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ビターなチョコは甘くない

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ビターなチョコは甘くない

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第2章


「俺のためにチョコレートを作ってくれ!!!」


 と、昨晩自らのパートナーに頼みこんだのは、自称帝王のヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)である。
 それに対して、


「――はい?」


 と、我ながら間の抜けた返事をしてしまった、と思ったのはキリカ・キリルク(きりか・きりるく)である。

 何だろう、確かにバレンタインは近いわけだけどそういうものをこういう風に頼む人でもないし、何か悪いものでも食べたのだろうか、いやそれともどこか健康でも害しているのだろうか、いやそこまでいかなくとも帝王ちょっと疲れてる?

「――チョコ強奪犯の警邏。囮捜査。それでチョコ。成程、理解しました」
 驚きを無表情の影に隠したキリカであった。勿論それ自体に異論はない。だが、単にチョコを持ってぶらぶらしているわけで敵が引っかかってくれるものだろうか。
 これは手作りチョコレートの他にもう一計案じる必要がありそうだ――。


「というわけで、一計を案じてみました」
 と、ツァンダの街でヴァルと待ち合わせをしたキリカが宣言した。
 開いた口が塞がらないのはヴァルである。というのも、『いかにもバレンタイン前のデートを楽しんでいるカップル風』を装うため、キリカは普段とまったく違う服装をしてきたからだ。
「――何ですか、偽装デートに僕が女性の格好をしてきたらおかしいですか」
 ハッ、とヴァルは我にかえった、超高速で首を横に振る。
「いやいやいやいやいや! おかしくない、全く全然これっぽっちもおかしくない!!」
「――そう、ですか?」
「そ、そうとも! じゃ、じゃあ行こうか」
 普段と違うキリカに戸惑いながらも二人は歩きだした。成り行き上デートを装わないといけないわけだが、ヴァル動きはぎこちないことこの上ない。まあそれも仕方がないと言えるだろう、何しろ普段は男っぽく動きやすい格好しかしないキリカが、今はこんなに――


 ――美しく装っているのだから。


 神秘的なヴァルキリードレスから伸びるすらりとした足、上半身はリーブラ・クロースを重ね着して露出が少ないようにアレンジしたファッションは華やかな中にも清潔感があり、青薔薇のコサージュが着いたヘッドドレスも美しい。
 はっきり言って女性慣れしていないヴァルには荷が重い格好だった。
 隣に並んでいるキリカとぎこちない会話をしながらも、まったく間が持たない。今日はほんのり薄化粧をしているのだろうか、あまり身長差がないキリカの方に顔を向けると上品に色づいた唇やアイラインが嫌でも目に入ってしまう。

 キリカはキリカで挙動不審なヴァルの様子から、やはりこの格好は似合わなかっただろうか、と盛大な勘違いをしている。知識では化粧やファッションも抑えているものの、やはり普段から実践していないジャンルでは不安が残る。
 二人して気まずい空気に悩みながらも辛うじてカップルのふりをして歩いていると、前方に見知った顔を見つけた。

「おー、帝王でスノー!!」
 そこにいたのはツァンダ付近の冬を担当する雪の精霊、通称『冬の精霊』だった。一緒に歩いていたのは秋月 葵(あきづき・あおい)とそのパートナーのイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)
 葵もまたチョコレイト・クルセイダー事件の捜査に乗り出し、自らの手作りチョコを携えて囮役を買って出た、というわけだ。その際に『西シャンバラ雪まつり』で知り合った冬の精霊をチョコ作りに誘ったのである。
「と、いうわけでスノー。葵とイングリットと恋バナとかで盛り上がったデスノー、楽しかったのでまたやるでスノー! 帝王はデートでスノー? こんなキレイな娘さんとデートとは隅に置けないでスノー!!」
 全く空気を読まない冬の精霊の発言だが、それでも二人きりで気まずい雰囲気のままよりはマシだ、とヴァルは応対した。
 というか、この脳天気生物のボキャブラリーに恋花バナという単語が入っていた時点で驚きなのだが。
「いやいや、こっちも囮捜査というヤツだ。帝王としては世間を騒がす強奪犯を放っておくわけにはいかないからな」
 ――この娘さんがキレイなのは否定しないが、とも言えないヴァルである。
「あはは〜、帝王さんも相変わらずだね〜」
 葵とイングリットは笑った。
 『西シャンバラ雪まつり』の際に一応の面識はある葵とヴァルの二人。そもそも、自称帝王のヴァルはそれなりに有名人だし、葵もまた愛と正義の突撃魔法少女として知る人は多いのだ。

