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カナンなんかじゃない

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カナンなんかじゃない
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                              ☆


「……えーと。このきわどい衣装は何?」
 と、すっかり着替えた後で琳 鳳明(りん・ほうめい)は一応突っ込んだ。パートナーである南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)が持ってきたその衣装は、いわゆる戦の女神イナンナをイメージした衣装で、上下の黒いビキニ状の服になっている。ちなみにおへそも丸だしで太ももも丸見え。
 冷静に見ると服というよりは、パレオ付き水着に近い。
 とはいえ、抗議したところでヒラニィがそれを変更するとは考えにくかったので、とりあえず言うだけ言ってみた形だ。

 いわゆる様式美。

「うむ、良く似あっておるぞ」
 と、案の定ヒラニィは恥ずかしがる鳳明の意見は無視して頷いた。
 足元から視線をずらしていって胸の辺りで止まる。
「というか――意外と気やせするのじゃな、おぬし」
「――!?」
 思わず胸元を隠した鳳明だが、ヒラニィはさらにお構いなしに鳳明を台座に寝かせた。
 ここは闇商人、佐野 亮司が用意した巨大戦艦の中。ネルガルの飛空艇団の後を追って、南カナンへと運航中である。
 その中に、厳重に守られた――という設定の――封印されたイナンナが眠る部屋がある。ここは、その部屋の中だ。
「ほれ、おぬしは封印されとるんじゃから大人しく寝とれ」

 というヒラニィに、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は話しかけた。
「というか……このお話のうえでは、女神の封印が解かれたらストーリーが終わってしまうのでは?」
 鳳明に対して豊穣の女神イナンナの衣装を着た緋雨。それでも露出が高めなので少し布を足しておとなし目なイメージだ。

「……ヒラニィ、私もあれ着たい」
「大却下」

「出番あるのかしらね私たち……暇だからゲームでもしてよっと」
 緋雨はどこからか取り出したテクノコンピューターで内臓ゲームを始めてしまった。
 何ともやる気のないイナンナもいたものである。


「大丈夫だよ、きっとみんなが封印を解いてくれるからっ!!」
 と、微妙に乗り気じゃない二人のイナンナと対照的に元気いっぱいなのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。
 ちなみに、パートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)はネルガルに虐げられている名もない民衆の役なので、ここにはいない。
「えーと、あなたは何の役?」
 と、尋ねる緋雨。美羽の服装はフリフリの魔法少女コスチュームで、豊穣の女神とも戦の女神ともつかない。
「私はアイドル! 魔法のアイドル、マジカルイナンナよっ!!」

 アリですかそれ。と顔を付き合わせる鳳明イナンナと緋雨イナンナだった。


                              ☆


 その頃、南カナンの領主エシク・シャムスは屋敷の地下、奥深くまで到達していた。
 ここまでの道のりは長かった。
 地下に広がる大洞窟。数々の謎を解き明かし、強力な門番を打ち倒し、危険な罠を命がけでくぐり抜ける大冒険だったわけだが、残念ながら尺の問題で割愛。

「良くやった、そなたに教えることはもう何もない――」
 と、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は告げた。
 実は南カナン領主の館は地下深くでナラカに繋がっていたのだ。代々南カナン領主がそこに居を構えていたのはここにナラカへと繋がる道があったからだったのだ。
 そして、ナラカから蘇った古の王、グロリアーナから剣術の猛特訓を受けたエシク・シャムス。
 今や、彼女の対人恐怖症に近い人見知りはすっかり治り、兜は手放せないものの敵と対峙することくらいはできるようになっていた。

 それはそれはとても長く苦しい修行であったのだがここでは割愛。

「さあ行くが良い、カナンを救うのだ!!」
「はい!」
 と、師匠であるグロリアーナに礼をしてナラカの修行場を後にするエシク・シャムス。
 その顔には、今ままでにない自信が溢れていた。


 兜はかぶったままだったが。


                              ☆


 前田 風次郎を仲間に加えた天城 一輝とコレット・パームラズの兄妹は、冬の精霊ウィンター・ウィンターの導きにより、とある氷の神殿に来ていた。
「……あそこに、春の精霊が封印されているのか?」
 と、一輝は尋ねる。
「そうでスノー。春の精霊スプリング・スプリングは四季の精霊の中でも破邪の力が強いのでスノー。
 その力を恐れたネルガルは私の神殿を奪ってそこにスプリングを封じ込めたのでスノー」
 と、ウィンターは説明した。
 ふと、風次郎は呟いた。
「……つまりおまえ、自分の家をネルガルに取られたのか」
 ウィンターは涙目で頷いた。
「そうでスノー。スプリングを封印するためだけに私の住処を奪うとは許せないでスノー。
 さあ、コレを使って神殿を占拠している兵士をなんとかして、スプリングの封印を解いて欲しいでスノー」
 と、ウィンターは一本のステッキを差し出した。
 受け取ったコレットは、その透明なステッキを見つめた。
「……何これ?」
 それは氷でできたように透き通った一本のステッキ、触ると、まるで氷のように冷たい。
「それはウィンターステッキ。冬の精霊の力が使えるので、氷の封印を解くのに役立つでスノー」
 コレットは、そのステッキを握った。冷たい。さらに言えば少し溶けているようにも見えるのだが。
「……というかこれ、形を整えただけのつららじゃ……」

