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カナンなんかじゃない

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カナンなんかじゃない
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                              ☆


 戦場に、妖精の秘薬を作り終えた天城 一輝、コレット・パームラズ姉妹が帰ってきた。
「みんな、この妖精の秘薬を飲むんだ。この秘薬で勇者の力を得ることができるはず!!」
 と、コレットと前田 風次郎の助けを借りながらカナン軍の兵士たちに秘薬を配って回る。
 何しろ、冬の精霊ウィンター・ウィンターとコレットが調子にのって秘薬を作りまくったものだから、人数にして1000人分の秘薬が出来あがってしまったのだ。

「何、勇者の力を得られる秘薬!?」
 と、領主であるエシク・シャムスの帰還やゴライオン大帝の援軍に勇気付けられていた人々は疑いもせずにその薬を飲んでいく。

 自分では飲まないんですね一輝さん。

「……あの製造過程がなぁ」

 すると、秘薬を飲んだ兵士たちにある変化が訪れていた。
「うわっ!?」
「な、何だっ!?」
 見ると、ボワンという魔法の煙を上げて、次々に兵士達が変身していくではないか。

「あ、あれは――?」
 コレットは驚きの声を上げた。
 その姿は、見まごうことなき征服王ネルガルの姿!!

 それが一気に1000人!!!

「そ、そうか!!
 最も恐ろしいのは敵のボス。自らをそのボスとすることによって恐怖すらを飲み込んでしまう。あの秘薬はそういうものだったんだな!!」
 と、ウィンターに話しかける一輝。
「――そ、そうでスノー。そういうものだったのでスノー、うん!!」
 明らかに何も考えてなかったウィンターは適当に相槌を打った。

 だが、これにより南カナン国軍は1000人のネルガルという戦力を得たのである。
 ところで、1000人のネルガルは何が出来るだろう。
 ネルガルといえば、言うまでもないが女神イナンナの神官長である。
 女神イナンナといえば、豊穣と戦の女神である。
 つまり。

「我は紡ぐ地の讃頌!!」
「我は射す光の閃刃!!」
「我は科す永劫の咎!!」
「我は誘う炎雷の都!!」

 ネルガルになるということは、その神官の力をフルに発揮できるということだ。
 さらにタチの悪いことに、『我は与う月の腕輪』でお互いの精神力まで回復し、『我は纏う無垢の翼』の力で1000人のネルガル達は敵軍と空中戦艦へ次々に突撃していく!!

「よっと、ちょっと乗せてくれよ!!」
 と、風次郎はネルガルになった一人の兵士の力を借り、空中戦艦へと飛んで行く。
 それにならって次々に突撃して行く1000体のネルガルと義勇軍の勇士たち。

 一気に形勢は逆転した。
 南カナン軍と義勇軍の反撃は続く。


                              ☆


 義勇軍兵士が妖精の秘薬で返信したネルガルの助けを借りて空中戦艦へと入り込んだ風次郎は、戦艦の中枢部を探していた。
「でかぶつを落とすには心臓を潰すのが一番だからな……っと」
 通路を進む風次郎の前に、一人の男が現れた。
 その男は、ゴライオン帝国の義勇軍の砲撃の隙に、壊れた牢屋からまんまと逃げだした闇商人、佐野 亮司。

「おっとっと。お、俺は敵じゃないぜ、何しろネルガル軍に捕まってたんだからな」
 まあ、嘘ではない。
 だが、そんな言い訳をする亮司を見る風次郎の瞳が光った。
「――お前、闇商人か……」
「?」
 風次郎はさすらいの旅を長年続けてきた探検家。
 その中では必ずしもクリーンは道ばかり歩いてきたとは言えない。
 人の道を外れることはないものの、世間の裏街道に関わらずに生き延びることは不可能。そのうちに、闇商人の噂を耳にすることは何でもあった。

「闇商人……金のためなら何でも売り、その影で多くの人間が苦しみ、死んでいく死の商人……」
 風次郎は、手にした大きなスコップ――実はトライアンフだが――を構えた。

「……へっ、俺の有名になったもんだぜ……だがなぁ、俺は武器を売ってるだけなんだぜ?
 買う奴がいるから売るんだよ、それの何がいけないってんだ!?
 武器は人を殺さない、いつだって殺すのは武器を使う人間さ!!」
 じりじりと下がりながら、亮司は喚きたてた。
 それに対してあくまでもクールに、風次郎は歩を進める。
「……だからと言って、敵味方お構いなしに武器を売りつけるのか。そのせいで戦争が長引き、多くの人がまた死ぬんだぞ」
 引きつった笑いを浮かべだがら、亮司は唾を吐いた。
「だから何だってんだよ!! 殺し合いたいヤツらは勝手に殺し合えばいいじゃねぇか!!
 だから人間なんか信用するに値しないのさ!! 金だよ金!! この世で信用できるのは金だけなんだ!!
 金が嫌いな奴なんかこの世にゃいねぇんだ!! 金があれば何でも買える!! お前だってそうだろ!?」

「……救われないな……」
 もはや言葉を交わす気もない。風次郎は手に下スコップを大きく振り上げた。
「ひっ!! や、やめろよ……見逃してくれよ。そ、そうだ、俺の持ってる金を全部やる!! 命を助けてくれたら全部やるよ!!
 隠してある金も全部だ!! 一生遊んで暮らせるぞ、世界中の宝を買い占めることだってな!!」

 無言で迫る風次郎。
 その時、外側からの攻撃で戦艦が大きく揺れた。
「――!?」
 亮司は、その一瞬を見逃さなかった。
「――いただき!!」

 逃げ出す際に持ち出した刀を抜き、ブラインドナイブスによる一撃が風次郎を襲う!!

