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浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

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11.二つの軽空母



「状況が変わってきたみたいだな」
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)が潜入した軽空母には、先ほどから何度も大きな振動が発生している。十中八九、外から攻撃を受けているのだろう。走り回る乗員が、穴が開いたとか、隔壁を閉鎖しろとか、火災が発生した、なんて言葉が飛び交っている。
「もしかして、この船沈んじゃうのかな」
 共に潜入していた月音 詩歌(つきね・しいか)が不安そうに言う。
「もう少しは持つだろうけど、そろそろ出るに越した事ないだろうな」
 既にあらかた持ち込んだ機晶爆弾は設置済みだ。あまり派手に動くわけにもいかなかったため、戦略的に価値のある場所にはあまり設置できなかったが、それでもこの船に大打撃を与えるには十分な量ではある。まぁ、その前にこの船が轟沈しなければ、という問題もあるが。
「それじゃ、あいつを拾って脱出するか」

 船において、船長はただの責任者という言葉で表すのは少し違う。搭乗員の命を預かり、ありとあらゆる問題に対策を講じ、船がその目的を達するためにその全てをかけなければならない。
 それは単に気持ちや仕事の問題だけではなく、船の作りにも影響する。船長室は、おおよそドア一枚で会議室などの大事な部屋に繋がっており、船長のプライベートは往々にして守られない。それだけ重要な存在であり、だからこそ船長室は船の中で見つけるのはそう難しくは無い。
 この空母に潜入した時に、瓜生 コウ(うりゅう・こう)が真っ先に抑えたのがこの船長室だ。
 さすがに船長室というだけあって、カーペットは質がよさそうなもので、木製の年期の入った本棚が並び、航海に関する分厚い本が並んでいる。船長の私物か、それとも単なる備品かはわからないが、趣のある部屋だ。
「どうだ、調子の方は? なんか掴めたか?」
 部屋に入ってくるなり、陽一が気さくにコウに尋ねた。
「そっちこそ、うまくいってるのか? さっきから何度か爆発してるみたいだけど」
「ありゃ外の連中だ。俺のはこれから」
「何か見つかった?」
「こっちのノートパソコンは、せっかくだし持ち帰らせてもらうとして、とりあえず目ぼしいのはコレぐらいだな」
 コウが持って示して見せたのは、報告書と汚い文字で書かれたファイルだ。
 開いてみると、中にはこの船で行っている調査についての報告が書かれている。
「まだざっとしか見てないけど、どうやらこいつらがイコンを持ち込んだのは俺達と戦うためってわけじゃないようだぜ。カニ型のイコンらしき奴との戦闘記録だ。最初は殲滅しようとしてたみたいだが、途中で断念したらしい」
「断念? 諦めたんなら、ここに居座る必要はないよね」
「確かに、今となっちゃ遅いが、海京の方と揉めてもいい事ないだろ?」
「だから、まだちゃんと見てないんだってば。詳しい事はあとで精査するとして、とにかく、こいつらの目的は物流を阻害したりすることじゃないってのは確実だ。この報告書には龍宮って単語が何度も出てくる。それが何なのかってことは書いてないが、それはこっちの中にあるんじゃないか?」
 船長室の机の真ん中に置かれていたノートパソコンは、まだ手をつけていない。ほとんどの資料は、報告書がそうであるように、紙媒体で保存されているらしい。データと違って、処分するのが簡単だからなのか、それとも古臭い気質の持ち主なのかはわからないが、持ち運ぶには不便だ。
「うわっ……あんまり、時間無いみたいだよ」
 一際大きな揺れに続いて、若干船が傾いてきたように思えた。爆風に煽られているのかもしれないが、長いするに越したことはない。
「だな。他に持ってった方がよさげなもんかき集めて、とっとと脱出するぞ」
「わかっちゃいるが、なんか俺ら泥棒みたいだよな」
 


