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浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

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2.お散歩日和



「クレープ♪ クレープ♪ 今日は何にしようっかな〜♪」
 上機嫌なクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)に苦笑いしつつ、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はそのあとをゆっくりとついく。
 目的のクレープの屋台には少し列ができていた。並んで待っている間も、クマラは上機嫌に歌のようなものを口ずさんでいる。そんなに嬉しいものかな、などと言って白けさせる理由もないので、させるがままにしていたら唐突に歌が途切れた。
「どうした?」
 エースがそう尋ねると、クマラが先ほどまで見つめていたクレープ屋台(に並んでいた色とりどりのフルーツ)から目を逸らし、道路を挟んで向こう側の歩道を見ていた。
「あれは、確か」
 目に入ったのは、着物を着た小柄な少女だ。なんとなく見覚えがあるな、と思って眺めていると、休日なのに周囲に天御柱学院の制服を着た人が不自然に多いのが目に入り、ああと思い至る。
 先日の、あの神社から出てきたという子だ。となると、周囲の制服を着ているのは、護衛か何かだろう。
「ちょっと列をとっといて!」
「はい?」
 尋ねる間もなく、クマラは道路を渡ってその子に近づいていく。周囲の護衛の殺気が見ちゃいられない感じだ。案の定、誰かがクマラを遮ろうとしたが、あの子が首を振って応えて、クマラを出迎える。
 道路を挟んでいるため、何を話しているのかわからない。待っている間に、クレープ屋の順番が来てしまったので、とりあえず後ろの人に譲って、まだかなーと見守っていると、やっと終わったのかクマラが振り、戻ってきた。
 安徳 天皇(あんとく・てんのう)を連れて。
「お、ほのかに甘い香りがするのう」
「でしょでしょ。すっごくおいしいんだから!」
 これはあとから聞いた話だが、どうやらクマラが上機嫌に歌っているのを彼女が興味深そうに見ていたらしい。それで、きっとクレープを食べてみたいに違いない、と誘いに行ったのだそうだ。
 二人は一緒に並んで、クレープの種類を吟味しはじめる。少し護衛の視線が痛いが、我慢することにしよう。
「このイチゴのにしてたもれ。ふむ、三百二十円であるな」
「あ、お金はいいよ。ね、エース?」
 さも当然のように、クマラがそう振ってくる。
「む? しかし、それでは変えぬであろう?」
「だから、僕達で出すってことだよ。ね?」
「あ、ああ。今日は俺達が奢りますよ。こうして、偶然でもお会いできた印にね」
「え? 奢ってくれるの?」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が目をキラキラさせながらこっちを見ている。
 当然ここで、安徳天皇だけだよ、なんていうわけにはいかない。
「ええ、お好きなのどうぞ」
「本当ですかぁ」
 と、ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)が言う。
「キウイのが気になりますわね」
「バナナのもおいしそうですぅ」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は楽しそうにクレープを吟味しはじめていた。
 四人だけではない。
 いつの間にか、バーゲンセールよろしく、大勢にクレープ屋が囲まれ、それぞれに何しようか、なんて話しで盛り上がっている。
 呆然としていると、ちょんちょんと肩を叩かれた。
 振り返ると、小谷 友美(こたに・ともみ)が申し訳なさそうな顔をして、
「こっちで出そうか、領収書さえもらえればどうにでもるなるし」
 と控えめに提案してきた。
「あ、大丈夫ですよ。ただ、ちょっと人数にびっくりしてただけで……こんなに護衛が必要な人を外に出して大丈夫なんですか?」
「それは、ね」
 友美は返答に困っているようだ。なので、すぐにそんな事を聞いていなかったような素振りで、
「せっかくだし、俺も一緒に行っていいですか? 荷物持ちとか、必要でしょ? まさか護衛の人の両手を塞ぐわけにもいかないだろうしね」
 と、切り出してみた。
 クマラに悪意は無かったが、簡単に誘いに乗ってしまう安徳天皇にちょっと危機感を感じたのだ。今日は休日モードだし、そこまで戦力になるとも思えないが、心配なものは心配なのだ。
 奢られたから、案外あっさり同行を許してもらえた。それは嬉しいのだが、やっぱり不安でもあった。



