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浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

リアクション


5.影と影とラーメンと



「まるで大名行列ですね」
 西城 拓巳(さいじょう・たくみ)は双眼鏡から目を離し、隣に居る草薙 武尊(くさなぎ・たける)に手渡した。
「あれだけ大人数で動かれたら、付入る隙を見つける前に諦めたくもなるだろうな」
 二人が見ているのは、お買い物を楽しんでいる安徳天皇一向だ。こうして、一目でわかるだけで二十人ぐらい連れ歩いている。恐らく、それだけではなく隠れている人や先回りして安全確保をしている人もいるだろう。
「まともにやりあいたくはないですね」
「誘拐犯ごっこか? 下手な事言ってると、あいつらの攻撃対象になるかもしんねーぞ」
 そこへ日比谷 皐月(ひびや・さつき)が気だるそうに顔を出す。その後ろには、佐野 実里(さの・みのり)の姿もあった。
「それはご勘弁願いたいですね」
「何かあった?」
 実里はここにいる三人のだれでもなく遠くを見ていた。護衛なら禁猟区のような範囲をカバーできる監視スキルを確実に使ってくるだろうと予測し、かなり距離を取っているため肉眼で安徳天皇達を確認することはできないはずだ。
「今のところは、何も無いようだ。こちらとしては、何も無いが良いので間違いないのだろう」
「うん」
「あの子も大変な身の上のようですね。ただ買い物に行くだけで、あれだけ大所帯をしなければならないのですから」
「今だけの話だといーけどな」
 あの小さな子供は、実里にとってはかなり重要な存在であるという。そのため、二人は直属の護衛とは別に、安徳天皇の監視を行っている。もっとも、自分達の存在を気付かせないために距離を取り慎重に動いているので、護衛の任務は本職の人たち頼みだ。
「なぁ、リフ……じゃなくて、実里。あの子を守るんだったら、やっぱり俺達からも護衛を出すべきだったんじゃないのか?」
「今は、まだ少し早い……。私は、スープを煮込むのが遅かったから、まだラーメンが作れない」
「……とにかく、動くにはまだ早いということですね」
「そう」
「けど、彼女を欲しがってるのが武装集団だとわかっているのであれば、襲撃者があった場合犯人を確保するという我々の目的には、あまり価値が無いのでないか?」
 襲撃者を捕えて情報を得るという目的の場合、得たい情報の中心は誰が何のために、というものだろう。しかし、犯人は目星がつき、目的も龍宮という場所に関わっているとわかっている現状、それ以上新しい情報が得られるとは思えない。
 まして誘拐を依頼される立場の人間が、そこまで詳細な情報を持たせてなんてもらえないだろう。
「まだ推測の範囲だから言えない。けど、もしかしたら、別の誰かが来るかもしれない。それを捕まえられれば、大きく変わる」
「動いているのは、武装集団だけじゃないってことか」
「そう。でも、何も無いなら、きっとそれが一番いい」
 誰かが不幸にならないと、今の状況が改善しない。彼らの立場はまさにそういった状態だ。そして、確定でこそないがかなり高い確率で、その不幸は訪れるだろう。
 わかっているなら動けばいいが、今動けば唯一手元にある自分達の動きが警戒の対象外というアドバンテージを捨てる事になってしまう。安徳天皇を抱えた天御柱学院、恐らくは龍宮を確保しているであろう武装集団、どちらも純粋な戦力をかなり保有しており、個人行動の範疇でしか動けない彼らが対等に接することはまず不可能だ。
 保有している情報も、他の二者とほぼ同等だ。だから、今はとにかく手元に寄せられる価値のあるものを引き寄せておかねばならない。そのためには、他人が不幸にならなければならない。
 そして、その結果得られるものがあるかといえば、実里本人も懐疑的だ。まだ推測の範囲という台詞は、ある程度確証がある時に使うものだが、果たしてどこまでのものかは、今は実里だけが知っている。
「とにかく、こちらの監視は任せてください。何か動きがあれば、すぐに報告しますよ」
