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ビターなチョコは甘くない

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ビターなチョコは甘くない

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第14章


「うん……結構集まったな」
 ツァンダの街で一番大きな公園。そこに茅野 菫(ちの・すみれ)はいた。
 菫はネット上の情報提供ネットワークを利用し、そこから更に提供者と被害者のネットワークを作り、主に被害者の女子中心に連絡を取った。
 その結果、もういちどチョコレートを用意した協力者を多数集めることができた。
 それがこの金曜日、夜の公園に集まったのである。その数は100人近く。
 その中には多くのコントラクターが混じり、一般人の護衛と共にチャンスをうかがっている。

 菫が集めた被害者集団は、チョコレイト・クルセイダーに対する最後にして最大の囮であった。
 もちろん、これだけの人数が一つの場所にチョコを集めて集まっているなど不自然極まりない。
 つまり――

「来たな」

「我々はチョコレイト・クルセイダー!! 貴様らのチョコレート、貰い受けに来たっ!!」

 ――これは、クルセイダーに対する挑戦状なのだ。
 最後の戦いが、始まろうとしていた。


                              ☆


「――現れたな」
 被害者集団の中に潜んでいた本郷 涼介は、3人の独身男爵と数のチョコレイト怪人の頭上に広範囲のブリザードを発生させた。
「うおおおぉぉぉっ!?」
 頭上から降り注ぐ極寒の吹雪に、チョコでできたゴーレムである怪人たちの動きが鈍くなる。
「それでは、わたくしも」
 そこに追い討ちをかけるようにエイボン著 『エイボンの書』の雷術が降り注ぎ、怪人を数体破壊する。
「き、貴様ら! こういう時は最後の口上を言わせてやるのが武士の情けというものだろうが!」
 独身男爵は文句を言うが、涼介は親指を下に向けて言い切った。
「――貴様らの主張など関係なし!」
 それが合図だった。
 集団に紛れ込んでいたコントラクター達が一斉に怪人たちに襲いかかり始めたのである。


 パラ実の自称ヒーロー、正義マスクことブレイズ・ブラスもその一人だった。
「うぃりゃあああっ!!」
 どうにか、手近な怪人を殴り飛ばして一般人を護衛する。
 かつては『正義マスク』を手に大暴れした彼だったが、今の彼はただのコスプレヒーロー、それほどの力はないし、実力もまだまだだ。
「く……、俺にもっと力があれば……!!」
 力に溺れる事の愚かさを悟った身ではあるが、やはりこういう時は己の無力さを呪ってしまう。
 その時。

「これを使いなさい!!」
 一つのマスクがブレイズに向かって投げられた。
 それは、透明なガラスでできた一つのマスク。
「これは?」
 見ると、気の影から一人の女性がいた。師王 アスカのパートナー、オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)だ。
「噂には聞いていたわ、ブレイズちゃん。それは錬金術で作った貴方へのプレゼントよ、きっと貴方に力を貸してくれるわ。その名は『ガラスのマスク』!!」

「誰かは知らないがありがたい!! 早速使わせて貰うぜ!! 正義マスク『ガラスフォーム』!!」
 ブレイズは自分がつけていたマスクの上から『ガラスのマスク』を装着した。マスクを二重に着けて見にくくないのか、という話もあるがガラスのマスクは透明なので問題はない。
 ガラスフォームへと変身したブレイズは、普段とは比べ物にならないスピードで動き回り、怪人の死角から次々と攻撃していく!!
「うぉぉ! スピードもある上に正確な動きができるぜ!! サンキュー!!!」

 ブレイズの活躍を見ながら、オルベールは呟いた。
「あれ……そんな効果、なかった筈なんだけど。ただの思い込みであれだけの力を出るとは……ブレイズちゃん……恐ろしい子……!」


