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カナンなんかじゃない

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カナンなんかじゃない
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第9章


 突如として、空が暗黒に染まった。日がくれるにはまだ早い時間だし、今まではそんなに雲もなかった。
「――何だ!?」
 エシク・シャムスは空を見上げた。
 人々が集まった上空に特に厚い雲があり、そこから突然、激しい雷が落ちた。
「うわぁっ!!」
 地祇イナンナと英霊イナンナ達が乗ってきた飛空艇にその雷は落ち、激しく燃え上がった。


 飛空艇と共に燃え上がり、美味しく焼き上がるモヤシ王ネルガル。


 だが今は、そんなことを気にしている場合ではない。


 上空から、この雷を落とした者がいるのだ。
「ふっふっふ……ご苦労だったね……勇士諸君」
 その声は雲の中……はるか上空から響いていた。

 雲の中の空間が開き、そこから現れたのは数人の人影。
 大きな台座に一人の少女が座っている。
 その傍らには筋骨隆々の男がかしずくように従っていた。
 少女は、シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)。従者は、ルイ・フリード(るい・ふりーど)である。

 その後ろに数人の配下を従えて、セラは台座ごとゆっくりと降りてきた。
 エシク・シャムスや執事の真言、騎士団や多くのイナンナ達、そして義勇軍やゴライオン帝国軍が見守る中、セラはぱちぱちと拍手した。
 その様子は実に尊大で、見ている者を苛立たせる。

「……実にご苦労だった……これほど上手くいくとは思っていなかったよ」
 その台詞に、南カナン領主の懐刀、ローザマリアが答えた。
「……どういう意味?」
 それに、面倒くさそうに答えるセラ。
「我が名は大魔王セラ。……ネルガルはねぇ、セラたち魔王軍四天王によって裏から操られていただけなのさ」
 ぴくり、とリネンの顔が引きつる。
「……なん……ですって」

「もともとカナン王国の肥沃な大地はセラたちがいつか手にいれようと思っていた……。
 だが、女神イナンナが君臨し、神官長ネルガルが統治するカナン王国を落とすのは楽ではない。
 そこで、一計を案じたのだ」
 たらりと、蓮の額から汗が落ちる。
「……まさか……」

 そこでセラは、さもおかしくてたまらない、という風に笑い出した。

「そのまさかだよ!!
 セラがネルガルの心にほんの少しの闇を加えたのさ!!
 イナンナとネルガルの力だけでは世界の脅威からカナン王国を守り抜くのは難しい、という疑念を植えつけたんだ!!
 彼は実によくやってくれた!!
 見えないカナン王国の脅威から国を守るため立ち上がり、女神の力を我が物とした!!
 そうしてカナン王国を大きくひとつにまとめ、さらなる強国に育てようとしたのさ!!
 自らは反逆者の汚名を着て!!
 国中の民衆から恨まれて!!
 彼ほど女神イナンナと民衆と――カナン王国を愛した男は他にいなかったというのに!!
 そんな彼をおまえたちはよってたかって殺したのさ!!
 ご苦労だった、実にご苦労だった勇者たち!!
 おかげでこの国の最強の防衛線であった男を苦労なく葬ることができたよ!!!」
 セラは、けらけらと大笑いしながら拍手を繰り返した。

 エシク・シャムスはがくりとその場に膝をついた。
「そんな……ネルガルが……利用されていただけ……だなんて」
 だが、そんなエシク・シャムスの前に立ち、大魔王セラを睨みつける者があった。
 大帝ゴライオンンと、十二星華シャーロット・セイニィだ。
 元々この国の人間ではないが、しばらく滞在していたことでこの国には情が移ってしまっている。シャーロット・セイニィは怒りを隠すことなく、告げた。
「なるほど……確かにネルガルを殺してしまったことは、我々の落ち度かも知れない。
 だが、それならば我々が彼の遺志を継ぎ、ここであなた達を食い止めればいいだけの話よ!!」

 事実を突きつけられて、なお歯向かおうという彼らに興を削がれたのだろうか、セラは露骨につまらなそうな顔をして後ろを振り返った。

「ふん……大した自信だね。だったら、セラの大魔王四天王に勝ったら相手してあげてもいいよ」
 くい、とアゴで合図をすると台座の後ろから、四人の影が姿を現した。

「四天王の一人、エリス・マーガレットですわ。さあ……踊りましょう、ラストを飾るに相応しい、死のダンスを」
 闇の傀儡師、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)とその操り人形、茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)
「……我が名は四天王が一人、クルス・オルテンシア」
 不死の少女、坂上 来栖(さかがみ・くるす)
「……ふん。ヨウエンはヨウエンのやりたいようにやらせていただきますよ」
 最凶のネクロマンサー、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)
「ふっふっふ、しょせんネルガルなど我らの操り人形にすぎん」
 そして、ジュレール・リーヴェンディ。