 武装集団が用意した軽空母は二隻。一方の軽空母に潜入した三人は、収穫を得ることができたようだが、もう一つの軽空母に潜入を試みた黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)の三人は、予想外のものを見つけてしまっていた。
 場所は、武装集団が兵装を蓄えているであろう格納庫だ。だが、そこには一体のイコンもなく、それどころか通常兵器も見当たらない。代わりに、その容積のほとんどを得体の知れない何かが満たしていた。
 鈍く銀色に光る液体状の何かは、船の揺れに少し遅れて揺らめいている。
「なんですかね、これ?」
「水銀ではないようだな……」
「少し持ってかえってみたいところだが、触れても大丈夫か?」
 謎の液体は、ただ揺らめいているだけだ。今はどうすることもできない、兵士の姿も見えないということは、この場所は長いする必要も無いと三人は判断して別の場所に移動することにした。
 だが、三人の足はすぐに止まった。
 入ってくるのに使った通路が、消えてしまっていたからだ。
「どういうことだ?」
「場所を勘違い、なんてことはありませんね。確かに、ここに扉が……」
 確かにここに通路への入り口があったはずなのだが、そこはただの壁になってしまっていた。記憶違いなどではない、現に他にもあったはずの入り口も全てが消えて、一面全て壁になってしまっている。
「閉じ込められたか、でもどうやってだ?」
 そもそも、この空母に潜入してから、兵士どころか人の気配すらない。そして、この謎の液体。
「おもしろくなってきたな」
 宝剣にしても、龍宮にしても、今のところ情報が足りなさ過ぎて誰が何のために動いているのか、はっきりとはわからない。この武装集団の目的も、判明してはいないのだ。巡視船に攻撃を仕掛けたから、こちらの攻撃対象になっているという話である。
「随分と楽しそうだな、天音……しかし、今は考察をしている余裕は無いようだぞ?」
 扉が塞がれたという事は、三人の侵入がばれてしまっているということだ。
 侵入者を発見したら、排除しなければならない。そこで三人は、その謎の液体の用途をその目で見ることになった。
「腕が!」
「なるほど、液体であり物質でもあり、自由に形を変えることができるというわけか」
「くるぞっ!」
 ただ揺らめいていた液体の中から、飛び出してきたのは腕だ。人間の腕のようでもあるが、どちらかというとイコンの腕部といった表現が正しい。それが、三人に向かってこぶしを振り下ろした。
 殴られた壁は大きく歪む。と、同時に殴った腕もひしゃげて元の液体に戻った。
「さて、どうしたものか」
「あの液体全部が本体だとすれば、戦いたくはないですね……そこまで強度が高いようでないですし、それならっ!」
 霜月は、記憶を頼りに扉があった場所に攻撃を仕掛けた。狐月は、ほとんど抵抗もなく壁を切り裂き、道を開く。
「いきましょう!」
 扉を乗り越え、とにかく距離を取るために走る。
「そんな使い方もあるのか」
 後ろを振り返った天音が感心したように言う。
 液体はもう一度腕を形成すると、その指の先が鋭い槍へと変化した。そして、その槍は三人の背中に向かって射出される。空気を切り裂きながら、銃弾のような勢いで射出された槍はどれも当らなかったが、壁に着弾した一つはそのまま壁と同化する。
「今のは……」
「知らず知らずのうちに、化け物の腹の中というわけか」



