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【カナン再生記】名も無き砦のつかぬまの猶予

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【カナン再生記】名も無き砦のつかぬまの猶予

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慌しくなってきた四日目

「ばっか、もっと回り見ろ。そんな飛び方してっと、仲間にワイバーンの羽がぶつかっちまうだろうが」
 葉月 ショウ(はづき・しょう)は模擬刀をぶんぶん振り回しながら声を荒げる。
 先日の戦いで、砦に残っていたワイバーンを鹵獲したので、相性のいい兵士達にあてがって訓練を行っているのだが、これが中々うまくいかない。
 自分の空中戦の訓練にもなれば、と彼らと一緒に模擬戦をしているのだが、ワイバーンと息を合わせた連携をするにはまだまだ遠く、しばらくは飛び方を教えていかないとならないらしい。
「俺が言うのもアレだけどさ、空で動く時は前後左右だけじゃなくて、上も下も意識しなきゃいけないんだよ。それに、ワイバーンの体の大きさもちゃんと把握しないと、そんな接触事故繰り返してたら、戦闘も何もできねーだろ」
 口で説明するものの、こういうのは感覚の領域だ。
 体で感覚を吸収するまで、ひたすら訓練するしかない。
「よーし、んじゃもっかい打ち合いをやってみるぞ。お前らの誰かが俺に一本いれるまでは続けるからな、さっきみたいに事故りそうになったら仕切りなおしだぞ。よし、来い!」
 本来ならワイバーンと仲良くなるのも含めて時間をかけてゆっくりとやるべきだろうが今は時間が無い。多少スパルタだし無茶だとわかっているが、少しでも実戦形式で訓練をつませるしかない。
「ちゃんと風向きも見ろよ、地面と違って踏ん張れねぇんだからな」

 空の訓練を見上げながら、レネット・クロス(れねっと・くろす)は兵士が振り下ろした剣を避けて、鞘にいれたままの綾刀を相手の首にとんと当てる。
 さらに続いて、二人の兵士が肉薄してくる。レネットはその剣を受けずに避けて、二人が正面になるように位置取りしなおす。
「っと」
 一人が前に出てきたのを、軽くいなして後ろに回りこみ、まずは油断していた奥の兵士のヘルメットを小突く。ついで振り返りつつ、切りかかってきた兵士の背中に鞘を当てた。
「はい、残念」
 ぱたぱたと手を振って、悔しがっている兵士達を送り出す。
 今日彼らは休憩をあてがわれている兵士達だ。しかし、みんな働いている中のんびりしているのもいたたまれないらしく、こうして剣を使った戦闘の相手をしてやっている。
 最初は二人だったのだが、だんだん暇な人が集まってくるようになってきて、さすがに一人でさばくには大変な数になってきていた。しょうがないので、一度に三人相手をして、負けたら砦を城壁にそって走ってくるというルールを設けて相手をしている。
「はい、次」
 お願いします、と次の三人に相手になる。
 レネットも教官の一人なのだが、彼女の出番はもう少しあとの予定になっている。それまでの暇つぶしには丁度いいだろう。走ったあとに、また挑戦してくる人も少なくなく、空の訓練が終わるまでは時間が稼げるはずだ。
「はい、おしまい………さっきと違って腰が引けてないのは良かったよ」
 それだけ言って、すぐに待っている人に顔を向け「次」と声をかける。レネットはあまり口では説明しないでいたが、その分みんな彼女の動きを見ているらしく、少しずつ動きに無駄が無くなっていっている。もっとも、負けるたびに走っているので、そろそろ体力が限界の人も少なくないだろう。
 兵士達の相手をしながら、時折空を見上げては訓練の様子を確認する。
 最初は避けながら飛び方を注意していたショウが、自分から手を出しにいっていた。全然力の入っていない攻撃のふりでしかないが、それでも向こうもちゃんと進歩しているようだ。