 一方、二人きりの気まずい空気から開放され、からかわれ半分とはいえ褒められて悪い気もしないキリカは、腰を落として冬の精霊と目線を合わせた。
「こんばんは。話には聞いていましたが、冬の精霊さんですね。僕はキリカ・キリルク。――貴方のお名前は?」

 満面の笑みを浮かべながら、冬の精霊が答えた。
ウィンター・ウィンターでスノー!! よろしくでスノー!! やっと私の名前を聞いてくれる人が現れたでスノー!!!」
 冬の精霊――ウィンターは両手を高く上げてガッツポーズをした。キリカはポカンとした顔でヴァルと葵の顔を眺める。
「――そうなんですか?」
「――そういえば聞いたことなかったな」
「――雪の精霊、っていう名前じゃなかったんだ……」
 ポツリと呟く葵。
 ウィンターは葵とヴァルを交互に指差して抗議した。
「それはあくまでも種族の名前でスノー!! お主たちに向って『人間さん』と言っているようなものでスノー!!」


 ――その時。


「ふっふっふ、ときめいているな、ときめいているなぁーッ!!!」
 上空から一筋の炎が葵を襲った。
「危にゃい!!」
 咄嗟にイングリットがその火術を手にした野球のバットで打ち返した。
 そもそも野球のバットを三本持ってサッカーのユニフォームを着てスパイクシューズを履いた姿で囮捜査に乗り出すのもどうかと思うが、そもそも彼女は『おやつ買ってあげるから』と言う葵の言葉に乗せられて暇潰しに来ただけなので、そのあたりはご愛嬌というやつだ。
 それはそれとして、現れたのは間違いなくチョコレイト・クルセイダー達。10〜20人ほどの茶色タイツ集団がぞろぞろと現れて葵とヴァル一行を囲んでいく。高い街灯の上に乗った男――ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)がリーダー格だろうか。
 その手にはクルセイダーに支給されたときめき探査装置『ときめきセンサー』がある。

「――誰が俺呼ぶ、声が呼ぶ、チョコを燃やせと俺を呼ぶ!! チョコレイト・クルセイダー見参!! お前らのチョコなど浮かれ男ごと燃やし尽くしてくれるーーーっ!!!」

 先ほどの火術は葵が手にしたチョコを狙ったものだったのだ。ちなみに必要以上に女性を傷つけることを望まないウィルネストは、女性の持っているチョコには威力を最低限に抑えた火術で慎重に狙って攻撃していたのである。
 男には全力でファイアストームだ。チョコと一緒に男も燃えるが気にしない。

「このセンサーでお前らがバレンタイン前にときめいていることは明白だ!」
 ビシっと葵を指差すウィルネスト。
「そこの女! まだ子供のクセにバレンタインなど早い早い! そのチョコを置いて家に帰るがいい!」
 確かに外見の年齢は12歳くらいの葵は子供に見える。ウィンターとイングリットはスルーされた。

「なんか今、お前らは対象外だ、という失礼な視線を感じた気がするにゃ〜」
「き、気のせいでスノー、きっと気のせいでスノー」

 次に指差したのはヴァルとキリカ。
「そっちのカップルさんも恥ずかしげもなくときめきやがって! 特にそっちの男は綺麗で可愛い女の子に囲まれてデレデレしやがって――」
 確かにこの状況では、ヴァルはキリカと葵とイングリット、そしてウィンターと大勢の女性を引き連れているようにも見える。

「うらやましいので死刑!!」

 気持ちは分かるが、あまりにも勝手なウィルネストの言い草にヴァルは憤慨した。
「ええい、勝手なことを言うな! 俺は囲まれてもいなければデレデレしてもいない!! そもそも――」


「はい、ますた〜♪ あ〜んして♪」
 と、一気に緊迫した空気をものともせずに、イチャイチャとラブラブ光線を周囲に照射しながら歩くカップルが通りがかった。
 ジガン・シールダーズ(じがん・しーるだーず)と、それにまとわりつくパートナー、エメト・アキシオン(えめと・あきしおん)である。エメトは背の高いジガンにしなだれかかるようにして手作りのチョコレートを食べさせている。
 とは言っても、ジガンはと言えば昨晩エメトに後頭部を殴られて失神し、現在に至るまでの記憶がない。エメトがどうしてもバレンタイン前にジガンとデートをしたかったので、ジガンを気絶させてツァンダに連れて来たのである。
 つまり、ラブラブなのはエメトのみだ。

