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リアクション
第10章
「すると今日は、カメリアさんのお供ということですか?」
矢野 佑一(やの・ゆういち)は、街で出会ったカガミにそう尋ねた。
カガミとは、カメリアの椿の古木がある山に住む狐の獣人で、カメリアの友人でもある。以前、カメリアが引き起こした騒動の際に佑一とそのパートナー、ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)と知り合ったのである。
カガミは答えた。
「いやあ、お供と言うか。ついでに着いて来たって感じですかねぇ。お供と言うには、完全に別行動ですし」
ちなみに、佑一の求めに従って幻術で若い女性の姿に変身している。年の頃20歳程度の女性に化けたカガミは、佑一に腕を絡めて歩いている。佑一よりもちょっとだけ背の低いスラリとした姿は、佑一と並ぶとカップルに見えた。
「……ところで、僕が頼んだのは囮のために幻術で女の子の幻とか出せないかな、ということなんですが……」
佑一の言葉にカガミはいたずらっぽく答えた。
「いやあ、独立した幻を出すよりも自分が化けるほうが得意なものですから。それに、バレンタインのチョコ狙いということはカップル然としていた方が狙われやすいんじゃないですか?」
「まあ、それもそうなんですが……」
佑一はミシェルの方をちらりと見た。その視線に気付いたカガミはミシェルにも語りかけた。
「ねぇ、ミシェルさんもそう思いませんか? あ、それ以前に私と佑一さんではカップルに見えませんかねぇ?」
ミシェルはというと、佑一とカガミの様子を何となく見ないようにしながら歩いていた。突然話しかけられて驚く。
「えっ!? あ、ううん。そんなことない、ないよ……うん、カップルに……見える……」
きゅっ、と。
俯いたままのミシェルは手を伸ばした。白いフワフワの手袋で佑一の手を握る。
「ミシェル……どうしたんだい?」
普段は悪戯っ子の雰囲気を持つミシェルだが、それは自身の感情に素直であるからに他ならない。ゆえに、何かの拍子で感情が揺れ動いてしまうとその変化は顕著だ。
「うー。ううん……何でもないよ。何でもないんだけど……」
佑一は柔らかく頷いた。意識的にゆっくりと言葉を繋いで、ミシェルにもう一度尋ねる。
「うん……ないん……だけど?」
ミシェルはその言葉に視線を下げてしまった。だが、握った手を佑一が握り返してくれたので、ようやく横目でちらりと佑一を見る事ができた。
「その……握ってて……いいかな?」
その言葉に目を細める佑一。さらにもう一段柔らかな笑顔で答えた。
「ああ、もちろんだよ」
――と。
という微妙な空気を切り裂いて登場したのがチョコレイト・クルセイダーである。
「だぁーっ!! ときめきセンサーに反応があるから来て見ればなんだ! そこの色男ーーーっっっ!!!」
突然現れて佑一を指差した茶色タイツの男達。指差された佑一は聞き返した。
「へ? 色男って僕のこと?」
その反応に更に怒りを燃やした男は叫んだ。
「ぬがぁーっ!! 自覚ナシか!! そんな美女と美少女を二人も連れて両手に花のクセに色男でないと言いやがりますかっ!?」
「え? ああ」
言われて気付いた。佑一は確かに今、美女に変装したカガミに腕を組まれ、かわいい女の子に見えるミシェルと手を繋いで歩いている。なるほど、端からみたらモテモテ色男に見えるのだろう。
「ちょっと!! ボクは男の子だよ!!」
ミシェルは抗議するが、すっかり怒りに盛り上がっているクルセイダーにはあまり効果がない。
「ぬおぉーっ!! 美少女かと思ったら美少年とは!! ますます許せんというかうらやまし――」
良く分からない方向に興奮し始めたクルセイダー。だが。
「何でわざわざ変装までしてきたワタシじゃなく美少年に反応するのよーっっっ!!!」
というアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)のドロップキックを脇腹に受けて吹き飛ぶクルセイダー。
「おおぉーっっっ!!?」
盛り上がっていたクルセイダーはアルメリアの攻撃で数m離れた茂みの方へと消えていった。
華麗に着地したアルメリアは百合園女学院の制服に身を包み、伊達メガネを掛けて髪型も普段とは違ってツインテールの可愛い女子っぽい格好である。
突然割り込んできた危険分子を囲むクルセイダーに向かって、アルメリアは啖呵を切る。
「こないだはよくもワタシのチョコの材料を奪って行ったわね!! それにわざわざ狙われやすそうな変装しておびき出そうとしたのに、色男と美少年に反応するなんてどういうつもり!? 確かにあのコはかわいいっ!! かわいいけどもっっ!!!」
前半の怒りはともかく、後半はちょっと論点がズレてる気がします。
それはともかく、クルセイダーの一人は反論した。
「ふ、ふんっ! 知った事か。このときめきセンサーはまずは周囲で一番大きいときめきに反応するようになっているのだ! 見ろ、囮捜査などという邪な企みを持っている貴様よりも、そこの美少女と美女の方がよほどときめいていたという事だっ!!!」
と、ハート型のときめきセンサーを示して叫ぶクルセイダー。確かに、ミシェルとカガミに向けられたセンサーは大きな数値をはじき出しているようだ。
「え……?」
佑一は敵であるクルセイダーの攻撃を受ける事がないよう前に出ている。ミシェルは、その背中ごしにカガミの顔を見た。
「……♪」
悪戯っぽい笑顔で唇に人差し指をあてるカガミ。
はたして大きなときめきの数値とは、ミシェルのものなのか、カガミのものなのか、それとも佑一のものなのか?
もちろん、その答えは出ない。
それはそれとして、クルセイダーの返答がお気に召さないアルメリアはひたすらにおカンムリだ。
「なーんですってーっっっ!!!」
変装のためにろくな装備もしていないことを忘れて、アルメリアはクルセイダーに突撃していく。
「いけない!!」
咄嗟にミシェルはクルセイダーに向かってヒプノシスを発動した。
何人かのクルセイダーはその場にバタバタと倒れるが、全員とはいかない。
更によくないことに、クルセイダーの中にはチョコ怪人が混じっていた。『チョコ・グラディエイター』だ。
チョコ・グラディエイターはかつて恋人に二股をかけられた男たちの恨みが凝り固まってできたチョコ怪人である。いつかその格闘術で復讐するために日々技を磨いているグラディエイターは、チョコレートで出来た剣と盾で身を固めたチョコ・ゴーレムなのだ。
「チョコーッ!!」
仲間であるクルセイダーを倒されたグラディエイターはアルメリアに向かってチョコソードを振り下ろそうとした。
「――!!」
だが、その凶刃が振り下ろされることはなかった。
いつの間にか現れたヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が振り上げられたグラディエイターの腕を掴んでいたのだ。
「やれやれ……これだけ大声で騒がれてちゃ、囮捜査も意味なかったかな」
涼しげな目元でクルセイダー達を眺めつつ、ヴィナは呆れ顔をした。
「何だ貴様、邪魔をするなーっっ!!」
他のクルセイダーはグラディエイターを抑えて身動きが取れないヴィナへと数人で襲いかかって行く。
「――無駄だよ」
だが、ヴィナは最小限の身体の動きだけでクルセイダーの攻撃をかわし、グラディエイターに足を引っ掛けてバランスを崩し、クルセイダー達に放り投げた。
歴戦の防御術である。
「うわぁーっ!?」
グラディエイターごと将棋倒しになったクルセイダーたち、ヴィナがグラディエイターを踏みつけるともう身動きが取れなかった。
「まったく――これだけの男たちが集まって、やってることは女の子を襲ってチョコ集めとは……恥を知れ、恥を!」