 
「うし、空母の上空到達っと!突入するぜ!!」
 空母の間合いに一番でたどり着いたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、気合をいれなおす。
 つい先ほど、対空のために出撃したイコンは全て撃墜した。まだヘリは残っているが、空の戦いそのものはこちらがもらったも同然だ。もう間もなく、他の面々もここまで到達するだろう。
 まだ戦闘が続く中、ラルクがここまで一番にたどり着いたのは、生身だからだ。そして、その身一つで試してみたい事がラルクにはあった。
「行くぜぇぇぇぇぇっ!」
 体一つでの、突貫。神速により速度を限界まで引き上げ、ドラゴンアーツによる必殺の一撃で軽空母を穿つ。一撃で空母を鎮められたら最高だが、最悪でも甲板は打ち抜けるだろう。そうしたら、船の駆動部などの重要機関を内側から壊してしまえばいい。
 既に一方の空母は、大きなダメージを受けて煙を吐き出している。なら、狙うのは当然傷の浅い方だ。
「うおりゃあああああああああ―――なにっ?」
 まっ平らな甲板が、突然波打ったかと思うと、そこから突然腕が生えてきた。イコンの腕部によく似た腕は、ぐっとこぶしを握ると真っ直ぐ向かってくるラルクに向かってこぶしを突き出した。
 ラルクは既に最高速度にまで達している。今からブレーキをかけても間に合わないし、避けようとしたら自分の体で船に体当たりをすることになる。
「負けるかぁ!」
 下手に自分の身を守ろうとするよりも、今の自分の必殺の一撃でそのこぶしを返り討ちにする。それは恐らく正解だった。
 こぶしとこぶしがぶつかる。スキルによって威力を引き上げ速度を乗せたこぶしと、ただ大きいだけのこぶし。勝敗はそもそも明白なのだ。衝突と同時に、巨大な腕は砕け散り、液体状になって降り注ぐ。人間でいう肘のあたりまでを吹き飛ばす形になった。
「……くそっ」
 腕は吹き飛ばした。殴り合いには勝った。だが、こぶしは甲板まで届かなかった。
「こうなったら、このまま乗り込んでいくしかねぇな」
「危ないっ!」
 突然、ラルクが吹き飛ばされる。ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)のサイコキネシスによるものだ。突然のことで、何か言ってやろうと開いたラルクの口はそのまま何も言葉が出せなかった。
 たった今自分が立っていた場所から、巨大な針が突き出ていたからだ。あのまま突っ立っていたら、串刺しになっていただろう。
「立ち止まるな、動けっ!」
 概念分割の欠片 フェルキアの記憶(がいねんぶんかつのかけら・ふぇるきあのきおく)が憑依しているため、ウィングの口調がいつもより少し粗くなっている。
「お、おうっ」
 ラルクはとにかく動いた。足元から次々と針が飛び出してくる。
「海の飛び込むぞ」
「ちっ、しゃあねぇな」
 現状が理解できない以上、無理して突っ込むのは危険だ。こぶしで空母を落とせなかったのは少し悔しいが、仕方ない。一足先に海へ飛び込んだウィングのあとを追うように、ラルクも海へと飛び込んだ。
 そのまま少し泳いで距離を取ってから、海面から顔を出す。
「で、あれは何なんだ?」
 戦艦型イコンというわけではなく、あの軽空母は少なくとも見た目はただの軽空母だ。そんなものに、腕や針が飛び出すような機能はあるとは思えない。
「知ってたら調べようなんてしません」
 そう不機嫌そうに言うのは、リリスティア・ハイゼルノーツ(りりすてぃあ・はいぜるのーつ)だ。今は魔装形態である。
「お前が突っ込んだ方の軽空母には、爆弾を仕掛けておいたんだが、それが爆発しなかったんだ」
「誤作動とかじゃねぇのか?」
「それが、無かったんだ」
「あん?」
「船底にがっちりつけておいたんです。なのに、爆発しないので見にいったら、消えてたんです」
「見つかって撤去されたんじゃねぇか?」
「どうだろうな、相手もイコンで水中を動いていたから見つかる可能性もあるが……味方の船の船底を丹念に調べたりはしないはずだ。それに、見つかったのなら向こうも警戒を強めて先日から行っていた偵察と接触することもあっただろう」
「……つまり、最初っから無かったみてぇに爆弾が消えた、と」
「そうなるな。それに、片方の空母と同程度の攻撃をあの空母も受けていた。なのに、見た限りダメージの入り方が全然違う。それでだ、何かあるんじゃないかと思ってもう一度見つからないように接近していたところ」
「あなたが降ってきたんです」
「そうかい。まぁ、あんたらのおかげで助かったわけだが」
「こっちもおかげで、謎のとっかかりができた。先日の海中戦闘の報告に、不定形のイコンなどという記載があったが、恐らくはアレがそうなのだろう。その不定形のイコンを、膜のように空母を覆って攻撃を受け止めていたわけだ。俺の爆弾も、膜で包むか吐き出すかして処理したのだろう」
「っておい、見つかってたんなら、あんたが言うとおり警戒してるはずだろうが?」
「例外がある」
「例外ですか?」
「あの武装集団の最高責任者だ。爆弾を見つけたのが下っ端なら報告の義務はあるだろうが、一番上だったら? それが、そいつにとって取るに足らないものだとしたら?」
「……はん、取るに足らないか。この状況でもそう思ってんのかねぇ」
 既に空を抑えられているこの状況では、あの空母は丸裸も同然だ。味方のイコンが、次々とこの空域へと突入している。何本腕が飛び出ようと、向かってくる部隊全てを対処するなどできるわけがない。