「よし、負けた理由を思い当たるだけ言ってみろ」
 一方、今日の正規訓練の様子も白熱していた。
 今回の模擬戦の指揮官役が、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)に敗因と思われるものを報告していく。それを黙って聞いていた小次郎は、よし、と頷いてから、
「次はお前は攻撃側の指揮官をやれ。他の人員に防御側は、新たに指揮官をくじ引きで選ぶぞ。今の報告は頭に入れたな、同じ理由で絶対に負けるな」
 小次郎が行っている訓練の主題は、部隊の連携と小隊単位での状況判断能力の向上だ。
 毎回新しい指揮官を立て、その指揮官の命令にそって動き勝敗がついたら勝因と敗因を報告させる。最初の頃は、報告は曖昧なものだったし、模擬戦も攻める側が勝ち続けていたが、だんだんと防御側も制限時間いっぱいを耐えられるようになってきていた。
「作戦は決まったな。よし、制限時間は先ほどと同じ二十分だ。時計を合わせろ、3、2、1、始め!」
 掛け声と同時に、兵士達が動き出す。
 今までに、勝った理由と負けた理由は相当な数が出てきている。ちゃんとみんな話しを聞いていれば、もうほとんどの基礎的な戦術は頭に入っているはずだ。ここまでくると、相手がどうくるかを読むのが勝因に大きく関わってくる。
 ただ、これはあくまで模擬戦でしかない。本当に命をやりとりする戦場では、今ここでできている判断ができるとは限らない。だからこそ、体に染み込むほどに訓練をする必要があるのだが、それを行う時間は無いというのが小次郎の見込みだった。
 先日訪れた、人質交換の話―――ただ兵の士気を下げたくないから、という理由で行うには危険も無駄も多い話だ。恐らく、今捉えているウーダイオスという男は切り札になるような何かをまだ隠し持っている。それを取り戻したいのだろう。
 人質の安否がこちらで確認できていない以上、交換はそもそも成立しないはずだ。だが、恐らくこの交換に応じてしまうだろう。手負いの捕虜一人と、多くの民が開放されると考えれば、大きな効果を得るようにも見えてしまう。
 その結果、奴等は切り札を取り戻すことになる。その先に待っているのは、戦いだ。
「どのみち、ここで彼らを鍛える必要はあります………その時が来てもいいように備えるのが、今の私の役目ですからね」



「ドラセナ砦ですか、いい名前ですね」
 アイアルは、忘れないように何度もドラセナという言葉を繰り返していた。
 自分達で落としたとはいえ、一度落ちた砦というのは縁起が悪い。今後この場所が新たな友との有効の証になるように、と新しい名前を募った結果―――ドラセナ砦という名前に決定した。
「もうしばらくして、少し余裕ができたらどこかに名前を刻みたいですね。今はそれどころではありませんから」
「いや、まぁ、名前も大事なんだけどよ」
 フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が口を挟む。
「わかっていますよ。さしあたって、問題の一つは先日持ちかけられた人質交換の件。そして、もう一つがこのドラセナ砦の今後の扱いですね」
「じゃあ、まずは人質交換の件ね」
 同席しているフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は難しい表情をしていた。
「交換に応じた場合の問題は、恐らく確実に工作員を紛れ込ませてくるだろうってこと。こういう場所は、内部から攻めるのが一番だもの。前回の私達みたいにね」
「けど………それだと………」
 控えめにリネン・エルフト(りねん・えるふと)が意見する。
「けど、交換しなかった場合、人質の安否ももちろんだけど、何より私達の大義名分―――カナンの開放に反してしまうわ。今ここに居る兵士やシャンバラの友軍は理解してくれても………他で動いている人達にどう思われるかわからない。最悪、ここだけ孤立する可能性があるの」
 大勢でない勢力にとって、民衆の意識から離れてしまうのは避けるべき事態だ。
 ただでさえ無い補給を失う事にもなるだろうし、戦う兵士達の士気にも大きく影響する。もともと、利の出ない事をやっているのだ。精神的な支えを失えば結果などおのずと見えてくる。
「そうだね。工作員に関しては、ちゃんと対策を練ればなんとかなると思う。けど、一度離れた心はそう簡単には戻ってこない。それに、人質の状態も心配だしね。やっぱり、ここは交換するべきだと私は思うよ」
 ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が交換に賛成する。
「やはり、交換をするべきでしょうか」
 煮え切らない言葉を口にするウーダイオスに、ちょっとフレデリカは気にかかった。
「アイアルさん」
「はい、なんでしょう?」
「あなたはここの責任者よ。今日まで修繕作業にも参加させてもらってたんだけど、みんなアイアルさんをちゃんと信頼していたわ。別に考えるなって言ってるわけじゃないの、けれどそんな自信なさそうにしてたら、みんなもついてこれなくなっちゃうかもしれないわ。特に、こんなどちらを選んでも何かしら問題があるような時は、リーダーにびしっと決めてもらいたいものよ」
「………なんだか、フレデリカさんには怒られてばかりですね」
「ごめんなさい、けれど―――」
「いえ、いいのです。思えば、マルドゥーク様が征服王と戦うと口にした時、私のようにはしていませんでした。悩まない決断であるはずがないというのに………私もあの人について戦うと決めたのなら、その姿を見習うべきでしょう」
「んで、どうするんだ?」
 話の路線をフェイミィが戻す。
「人質交換の話は―――受けましょう。たとえ罠だとしても、そうしなければ私達が剣を取った意味が無くなってしまいます」
「決まりだな。それについての対策はあとで話し合うとして、だ。今後の事についても、方針だけでも決めておきたい。オレは、このままどんどん前に出ていくべきだと思うが、大将はどうしていくつもりだ?」
 カナン出身のフェイミィとしては、一秒でも早くこの戦いを終結させて、今は行方もわからなくなってしまった以前の仲間たちを助け出したいというのが心情だ。
「それは正直なところ、難しいと思います。今の我々の戦力では、ここの防衛をするだけでも難問です。シャンバラのみなさんの協力のおかげで、物資は確保できていますが、兵の補充は話が別です。補充ができない以上、今ある戦力は温存せざるをえません………気持ちは痛いほどわかるのですが」
「ああ、いや、そうなるだろうとは思ってたさ。けど、オレはここで立ち止まっているつもりはない………が、もう少しだけここに居ようと思う。とりあえず、人質交換の結果を見ないでどっか行くってのは目覚めが悪いしな」
 ぽりぽりと頭をかきながら、フェイミィはそっぽを向いてそういった。
「それじゃ、人質の中に紛れ込んでくるスパイの対策を考えましょう。敵の兵士が扮装してるなら、殺気看破とかで見抜けると思うけど、一番厄介なのは一般の人が脅されている場合ね―――」
 ヘイリーが口火を切って、具体的な対策案を考え始める。フェイミィがもう少しここに居るというのなら、今は彼女の想いを尊重してやるべきだろう。
「ほら、フェイミィ、お前もなんか案を出しなさい」
「うぇっ、案を出せって急に言われてもなぁ………」