もっともと言えばもっともな正論に、クルセイダーたちはぐうの音の出ない。
「う、うるさい……お前みたいなハンサムに説教される筋合いはないっ!」
と、辛うじて反論するクルセイダー。だが、ヴィナはその言葉を聞き逃さなかった。
「何……? ちょっと聞き捨てならないなぁ、ちょっとそこに座れ。正座だ! いいか、俺がこの顔だけで結婚できたと思ってるの? 確かに俺は正妻がいるうえに内妻もいるよ、でも俺だってリアルに死にそうな思いで妻二人をゲットしたんだよ」
ちなみに、ヴィナは本妻との結婚式を挙げたうえ、このバレンタインには内妻とも結婚式を挙げる予定だ。
なんというリア充。
ちなみに、本妻も了解済みというのだから色々と恐ろしい。だが、それゆえにここに至る経路は平坦なものではなかった。
何だかおかしな方向にヒートアップするヴィナだが、結局アルメリアにどつき回されて、正座させられているクルセイダーたちは大人しく聞かざるを得ない。
「は、はぁ……そうですか」
「そうですかじゃないよ、いいかい? 恋は戦いなんだ、命懸けなんだよ。自分の命を懸けるほどの想いがあって初めて成就するものなんだ。こんな下らないことをしているヒマがあったら、好きな相手にアタックするなり、恋敵に手袋投げるなりすることがあるだろ!?」
「あの……特定の好きな相手がいない場合はどうすれば……」
「君らの頭は飾りかい? 戦いには突撃する前に情報収集ってものがあるでしょ、敵を知り己を知れば百戦危うからず……まずは自分を磨くことだな」
そこにアルメリアが割って入った。
「もーっ! こんな変態共の恋愛指南なんてどうでもいいから、ワタシのチョコを返しなさい!!」
ミシェルもおずおずと切りだした。
「そ、そうだよ……クルセイダーさん達の気持ちも分かるよ? 自分の想いが届かないと、上手くいってる人が妬ましくなったりするものだよね。……でも、上手くいってる人たちだって、きっといっぱい努力したち大変な思いをしてるんだよ……だから、チョコを返してあげてくれないかな……?」
そこに佑一が、用意していた上着をクルセイダー達にかけてやった。
「ほら、そんな格好じゃ寒いでしょ? ミシェルの言ってることもまあ、素直には聞けないでしょうけど……覚えておいて下さいよ。それに……大体チョコを奪っていったいどうしてるんですか?」
アルメリアとヴィナに攻撃されたうえに説教されていたクルセイダー達は、佑一とミシェルの優しさにうるうると涙を浮かべる。
「ううう……すいません……一人身の寂しさに耐えかねて……独身男爵はチョコレイトが恋愛の小道具に使われるのは間違ってるって……。俺らは別にカップルの邪魔ができればどうでも良かったんです……ほとんどのクルセイダーは便乗してるだけなんだ……でも、俺もうやめるよ……チョコも返すよ、持っていってくれ……」
クルセイダーはアルメリアに手をついて謝った。チョコを返してくれるということで喜ぶアルメリアだが、どこにもそのチョコは見えない。
アルメリアが不思議な顔をしていると、クルセイダーはグラディエイターを指差した。
「……まさか……」
「はい、奪ったチョコのうち、材料はほとんどそのままチョコ怪人の材料にさせてもらいました……プレゼント系のはみんなで食べたり倉庫に補完したりです……あなたのチョコの材料は、アレになりました」
アルメリアは愕然として、ヴィナに叩きのめされて伸びているグラディエイターを眺め、叫んだ。
「こ、こ、こ、こんなもんいるかーーーっっっ!!!」
と。
☆
「ねぇねぇねぇ〜! ときめいてる相手って誰? ねぇ誰〜?」
神代 明日香(かみしろ・あすか)はパートナーの神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)に詰め寄った。