「それに、あれだけの人数もある。少なくとも、そうやすやすと近づくこもできぬであろうしな。今日は日向ぼっこで終わるかもしれん」
「そうなったら、ラーメン奢ってあげる。おいしいお店、沢山教えてもらえたから」



「こうして並べてみると、どちらが本物なのかわかりませんな」
 コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)は置かれた二つの宝剣を眺めて感心していた。
「見た目だけだけどな。持ってみて、重い方が本物だ」
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)は二つの宝剣をそれぞれ手に取ると、一方をレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)に差し出す。レイナはそれを受け取ると、疑問の視線を静麻に向けた。
「これは、本物の方ですね」
「ああ、そうだ。なんでか知らんが、俺がそれを持ってるって事になってるみたいだからな。だったら、俺は偽物を持っておくべきだろ?」
 宝剣を狙っている奴らがいる、というのは先日の海鎮の儀の最後に現れた所属不明のイコンの存在からして明らかだ。そのため、あれからすぐに静麻は宝剣のレプリカを準備していた。
 そうして作ったレプリカは、コアは褒めてくれたが、よく見れば細部に甘い部分がところどころ見受けられる。展示品にするわけでもないし、時間の無い中でこれだけのものができれば十分だろう。
「それで、わざわざ用意したって事は何かするつもりなんでしょ?」
 ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)の言葉にはどこか棘のようなものがあった。
「ヘイリー……」
 何かを言おうとしたリネン・エルフト(りねん・えるふと)だが、途中でそれを飲み込んだ。いや、飲み込まされた。ヘイリーと目が合い、それ以上は口にできなかったのだ。
 今の状況で静麻に関わるというのは、自ら進んで危険に飛び込むという事だ。ヘイリーの苛立ちの本当の矛先はリネン自身なのだろう。そう考えると、あまりリネンの口から何か言うというのは難しい。
「まずは情報を集める。宝剣が一体どういう意図のもので、どう扱えばいいのか。物だけ渡されてもわからないとただの剣だからな。そのために、まずは安徳天皇に接触するつもりだ」
「なるほど、道理ですね」
「……でも、どうやって?」
「安徳天皇の警備は厳重です。天御柱学院の生徒であるからといって、簡単に接触することはできません」
 レイナが言うように、学院内でも安徳天皇の警備が厳重だ。接触を図ろうにも、門前払いを受ける。もっとも、レイナと静麻の二人に関しては、特別近づけないようにされていたようにも思える。
「じゃあ、乗り込むつもり?」
「おいおい、そりゃさすがに無理があるだろ。まぁ、聞いてくれ。今日、安徳天皇は護衛を引き連れて、市中でお買い物にでかけてる。地上に出たといっても、今度は学院内に縛り付けらてるしな。気分転換の必要があるって事なんだろ」
「厳重な警備をして守っていたのに、いきなり外出ですか」
「ま、邪推は色々できるわな。外出の話も急だったし、今日は学院の中にあの子が居ると困る事情がある、とかな。どちらにせよ、俺達にとっては直接接触できるチャンスだ。利用しない手は無い」
 町中であれば、少なくとも学院の奥に安置されている状況よりは接触しやすいだろう。しかし、今回動員される護衛の数はかなりのものだ。普通に接触を図るのは、単純に考えれば難しい。不用意に近づこうして、敵と認知されるのは不味い。
「あまり大人数で近づくと警戒される可能性がある。大した人数じゃないが、二つに分けて行動しようと思う。異論は無いよな?」



 案内されたのは、とっくの昔に潰れてシャッターの降りたラーメン屋さんだった。
 丁寧に掃除がされてあるようだが、椅子やテーブルに刻まれた年月はそのままで、壁も少しくすんだ色をしている。
「貸してもらってる」