「そうとも言うでスノー」

「……手抜きにもほどがあるな、まあいい。見張りと中の兵士は俺たちでなんとかする。封印の方を頼む」
 と、一輝と風次郎は物陰から神殿に地下づいて行く。
「もう、しょうがないなぁ。えーいっ!!」
 コレットは覚悟を決めて氷のステッキを使うと、突然身長が伸び、プロポーションが変わり、絶世の美女に変身した。
「おお、これはすごいでスノー」
 と、自分の力のクセに感心するウィンター。
 だが、当のコレットはそれどころではない。
 氷のステッキが変形して身に纏った魔法のドレスが冷たいのだ。
「つつつ冷たい……っ!! これ着なきゃ封印解けないのっ!?」
「そうでスノー。頑張るでスノー」
 と、ウィンターはまるで他人事モードだ。

 神殿の入り口で見張りをしていた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)はネルガル軍の兵士である。
 彼は油断していた。
 見張りである彼が何故油断していたのかというと、命令だから一応見張りはしているものの、まさかこんな辺境にある神殿に封印を解きに来る者がいるとは思っていないとか、大多数の兵士は国境の応援に行っていて、人数が不足しているから寝不足だ、とか色々理由はある。
 だが一番の理由は。

 兄の佐々木 八雲(ささき・やくも)が精神感応でカンペを送ってくるからだ。

「よーし、いいぞ弥十郎。油断しろー超油断しろー一分の隙もなく油断しろー」
 脳内に無理やり割り込んでくる精神感応カンペに抗議する弥十郎。
「ちょ、ちょっと兄さん。そういうのいいから……」
「何を言う、演技者にとって外からの情報はとても重要……む、アクビだ、弥十郎!!」
「え? ……ふあああ……」
 突然八雲に振られて、それでもアクビの演技をする弥十郎。

 そこに。

「ふんっ!!」
「はうぁっ!?」
 背後から風次郎のスコップが襲い、叫び声を上げる間もなく倒れる弥十郎だった。


ネルガル軍兵士、佐々木 弥十郎――アクビ顔のまま死す!!


「よし、いいアクビだったぞ」
 と、八雲は物陰から人知れず親指を立てるのだった。

 ともあれ、氷のドレスを身に纏ったままのコレットは、このままでは凍死してしまうと、急いで神殿内部を走る。
「こっちでスノー!!」
 ウィンターの手引きで神殿の奥深く走っていく。
 数人いたネルガル軍の兵士は風次郎と一輝の敵ではなかった。

 そこに、台座で座らされた春の精霊スプリング・スプリングがいて、その台座ごと大きな氷が覆っていた。

「さあ、封印を解くでスノー!!」
 ウィンターに促され、コレットは氷のステッキの力を解放する。
「えーーーいっ!!!」
 ステッキが変形したドレスが光り輝き、スプリングを封印した氷が砕けた。
「……ん……」
 目を覚ますスプリング。コレットはすっかり元の姿に戻っている。
 封印が解けたことを喜ぶウィンターに、コレットは聞いた。
「ねぇ、別にアレ着る必要なかったんじゃない?」
 すると、ウィンターはしれっと答えた。
「……映画にはサービスカットも必要でスノー」

 ともあれ、春の精霊スプリングの封印は解かれ、彼女がもたらした『破邪の花びら』と、冬の精霊ウィンターの持つ『雪解けの温泉水』を合わせれば妖精の秘薬を作ることができるのだという。
「よし、今から『雪解けの温泉水』を出すでスノー。ちょっと待つでスノー」

「……口から出すのかよ」
 一輝はその様子を見て呟いた。
「うけぺろろろろろろ」


 何というか、絵面的に最悪なんですがウィンターさん。


                              ☆


 その頃、西カナンから南カナンへと歩いて旅をしていた霧島 春美(きりしま・はるみ)ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)は、道すがら次々とクローバーの種を蒔きながら歩いていた。
「やっぱり、征服されたところは殺風景ね。少しでも春にしていきましょう、ディオ」
 と、ディオネアの出したクローバーの種を次々に蒔いていく二人。
 ちなみにディオネアはジャッカロープというウサギに良く似た獣人であるが、ウサギではない。
 獣人ではあるが、いつも獣の姿で行動する彼女。外見的には、鹿の角の生えたウサギといったところか。

「種を撒くのはいいけど、すぐに芽は出ないし、そうすぐに春にはならないよ、春美?」
 言われた春美は、こちらも超感覚のうさぎ耳をぴょこんと出して、ぴこぴこと動かした。
「ふふ……大丈夫。終りはいつもハッピーエンドと決まっているのよ、しっかりと『春』の気配がするわ……きっともうすぐ」

 するとディオネアも調子を合わせ、元気良く種を蒔いていく。
「よーし、それなら頑張るぞー。うっさぎーがぴょんぴょんたーねまーきぴょん☆」
 と、脳天気な歌を歌いながら種を蒔いていく二人。

 端から見たら、間抜けな光景かもしれない。
 これから戦火に焼かれるかもしれないところに種を蒔いていくなど、愚かな行為なのかもしれない。

 だが、二人には分かっていた。


 必ず、春は来るのだと。


 そんな二人の様子を、半ケツ サボテンとメキシカンな背景、橘 恭司は風と共に見つめていた。