クルセイダーに対する囮捜査として市販のチョコを買って街をぶらぶらしていた明日香。明日香自身、そのチョコとは別に本命の相手はいるため、ときめきセンサーにひっかかったクルセイダーをおびき出せたのはいいが、独身男爵が夕菜のときめきについて指摘したのは計算外だった。
こうなってはもはやクルセイダー退治どころではない。明日香は夕菜の想い人は誰か、馴れ初めはいつだと問い詰めていく。
「え、ええー? あ、明日香さん……っ、今はそんなことを言っている場合では……っ!!」
問い詰められた夕菜は、こちらも囮用に用意したチョコレートを胸で抱き締め話を逸らそうと懸命になっている。
もともと純情な夕菜、こんな公衆の面前で想い人について問い詰められてまともに答えられるわけがない。
明日香はここは押しの一手とばかりに、夕菜の抗議を無視する。
「いいからいいから〜。相手は誰なんですか〜? 私の知ってる人〜? 言えないってことは知ってる人だよね〜? ねぇ誰なの〜?」
と、すっかり本来の目的を忘れている明日香。その肩にクルセイダーの一人が手を置いた。
「あ、あの……せっかく出てきたんで、無視しないでもらえると……」
だが、明日香はその手を振り向きもしないで邪険に振り払う。
「え? ああ、ごめんなさいね〜、今ちょっとそれどころじゃないんです〜。あ、チョコでしたね? はいこれ」
もともと囮用に買っただけの義理チョコ、明日香にとってはさしたる価値はない。だが、わざわざおびき出されておいてはいそうですかと引き下がれるクルセイダーでもなかった。
「ちょ、バカにするのもいい加減に……」
維持でも明日香を振り向かせようと、やや強引に肩を掴んだクルセイダー。だが、次の瞬間には後悔することになる。
「今忙しいって言ってるじゃないですか〜! 邪魔しないでくださ〜い!」
あくまで振り向かずに、後方のクルセイダーに対してファイアストームを放つ明日香。クルセイダーは瞬時に火ダルマになって転がった。
「あちゃちゃちゃちゃ!!」
そんなクルセイダーは本格的に放っておいて、明日香は夕菜への追求の手を強めた。
「さぁ、観念しなさい夕菜ちゃ〜ん。お相手は誰なのですか〜?」
じりじりと後退しながら夕菜は悟った。
逃げるしかない。
「あ、ははは、は……し、知らないです、知らないですわ、そんな恥ずかしいこと〜っ!!」
夕菜は明日香に背中を向けて脱兎のごとく逃げ出した。
まさか言い訳の一つもしないで逃げ出すとは思っていなかったので、明日香は慌てて追いかける。
「あ、こら〜! ちょっと待ちなさい〜!!」
嵐のように過ぎ去った二人を、もはや何のためかもわからないまま追いかける独身男爵とクルセイダーだった。
走り去った二人を追って公園の奥にやってきた独身男爵、追いかけるうちに他のクルセイダーとはぐれてしまったようだ。
「む……?」
見ると、街灯の下にライトに照らされた一人の少女がいる。黒井 暦(くろい・こよみ)だ。
「……待っておったぞ、独身男爵」
上目遣いに独身男爵を見つめ、モジモジと頬を赤らめる暦。
「……待っていた?」
独身男爵は答えた。暦との面識は当然ない、クルセイダーのようでもない。まさか明日香と夕菜のやりとりすら壮大な罠だったのだろうかと警戒する。
だが、暦の様子は追跡者のようでもない。おずおずと取り出した可愛い箱を胸元に見せる。
「……う、噂を聞いたときから気になっておったんじゃ……」
何か様子がおかしい、と独身男爵は近づいた。すると、暦の口から衝撃の一言が飛び出したではないか。
「わ、わらわは、わらわはおぬしが好きなんじゃーっ!!!」
「な、なんだってーーーっっっ!!!」
ついつい叫んでしまう独身男爵。それもそのはず、チョコ強奪活動などしていては女子に嫌われることはあっても、好かれる事などある筈もない。
しかし現に目の前には一人の美少女がいて、自分に熱い想いを告白しているではないか。
そして、暦は手に持った箱をおずおずと差し出した。
