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なし

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浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

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14.一先ずの安息、そして



 武装集団との戦闘から一晩明け、海はもとの静寂を取り戻していた。
 時間の感覚とは不思議なもので、作戦に参加した多くは長い時間戦っていたように思えていたが、記録を確認すると三時間程度で決着がついた事になる。
 想定された敵の戦力よりも数が少なく、また途中で乱入してきた防衛システムによって戦場が混乱したのも大きな要因となった。防衛システムが参戦した時は敵の戦力が増えたように思えたが、今考えれば彼らは防衛システムとの戦闘が主目的だったのだろう。
 こちらの攻撃により、作戦を中断して空母の護衛に入った結果、戦闘中の防衛システムが追撃をかけてきたのだ。
「真っ暗だわ」
「ここまでくると太陽の光も届かないんだな」
 静かな海の中を、二機のガネットが潜航していた。
 アグリッパイロドリGDの二機である。
 先日の戦闘でほとんど被害を受けなかったこの二機は、海底の調査のために再度出撃していた。防衛システムが襲撃してくる可能性を考えると、調査にはイコンを用いる必要があるとの判断である。
「真っ暗で何にも見えないのも暇よね」
 イロドリGDの天貴 彩羽(あまむち・あやは)が欠伸をかみ殺しながらぼやく。
「ソナーセンサーから目を離さないで欲しいでござる。いつ敵がくるかわからないでござるよ」
 余裕の彩羽に対してスベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)は不安げだ。
 光の届かない深海にまで達すると、目は役に立たない。ガネットから伸びる光も、見える範囲は限定的で、光そのものが水に飲み込まれるように距離を見通すこともできない。
 ほとんどの深海魚が視力を捨てて、別の方法で周囲を確認するように、人間も海底では別の方法で周囲を確認しなければならない。その中で一般的なのは音の反響や、音そのものを聞いて動くものを察知する方法だ。
 潜水艦などでは、専門の役職があり彼らがいつも耳を済ませて水中の様子を拾う。もっとも、それはもう一種の技能であり、そうそう簡単にできるものではない。
 ガネットに搭載されたアクティブソナーは、反響してくる音を元に三次元マップを起こせる優れものだ。そのため、見ていればいいだけなのだが、岩礁と海底面が延々と表示されているのを見ていると眠くなってくる。
「そろそろ、空母のあった位置の真下につくよ」
 アグリッパのアウリンノール・イエスイ(あうりんのーる・いえすい)から通信が入る。戦闘中ではないため、気軽に通信できるのはいい事だ。
「ひでぇ、昨日のドンパチだけってわけじゃないみたいだな」
 ソナーの画面に大量のゴミが表示される。音が乱雑に飛んでいるのか、ところどころ不鮮明だ。アプトム・ネルドリック(あぷとむ・ねるどりっく)はそのゴミの集まりに、光を当てる。予想通り、イコンの一部が漂っている。
「これはイコン防衛システムね」
「見て、あれ沈んだ空母じゃない?」
 一際巨大で不自然な物体を見つけ、そちらに向かう。彩羽が言う通り、昨日の戦闘で沈んだ空母だ。昨日の戦闘で沈んだ空母は二隻、一隻はかなり抵抗したが、護衛をしていた武装集団のイコンが撤退してからはさすがに無理があったらしい。
 ダメージの修復速度が追いつかなくなり、海中からの攻撃による浸水が許容量を超えた形となって最後は海に沈んだ。沈む直前に、大量の球状の物体が飛び散り、そのどれかにパイロットが搭乗して逃げたようだ。うちいくつかを回収したが、中身の無いただのボールだった。
 見つけたのは、恐らく最初に沈んだ方だろう。
 どうやら海中で真っ二つになったらしく、見つけたのは船首から胴体の途中までだ。その千切れた胴体の辺りに、ついに四人は探していたものを発見した。
「これが龍宮……なんか地味だな」
 真っ白な半球状のドームだった。アプトムが地味と言うのも頷けるほど、それだけで他に何も無い。
 龍宮城と言えば、おとぎ話のものでは立派な宮殿のようなものといったイメージがある。そうでなくても、武装集団がわざわざ自ら危険を犯してまで手に入れようとしたものだ。どのような価値があるか四人には今のところわからないのだが、しかしそれにしても味気ないように思える。
「まって、ソナーの方を見て」
「なんだ?」
 アクティブソナーの表示を見ると、そこだけぽっかり空洞になっている。音が跳ね返ってきていないのだ。
「あ、あれも見るでござる」
 今度はスベシアがモニターを指差す。
「何も無いじゃない?」
「あ……ちょっと待ってもらっていいでござるか?」
 スベシアは漂っているイコンの腕を、イロドリGDでドームに向かって押し込んだ。少し過剰なんじゃってぐらい、すぐにその場から離れる。
 押し込まれた腕は、光を発したと思うと砕けてしまった。
「……あの空母、沈んでる最中に真っ二つになったわけじゃないみたいね」
「あのドームは、強力なバリアみたいなものでござろう」
 今見えているものは、龍宮を覆う膜のようなものなのかもしれない。となると、中に入るにはこの膜をどうにかしなければならない。
 武装集団がイコンを持ち込んだのは、あの膜を突破するためもあったのだろう。
「おい、ソナーに凄い勢いで動くもんが出てきてるぞ」
「防衛システムよ」
「ど、どうするでござる?」
「場所は確認したわ。戦ってもあの壁を突破できる保障がない以上、今は退くべきね」
「ちっ、あんな雑魚から逃げなきゃいけねーのかよ」
「数見てよ、数。なにこれ、どんだけ出てくるつもり?」
 次々と防衛システムがソナーに表示される。ソナーの表示を信じれば、唐突に出現しているように見える。あっという間に、防衛システムは大部隊となった。
「相手にしないで、退くわよ」



