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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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 4.アンサンブル#2 ― 親愛なるキミへ。親友たる僕たちより ―

     ◆

 鳳明、麻羅、天樹は武器を手にし、ゴーレムに対峙している。
麻羅が持っている武器は、所謂パイルバンカー、故に彼女は今にも手が届く距離でゴーレムと向かう形になっている。
そのすぐ後ろ、ほぼ並んでいる、と称して遜色ない距離に鳳明が立ち、そしてその背後に天樹がいた。距離で言えば「至近距離、近距離、中距離」という並びである彼らは、先ほどからゴーレムの攻撃を避けつつ、堅実な反撃を繰り返している。敵の攻撃を鞭で止め、それがかなわぬ場合は槍で弾く。武器の性質上、パイルバンカーは相手の攻撃を遮断することには向いていない。
まだ相手が生身の人間であるのなら、その行動には防御と言うものが含まれるだろうが、しかし相手が無機物である以上、それで防御をすることはほぼ不可能に近いのだ。故に、鳳明、天樹の両名が防壁と変わっている。が、その堤防はなんとも頑強であり、そして鉄壁。
「キリがない! ラナロックさん、支援お願いしますよ!」
 叫びながら、鳳明はゴーレムの振り上げた拳を手にする槍、『六合大槍』で受け止める。ただの一点を槍の腹ではなく、石突(槍の刃先と反対の部位)のみで止める。剛にして柔を真意を得る者だからこそになせる業であるそれでもって、彼女は完膚なきまでにゴーレムの攻撃を受けていた。
「嫌よ、だって貴女たち、ぜんぜん余裕そうなんですもの」
 ただただ銃口をゴーレムに向けてから十分弱。ラナロックは微動だにせずひたすらに構えを取ったままに固まっている。口ではそう言っていても、もし何かが合った場合は即座にその指に力を込めるつもりの彼女。と、鳳明が片方の拳を受け止めている瞬間に、麻羅が懐に飛び込み、パイルバンカーの刃先を こつん と、ただただゴーレムの体に当てる。
「……! また外れじゃ!」
 叫び、ゴーレムの反撃に備えて再び距離をとった。ゴーレムのもう片方の拳が彼女を捉える為に空へと伸びた瞬間、今度はその手に鞭が巻きつく。天樹の持つ鞭『羅英照の鞭』である。
このやり取りが、かれこれ十分弱続いているわけだが、一向に決着はつく事がなかった。
数回は天樹、鳳明が攻撃に転じた事もあったが、しかし敵からの反撃を警戒するあまり、その攻撃には体重が乗らない。その為確実な致命傷を与える事が出来ないままでいるわけであり、そしてそれが同時に、三人に疲弊の色を見せる原因ともなっている。
「ラナロックさん! って、なんだか凄い事になってる!?」
 慌ててやってきたケイラは、鳳明、天樹、麻羅、ラナロックの状態を見て思わず声を上げた。
兎に角、と腰を抜かしていたヒラニィを抱えてラナロックの後ろに来ていた緋雨が此処までの経緯を二人に説明し、ラナロックはくすくすと笑いながら、しかし全く体がぶれる事はなかった。
「――それで、結局この状況って訳なの」
「成る程……それは大変でしたね」
 と、そこで、彼らにとっては力強い援軍が姿を現した。銃を構えるラナロックの横を通りすぎる風――徒手空拳のままにゴーレムへと突っ込んで行ったのは木之本 瑠璃(きのもと・るり)である。
「だりゃあぁぁっ!」
「え? 嘘!」
「あら、遂には素手で。これは見ものだわ」
 ケイラの驚きと共に、いっそう愉快そうに笑うラナロックはそこで銃を下ろした。どうやら自分の後ろからやってきていた一行が追いついてきた事に気づいたのだろう。自分はいよいよ持って、必要がない、と理解したからなのだろう。だから彼女は銃を下ろし、ホルスターへとそれを収める。
駆け抜けたままの瑠璃はゴーレムを一度殴ると、その勢いのまま反対側にいた鳳明、麻羅、天樹の隣に着地する。
「成り行きは知らぬが、助太刀するのだ!」
「あ、ありがとう……(素手であれ殴って、痛くないのかな…)」
「うむ! 助かるぞ。正直いって打つ手なし、と言ったところでな」
「………」
 簡単に、しかし決して構えを解かないままに挨拶だけを交わした四人が再びゴーレムへと向き直る。
「あっちゃー……やっぱ始まっちゃってるよぉ……」
 はぁ、とため息をつきながら、後からやってきた相田 なぶら(あいだ・なぶら)は鞘から『シュトラール』を引き抜き、ラナロックの前へと躍り出た。