「だ、だからこのチョコを、このチョコを受け取ってくれんか……!!」
もじもじとチョコレートを差し出す暦。つい、と手を出した独身男爵はそのチョコを受け取った。
作戦成功、と暦はちらりと独身男爵の顔を見た。そう、当然ではあるが暦は本気で独身男爵に惚れたワケではない。自分に惚れた女子がいると勘違いさせ、チョコレートを渡して喜んだところを捕獲する作戦なのだ。現に近くの茂みには刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)が魔鎧であるパートナー、夜川 雪(よるかわ・せつ)を装着して待ち構えている。
だが。
「――!!」
暦は戦慄した。仮面ごしに見る独身男爵の視線は、明らかにチョコレートを貰って喜んでいる男の目ではない。あくまでも冷ややかに、暦を上から睨みつけている。
そう、暦の演技は完璧だった。刹姫が潜んでいることに気付いたわけではない。
だが、手段が間違っていたのだ。
「――私のことが好き、だと? 嘘だな」
チョコから手を離した独身男爵は、暦の手首を掴んでねじ上げた。
「あぅっ!!」
演技は成功しただけに暦に油断が生じた。苦しげにうめき声を上げる。
「な、何故――」
「何故かだって? 私のことが好きならばチョコレイトを使って愛の告白などするわけがない。私が憎んでいるのはそのようにして愛の小道具にチョコレイトを使うことなのだから!!」
ち、っと舌打ちした暦。だが、これで黙って引き下がるワケにはいかない。
「ふん、わらわの愛よりチョコの方が大事か……、随分軽く見られたもんじゃ!!」
ねじり上げられた手からファイアストームを放ってけん制する暦。
「今じゃ、刹姫――!!」
「待ってたわよ! さあ、絶望の淵で醜く踊るがいい、後悔の舞を!!!
暦の合図に応じて雪と装着した刹姫が飛び出し、トラッパーであらかじめ仕掛けられていた義理チョコトラップを発動させた。
作戦自体は失敗だが、暦はこの場所に独身男爵を立たせることには成功していた。
一斉に襲いかかる義理チョコの群れ、それに合わせて暦はもう一度ファイアストームを放った。
「そんなにチョコが好きなら、チョコの海で溺死するがいいわ!!!」
「ぬおぉっ!?」
トラッパーで雨のように降るチョコがファイアストームで溶かされ、独身男爵をコーティングしていく。
そこに、刹姫が間髪入れずに氷術でチョコの温度を下げていった。
しかし、独身男爵もただではやられない。自らの身体に火術をかけ、その熱で氷かけたチョコを溶かしてしまう。
「あああぁぁぁっ!?」
逃げ出した独身男爵に残念そうな声を上げる刹姫と暦。
辺りに散乱したチョコレートを見て、雪は呟くのだった。
「あーあ、もったいねぇ。なあサキ姉。俺の分のチョコはねーのかよ?」
何かと暴走しがちな姉たちのせいで、雪自体の顔はいいのだが、いまいちモテたことがない。
だが、刹姫はしれっと答えた。
「知らないわよ。んなもん自分で何とかしなさい」
「とほほ。だったらせめて誰か女友達でも紹介してくんねーかなぁ」
と、嘆く雪だった。
☆
「な、何ですか。あなた達は――」
一方、わざわざ街の手作りチョコレート教室に通ってバレンタイン用のチョコレートを作ってきたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は戸惑っていた。
突然、物陰から現れたチョコレイト・クルセイダーとチョコレイト怪人に囲まれ、胸に抱いたチョコレートを庇っている。
「ふっふっふ……貴様のそのときめきの元……その大事そうに持ったチョコレイト……こちらに渡して貰おうか……?」
もちろん、そんな大事なチョコレートをみすみす渡す気はない。
「い、いやですよそんな……!!」
だが、茶色のマントとシルクハットのチョコ怪人『Mr.マジック』はルシェンの目にも止まらぬ速さでその手に持ったチョコレートを奪い去る!!