 まあ、それでも暇が潰せるならそれもいいか、と黙認するジガンもどうかと思うが。

「は〜いますた〜。いっぱい食べてね〜♪」
「ん……まあマズくはねぇな……で、ツァンダなんかで何があるってんだ?」
「んふふ〜、ひ・み・つだよ〜、とにかく今夜のデートコースはボクにまかせてね〜♪」
 エメトはエメトで、秘密裏にジガンを連れまわしてのデート作戦『バレンタインデーオールナイトデート♪えっちなこともあるよ!』を実行中なのだが、その内容はあくまで秘密だ。
 そんな気まぐれで自分勝手、やや妄想癖が激しいエメトにもジガンは慣れたもので、余裕の表情だ。
「ふん、サプライズってワケかい。まあ退屈を殺せるならそれも悪くは――」


「退屈より先にお前が死ねやぁぁぁっっっ!!!」


 ジガンとエメトがウィルネストと葵、そしてヴァル達の間をすり抜けようとした時、ウィルネストの中で何かが弾けた。
「サプラーーーイズッ!?」
 ジガンはというと気絶から覚醒したばかりでまだ頭がボンヤリしていたし、エメトはというと最初っからジガンしか眼に入っていない。
 不意を突かれた形でウィルネストの嫉妬の炎、ファイアストームにウェルダンに焼かれるジガン。一応、ジガンが口にしていたチョコレートに狙いを定めた形だが、ジガンごと丸焼けになるのは当然の帰結だ。

 その様子を見た葵は一歩前に出て叫んだ。
「ああ、罪のないラブラブ一般人を! もう許さないよ! ――変身!!」
 キラキラとした光に包まれて、あっという間に魔法少女に変身する葵。
「愛と正義の突撃魔法少女、リリカルあおいが聖ワレンティヌスに代わってお仕置きしちゃうよ!!」

「うっせぇー! 出でよチョコ怪人!!」
「チョコーッ!!」
 ウィルネストの呼びかけに応じて、物陰から数体のチョコレイト怪人が飛び出し、葵とイングリット、ヴァルやキリカに襲いかかっていく。

 それはそれとして、何も分からないままに丸コゲにされたジガンと、それを介抱するエメトはすっかり置いていかれた形だが、せっかくのラブラブデートを邪魔されたエメトの怒りは収まらない。
「もーなんなのーっ! せっかく今夜中にますたーとちゅっちゅする計画だったのにじゃましないでっ! あくまでじゃまするなら――」
 ちゃきっと隠し持っていたホーリーメイスを構える。


「――しんで?」


 瞬間、ヴァルと交戦中だったチョコ怪人の頭が消し飛んだ。遠慮も躊躇もないエメトの攻撃に一撃で頭部が砕けたのである。人間だったら即死だ。
「おいおい……」
 思わずヴァルが制止しようとするが、砕けたチョコ怪人の頭部を見ると中身までチョコレートでできている。
 どうやら、チョコ怪人はチョコレートでできたゴーレムだったようだ。
「――成程。それならまだいいか。なら俺は一般構成員を鎮圧するぞ!」

 ますます戦いはヒートアップしていくが、そこにこの不毛な戦いを終わらせるべく、一人の男と一人の雪だるまと一人の魔鎧が現れた!!

「――そこまでです、みなさん!!」
 声の主はクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)である。仮面とマント姿で街灯の上に立ち、その仮面の向こう側で皆を見下ろしている。高い所から登場するのはお茶の間のヒーロのお約束のひとつだ。

「冬の精殿、久しぶりでござるな!」
 その街灯の下には童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)の姿。
「おーっ! 久しぶりでスノー!!」
 自身には戦闘能力はまったくないウィンターは、とてとてとスノーマンの方へと駆け寄っていく。
「あ、こら! あんまりひっつかないで下さいですの!」
 それを引き剥がそうと必死なのは魔鎧 リトルスノー(まがい・りとるすのー)だ。
 リトルスノーは日頃から雪だるま王国の王子であるスノーマンの玉の輿を狙っているのだ。いくらウィンターが子供とはいえスノーマンとは雪の精霊同士、油断は出来ない。
「はっはっは、まあ気にしないでござるよリトルスノー殿。冬の精殿は荒事は不得手でござるから」
「でも、そうぴったりくっつかれてはスノーマン様が動きにくいですの」
 二人のやりとりを聞いていたウィンターは口を挟んだ。
「――ところで、リトルスノーは前からそんな喋り方だったでスノー?」
 ぎくり、と身体を硬直させるリトルスノー。
「そ、そうでしたわよ? ですの?」
「イマイチ馴染んでいないでスノー」
「――そういえば、西シャンバラ雪まつりの後あたりから喋り方が変わったようでござるな?」
「も、もう、スノーマン様! 今はそんな」