 思わぬ助けを得て一般人の護衛を抜け、怪人たちと対峙するブレイズ。そこに、一人の男が現れた。
「よう――久しぶりだな、ブレイズ」
 風森 巽(かぜもり・たつみ)――だが、今の彼は『仮面ツァンダー・ソークー1』だ。
「あ、ソークー先輩!!」
 ブレイズは、世話になった先輩ヒーローには敬意を込めて『先輩』と呼ぶ。巽もそのうちの一人だった。
 巽はブレイズの横に並び、並みいるチョコ怪人の前に立った。
 その敵の数は50体以上!!
 作りすぎですプロフェッサー!!
「チョコ怪人に手酷くやられたそうじゃないか、だが、戦い方を考えればセイバーでも充分戦えるものだ。我はそれを教えに来た――見ていろ!!」
「先輩!?」
 巽は大きくジャンプすると、自ら怪人たちの輪の中に飛びこんだ。巽のパートナー、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)は言った。
「大丈夫大丈夫。それより、しっかり見ててね」

「いいか、ブレイズ。自らの腕は一本の剣! 心に宿す正義の炎を拳で燃やせ!!」
 ブレイズに呼びかける巽に、チョコ怪人チョコレイトマンがチョコレイト・ビームを放つ!!
 しかし、巽は左手を前に出すだけだ。
「チェンジ、爆炎ハンド!!」
 爆炎波の応用で、炎を腕に纏わせてチョコレートを防いだ。
「囲めっ! 囲んで一気に片付けろ!!」
 巽を囲んだ怪人たちは、一斉にチョコレイト・ビームを放った。左手の爆炎波だけではそれを防ぎきることはできない。
 だが。


「ツァンダー、爆炎チョーーーップ!!!」
 巽は左手をそのままぐるりと体ごと360度回転させて、たった一発のチョップで全てのビームを叩き落としてしまった。


「な、なにぃ!?」
 戸惑う怪人たち。その隙を見逃す巽ではない。
「往くべき道は清々と蒼く、我が心は既に空――機を逃さず、胸を突き動かす衝動をその四肢に込めろ!!」
 ふわりと上空に飛びあがり、くるりとトンボを切る。いつの間にか出ていた月の光が、その姿を美しく照らした。


「ツァンダー、ムーンサルト・イナヅマ・キーーーック!!!」


 足に強烈な轟雷閃を纏ったまま放たれる必殺のキックが、十数体の怪人を一撃で蹴散していく!!


「さあ、行くぞブレイズ、いや――正義マスク!!」
 呼びかけに応じ、ブレイズもまた戦いの渦に身を投じて行った。
「おう!!!」


 公園は戦場と化していた。そこに多数の警察官を引き連れて現れたのはマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)、そしてパートナーのロウ・ブラックハウンド(ろう・ぶらっくはうんど)だ。
「動くなっ!! 怪人たちは全員逮捕・連行するっ!!」
 マイトは事件について独自に警察と連携して、ネット上と自らの足で調査した。
 結果としてクルセイダーのアジトが壊滅したことを受けて、警察に根回ししておいたマイト警察に連絡、多数の警官と共に現場である公園に駆けつけたのである。

 当然、チョコ怪人やクルセイダーたちがそれに従うはずもない。
 独身男爵はマイトに嘲笑を浴びせた。
「ふん、今さら警察ごときに何ができる!! 大人しくそこで見ているがいい!!」
 だが、背後から襲いかかった怪人を柔術で投げ飛ばし、マイトは言った。
「違うな――こうして大掛かりになったからこそ、警察が住民の平和と命を守れるのさ。いい加減に観念するんだな、逃げられはしないぞ! 強盗に傷害に騒乱罪――罪状を挙げればキリはないんだ、大人しく縛につけ!!」
 それを合図に警察官が突入し、多くのクルセイダーを押さえ込んで行く。
 怪人たちを残して、ほとんどのクルセイダーは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
 そこにグレイハウンド型の機晶姫、ロウがゴムスタン弾による弾幕援護で足止めをする。
 マイトが警察と情報連携するにあたり、主に根回し役として活躍していた。
「ウゥゥゥ……ガウゥッ!!!」
 ひるんだクルセイダーたちを警察官が押さえ込んでいく。