「ん、ちょっとジュレ、何やってんのよ。どうりで姿を見ない思ったら」
 と、カメラマンの一人、カレン・クレスティアは突っ込んだ。
「ふっふっふ……どうも四天王役が足りなかったようなのでな……我も仲間に入れてもらったというわけよ」
 と、カレンに対して高笑いをするジュレール。
 その後ろに、いつの間にかもうひとつの人影が忍び寄っていることにカレンは気付いた。
「あ、ジュレ……後ろ」

「え?」
 と、四天王ジュレが振り返った瞬間。


「あーもう、見てらんねぇな!!wwwww」


 突然、後ろに忍び寄った人影がジュレに襲いかかる。
 それは『猫神様』クロ・ト・シロ(くろと・しろ)であった。ちなみにパートナーのラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)はそもそも映画を身に来なかったのでお留守番である。

 それはそれとして、眼前を覆いつくさんばかりの野良猫の大群が一斉にジュレに襲いかかる!!

「ふみゃらわわわわにゃーっ!!?」
 何だかよくわからないうちに野良猫の蹂躙に会い、四天王ジュレは倒れた。


「……ふふふ……しょせん我は四天王の中では最弱よ……」


 まさかこのお約束を自分に対して言うとは思わなかった、とジュレは後に語る。


                              ☆


「さぁさぁ、楽しませて下さいよ!!」
 と、クルスは自らの頭上に『大魔弾コキュートス』を召喚する。
「私は他の連中みたいに甘くないですよぉっ!!?」
 さらにヒロイックアサルトを役者特権で強化した無数の剣を召喚し、闇と氷のコキュートスで発射する。
「そおら!! アブソリュートダークネス!!!」
 掛け声と共に無数の剣が発射されて、ネルガルとの戦いで傷ついた勇士たちを襲った。

「くっ!!」
「えいっ!!」
 ネルガルとの戦いで消耗しきっている勇士たちは、その攻撃を完全に避けることはできない。
 辛うじてその攻撃を捌く者、大きなダメージを受けて倒れる者もいる。

「ぐぅっ!!」
 その中で、やはりネルガルとの戦いで消耗しきっていたエシク・シャムスを庇って、グロリアーナは背中にその剣を受けてしまった。
「そんな……どうして!!」
 ずるりと、エシク・シャムスの身体からずり落ちるグロリアーナ。
「良いのだ……どうせ我はナラカに帰る身……王国のためならば、この命も惜しくはない……」
「で……でも!!」
 崩れ落ちようとす身体を必死に繋ぎ止め、グロリアーナはエシク・シャムスの肩を掴んだ。
「だが……約束するのだ……必ず……奴らを倒し……平和を……未来、を……」」
 そのまま、グロリーナは地面に倒れてしまった。
「……そんな……」
 
「ほらほら、正義の勇士が聞いてあきれますよっ!! アーッハッハッハッハ!!!」
 クルスは嘲笑した。
 そうして、更なる攻撃を仕掛けようとした時、エシク・シャムスの前にローザマリアが躍り出る。
「――ボサっとしないのよ!! ここは戦いの場、ご先祖さまの死を無駄にしないために、戦わなくちゃ!!」
 エシク・シャムスの瞳に光が戻る。
 そうして、彼女は残っていた力の全てを振り絞り、もう一度だけ両手に力を込めた。
 握るのは、グロリアーナが持っていた槍『Save the Sun』。

「そうだ……私は南カナンの領主……この身に代えても、国を守る……!! ネルガルが守りたかったこの国を!!」

「ふん、舐めるな、虫ケラがあああぁぁぁっ!!!」
 クルスは絶対闇黒領域の効果で自らの身体を少女のものから、大人の完全体へと進化させ、大きくパワーアップさせた。
 その勢いで、魔力を流した極細の糸、魔術糸でローザマリアとエシク・シャムスを迎え撃つ。


「――ッ!!!」


 勝負は一瞬だった。
 ローザマリアが両手に構えた曙光銃エルドリッジから放たれた弾丸を避けることなく突進したクルスと、その弾丸のサポートを受け、槍を構えて突撃したエシク・シャムスが激突する。

「……私の、勝ちです……」
 エシク・シャムスは呟いた。
 クルスの魔術糸はエシク・シャムスの漆黒の兜を割ったものの、その本体を傷つけることはできなかった。
 そもそも、呪われた身体により死ぬ事ができなかったクルス。
 死ぬために戦い続けてきた者と、未来のために戦った者との違いだった。

「ふふ……本当に……」
 どさりと、槍で胴体を貫かれたクルスは仰向けに倒れ、口から血を吐いた。


「本当に……死ぬのはひさしぶり……」


                              ☆