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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

リアクション

     ◆

「いよいよもってまずいかも、だね。そろそろ私たちの出番だって言い頃合だ」
 黒ずくめの仮面が一人、どうやら現状を把握しに行ってきたのだろう。黒ずくめと協力者一同がいる部屋に戻ってきてそう言った。
「ほう。確認できた状況は?」
「ゴーレム一体は殲滅、もう一体は――まだわからない。でも、彼女たちならば用意に撃破する事は見えている。レッサーは現段階で未だ交戦中。但し、敵の数がこっちの想定を超えたから、まぁ互角か、それ以上と考えて妥当だと思う」
 部屋の中央に未だ座っている黒ずくめが暫く考えこむように沈黙するが、その場の全員が知っている。彼の次に出す言葉、彼が述べる言葉、指示の内容を。
そして彼らの予想通り、黒ずくめは述べるのだ。 その考慮時間すべてが虚偽であり、わざとである、と言う決定事項を乗せて。

「よし、俺たちもそろそろ動くとしよう」

 彼らにしてみれば、その一言で十分だった。協力者としてその場にいる刹那、シァンティエ、エッツェルたちは徐に腰を上げ、それぞれがそれぞれに彼の言葉を待っていた。次の言葉を待っていた。
「ツー、ファイブとシックス。お前らが行って来い。んで――ワン。あんたは偵察だ。とりあえず、今度はこっちの駒の偵察ではなく、現状戦線に参加していない、しかし事情を知っている面々の偵察に向かってくれ。交戦はするな――」
「わかったよ」
「了解した」
「はいはーい」
 呼ばれた順番に返事を返し、立ち上がる。
「ようやっと、あたしらの出番ってこったな。いいぜ」
 シァンティエはにやりと笑みを浮かべた後で、手遊びをやめて銃をホルスターへと収めた。
「どちらに向かえば……」
 刹那が平坦な声で尋ねると、黒ずくめの男は指を差す。同じ黒ずくめの二人を指して彼女の投げ掛けた質問に答えた。
「ファイブとシックスだ。とりあえずその二人についていけば間違えない。寧ろ、連れて行ってもらった方がいいか。自前の移動手段は避けてくれ、破壊されない、って保障がないし、ばらばらに動かれると厄介なんだ」
「……」
「私たちも、そうした彼らと共に行動したほうがいいんですか?」
「いや、君たちはツーと行動してくれ。多分ツーだけでは手が足りねぇからな」
「な、何だと!? 俺一人じゃあ足止めもできねぇってのかよ」
「あぁ。そうだよ。お前一人で何ができる?」
「……わかったよ、ったく」
 そういうと、ツーが始めに部屋を後にした。
「では、早速」
 ツーに続き、エッツェル、輝夜、レッド、ネームレスもその部屋を後にした。
「では行ってくる。確認までに、だが、我々は足止めでいいのか?それとも――」
「おう、足止めできれば御の字だが、もし倒せるなら二、三人先頭不能程度にしてくれると、まぁこっちとしてもありがたいな」
「わかったー、んじゃ、頑張って来るよ」
「あたしもそこのお二人さんに付き添えばいいのかい? 旦那」
 シァンティエはなおも愉快そうに笑みをこぼしている。
「ああ、そうしてくれ」
「おう、んじゃ、行ってくるぜ」
 ファイブ、シックスと呼ばれた黒ずくめと共に部屋を後にするシァンティエと刹那。その後ろ姿を見送りながら、中央にいる黒ずくめが隣を向く。
「ワン。面倒かもしれんが、これ以上想定外の人数は寄せ付けるな、いいな。どんな手を使ってでも足止めをしてくれ」
「わかったよ。ま、私の戦闘能力ってのは、些か当てにならない、と自負させて貰うけれどね」
「よく言うぜ」
 二人が簡単に会話を済ませると、そのままワンと呼ばれた黒ずくめもそこで部屋を後にした。とは言っても、先に出て行った面々とは違い、音もなく窓の外から飛び出して行った――のだが。