 マイトもまた、地道に一人一人のクルセイダーたちを逮捕術で押さえ込み、捕らえていった。
「よし……あとは、首謀者を抑えられれば……」
 独身男爵三人に向かうマイト、だがその前に立ちはだかる男がいた。
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)だ。
「待って、待って下さい!!」
 見ると、その後ろには兄でありパートナーである佐々木 八雲(ささき・やくも)もいる。
 マイトは、立ちはだかる弥十郎に向かって叫んだ。
「邪魔をするな! 君もクルセイダーとやらの関係者か?」
 弥十郎は答えた。

「関係者というか……あの独身男爵という男たち……知っている気がするんだ。そもそも、チョコレイト・クルセイダーは、僕が作ったんだ……」
「……どういうことだ?」
 弥十郎は、マイトに背を向け、独身男爵三人に向き直った。独身男爵も黙って弥十郎の言葉を聞いている。

「最初は……チョコレートが好きな男子が集まってチョコを楽しむ会だった。特にバレンタインが近づくと男子は売場に近づくのもひと苦労……そんな視線に負けないために『クルセイダー』なんていう大仰な名前をつけたんだ。その後、僕はチョコだけじゃなくて料理全般に興味が向いたから、作る方に回りたくて会を抜けたけど……ただ集まって珍しいチョコを楽しむための会だったじゃないか!」
「弥十郎……」
「クルセイダーっていう名前を聞いた時にピンと来たんだ、それに声を聞いて分かった。君達、山田君たち三兄弟だろう? 誰よりもチョコ愛していた君たちがどうしてこんなことを? チョコレートだって悲しんでいるよ……!!」
 独身男爵たちはマスクを外した。
 その素顔は意外にも爽やかな好青年。いわゆる草食系か。

「弥十郎……我々とて、あのままチョコを楽しむ会を続けられれば幸せだっただろうと思うよ。だがそれだけではすまなかった。バレンタインが我々を狂わせたのだ!!」
 弥十郎の兄である八雲も前に出て、尋ねた。
「どういうことだ?」
「我々はやがて誰よりもチョコに精通し、美味しいチョコや高級チョコについて詳しくなっていった。もちろん、バレンタインというイベントを大のチョコ好きの我々が避けて通れるわけもない。やがて想い人ができた我々が、どこよりも高級で、何よりも美味しいチョコを贈りたいと思ったのは自然なことだった」
 八雲は大きく頷く。
「――まぁ、そうだろうな。誰だって自分の好きな人には最高のチョコをあげたいと思うものだ」
「そう――だが、我々の想いは踏みにじられた!! 我々のチョコ好きは周囲では噂になっていた。我々に惚れられれば高級チョコを贈って貰える……心ない女子達がそういう企みをした。女性に免疫のない我々にそれを見抜く術はなかった!! 結局、我々が送った最高の高級チョコはその女子たちによって逆チョコとして利用されてしまったのだ!!」
 八雲は深いため息をついた。
「……なんと、それは酷い。確かに、バレンタインを憎むようになっても納得はできるな」
「だからバレンタインを憎む!! せっかくのチョコレイトという至高の食物を恋愛などという下らないイベントのために利用する世の中を憎む!! いかに旧知の弥十郎といえど……邪魔だてするなら容赦はしないッ!!」

 血の叫びを上げる山田三兄弟。しかしマイトはそれを制止した。
「止めるんだ! たしかに個人個人で様々な事情はあるものだ。だが、今お前達がしている事はただの犯罪だ!! その事情をどれだけ正当化しようと、人々の生活を、平和を脅かす限り、俺は刑事として放っておくわけにはいかない!! 恨み言なら署でいくらでも聞いてやる!!」
 ロウと共に山田三兄弟を確保しようとするマイト。だが、山田三兄弟の後ろに突如として巨大な影が現れた。
「ふふ……もう、戻れはしないよ」
 現れたのは、最後のチョコ怪人、いや、チョコ怪獣『チョコジラ』だった。
 飛来したドラゴンのような巨大なチョコ怪獣は、山田三兄弟の後ろに着地し、その腹部に三兄弟を飲み込んで行く。
「や、山田君っ!?」
 弥十郎が叫んだ。だが、その叫びはもう届きはしない。
「こうなれば、我が身をチョコ怪獣として戦うのみ。……さらばだ弥十郎……君と純粋にチョコを楽しんでいられたあの頃……楽しかったよ……」