 他校の生徒の身であるため、安徳天皇の問題に関わるのであれば余計な誤解を受けたりしないよう許可を取るべきだろう。紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はそう考えて、先日の報告のあと、コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)に声をかけた。
 そこで、コリマは個人的な依頼を唯斗に提案してきた。
 今にして思えばそれは、他校の生徒であれば最悪の展開の時に容易に切り捨てられるからだったからだろう。だが、事の展開はそう悪い方向には転がることはなかった。言い方を変えれば、コリマの掌の上で状況は推移しているという事でもある。
「今のが日本政府の高官ですか」
 プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)は、黒服の集団が教室から出ていきしばらく経ってからそう口にした。
 つい先ほどまで、この校長室で面会が行われてたのだ。彼らは、自分達とコリマしか居ないと思っていたのだろうが、唯斗とプラチナムの二人はずっと身を潜めて校長室の面会の様子を確認していた。
(そうだ。彼らの考えは決して間違ってはいないのだろう)
「けど、安徳天皇をまた封印しようってのは、必要だと言われても気分のいいものじゃないですね」
 面会は一時間に及ぶ長いものだったが、要約すれば安徳天皇をもう一度封印しなおして、海京ひいては日本の安全を確保しろ、というものだ。海京に住む人と、日本の国民を守るために、たった一人犠牲にすればいいというのは単純な損得勘定で考えれば安い支払いだろう。
 だが、少なくともコリマはその提案に賛同するつもりは無いようだ。それが、先述の唯斗に対する依頼である。
 その内容は、安徳天皇を影ながら監視し、日本政府に依頼されてくるであろう誘拐犯を捕らえてコリマに引き渡すというものだ。依頼が発生した段階では、その可能性は高いものではなかったが武装集団が現れて状況が変わった。
 ただ要請しているだけでは、間に合わない可能性が、彼らにとって愚作を講じる結果となった。結果、その時別行動をしていたエクスと睡蓮によって狙い通り日本政府に雇われた誘拐犯を確保する事ができた。その時、情報を提供してしまったらしいが、コリマはその点については問題ないと語った。
 天御柱学院として日本政府の行動に釘をさすという目的のうえで、それは障害にならないと判断したのか、それとも護衛でもなく行動していたレンとその背後の存在に心当たりがあるのか。コリマの掌の大きさはどこまであるのかわからない以上、問題ないと言うのなら問題ないのだろう。
「それと、あのハチをばら撒いていた人物についての調査報告です。名刺を配る変な奴だったおかげで、すぐに足をつかめました。それとですが、あの中でハチに刺された人は一人もいなかったようです」
 パニックを起こして安徳天皇を護衛の配置されていない場所へ動かす。それがあの手品師っぽい格好をした少女、胡蜂美蝶という人物の目的だった。その時、何人も激痛を訴えて病院に運ばれたが、検査の結果刺された人は一人としていなかった。全員、噛まれただけだったようだ。あの混乱の中では、噛まれたのか刺されたのかの判断をまともにできる人はそう居ないだろう。一般人への被害を考慮はしていたようだが、相当護衛には嫌われたはずだ。
 なんでも、彼女はシャンバラで養蜂を営む農家が本業であり、誰かに依頼を受けると副業としてなんでも屋もしているらしい。思想や目的ではなく金で動いているため、抑えようと思えばこちらから手を出すことができるだろう。
(ご苦労。全て滞りなく運んでいるようだな)