 実里は、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)桐生 円(きりゅう・まどか)オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)にその一言で説明の義務を果たした、と考えているらしい。
 それ以上、ここについての言及はなく。四人は促されるままにカウンター席に腰を下ろした。
「次々と人がやってくるものなのだな」
 シャッターが降りているというのに、次から次へと来客のある不思議な店だとレヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)は思っていた。もっとも、自身もその来客の一人だ。
「……違うな」
 ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)は、新しい客人に興味を示さず、スープを味見しては首を横に振っていた。ロアはかれこれ半日以上、味に納得できずにずっと試行錯誤を繰り返していた。
 ラーメン好きという話を聞いて、実里に交渉を持ちかけるさいにレヴィシュタールはロアの作るラーメンの話題を持ち出したのだが、その際にレヴィシュタールが口にした上品なラーメンという言葉が、今のロアの状況を作り出していた。
 料理のプロは、同じものを同じ質で提供できなければならない。日によって味が違うのでは、客に信用してもらえないからだ。そのために、料理人は素材や調味料を理解し、どの味がどの作用であるかを分析できなければならない。そうする事で、決して同じものが二つ無い食材の誤差を見分け、同じ味にするための微調整を行うことができるのだ。だからこそ、料理のプロへの道は険しいのである。
 普段のロアの料理は、自由奔放なものだ。腕も味も間違いないし、舌も精確だ。そのため、レヴィシュタールが言った上品なラーメンもどんな味だったがちゃんと覚えている。覚えているからこそ、何故か今一歩足りないスープに何度も何度も首を横に振っているのだ。
 聞きたい事はおおよそ聞いたし、今までの来客がレヴィシュタールには知らない情報で交渉したりしているのをこうして眺めていられたので、決して無為な時間ではないとは思うのだが、話を聞けば聞くほど今はラーメンのスープに拘っている場合ではないんではないか、と思わなくも無い。
「納得いくまで、あとどれくらいかかりそうかね?」
「……わからん」
「そうか」
 まだしばらくは、このまま動けないようだ。

「要約すると、その三枝って人が宝剣と龍宮を使って悪巧みしているのを阻止しないといけないってことでいいんだよね」
「そう」
 実里から提供された情報をまとめると、円の発言で事足りている。
「それで、それは誰にお願いされてるのかな?」
「佐野さんが、個人でこの問題を解決したいと動いている、とは少し考えにくいのよ」
 円の質問に、オリヴィアが被せていく。
「どういうこと?」
「あくまで個人的な興味なんだけどね。ほら、花音くん今はあの電波をキャッチしなくなったでしょ。それが、移ってるんじゃないかなってね」
「もちろん、タダでなんて言わないわ。その話、結構危険なところまで進んでいるのよね。人手が欲しい、だからこうして話してくれたんでしょ。もし、教えてくれるのなら私達も全面的に協力するわ」
「協力するよー」
 おー、とミネルバが手をあげてみせる。
 実里は三人の顔を順番に見てから、天井を見上げ、そうと一言零す。それから、三人にもう一度視線を戻し、
「移ったかどうか知らない。けど、頼まれてるのは本当……本当は、ほんの少し手伝う約束だった」
「ほんの少しじゃ、もう間に合わなくなってるってことだね」
「急がないとだね!」
「そう。だから、手伝って欲しい」
「んー、ところでさ、誰に頼まれてるのかな?」
「今は、知らなくていい……そう、言われてる。私は、開業資金を準備してもらえる約束で、お手伝いをしてるだけだから」
「かいぎょーしきんって?」
「お店を開くためのお金よ。以外と生々しい話だったのね。でも、少しボロいけど、立派なお店があるじゃない」