 それが、独身男爵の最後の言葉だった。


                              ☆


 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)は、クルセイダーのアジト襲撃に参加したが、街に溢れ出たチョコ怪人を追ってカメリアと共に公園に来ていた。
「あれはっ!?」
 そして目撃したのはチョコレートでできた巨大な三つ首ドラゴン――キングチョコジラだった。そのドラゴンの頭の先端にはそれぞれ山田三兄弟の顔が見える。
 山田三兄弟――キングチョコジラは、並みいる警官隊を蹴散らして、残ったチョコ怪人を次々と取りこみながら肥大化し、暴れまわっていた。
 その巨体から繰り出される攻撃は重く、次々と公園を破壊していく。

「あの頭の先が本体ですね――さあカメリアさん、やりますよっ!!」
 と、衿栖は宣言する。
 カメリアは衿栖の横に並び、朱里に語りかけた。
「うむ――だが、その前にダメージを与えて動きを鈍らせる必要がある。朱里、まずは儂をあそこまで投げ飛ばしてくれんか」
「了解っ!! いっくよーっ!!!」
 カメリアの足を掴んでジャイアントスイングの要領で振り回す朱里。
 ここは夢の中ではないのでカメリアは空を飛ぶことはできない。フェイタルリーパーである朱里に頼んで一気に近づくことにしたのだ。
「いっけぇぇぇーーーっっっ!!!」
 勢いよく飛ばされてキングチョコジラに近づくカメリア。狙いも正確に三本の首の根元に辿り着いたカメリアは、その根元に跪き、火術を放つ。

「ふはははは! デカブツほど接近すると弱いものよ!!」

 それに続いて衿栖はフラワシから豪火を放ち、遠距離からのけん制と攻撃を行なう。何しろ相手はチョコレートの塊、クリーンヒットしなくてもその熱で徐々に外殻が溶けていく。
「ぬぅぅっ!!」
 山田三兄弟――キングチョコジラは激しく暴れて抵抗するが、小さい的である衿栖や朱里にかえって狙いをつけることがきでない。
 朱里はというと足元から接近して蛇腹の剣、虚刀還襲斬星刀を振るってチョコを大胆に削り取っていく。
「ほらほらほらっ!! いくら大きくてもチョコレートじゃ簡単に斬れるねぇ!!」


 そこに、本郷 涼介も攻撃を加える。
「さあ、かかってこい!!」
 涼介は、防御を炎の聖霊に全て任せて、自身に凍てつく炎の熱を纏って胴体に巨大な穴を開け、その中心部へと入り込んでいく。
「本格的におしおきの時間だ!!」
 両手に装備したイーグルフェイクに炎を纏わせ、内側から滅茶苦茶に引っ掻き回し、キングチョコジラの胴体を傾けていった。


「行きますよ、カメリアさん!!!」
 衿栖は首元にいるカメリアに合図を送った。
「おお、ここじゃ!!!」
 カメリアは火術で溶かした首元に、弱点を発見していた。
 そこに衿栖が操る人形が4体、一斉攻撃を加える。
「リーズ!! ブリストル!! クローリー!! エディンバラ!!」
 めいめいに持った剣や弓矢、フォークとスタンガンという変わり種の武器を持った人形たちは、衿栖の手の激しい動きにあわせて、まるで踊るような総攻撃を放った!!!