 だが。
「……金があれば何でも買えるか」
「そ、そんなバカな……」
 ころりと、亮司の手にした刀が落ちた。
 風次郎の筋肉が異常なまでに盛り上がり、着ていたシャツを破くほどに隆起している。
 亮司が放った一撃は、その筋肉の鎧によって防がれ、皮一枚を傷つけるに留まった。
 傷口を伝い、鮮血が一筋流れる。
 だが、ただそれだけ。


「ならば、お前の命も金で買ってみせろ!!!」


 ドラゴンアーツと金剛力で強化された風次郎の一撃を、亮司に防ぐ手立てはなかった。
 風次郎のスコップは亮司のボディを確実にとらえ、そのまま戦艦の壁ごと破壊して、大きく外へと吹き飛ばした!!

「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!!」

 断末魔の叫びを残し、虚空を落下して行く亮司。


「……悪党には、似合いの死に様だな」
 一言だけ呟いて、風次郎は戦艦の中を進んで行った。


                              ☆


 やたら目立つメキシカンな衣装を着た背景、橘 恭司と半ケツ サボテンが静かに佇んでいる。


 一方こちらは南カナン領主の屋敷。
 その一室に、一人のイナンナがいた。コトノハ・リナファである。

 そこに、一人の男性――ネルガルが訪れる。ルオシン・アルカナロードだ。
 彼は、他のネルガル役とは完全に別行動をし、戦の混乱に乗じて南カナン領主の屋敷に潜入したのだ。

「――ここにいたか、イナンナ」
 そこは寝室だった。コトノハ・イナンナは大きくスリットの入ったドレスに身を包み、薄化粧をしてルオシン・ネルガルを迎えた。
 女性の化粧とは、最後の鎧のようなものだ。気分を引き締め、凛とした気持ちにさせてくれる。
「来ましたね、ネルガル」
 コトノハ・イナンナは、毅然とした態度で冷静に告げた。

 屋敷の者は皆、戦場に赴くか、戦闘力のない者は避難している。この屋敷にはほぼ二人きりだった。
 コトノハ・イナンナの美しい唇が開き、言葉が紡がれる。
「ネルガル――きっと来るだろうと思っていました。
 ここを落とせば国軍の士気を著しく下げることができる……私がここに残ったのもそのため。
 私自身を最後の防衛線として、ここを死守するためです」
 すらりと、栄光の刀を抜き、ルオシン・ネルガルに向けた。
「さあ、抜きなさい!!」
 何という勇敢な女神だろう、コトノハ・イナンナは敵軍最強の敵であるネルガルとの一騎討ちを予見して屋敷に一人残っていたのだ。

 だが、ルオシン・ネルガルは悲しそうな顔をして、首を横に振る。
「――違う。違うのだ、イナンナよ……」
 手にしたブライトスピアが、床に落ちた。
 それを見たコトノハ・イナンナは怪訝そうな顔を見せる。
「違う? 何が……違うと言うのですか」

 一歩、無防備なままで前に出るルオシン・ネルガル。
 コトノハ・イナンナはそれに合わせて一歩後ずさる。だが、すぐ後ろはベッド、距離を空けることはできない。
「や、やあーっ!!」
 ルオシン・ネルガルの意図も分からないまま、コトノハ・イナンナは敵に斬りかかる。

「――ぐぅっ!!」

 だが、ルオシン・ネルガルは素早く間合いを詰めて刀の内側に入り込んだ。
 漸激の軌道は大きく逸らされ、僅かにルオシン・ネルガルの肩口に傷をつけるに留まる。


 そして次の瞬間には、コトノハ・イナンナはルオシン・ネルガルに抱き締められていた。


「――っ!?」
 驚愕するコトノハ・イナンナをよそに熱い吐息を漏らすルオシン・ネルガル。
「聞いてくれ、イナンナ……我は……」
 一拍置いて、ルオシン・ネルガルはその胸の内を明かした。

「臣下となる前から愛していたんだ、イナンナ!!」
「……え……」
「ずっと、ずっと愛していた!! だが君は女神、この国を統治する重責がある。
 だから我は反乱を起こし、この国を征服したのだ!
 君が国家神という存在から解放されて、ただの女性として生きることができるように!!」
 すっ、と。
 コトノハ・イナンナの手から力が抜け、栄光の刀が落ちる。
 そして、その瞳からは大粒の涙が。
「ネルガル……そう……だったのでね……。
 私は、どうしてあなたは反乱を起こしたのか分かりませんでした……。
 思えば私も……ずっと前からあなたを見ていた……いつも、女神の傍にいてくれたあなたを。
 でも……きっとそれは……側近としてではなくて……一人の男性として……」

 女神と征服王は、互いを見つめ合い、微笑んだ。


「イナンナ……もう一度言おう。君を愛している」
「ネルガル……私も、愛しています……」


 そのまま熱い口付けを交わし、そのままベッドになだれ込む二人。
 部屋の照明が急激に低下した。まだ日中だというのにかなり薄暗くなり、ほとんど目視することはできない。
 ムーディなBGMが流れ、その中でかすかに動く二人の姿をシルエットで見ることができる。

「イナンナ……イナンナ……!!」
「ネルガル……ああ、ネルガル……!!」

 二人の声をバックに、更に部屋の照明は暗くなる。
 屋敷は二人の愛で光り輝き、豊穣の力が満ち溢れていく。


 画面に流れてくる文字は、スタッフロール。


 ――こうして、カナン王国は愛と平和と豊かさを取り度していった――


『女神王国カナン〜砂漠の情事〜』Fin