「ああっ!」
「ふっふっふ……見なサーイ、この私のマジックを!!」
見ると、Mr.マジックはルシェンからチョコを奪った際、いつの間にか油性マジックで『まさお』とラクガキをしているではないか。
「はっはっは、これでこのチョコはまさおさん宛てデース!!!」
ところで、まさおって誰?
「か、返しなさい!! ――っきゃっ!?」
ラッピングにラクガキされても、まだ中身さえ無事ならどうにでもなる。ルシェンはチョコを取り戻そうとチョコ怪人に飛びかかるが、バランスを崩した怪人と組み合う形になり、勢いづいて転んでしまった。
「――!!!」
ルシェンは凍りついた。怪人ともども倒れこんだクルセイダーが、手をついた拍子にルシェンのチョコレートを押し潰してしまっている。
きちんと包装されたチョコレート。料理は苦手なので、教室の先生に頼みこんで居残りまでしてもらってようやく完成したチョコレート。今年こそはパートナーに渡して日頃の感謝を伝えようと作ったチョコレート。あなたが好きだと、気持ちを伝えようと頑張って作った、ようやく完成した、たったひとつのチョコレート――。
「――ひぃっ!?」
クルセイダーは悲鳴を上げた。一瞬にしてチョコ怪人、Mr.マジックの首が飛んだのだ。
どこから取り出したのか、ルシェンが振るった蒼き水晶の杖の一撃で、一瞬にして怪人の即頭部が吹き飛ばされた。チョコ怪人はゴーレムだが、これが人間だったら――?
「……許さない」
ゆらりと立ち上がったルシェンは、怯えるクルセイダーの前に杖を構えた。
「ご、ごごごごごめんなさぷしっ!?」
先頭にいたクルセイダーの即頭部が弾ける。
「許さない、と、言ったでしょう……こんなものでは済ませませんよ……!!」
杖の先頭についた蒼い水晶が、赤く光った。
一目散に逃げ出すクルセイダーの後頭部をがっしと掴んで、ルシェンはそのまま天のいかづちを放つ!!
「ぎゃあああぁぁぁーーーっっっ!!!」
黒コゲになって倒れるクルセイダー。だが、こんなもので終わらせる気はない。
「まだまだですよ……自分達がどれほどの罪を犯したのか……その魂に刻み込んで教えて差し上げます……!!!」
逃げるクルセイダー、それを猛スピードで追い、次々とし仕留めていくルシェン。その姿は、さながら無慈悲なる蒼い悪魔のようであった。
「ば、化け物だーっ!!」
一見するとおっとり美人のお姉さんのように見えるルシェンの豹変ぶりに驚いたクルセイダー、めいめいに逃げ出すものの、その前に立ちはだかる者があった。
「――見つけたぞ。さあ、狩りの時間だ!!!」
ザミエル・カスパールとレン・オズワルドである。もちろん先頭に立っているのはザミエルであり、レンはついでというか、はっきり言えばオマケだ。
言うが早いかザミエルは、手近なクルセイダーの頭部をその手に持ったスナイパーライフルの台尻でフルスイングした。
「あぽしっ!?」
そのまま倒れたクルセイダーの上に馬乗りになってひたすらに殴りつける。
レンはそんなザミエルを後ろから羽交い絞めにして止めた。このままでは殺してしまう。
「やめろザミエル! 相手のHPはもう0だっ!!」
だが、パートナーであるザミエルはレンの弱点など知り尽くしている。後ろを振り向きもせずに、光の早さでサングラスに目突きを喰らわせて破壊する。
「目が、目があああぁぁぁっ!?」
そのまま、ごろごろと顔面を押さえて地面を転げまわるレン。
そんなパートナーのことなど放っておいて、心おきなく復讐の狩りを続けるザミエルだった。
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