「う……おぉぉぉ!!!」


 内外からの総攻撃を受けて、キングチョコジラの巨体が傾く。さらにカメリアと衿栖の攻撃れ三本の首がもげ、ドラゴンの頭ごと山田三兄弟が落下していった。
 そこに、風森 巽とブレイズ・ブラス、本郷涼介は狙いをつける!!
 落下しながらも、三兄弟は怨嗟の声を上げた。
「まだだ! まだ終わらない! この世にバレンタインがある限り、我々のような者は必ず現れる! 必ずやバレンタインを滅ぼして――!!」

 だが、涼介は叫ぶ!
「汝は邪悪なり――身の程を知って、口を閉じよ!!!」
 更に、ブレイズが吠える!
「そうとも、この街にこれだけのヒーローがいる限り!!!」
 そして、巽が飛んだ!
「もう、一人も泣かせはしない!!!」


「これで終りだ!!!」
「正義ファイアーナックル!!!」
「ソークー・イナヅマ・キィーック!!!」



 涼介の炎の爪、ブレイズの爆炎波ナックル、巽のイナヅマキックが空中の山田三兄弟それぞれを捕らえた。
「ぎゃあああぁぁぁーーーっっっ!!!」


 山田三兄弟の断末魔が響き渡り、後には黒コゲになった三兄弟と大量のチョコレートが残った。

 そこに現れたのが茅野 菫である。
「ふっふっふ……ヒーローの皆さん、お疲れさま……」
 後にはチョコレイト・クルセイダーの被害にあった女子が大勢控えている。
 その中には、師王 アスカや久世 沙幸、多比良 幽那たちもいた。厳密には幽那は被害者ではないが、情報収集をするうちに紛れ込んでいたのである。
 菫は三兄弟の前に立った。その首に巻かれた正義マフラーがはためく。もちろんそれはすでにただのマフラーだが、燃える正義の心のシンボルなのだ。
「さあっ!! 覚悟はいいな!? 人の恋路を邪魔する奴は!! 正義の心でぶった蹴る!!!」
 言うが早いか、集まった女性たちは今までの恨みとばかり黒コゲの山田三兄弟を蹴って蹴って蹴って踏みまくる。

「おぶべしげふぼあごぷべきぐしゃらべきしゃあっ!?」

「まだまだーっ!!」
 菫の荒ぶる力と怒りの歌で強化された乙女たちのストンピングはまさに野生の蹂躙!!!
「ぎゃあああぁぁぁーっ!!!」

 やがて、山田三兄弟が動かなくなった後、菫は近づいてそっと手を伸ばした。
 そこで優しく施される命のうねり。
「……自分の罪の重さが分かったかい……?」
「う……」
 もはやうめき声を上げることしかできない山田三兄弟。だが、菫の命のうねりで体力はかなり回復したようだ。
 そこに、菫の冷酷かつ残虐な微笑みが容赦なく降った。

「ワンモアターイムッ!!!」
「え!? って何をのぎゃあああぁぁぁ!!!」
 命のうねりで体力が回復したところで、再び繰り広げられるスポンピング劇場!!!

 何という無限ループ。

「み、皆さん落ち着いてくださーい!! 犯人は警察が逮捕しますっ!! どうか落ち着いて!!」
 マイトの刑事としての叫びも女性たちの歓声に紛れていく。
「やれやれ、これはキツいお仕置きになったな」
 その様子を見て涼介はため息をついた。『エイボンの書』はその横で呟いた。
「まあ、乙女たちの心を踏みにじったのですから、当然の報いですわ。……お兄様はよろしいのですか?」
 軽く肩をすくめて、涼介は答えた。
「いやあ、本人たちが手を下せるならもうSmackDownの必要はないさ」

 結果としてようやく落ち着いた女性たちは解散し、マイトが引き連れた警官隊がボロ雑巾になった山田三兄弟を連行することになった。
「やれやれ、とりあえず首謀者は捕らえたが、クルセイダーの何人かは逃がしてしまったな」
 その横で、ロウは考える。確かにクルセイダー自体は解体できたが、まだその母体であった独身貴族評議会は残っている。
 考えてみれば、評議会自体がどういう規模の組織なのかはまだ分かっていない。そういえば警察組織の中にも独身者は大勢いる、ひょっとしたら警察内部に多少は入り込んでいるということも――。

