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リアクション
もう後戻りのできない六日目
「立派な会議室になりましたね」
菅野 葉月(すがの・はづき)は額の汗を拭う。
「今まで皆さん………立ちながら話し合いをしてましたから………これで会議も集中できるようになると………思いますぅ」
「椅子を用意できなくて、それっぽい石を置いたけど、こうして見てみるとカッコイイね。座る時は、座布団を置かないと冷たいし固いだろうけど」
如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)と冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)も、自分達で作った会議室に満足のようだ。
「けど、会議室より先にお風呂が完成してるってのも変な話よね。今、岩風呂と砂風呂の部屋いくつあるんだっけ?」
ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が言うように、内装が整えられていく部屋の順番が滅茶苦茶なのは確かだ。一番最初に完成報告が出たのが、雅らが手をつけていた岩風呂だ。いい部屋を前もって確保されたのもあるが、まさか一番最初にお風呂がやってくるとは誰も思わなかった。
そのお風呂は大人気で、長蛇の列ができたため、次々と増設されていき今は七部屋がお風呂にまわされている。それでも、順番待ちは解消されずに今は整理券が配られている。
「岩のお風呂は私の知っているお風呂とは少し違いましたが………すごく気持ちよかったですぅ」
「確かにあれはすごく汗が出て、体によさそうですよね」
「お風呂かぁ、でもやっぱり湯船に浸かりたいなぁ」
「手足を伸ばせる大きなお風呂がいいわね。温度は少しぬるめで、ゆーっくり入りたい」
水は確保できているのだが、そもそもこのドラセナ砦には湯船のお風呂は存在していなかったらしい。蒸し風呂の残骸が発見されているので、そこがここのお風呂だったのだろう。今から作れる湯船は、せいぜいドラム缶風呂ぐらいか、彼女達との希望とは程遠い。
「さて、報告しにいきますか」
「そうね、次はどんな部屋が必要かな」
なんて言いながら、ミーナが率先して歩き出す。
「あのう………」
「ミーナ、そっちは逆方向ですよ」
「え、あれ? そっち? あれぇ? こっちじゃなかったっけ?」
「ほら、行きますよ」
「はーい」
「あ、お帰りアルよ。もう補修作業は終わったアルか?」
「なんとか、ってところかな。大工やってた人が言ってたんだけど、基礎からやり直したいぐらい酷いんだって」
「それは大変アル」
「どちらかっていると、チムチムの方が大変じゃない?」
チムチム・リー(ちむちむ・りー)の体には何人も子供がしがみついている。プチアトラクション状態だ。作業の合間に子供と遊んでいたら、どんどん子供にたかられて作業どころではなくなってしまい、結局子供の相手をするのが役目みたいになってしまった。
「全然大変なんかじゃないアル。みんなやんちゃだけど、元気でいい子アルよ」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)はそっか、と納得して水筒に手を伸ばす。
「あー、あっという間だったね。一週間、最初は結構あるような気がしたんだけど、作業してるとほんとすぐだったね」
「そういうものアルよ。と、痛い痛い、お髭は引っ張らないで欲しいアル」
やっぱり、子供達にはチムチムのもふもふボディは魅力的のようだ。いや、子供でなくてももふもふを楽しみたいという人は少なくない。けど、今回は理由が少し違ったようだ。
「ごめん、ちょっと匿って!」
物凄い勢いで走ってやってきたミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)が、その勢いのままチムチムの背後に回りこむ。ほどなくして、そこへアーミア・アルメインス(あーみあ・あるめいんす)が走ってやってきた。
「ねぇ、こっちにミネッティきてない?」
アーミアの問いに、とりあえずレキとチムチムは首を横に振って答えた。