「成る程、そういう事か」
 ふと、彼らのいる部屋の隣の部屋でそんなことを呟く女性が一人――リブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)。と、彼女はちょうど対面する形でリブロの報告を待っているレノア・レヴィスペンサー(れのあ・れう゛ぃすぺんさー)と目を合わせる。
「……と、言うわけの様だが――」
「そうさね、現状がわかればもう此処に意味はない。元はあちらの仕事に着いていたのだ、そろそろ戻るとしようじゃないか」
 音もなく立ち上がったレノアとリブロ。二人はその部屋を後にする。隣の部屋、とは行っても、どうやら二人がいるのは全く別の建物らしい。ただ、彼らのいる部屋と隣接しているだけの建物。故に二人が今外に出たところで、誰に見つかることもないだろう。だから二人は特に警戒をすることもなく、悠然とその部屋を後にするのだ。出際に――レノアがリブロへと言った。
「出来ればで良いが、そうさな。今足止めに行ったどちらか適当に随行し、監視と援護を」
「――援護、か。それはこちらか、それともあちらか」
「言う必要もあるまい」
「……御意のままに」
 そう言うや、リブロはレノアとは反対側へと踵を返し歩き出す。

 それから数分後、レノアが到着したのはある、大きな建物だった。大きな大きな扉が目立つ建物。協会の様な物だったそれは、しかし今はただの箱と成り下がっている。
出入り口はすでに壊れているものの、中にあるもう一枚の扉は堅牢そのもの。硬く閉ざしてあるその部屋の扉を、彼女は両の手で押して開いた。
「あら――?」
 部屋に入ったリブロはそこで、一人の女性の声を聞く。と、言うよりは、彼女に向かってその声が投げられた様だ。
「貴女様は確か――」
 特に何というわけでもなく、レノアが歩みを部屋の中央に進め続ける。向かう先は、この部屋にいる二人の人影のもと。何もない部屋の中、天だけが嫌に高いその部屋の本当に中央、捕らえられているウォウルと、魔鎧漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を身に纏った中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が向かい合うようにして座っていて、そして彼女かけられた声は、彼女に背を向けている綾瀬の物だった。
「ほう、貴様、後頭部に目で着いているのか?」
「まさかまさか、私は人間ですのよ。その様な異形なものとはわけが違いますわ」
「ま、何でもいいさね」
 そういうと、部屋に立てかけていたパイプ椅子をひとつ手にしたレノアが二人のちょうど中間地点にそれを置き、そこで腰を落ち着けた。
「それで? 不躾な質問で悪いんだが、貴様の目的は何だ?」
「目的、ですか?」
 綾瀬はその質問を聞くや、「はて?」と言った様子で首を傾げる。
「此処には何をしにきた? 企みなくきた訳では無かろうに」
「あら、真に残念ですが、生憎ながら私にはその企み、とやらはありませんのよ。ただただ、本当にただ、暇だったから手伝いにきた、とそういう事ですの」
「此処に入ってきた時、なにやら話をしていた様に見えるが?」
「お話してはいけないんですの?」
「それは勝手だ。ただ、そのウォウルとかって男と面識があるように見受けられる。もしやその男を此処から解放する為では、見張りの役たる私が咎を受ける」
「あらあら、心にも無い事を。あの方たちから咎められたところで、貴女様の心には何一つ響く物、ございませんでしょう?」
「ふん――言ってくれますな。ま、否定はせんが」
「それに、別に私は彼を此処から逃がそうなど、全く持って思っていません事よ。それこそ、興が冷めてしまいますもの。彼を知っているからこそ、この姿たるや滑稽だと楽しめる物ですわ。それより、貴女様の方こそ、何を図っておいでですの?」
「それは言えないですな、何せそれを言えば、謀ではなくなってしまう」
 二人のやり取りをにやにやと、なんとも緩んで笑顔で見つめるウォウルは、しかし決して口を開くことなくその様子を伺っている。
「それもそうですわね。ですが私、協力程度なら、出来るやもしれませんわよ」
「貴様、名は――?」
「あぁ、これは失礼いたしましたわ。私の名は中願寺 綾瀬、と申しますの。以後お見知りおきを――いただかなくても結構ですが」
「覚えておこう――かは考えさせてもらうとしよう。それに、どちらとも取れない者に協力を請う阿呆が一体どこの世界にいる?」
「全くですわね。ならば、妨害はしない、とでも言っておきましょうか」
「面白い事を言う。ならば――ひとまず協力はしてもらうとしようか。貴様が邪魔をしない、と言う仮定として」
 まるで喜劇を見ている様な、そんな笑顔を浮かべたまま、二人のやり取りを見続けるウォウルは、やはり何を言うでもない。