「的になりそうなものを貰ってきたぞ」
「どれどれ、的にちゃんと当るようになったかのう?」
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)が資材にも使えない壊れた鎧などを持ってやってきた。
「最初は酷いもんじゃったが、今は随分と当たるようになったようじゃ」
 アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)は遠くを見ながら、そう答える。彼女の視線の先では、腐った板が空中を浮遊している。
「あ、新しい的でおすな」
 戻ってきた二人に気づいて、綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)が振り返ると、飛んでいた板が落ちてしまった。丁度その板があった辺りをバリスタの極太の矢が通り過ぎていった。
「あ」
「ほうら、いくらなんでも敵がそんな急降下はせんじゃろ」
 アストレイアに小突かれて、風花はとりあえず笑って誤魔化した。
 先ほど空を浮かんでいた板は、風花がサイコキネシスで操っていたものだ。これを、最近できた対空用のバリスタで狙う訓練を行っているのである。
 今まで使った事のない兵器に、最初は距離感がつかめないようだったが何度も繰り返していくうちに、的を捕えることができるようになってきていた。
「それはええけど、私だけ仕事多すぎなんとちゃいますか?」
「仕方ないじゃろ。サイコキネシスが使えるのは貴公だけじゃ。アルスと紫音は的を探してもらっておる」
「そうどすけど」
 サイコキネシスだって使い続けると疲れてくるのだ。集中力も必要だし、ものが小さい分敵のワイバーンの動きを想定して動かすには細かく動きを見ないといけない。サイコキネシスが使えるのが風花である以上、アストレイアの言う通り自分がやるしかないのはよくわかっているのだが、流石にお昼からずっと神経を使っているので少し頭が痛くなってきた。
「そうか、けど他に対空砲の的になりそうなもんないしな」
 うぅむ、と紫音が腕を組む。サイコキネシスを使わないで的を用意するとなると、小型飛空艇なんかを的にするぐらいしか浮かばない。さすがに、それはできない。一度紫音が、宮殿用飛行翼を使って的になる案を出したら、危険だと全員から却下された。バリスタの矢は、矢じりがなくてもかなりの威力があるが、安全のために勢いを殺したら射程距離が変わってしまい練習にならない。
 しかし、風花の負担が大きいのも事実。どうしたものか、と頭を悩ませる。
「ちょっといいか」
 そこへダリル・ガイザックがやってきて声をかける。
 ダリルは紫音含め、訓練を行っている教官達の代表みたいな役割を担っている。
「どうしたんじゃ?」
「うむ、人質交換の件だが、飲むという事で話が決まったようだ。どこで行うかなど細かい部分はまだ決まっていないが、当日には護衛に人を割くことにもなるだろうし、そのタイミングで敵が強襲してこないとも限らん。その辺りのことを早いうちに話し合っておくべきだということになってな」
「そっか、交換の話は受けたのか」
「捕まっていた人が無事だといいんじゃがのう」
「そういうわけだ。そろそろこちらの訓練も終わりだろう。場所はいつものテントで行う。それと、今日から会議に隊長候補も参加することになる。知っている顔だとは思うが、簡単な顔合わせも兼ねるというわけだ」
「了解しましたえ。ほな、またあとで」
「ああ、くれぐれも無理の無いようにな」