「ラナロックさん、でしたっけか。此処は危ないから下がっておいて。俺たちに任せておいてよ」
 彼はそのままゴーレムの背後まで近づいていくと継ぎ目に向けてその剣を振るった。
「かったいなぁ…」
 瑠璃同様に着地しを、踵を返してゴーレムを正面へと据える。
「どうするのだ、なぶら殿。敵はゴーレム、表皮は硬く、攻撃はあまり通らん様に見受けるが」
「突っ込んだのはキミだろう、瑠璃。策を考えるくらいの時間があっても良かった筈なんだけどなぁ」
「攻撃、来るぞ!」
 二人が話しているのを敵が待っているわけも無く、新たに増えた二人ともども、ゴーレムは再び攻撃を再開する。拳を振るうを事に意味を成さなくなりつつある事を本能的に感じているゴーレムは、どうやら次に、近くの壁を?いでそれを担ぎ、彼らへとそれを放った。
「私が防ぐから、攻撃よろしくね!」
 鳳明がそう言うや、一足で投げられた壁の破片に近づき、今度は石突を上にした後にそれを振り下ろす。壁の破片がまるで刃物に両断されたかの様に綺麗な切断面を持って左右に別れ、落下する。が、その向こう、壁の破片により視界を遮られていた鳳明の目の前にゴーレムの拳があった。
「まっず……!」
 思わず持っていた槍を前に出し、柄(槍の腹)の部分でゴーレムの拳を受け止めようと試みる。が、彼女は腰の辺りに違和感を覚えた。
「うん? 何これ」
 彼女の腰に巻きついたのは、鞭の様なもの。基――鞭。それは天樹が振るっていた鞭である。彼女が気づいた時には、既に鳳明の体は物凄い勢いで後ろへと引き寄せられていた。
「(油断は駄目だよ鳳明。大丈夫?)」
「うん、平気。ありがとうね」
 体制を保ったままに着地をした彼女の前で、途端にゴーレムの拳が不自然に地面へと落下し、コンクリートの破片が飛び散った。地面にめり込んでいるのは、紛れもなくゴーレムが鳳明へと突き出したそれである。
「もう、いきなり走るからビックリだよ」
「間に合ったみたいです……皆さん、ご無事ですか?」
 声の主は美羽とベアトリーチェ。ベアトリーチェの振るう剣はその剣先を地面に減り込ませ、美羽はあろう事かゴーレムの頭に乗っている。
「な、なんと破天荒な登場かっ!」
 思わず突っ込みを入れる麻羅にひらひらと手を振る美羽と、「いつもの事ですよ」と苦笑するベアトリーチェ。乗っている頭を蹴って宙を舞い、五人の横へと着地する美羽に、ゆっくりと地面から剣を引き抜くベアトリーチェは「まただね」などと呟きながらゴーレムを見つめている。
「全く、助けるにしても出方ってものがあるだろうよ。嬢ちゃん等は」
「若さとはそういうものなのだよ、アキュート。そなたにもそう言う時分があった事を忘れてはならぬさ」
 ウーマに諭されながらやってきたアキュートは、「そんなもんかねぇ」と呟きながら、徐に両の手に武器を握り、構えを取った。
「何でも良いが、俺も助太刀するぜ」
 腕が切り落とされているゴーレムが、今度は無事な方の腕でもって攻撃動作に移行する。故に全員が構えを見せるが、そこで完全にゴーレムの動きが固まった。
「僕たちもまだ参加する余裕あるかな?」
「さぁ? ただまぁ、勝手に参加はしますけどね」
 託と淳二の声がするや、ゴーレムが振り上げた腕には真っ青のチャクラムが引っ掛けられており、それが故に攻撃の動作がとまっている。
「ま、早いとこ片付けないと、そこにいるお姫様がおそらくはご立腹なさるでしょうしね」
「違ぇねぇ……とっととやっちまおうぜ。もとより、この程度の敵なら、これだけ手勢がこれだけ人数要れば、捻る何ざ造作もねぇだろ」
 淳二が自嘲気味に笑い、それに同調してアキュートが一歩前へと踏み出した。
「最後は私たちが貰うかんね!」
「あれ、でも確か前もこんな感じじゃあ……」
「目的はこいつ等じゃないのだ! だからこの際、誰が止めを指しても問題ないと思うぞ!」
「だったらいっそ、全員で」
 美羽、ベアトリーチェの発言に対し、圭介とフィーアが前へと現れ、彼女は意味深にやりと笑った。無論、口だけの笑み。
 此処までくれば、既に勝負はついている。これだけ人が集まれば、ゴーレムの一体にてこずる様な面々ではないのだ。
「そうだ、みんな。終わったらね、どうやらラナロック先輩のお誕生日パーティみたいだよ!」
 全員で一斉にゴーレムへと最後の一撃を放つのを確認した託が、それを見越してチャクラムをゴーレムの腕からはずすと、それを肩に担ぎながらニコニコと言った。既に彼は、ゴーレムに背を向けている。