 オリヴィアがざっと店内を見てみる。ボロいのは確かだが、ちゃんとお店の形をしているし、奥で何故か一人がせっせと料理しているので、調理場もちゃんと機能するはずだ。
「今は、ラーメンの味だけだと足りない……と、教えてもらった。お洒落な、お店にしないと……ダメ、らしい」
「その、通信相手に?」
 コクリ、と実里は頷いた。
「ま、汚いお店は嫌よね、個人的に。いいよ、協力してあげる。何より、面白そうだしね。その、三枝って人が何をしよーとしてるのかとか、ね。龍宮って場所も、あるんなら一度は見ておいても損は無いだろうし、ね?」
「よくわかんないけど、頑張ってお手伝いするよー」
「そうね。それで、そのパトロンさんはどう動けばいいと考えてるの?」
「龍宮の扉を開くには、宝剣とその持ち手が必要……ただ、困った問題がある」
 そう言いながら、実里はカウンターの上に箸置きを並べていく。それぞれ、色が違っていて、どうやら駒代わりにしたいらしい。
「龍宮は、今三枝の部隊が占拠している。宝剣は閃崎 静麻が持っている。そして、安徳天皇。龍宮に入るには、宝剣と持ち手が必要……少し前は、安徳天皇が持ち手だった、けど、今はどちらかわからない」
「わからない?」
 黙って聞いていた牙竜が、不思議そうに声をだす。
「今は、静麻が持ち手なんじゃないのか。だってほら、あの海鎮の儀式って、宝剣の持ち主を選ぶためのものだったんだろ」
「半分正解、半分間違い。あれは……宝剣の性質を利用して、安徳天皇の封印を解くためにアレンジしたもの。だから、本当の持ち手が今どちらなのか、わからない」
「なんだそりゃ……」
「それに、コレもある」
 とん、と新しくレンゲを置いた。
「それは?」
「第三者。三枝でもない、天御柱学院でもない、誰かが動いている。目的不明、アンノウン」
「次々と厄介そうなのが出てくるんだな」
「これの目的を知りたい。目的が同じなら……協力する。三枝は、派手に動いているから、たぶん天御柱学院が動く。一番怖いのは、ここ」
「目的ね。ところで、ボク達の目的ってなんなのかな。悪の組織を潰しちゃえ、みたいな?」
「それとも、全てを元あったところに戻す、か?」
 それはつまり、安徳天皇を封印しなおす、という事でもある。
「安徳天皇のことを、三枝に教えた誰か……それを捕まえるのが目的。安徳天皇と、宝剣は……今の人たちに任せる。それでいい、と……言われている」
「そっか……じゃあ、静麻から宝剣を取り上げようとか、そういうつもりは無いんだな」
「取られないようにする必要はある。そのために、そうする必要があるのなら……けど、優先度は低い」
「持ち手と宝剣がセットで必要なら、むしろ一箇所に集めるのは危険だものね。パトロンさんがわからないのなら、きっと三枝もわからない。なら、安徳天皇と閃崎さんは別々に動いてもらっている間は時間が稼げる」
「そう。でも、いずれは会わないといけない。だから、この―――」
 すっとレンゲを手に取る。
「目的を知る必要がある」
「ここを今カバーできるのは俺達だけかもしれないってわけか。今は、武装集団の方が話題になってるしな。よし、やっぱり俺も協力するかな。リフルが、ああ悪い、実里が宝剣を欲しがってるなら、間に入ろうかと思ってたけど……ややこしい話みたいだし、静麻は今は自分の事に集中して欲しいしな」
 牙竜にとって、静麻は大切な友人の一人だ。付き合いも長く、それなりにどんな人物かわかっているつもりだ。だからこそ、願いを叶える宝剣を手に入れた、という話は正直耳を疑った。
 だが、同時に何故か納得してしまった部分もある。凄く奇妙な感じだが、宝剣は彼にとって必要なものである。そう考える自分も居るのだ。根拠もないし、理由もわからないが、しかしそう思っているからこそ、牙竜は実里に接触したのだろう。
 宝剣を静麻から取り上げないであげて、とお願いするために。もっとも、個人の考えを尊重できない事態がある可能性も否定はできなかったし、そのための情報が欲しいという理由もあったが……どちらにせよ、実里が宝剣の優先度が低いと言ったのには、ほっとした。
「ま、たまには本人に内緒で手助けってのもアリだよな。とにかく、まずは第三者とやらをとっ捕まえないとな」