「あのー、俺を無視しないでもらえますかー?」


 街灯の上からクロセルが声を掛けた。格好よく登場下はいいが、足元で痴話喧嘩を始められてはやりづらくて仕方ない。スノーマンはぽりぽりと頭を掻いた。
「あ、失礼したでござる。チョコレイト・クルセイダーとやら! いかなる事情があろうとも強盗とは許せぬでござる! 拙者たちが正義の鉄槌を下してやるでござる!!」
 そこに、スタっとクロセルが飛び降りてきた。ウィルネストを始めとするクルセイダーの面々と向い合う。
「その通りです。今はいないようですが独身貴族評議会の爵位持ちが一般人に迷惑をかけるとは嘆かわしい。そんな諸君らの行ないが栄えある独身貴族評議会の名を貶めている事に気付かないのですか!?」

「何ぃ?」
 ウィネスト他、評議会のメンバーは目を剥いた。実は、クロセルは以前から『独身貴族評議会』のメンバーだったのだ。
 ただし、あくまでその行動は穏健派である。
「いかに独り身ライフをエンジョイし、断固たる意思を以って独身を貫き通し、そしてやがては一人身の神、『独神』へと至ることが我らの至上命題のはず!!」

 ウィルネストは周囲のメンバーにちょっと聞いてみた。何しろウィルネスト自体はチョコレイト・クルセイダーの活動が活発化してから参加したメンバーなので、まだ日が浅い。
「――そんなんだったのか、評議会って?」
「さあ?」
「だよなあ」
 更に、その後ろではパートナーのスノーマンまでもが驚きの表情を浮かべている。
「何と、クロセル殿も評議会のメンバーだったとは驚きでござる。これはちょっと今後の付き合い方を考え直させてもらうでござるよ」
 だが、そんなことはお構いなしのクロセルはさらに拳を握り締めて力説した。

「そんな崇高な目標も忘れて一般市民に迷惑をかけるとは、そんなことだからモテないんですよ!!」
 あ、言っちゃった。

 演説の内容などまったく聞いていなかったウィルネストだが、その言葉には反応した。
「うっせー! 余計なお世話だ!! 大体お前も評議会のメンバーってことは同じ穴のムジナだろうがー!」

 だが、クロセルは薄ら笑いを浮かべた。
「え、いや俺はモテるんですけど束縛されるのが嫌だから独り身を貫いているだけですよ、こうみえてもイケメン(イケてる仮面)なんですよ、皆さんと一緒にしないで下さいよ」
「言いたいことはそれだけかーっっっ!!!」
 完全にキレたウィルネストの怒号を合図に、周囲を取り囲んだチョコ怪人から一斉にチョコレイト・ビームが発射された!
 だが。
「必殺!! 通行人バリアーっ!!!」
「な、何をするでござるーっ!?」
 クロセルはやや退き気味に事態を見守っていたスノーマンを素早く手繰り寄せ、チョコレイト・ビームの盾にしたのである!!
 あっという間にチョコの彫像にされてしまった哀れなるスノーマン。
「スノーマン様ーーーっ!! おのれ、これでもくらえですのー!!」
 そこに、交戦中だった葵も加わった。
「何だかわかんないけど味方みたいだし、助太刀するよ!」
 リトルスノーと葵は協力して評議会のメンバーにヒプノシスを放った。

「ふっふっふ……」
 だがどうしたことだろう、ゴーレムであるチョコ怪人はともかく、普通の人間である筈の評議会メンバーにもそのヒプノシスはほとんど効かなかった。
「ど……どうして……」
 ウィルネストは高笑いをして応えた。
「はーっはっは、残念だったな!! クリスマスからバレンタインの冬期間はこたつで寝て過ごすのが非モテ男の習性なのだ!! 街に出てもカップルに当てられるだけだからな!!! 睡眠だけはバッチリだぜ!!!」

 リトルスノーと葵は驚愕した。
「な……何という残念な人たちなの……」


 ともあれ、チョコレイト・クルセイダーとの戦闘は続いて行くのだった。