「どうした、ロウ?」
「――ウァン!」
 別に何でもない、とロウは吠えた。


                              ☆


 公園では大騒動になっていたが、独身男爵が逮捕され、チョコ怪人が殲滅されても失ったチョコが戻ってくるわけではない。
 単純に奪われたチョコは影野 陽太が抑えたため、やがて被害者たちの手元に返るであろうが、ルシェン・グライシスのチョコレートのように壊されてしまったものはもうどうしようもない。
 怒りに任せてクルセイダーやチョコ怪人を折檻しまくったルシェン。
 だが、冷静になってみれば、残されたのは粉々に砕けたチョコと紅く染まった杖だけ。自らに付着した返り血を拭き取り、とぼとぼと帰路につくルシェンだった。

「はぁ……結局チョコレートは割れちゃったし、バレンタインはどうしましょう……」
 その日は金曜日の夜、すでに空は白み始めている。
 バレンタインは週明けだから、まだチョコレートを用意する時間は残されているが、ルシェンの腕前としては料理教室の先生に何度も居残りを頼んで教わって、ようやく手作りらしきチョコが作られた程度の腕前であることを忘れてはならない。
 もう直前の駆け込みにしても料理教室もないし、手作りの自信はまるでない。
 もちろん、買ってきたチョコレートでもいいが、せっかくなのだから手づくの品を渡したいと思うのはルシェンの乙女心からすれが当然のことだ。

「はぁ……」
 考えれば考えるほど絶望的な状況に、自然とため息をこぼしてしまう。
 そこに、誰かが声を掛けた。
「あれ、こんなところで何をしてるんだい?」
 榊 朝斗(さかき・あさと)であった。ルシェンのパートナーであり、手作りチョコレートを渡したい相手。
 もちろん、今会いたくない相手ベスト10に堂々のランクイン、ぶっちぎりでNo.1の相手だ。
「あ、あああああさとぉ!?」
 しまった。朝斗はちょっと仕事の依頼で夜勤仕事に出かけており、時間的にいえば帰って来ても不思議のない時間であった。
 朝斗はルシェンの格好を見て驚いた。返り血は辛うじて拭き取ったものの、髪や服装の乱れた様子から何かあったのは明らかだ。
 慌てて後ろ手に隠したチョコレートのラッピングが見えている。最近出没するチョコレート強盗の噂は朝斗も聞いていた。
 大まかな事情を察した朝斗は、優しく微笑んだ。
「えーと、怪我はない?」
「え、ええ……」
「そっか、じゃあ帰ろうよ」
 こくりと頷くルシェン。

 どうにかチョコレートをバッグにしまいこみ、二人で明け方の街を歩く。

「そういえばさ、もうすぐバレンタインだね」
 と、朝斗は呟いた。びく、と体を硬直させながらも、ルシェンは返事をする。
「ええ……」
 考えれば考えるほど、壊れてしまった自分のチョコレートが惜しくなってくる。もう泣きだしたい気分だった。
「どうしてバレンタインってあるんだろうね。いつだって、大切な想いを伝えることはできるはずなのに」
「え……?」
 ルシェンは戸惑った。朝斗の言葉の意図が掴めない。
「まあ、きっかけってことなんだろうね……だから、こう言っちゃなんだけど、チョコレート自体はなんだっていいんだろうね、その人の想いがこもっていれば。まあ、チョコ自体が素敵なものなら言う事ないんだろうけど」
「朝斗……」
 ルシェンの耳で、月雫石のイヤリングが揺れる。
 朝斗は朝陽の中でなお、きらめくような笑顔を見せた。

 その笑顔を見ていると、心が晴れやかになっていく。
 チョコレートのことで 悩んでいた自分がバカバカしくなって、ルシェンも微笑みを返した。
 きっと、何らかの形でチョコレートを渡すことができるだろう。
 想いが込められていれば、この人はきっと笑顔で受け取ってくれる。


 そう、信じることができるから。