「じゃーん!」
 試着室のカーテンを、茅野 菫(ちの・すみれ)が壊れるんじゃないかという勢いであける。
「おー」
「かわいいですよ、安徳天皇様っ♪」
 崇徳院 顕仁(すとくいん・あきひと)は感嘆の声を漏らし、葉月 可憐(はづき・かれん)は素直に賛辞を言葉にした。
「そ、そうかのう」
 安徳天皇は少し照れたようすで、視線を逸らした。
 いつもの着物姿ではなく、今の彼女は黒を基調としたゴッシックロリータ姿だった。菫が見繕ってきたもので、最初は少しおとなしめに、とのことだったが知識の無い安徳天皇には相当派手なものに見えた。
「ほらほら、ちゃんと前を見て。下をむいてちゃもったいないよ」
 と菫が顎をもちあげる。
「む、むぅ」
 あまりこういう扱いには馴れていなかったのだろう、安徳天皇は何かと動きがぎこちない。でも、悪い気はしないようで、楽しそうだ。
 そんな安徳天皇に向かって、ぱしゃぱしゃとフラッシュがたかれる。写メを取っているのだ。一応重要人物なのだが、おかまいなしである。
「随分と手間のかかる服なのだな」
「着物よりは楽だと思うけどね」
 聞いたことも見たこともない、異文化そのもののゴスロリファッションを一人でどうにかできるわけもなく、着替えを菫に手伝ってもらったのである。
「しかし、何か変なかんじがするのう」
 着慣れぬ服に、鏡をみたり体を動かしてみたりする安徳天皇に向かい、崇徳院 顕仁(すとくいん・あきひと)は真面目な表情で、
「郷に入れば郷に従えだよ。それに、その喋り方ももっと今に合わせた方がいい。例えば、語尾に☆がつくように」
 と、なんかとんでもない事を言い出した。
「語尾に☆、とな?」
「うむ。見ておれ、こんな感じだ。ナニ⊃レヤハ”イ千ョ→耳耳☆」
 安徳天皇は首をかしげた。同じ言語を使っているはずなのに、何を言っているのかわからなかったのだ。
「……日本語は、随分と難解なものになったんじゃのう」
「いや、あれはからかっているだけだねぇ」
 と、アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が服が大量に入った台車を押してやってきた。
「なんじゃ、それは?」
「着替えに決まってるじゃないですか」
 可憐が当たり前のように言う。
「うわぁ、いっぱいあるね」
「ゴスロリだけじゃ服の勉強にならないから、色んな種類のを選んでみたよ。気に入るのがいいといいんだけどねぇ」
 安徳天皇のサイズとなると、選べる幅が狭くなってしまう。
 なんて事はなく、今は多種多様な服がある。子供服は子供がすぐ成長しちゃうから、という概念はとっくに古くなっており、よりいい物を可愛いものをというのが当たり前なのだ。
 さっそく安徳天皇を含めて、みんなでアリスがもってきた服を物色する。子供用スーツとか、ちょっと需要のわからないものまである。気になったらとりあえず着替えてみて、写メを取っては確認し、唸ってみたり首を傾げてみたり、なんだかんだ色々考えては、でも普段着はちょっと、で次のに挑戦していく。
「随分削ったつもりだけど、結構な量になっちゃったね。荷物持ちの人が結構いてくれてるからいいけど……お金大丈夫かな」
 難関のチェックを通り抜けた洋服は、カゴで三つになった。一つは菫と顕仁がガン押ししたピンク色のゴスロリで埋まっていたが、残り二つはそれぞれ結構な山となっている。
 寿 司(ことぶき・つかさ)の言うように、少しお財布が心配だ。子供服は安くないのだ。布が少ないから安い、なんて事は無いのだ。むしろ、お高いと言ってもいい。
「大丈夫よ。だって、学院が出してくれるんでしょ?」
 確かに菫が言う通り、今回は学院持ちであるらしい。次にお買い物に出かけられるのがいつかわからない、というのもあって、結構自由に買い物をしていいことになっている。それでも、少しは気を遣ってか、選んだ服は着まわせる事を重視して無難なものが多かったりする。ゴスロリはまた別の話である。
「そうだ! 服だけじゃアレだし、何かアクセサリも買おうよ!」
 司の心配をよそに、菫が提案する。服売り場の通りに、小物を扱う店を見つけて言い出すタイミングを計っていたのだろう。
「やっぱりそういうのは大事だよねぇ」
 なんてアリスが言う。みんなも乗り気のようだ。まぁ、かくいう司も、こうして自由に買い物を楽しめるのは悪い気はしない。それに、先ほど通りかかったお店は、学生向けの店でギラギラと宝石をつけているようなものではないし、少しぐらいなら大丈夫だろう。
 売り場に行ってみると、色んな小物が雑多に並んでいた。アクセサリというよりは、雑貨店という雰囲気だ。一個数百円の指輪や、千円しないネックレス、あとは小物なんかが並んでいる。
 色々見てまわってみたが、安徳天皇のサイズに会うものが少ない。彼女には、もう少し低年齢向けの店でないと、難しいものがあるのだろう。ちょっと不満げだ。
 そんな様子を見て、司はピコンと思いついた。
「ね、だったらさ―――」