「それで、これからどうするつもりなんですか?」
「そうですね。コリマ校長の考えをお伺いしたいです」
 二人の質問に、コリマは一瞬の間を置いてから返した。
(私の役目は、この学院とその生徒を守ることだ。安徳天皇もこの学院の生徒である。そのために必要なことをしているに過ぎない。何をするか、は本人が決めるべきことであり、教師である我々はそれを尊重する。もし、道を間違っているのであれば正す必要もあるだろう。だが、できれば教師はその役目でなければよいとも考えている。節度を保った関係とはそういうものであろう。この度の問題は少しばかり大人が絡みすぎている、それは安徳天皇本人には非の無きことだ。そのために、お前達には苦労をかけた事はここで詫びよう)
「いえ、詫びるなんてそんな」
「首を突っ込んだのは私達ですから気にしないでください」
(少なくとも、今回の件で日本政府の動きは抑えた。お前達がつれてきた雇われの誘拐犯の引渡しの条件を向こうは飲むだろう。これで、しばしの猶予は得た。問題があるとすれば海上を占拠していた武装集団の雇い主が捕まらなかったことだろう。今回の作戦で戦力をほぼ失ったと推測されるが、調査によれば中古の空母を二隻をこのために購入している。今回の件でその資産全てを吐き出したとするのは、少しばかり楽観的すぎるだろうな)
「また何かしてくる可能性があると?」
(わからぬが、油断もできぬ。このまま、諦めてくれればいいが、守る立場であるのならば最悪の事態を常に想定しておく方がよい)
 購入記録を辿れたということは、武装集団の雇い主とされていた三枝仁明の調査が進んだということだ。資産家である、という話は聞くがその主な収入源という輸入品の取り扱いで空母を購入するなんてのは無理がある。
 表向きではない何かで、想像できない資産を蓄えているのだろう。そして、空母二隻と傭兵を雇い入れ、さらに資産をつぎ込んでも構わないほどの価値が龍宮にあるということでもある。少なくとも、コリマはそう考えるだけの価値が龍宮にあるのは間違いない。
 それ以上目ぼしい情報は出てこなかったが、最期にコリマはもしかしたらまた連絡するかもしれない、という言葉を口にした。多分に推測を含む言い方は、学院としてはなるべくこの問題に触れたくはないという指針なのかもしれない。
 校長室を出て、しばらくしてから唯斗は不意に口を開いた。
「また安徳天皇は、しばらくこの学院の中で幽閉生活なんですかね」
「そうなるんでしょうね。日本政府も、自分の国の安全を考えれば黙ってみているだけという約束を本当に守るか疑問ですし、武装集団は壊滅しましたがその雇い主は未だ逃亡中です」
「安全のためとは言っても、これでは自由になったのかそうでないのかわかりませんね」
「それで、まだ首を突っ込み続けるつもりですか?」
「ダメですか?」
「ダメとはいいませんよ。そんなマスターを守るのが、私の役目です。それでも、あまり無茶はしないでくださいね」
「……覚えておきます」

担当マスターより

▼担当マスター

野田内 廻

▼マスターコメント

 暑くなってきましたが、節電のために冷房がつけられません。野田内です。

 さて、前回のグラシナの続きでありながら前編という難しい立ち位置のお話だったわけですが、いかがでしょうか。
 ともあれ、今回ので誰が敵であるのかとか、これからどう動けばいいのか、という指針は出せたのではないかなと思います。
 次回は後編になります。中篇はありません。泣いても笑っても、次回がラストです。

 次回、浪の下の宝剣〜龍宮の章〜(後編)のシナリオガイドは、7月10日の発表予定です。もしよろしければ、後編にもお付き合いくださいませ。

 ではでは