「そ、ありがと。じゃ、見つけたら教えてね」
それだけ言って、アーミアは走ってどこかに行ってしまう。
「ふぅ、助かったわ………」
アーミアの影が消えてから、ミネッティがひょっこり顔を出した。
「一体、どうして追われているアル?」
「いやぁ、大した事じゃないんだよ。さっきまで補修作業してたんだけどね―――」
と、事情を説明しはじめた。内容を掻い摘んで説明すると、ミネッティの塞いだはずの穴にアーミアが乗って床を踏み抜いてしまったのだ。いや、それだけならここまで追われる理由にはならない、怠慢な作業をしていたのは事実だが事故の一つだ。
「私が乗った時は大丈夫だったから、太ったの? って言っちゃったんだよね」
「あー」
「それは………」
ミネッティの落ち度かなぁ、とレキとチムチムは思った。体重の話なんてあまり人にはされたくないものだし、床を踏み抜いてしまった実績もある。聞けば、アーミアはとても真面目な性格で、今日までの作業もダラダラやろうとするミネッティに注意しながら作業していたようだ。
「早く、謝った方がいいアルよ」
「そうだね。謝った方がいいよ、そうしないと、本当に寝ている間に外に放り出されちゃうかもしれないよ?」
「いや、いくらなんでもそこまではしないだろ………たぶん」
「いくらなんでもそんな酷い事するわけないじゃない」
四人目の言葉に、ミネッティが恐る恐るそちらに顔を向ける。
満面の笑みのアーミアの姿がそこにあった。
「ひぃっ」
たぶん、体が反応したのだろう。ヤバイ、と。
ミネッティは一目散に逃げ出し、それをアーミアが追いかけていく。すぐに二人の姿はどこかに行ってしまった。
「大丈夫かな?」
「そんなもの作って、許可取ってあるんですか?」
「粗末なものではあるが、あると無いとでは大違いなのだよ」
マルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)はぽんぽんと、自分で作った狙撃台を叩く。見てくれは端材の詰め合わせだが、強度のちゃんとある。狙撃台としての役割はきちんと果たせそうだ。
「そういう意味ではなくて………まぁ、いいです。ゴミと間違われて捨てられないように注意してくださいね」
雨宮 七日(あめみや・なのか)は少し呆れ顔だ。
「ゴミとは失敬な。確かに、見てくれが悪いのは自覚はしているが………それより、こんなところに何の用だ?」
「ああ、そうでした。味見をしてもらおうと思ったんですよ。これ、食べてみてください」
七日は何かの干し肉を差し出した。
「ああ、言っていた保存食か」
「ええ、どうぞ」
ふむと一言つぶやいて、マルクスはその干し肉を口にいれた。
「………ふむ、今までにない風味を感じる。しかし、悪くない」
「ところで、食肉というのはより高度に進化した生き物の方がおいしいとされていると聞いた事ありますか?」
「どうした、突然そんな話を」
「鳥よりも豚、豚よりも牛の方が肉としては美味とされています。では、生き物として一番進化した生き物は、牛なんかとは比べ物にならないほど美味という事になりますよね?」
「その話が本当ならば、そういうことになるだろうな」
「では、一番進化した生き物と言われて何を想像しますか?」
「ん? んー、それは………おい、まさか………」
マルクスは自分の食べさせられた干し肉が、一体何の肉を使って作られたものなのかを想像して青ざめた。
「冗談ですよ。それはサンドワームの肉を使って作ったものです。マルクスが悪くないというのなら、味も悪くは無いようですね。味見どうもです」
「せめて自分が一度口にしてから持ってくるものではないか?」
「毒があったらどうするんですか」
「おい………もういい。ところで、皐月の姿が見えないな、一緒に居たのではないのか?」
「砂蟹の肉を食べて寝込んでいます」
「え?」
「嘘ですよ。砂蟹も毒も無く味も良かったです。さすがにカニの仲間と言ったところですね。大きいから身もたっぷり取れましたし。皐月は暇そうにしてたので、解体作業をさせてたら気分が悪くなっていたみたいです。さすがの役立たずっぷりですね」
「解体作業を平気でやれる方が、今は少ないだろう」
