しばらくしたらあちらにも顔を出すか」
「その時に、エース達の作ってる名簿も受け取らないとだね。えっと、そのあとアイアルさんとの話し合いがあって、それから教官集めて話し合い、ね」
 指を折りながら、ルカルカはやるべき事を数えていく。
 ゲリラと軍は戦争という単語に繋がるものだが、それぞれは全く違うものだ。それを切り替えるためにやらなければならない事は、意識の問題から管理の問題まで山のようにある。
 目が回るように忙しく、考えと違う事になっている事もままあれど、これはこれで充実しているような気がしないでもない。
 ともあれ、とにかく目の前も問題から一つ一つ片付けていかないと何も進まない。眉間にシワをよせたり、時折空を仰いだりしながらなんとか二人はその資料もやっつけるのだった。



 賑やかに鬼ごっこが行われる一方、砦の中は急ピッチで修繕作業が行われていた。
 砦のあちこちで、金槌を打ち込む音や、木材を鋸で引く音が響いている。そんな多くの人たちに混じって、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)カセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)の姿もあった。
 二人が手伝っているのは、床の修繕だ。床に空いた穴を塞ぐために、頑丈な板を上から被せて打ち付けている。ゆくゆくは床を総とっかえして、骨組みから直していくのあがとにかく今は急場を凌ぐ必要があるのだ。
「ふぅ、これでここの廊下も全ての穴をふさぎましたわ」
 最後の穴を塞いで、リリィは穴を一つ一つ塞ぎながら通ってきた廊下を振り返った。
 達成感を感じる彼女の目の前で、木が割れる小気味いい音と、スネまで足が埋まっているカセイノの姿が目に入る。
「………わりぃ、また腐ってるとこ踏んじまったみてぇだわ」
 悪びれもせずにカセイノはそう言って、ゆっくりと足を引き抜いている。
「何度も何度もそうやって床を踏み抜かれると、もうわざとやっているようにしか見えませんわ」
「んなこと言ったってしょーがねーだろーよ。腐ってんだよ、ここ」
「はいはい、わかりましたわ。とにかく、そちらも塞いでおきますわ」
 ため息一つ吐いて、二人は今できた新しい穴を塞ぐ作業に入る。
 小言を言いながらも、リリィにはカセイノが危険そうな場所を見抜いてやっているのだとわかっている。カセイノが、いちいち理由を口にしないから合わせて小言を言うのが半分。もう半分は、わざわざ終わった頃合を見計らって穴をあけなくてもいいんじゃない、という抗議の意味もこもっている。まぁ、伝わらないだろうけども。
「しかし、本当にガタガタだな。いっそ床を全部外して………いや、いっそ建物ごと作り直した方が早いんじゃねぇか?」
 穴を塞ぎ終えて、次の場所へ移動する。
「できるんなら、もうやっているのではありませんか?」
「違げぇねぇ。ま、今はその場凌ぎでもなんでも、使えるようにしとかなきゃいけないわけだな………ん?」
 と、そこでカセイノが足を止めた。
 リリィがあっと思った時には、カセイノはそこを踏み抜いていた。さっきと同じ程度、スネが埋まるぐらいの穴が開いている。
 今度はわざと穴を開けたのではなく、不意に危ないところを踏んでしまったようだ。先ほどとは、全然表情が違う。
「本当に、わざとやってるわけではありませんでしたのね」
 クスクスと、笑いをこぼしながらリリィはカセイノに手を差し出した。
「だ、だから言ってんじゃねぇか。腐ってんだよ、床が!」
 ぶっきらぼうな言葉を吐き出すカセイノの顔は、少しだけ赤くなっているようにも見えなくも無い。

「また、天井から足が生えてきたわ」
 リリィとカセイノが作業をしている丁度真下、氷見 雅(ひみ・みやび)はもう何度も天井からこうして足が飛び出してくるのを確認していた。最初は少し驚いたが、段々馴れてきた。
「足を洗え〜、足を洗え〜、とそのうち言われるのです」
 一緒に居るタンタン・カスタネット(たんたん・かすたねっと)は、何かの知識と符号したのかそんな事を言いだした。
「なにそれ?」
「有名な怪異なのです」
「ぅん? まぁいいや」
 雅はタンタンの言ったことを気にかけない事にした。それよりも、やっと見つけた丁度いい部屋で、色々やるべき事がある。部屋の高さや壁や床の丈夫さもチェックしないといけない。
 一通りチェックをして、雅は満足そうに頷いた。
「よし、これでとりあえず場所は確保ね」
 まだ正式に許可は取ってないが、何も置かれずに蜘蛛の巣が張っているような部屋だ。あとで話しをしに言っても問題ないだろう。
「ここがお風呂になるのですか」
「ほんとは、広い湯船が理想なんだけど、今は水をほいほい使えないし、蒸し風呂か砂風呂かってところね。思いのほか調理場はしっかりしてたから手をつけるほどじゃないし、だったらやっぱりお風呂でしょ」
 二人が最初に見に行ったのは、砦の調理場だ。何はともあれ食事が一番大事なので、それを作る場所がどうなっているのか確認しに行ったのだ。
 さすがに古い建造物というだけあって、調理場は薪を燃料につかう石造りものばかりで、しかも最近使ったようなあともあった。中でも石窯はかなり立派なものだった。機能の不備はほとんど見られず、どちらかというと料理人がちゃんと使えるかが問題だろう。
 とりあえず問題なしという判断を下し、次に生活に必要不可欠なお風呂などの設備の様子を確認しようとしたのだが、見つからなかった。存在しない理由が、先日の戦いの結果崩れたのか、それとも以前から廃棄されていたのか、はっきりとした理由はわからないが、無いのは困る。
 適当に使ってない丁度いい部屋を接収し、そこを風呂場にしてしまおうと二人は動いていたのだ。
「さて、場所も決めたし、次は何に手をつけるかな」
「まずは設計図を作って、必要な材料などを確認するべきではないしょうか」
「それだ。岩風呂なんだから、岩も必要よね。どっかから岩も調達しないと」
「入り口の大きさも考えないとです、ふわぁ」