「ま、今は明日の準備に参加するとかで、アイアルさんのところに顔を出しているみたいです。やっとストリートミュージシャン生活ともお別れですね。っと、そうでした、味見ついでに伝言があるんでした。訓練を見ている教官から、ワイバーン騎兵のために軽くて丈夫な鎧を用意できないかと相談が来てます。あとで顔を出してあげてください」
マルクスはここの兵士達のために、防具の整備や強化を引き受けているのだ。狙撃台作りは、趣味みたいなものでこっちは本業ではない。
「軽くて丈夫か、無理難題にもほどがあるな。わかった、あとで顔を出しておこう」
「その前に、ゴミではないので捨てないで、と書いてそれに貼っておくべきですね」
「だから、ゴミとは言わないでくれないか」
ドラセナ砦から離れた地点、正式名称などなく「穴ぐら」と呼ばれてる場所。そこに、神官ウルの率いている部隊は居を置いていた。
「出てこい」
穴ぐらと呼ばれているぐらいで、この地下施設は本当にただの巣穴だ。そう簡単に見つからない立地と、水の入手が容易であること以外の利点は見当たらない。あとは、とにかく広いので人数が居てもそこまで窮屈ではないといったところか。
「やれやれ、協力してあげるって言ってるのに酷い扱いだよね」
マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)は自分が押し込められていた小さな部屋から出てくる。
「ふん、口だけでそう人を信用させることができるわけがなかろう。しかし、先の戦の件もある。貴様の全てを信用したわけではないが、少ない人員を貴様の監視に割り当てるのも勿体無い」
「ふーん、じゃ俺も仲間にいれてくれるんだ」
「嫌な目だ。あの男と同じで、自分の目の前のことばかりを追う者の目だ。本来なら貴様やあの男のように、志も信念も持たぬ者と並ぶなど………」
「あの男って、やっぱりウーダイオスのこと? やっぱり仲良くないんだね」
「個人の感情などとうに捨てておる。しかし、それでもあの男の言動は目に余るものがある。制約が無ければ、あの男はすぐにでもこの国を捨てて何処かへと出ていくだろう。この国を見捨ててな」
「制約?」
「奴がもし、我らに仇名すような行動を取った時のための保険だ」
「そんなものがあるんだったら、味方の神官を殺そうとした時に使えばよかったんじゃないかな?」
「弟のことか………あれは弟の落ち度だ。あの男と違い、弟は言ってはならぬ事を多く知っている。あの男のように器用でもない。捕まるようならば命を捨てる覚悟は、してもらっていた」
ウルの言動から、ウーダイオスの事は嫌っているようだけど実力は認めているってところかな、とマッシュは推測する。
ウルに連れられた先は、広い空洞になっている部屋だった。そこには、数えるのが面倒になるぐらいの石像が並んでいる。恐らく、全て捕えられた市民というやつなのだろう。
「凄いね」
「彼らを交渉の道具に使うのは心が痛む………しかし、逆賊どもを捕えるためだ。いずれ、彼らも理解してくれよう。先だって、貴様にも明日の件に手を貸してもらう。そこでの貴様の働きを見て今後どうするか決めさせてもらおう」
「口だけで信用を取れないなら行動で示せってことだね」
「ふん、そういう事だ。しかし、一人勝手に動かれても厄介だ。そこで、貴様には監視をつけさせてもらう。ルブル!」
ウルに呼ばれ、奥から鎧で身を固めた人物が奥からやってくる。顔は鎧に隠れて見えないが、鎧を着込んでなお細い体の持ち主のようだ。
「は、何用でしょうか?」
声は鎧の中で反響しているのか、すこしぼやけた感じがする。それでも、鎧の中にいるのは男ではなく女だというのはマッシュにもわかった。
「こやつに監視をつけろ。人は貴様に任す」
「ならば、ギルがよろしいかと」
「ふむ、ギルか。確かに監視にはもってこいだろう。よかろう、ではこやつを連れていけ」
「はっ! よし、ではついてこい」
さっとルブルと呼ばれた女性は、すぐに背中を向けて歩き出す。ウルは顎で「行け」と示しているので、マッシュは慌ててそのあとを追った。
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